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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)133号 判決 1965年9月29日

控訴人 積水化学工業株式会社

被控訴人 ニチバン株式会社

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の本件仮処分申請を却下する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  主文第一項は仮りに執行することができる。

事実

控訴人は主文第一項から第三項までと同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のものを附加訂正するほか、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決一五枚目表六行目「大丸アセテート」を「大セルアセテート」に訂正する。)であるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

第一、商標類似の問題

一、被控訴人の商標「ニチバンセロテープ」と控訴人の商標「セキスイセロテープ」とは、いずれも「セロテープ」を主体的部分としていることが明らかであつて、「セロテープ」の部分が取引上強く印象づけられることにより、外観、称呼、観念のいずれにおいても紛れ易く、相互に著しく類似している。

二、控訴人の商標中一般の取引者需要者にとつて極めて理解され易く、親近感を抱かせるのは「セロテープ」の文字であつて、その他の図形、色彩及び模様の部分は、商標構成上附随的部分と見るほかなく、テント虫のマークのようなものは、商標の類否の判断において問題とすべきではない。

第二、誤認混同の問題

一、被控訴人が「セロテープ」という商標のもとに販売して来たセロフアン製粘着テープは、昭和一八年に被控訴人が日本海軍の注文により製造納入したことがあるだけで、終戦前のわが国市場に見当らなかつた商品である。終戦後昭和二二年一二月被控訴人が進駐軍の事務用特に検閲による郵便開披後の封緘の用に充てるための注文により、これを製造し納入するとともに、昭和二三年六月からこれに「セロテープ」又は「ニチバンセロテープ」という商標を付して販売して来た。この当時セロフアン製粘着テープの主材料であるセロフアンと生ゴムとは臨時物資需給調整法による厳重な統制下にあつて、製造の都度主務官庁である商工省の認可を経てその割当を受けていたのであるから、被控訴人以外にセロフアン製粘着テープの製造をしていたものは皆無であつた。また被控訴人はその商標について、新聞、雑誌、軒つり広告、店頭広告、車内広告、宣伝車広告、マネキン広告、野立看板、野球場広告、鉢巻、のれん、ちらし、パンフレツト、ラジオ、テレビ等あらゆる宣伝機関を利用してその宣伝販売に努めた結果、右商標は被控訴人の著名商標としての地位を確立したのである。そのためその販路は日本全国に及びその売上高は昭和二四年、二五年頃で年間二、〇〇〇万円から三、〇〇〇万円に達し、昭和三三年度においては五億円以上となつた。その宣伝広告費用は当初年額二〇〇万円程度であつたが昭和三三年度には一億円以上に達している。

二、控訴人の挙示する「シシユーセロテープ」、「コケシセロテープ」、「ミリオン印刷セロテープ」、「トウバンセロテープ」等の商標を使つた商品は、取引市場には一つもない。仮りに「ライカのセロテープ」、「プリントセロテープ」「SSセロテープ」「平和セロテープ」等の商標を付した商品が市場に存在したとしても、それらの商品を取り扱つたと主張する販売店は、控訴人の商品の販売店又は代理店であつて、控訴人の製品に商標を付したものであるから、不正競争の目的で使用されたものである。

第三、普通名称化の問題

一、「セロテープ」という文字は、被控訴人会社社員大久保幸信の楽器のセロにヒントを得た創案により、社内審査の結果被控訴人の採択した新しい造語であつて、本件商標登録当時においても、現在においても他に存在しないから、普通名称ではないのである。進駐軍に納入していた当時、進駐軍はこれを「スコツチテープ」「テープスコツチ」又は「テープスコツチセルローゼ」と呼び、被控訴人もそのように呼称して取り扱つていたのである。

二、被控訴人がセロフアン製粘着テープの製造を開始した当時「セロフアン」という言葉は、今日において想像するほど一般には知られていなかつた。したがつて、当時は業界においても一般消費者においても、セロフアンを略称して「セロ」というようなことは絶無であつたから、「セロテープ」という言葉がセロフアンの略称である「セロ」と幅の狭い紐を意味する「テープ」との結合によつてできたもので、セロフアン製粘着テープの品質、原材料、形状を表示するものであるというようなことは絶対にない。セロフアン製紐を「セロテープ」と呼称した事実もないのである。殊に「セロテープ」という言葉からは、粘着性を保有するものであることを観念させる何ものも出て来ない。

三、商標の普通名称化ということは、取引市場、すなわち当該企業の分野における業者の間において、その商標が普通名称として使用されるような状態が一般化して、商標が商標権者の製造販売に係る商品としての出所を指標する機能を喪失するに至つたときに初めてこのような現象を生じたものと解すべきであつて、一般需要者の認識のようなものは、必ずしもこれを左右するものではない。いいかえると、或る商標が普通名称化したかどうかということは、その商標が商品生産における競争者相互の商品を区別すべき標識としての機能を喪失し、需要者取引者がその商標を当該指定商品そのものを指し示す言葉、すなわちその商品の単なる名称として永年にわたり使用するかどうかによつて定まるものである。商標というものに対して無関心な一般大衆が偶然の機会にこれを商品の普通名称のように誤用したことなどは、商標の本質上顧慮すべきものではない。何故なれば、本来商標制度の設けられた目的が産業発展による競争の激化から当該商品生産者の利益状態を保護することにあつて、特定の商標使用を権利として認めることによつて商品の品質を保証するとともに、その出所の誤認混同及び不正競争の生ずることを防止しようとすることにあるからである。例えば「味の素」という商標は、たとえ一般大衆が普通名称のように誤用しても、味の素株式会社の商品に使用する登録商標であることに変りはなく、これによつて普通名称となることはないのである。このことは「亀の子たわし」についても同様である。

したがつて、たとえ、或る公文書において、たまたま「セロテープ」という商標が普通名称であるかのように不用意に用いられた事実があるからといつて、そのため右商標が普通名称化する理由はない。

控訴人は、アドヒーシプ・テープス・リミテツドの「Sellotape 」という商標出願及び三村一雄の「トウバンセロテープ」という商標出願に対する被控訴人の異議申立書の記載を引用し、被控訴人自身「セロテープ」が普通名称であることを認めておると主張するけれども、これらの異議申立書を全体として熟読するときは、被控訴人の、「ニチバンセロテープ」という商標が登録ずみであるし、その要部と同一の「セロテープ」という商標は被控訴人の周知著名の商標であるから、右各出願人の商標登録は許すべきものでないことを終始一貫して強調していることが読み取れるのである。もつとも、そのうちで控訴人が引用している箇所は表現がいささか妥当を欠き誤解を招くおそれがないともいえないので、いずれも昭和三四年六月一日削除したのである。

第四、「セロテープ」登録無効の審決

一、被控訴人が「ニチバンセロテープ」の連合商標として登録出願をした「セロテープ」については、昭和三一年一〇月三〇日控訴人社員酒井正美から登録異議申立があつたほか、同日英国アドヒーシブ・テープス・リミテツトからも異議申立があつた。しかしながら、特許庁は審理の結果、これらの異議はいずれも理由がないものとして却下するとともに「セロテープ」は特別顕著性を具備するものとして「セロテープ」という商標を「ニチバンセロテープ」の連合商標として登録すべき旨の審決をし、昭和三四年一二月二一日第五四六二二九号をもつて登録がされたのである。

二、右登録に対し控訴人が無効審判の請求をした結果、特許庁は昭和三九年二月二〇日右登録を無効とするとの審決をした。しかしながら、右審決が「セロテープ」を普通名称と判断したことには著しい違法がある。

(一)審決は「最近の取引界の実情から考えて「セロフアン」を「セロ」と略称して使用する場合が多いことは、われわれの日常生活の経験則に照らして改めて事例を挙げるまでもなく明らかである。」旨述べている。

しかしながら、セロフアンを「セロ」と略称して使用する場合が殆んど認められないということこそ、むしろわれわれの経験則の教えるところであるし、現にどのような辞書によつても「セロ」がセロフアンの略称であるといつておるものはないのである。まして商標「セロテープ」が創案された昭和二三年当時においては、「セロフアン」という言葉さえ一般化されていなかつたのであるから、その略称として「セロ」という言葉が用いられていたということは想像もできない。

したがつて、審決が、商標「セロテープ」は、その指定商品との関係から考えて本来その品質、材料を表示するものであり、何人も容易に採択することができるものであると述べているのは、セロフアンを一般に「セロ」と略称することが多いという全く誤つた前提に立脚したものである。

また、商標「セロテープ」は、一連不可分の構成からできている造語であつて、審決にいうように「セロ」と「テープ」とに区分して読むべきものではない。

(二)審決は、英国のアドヒーシブ・テープス・リミテツドにおいても、セロフアン粘着テープの商標として「Sello tape」という言葉を採択使用しており、このことからしても「セロ」と「テープ」とを結合して新語を形成することは、格別きわだつて新しいものとはいえないと述べている。

しかしながら、このような商標を付した商品がわが国に輸入されたことも、市場に出回つたこともないのである。そもそも、国外における登録商標が存在していても、それがわが国において登録されておらず、国内において周知でない限り、わが国において同様の商標登録を拒絶すべきものではない。外国に同様の商標が存在するからといつて「セロテープ」という言葉が着想としてきわだつて新しいものといえないとしたのは不当である。前示のように終戦後わが国に進駐した米軍さえこの商品を呼ぶのに「セロテープ」といわず、「スコツチテープ」「テープスコツチ」「テープスコツチセルローゼ」と呼んでいたことは、セロフアン製粘着テープの称呼として「セロテープ」という言葉が容易に創造することのできない新しい用語であることの証左とすることができるであろう。

(三)審決は、「セロテープ」と連合関係にある「ニチバンセロテープ」その他四件の各商標を比較考察し、これらの構成から「ニチバンセロテープ」という商標における要部は「セロテープ」ではなく、むしろ「ニチバン」の部分にあると述べている。

しかしながら、すでに述べたとおり(原判決二五枚裏四行目以下)、連合商標は同一商品に使用すべき自己の二つの商標が相類似する場合にその登録を出願するのであるが、その二つのうちの一つの商標がさらに第三の商標と類似する場合にはその第三の商標も連合商標として登録されることもある。このとき最初の連合商標のうちの他の一つと第三の商標とは全然類似しないこともあろうが、それでも互に連合商標であることに変りはない。このように連合商標中には全然無関係なものもあるわけであるから、それらを比較対照して要部を決定しようとすることは、連合商標の通則に反するのである。

本件商標「ニチバンセロテープ」の要部が「セロテープ」の部分にあることは、「ニチバンセロテープ」の構成自体によつて明らかである。すなわち、「ニチバンセロテープ」において「ニチバン」の文字は「セロテープ」の文字に比較して細字型であり、「セロテープ」の文字は大字型(変形文字)で断然前者を圧倒し、外観、呼称、観念上「セロテープ」の部分を商標の要部とするように構成されたものである。

「ニチバン」は、被控訴人の当時の商号日絆薬品工業株式会社の略称であつて、新製品に対する購買者の信用を得ようとして製造者を表示するために附記されたに過ぎないのであつて、商標の要部がこのような部分に存するいわれはない。

(四)審決は、商標「セロテープ」が本来特別顕著性を具備しないか、あるいはその濃度が極めて薄いものであつて、その登録当時においては「セロテープ」という言葉はすでに当該企業分野における業者の間において普通名称化したものと解して差支えないものと述べている。審決は、その理由として、被控訴人が粘着性を有するセロフアン製テープの製造販売を開始して以来商標「セロテープ」が登録された昭和三四年末頃までの間に

(イ)粘着性を有しないセロフアン紐及び粘着性を有するセロフアン製テープについて「平和セロテープ」、「コケシセロテープ」、「地球印セロテープ」、「ライカのセロテープ」、「セキスイセロテープ」、「シシユーセロテープ」、「SSセロテープ」、「プリントセロテープ」、「SANKYO CELLOTAPE」等の商標を付した各種の商品が、その販売数量、販売地域等は明らかでないが、概ね国内市場に存在したこと。

(ロ)これらの商品に関して使用された取引書類に「セロテープ」の文字が用いられていること。

(ハ)各種の新聞、雑誌、業界誌、辞典等に「セロテープ」の文字が多数使用されていたこと。

等を挙げている。

しかしながら、(イ)の点について、審決の挙げているような九つの「何々セロテープ」という標章の商品は、わが国においては一つも見られなかつたもので、これらの標章の商品が存在するとの認定の資料とされた証拠は、すべて控訴人及びその共謀者が専ら証拠の用に充てるために作成したものである。ただ、控訴人が昭和三三年夏頃一時「セキスイセロテープ」という標章を使用してセロフアン製粘着テープを販売したことがあるに過ぎない。

(ロ)の点についていえば、これらの取引書類の作成者は、いずれも控訴人の販売店又は代理店等、控訴人の不正競争に対する協力者のみである。

(ハ)の点については、商標権者は一般に商標の機能を高めるため不断の努力を重ね莫大な経費を投じ、広く新聞、雑誌又は業界紙の広告により、あるいはネオンサイン、ラジオ、テレビ等を通じて、その商標を、単独にあるいは製造会社名とともに宣伝に努めるのである。ところが商標権者が広告宣伝に努めるほどその商標は一般の消費者に知れわたり親しまれるに至るが、その反面これが普通名称化したかのような誤解を生ずる危険を伴うのであつて、このような危険は、権利者自身の広告宣伝の努力とその商品の品質の優秀の程度が高いほど増大するのである。

商標権者の広告宣伝努力の結果をもつて、商標権喪失の原因とするようなことは、経済上、法律上、正義公平の理念に反することが明らかであるから、一般消費者が特定の名称をその商品の一般名称であると考えても、そのことはその名称が普通名称化したかどうかの判断にあたつて参酌すべきものではないことは、通説である。

(五)審決は、被控訴人が「セロテープ」という文字をその製品に使用した当初において、被控訴人がこの言葉自身を商品の識別標識として採択使用したものかどうかは多少疑が存するところであるし、仮りにこれを商標として用いたことがあるとしても、それは被控訴人の社標又はその他の文字と結合して用いているのが通例であるから、この「セロテープ」の文字自体を被控訴人会社の商標として周知著名ならしめたものとは認めることができないと述べている。

しかしながら、商標「セロテープ」は被控訴人の創案によるものであつて、当初から特別顕著性が高いものであるにかかわらず、審決はこれを使用による顕著性発生の場合と混同しているばかりでなく、「セロテープ」が被控訴人の周知商標であることをことさらに否定したものである。

三、特許庁において被控訴人の商標「セロテープ」の登録を無効とする審決があつたからといつて、本件仮処分は何ら影響を受けるべきものではない。本件仮処分の被保全権利である商標「ニチバンセロテープ」は昭和二七年九月六日登録されて以来何人からも異議の申立等なく確立された商標権であつて、その要部である「セロテープ」は、旧商標法第二条末項による権利不要求の申出なくして登録されたものであり、今日においては何人も「セロテープ」の特別顕著性を否定し、セロフアン製粘着テープの普通名称又は品質形状を表示するものとして、本件商標権の効力が「セキスイセロテープ」に及ばないというような主張することは許されない。このことは前示審決によつて何ら影響を受けるべきものではないのである。そればかりでなく、前示審決に対し被控訴人は東京高等裁判所に対し訴を提起し現に審理中であり、右審決は右二で述べたとおり取り消されるべきものであることが明らかである。

(控訴人の主張)

第一、一、控訴人がその製造するセロフアン製粘着テープに用いている標章は、別紙<省略>第二、一の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、二の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、三の(イ)(ロ)、四に示すとおりのものであつて、原判決添付別紙(二)(1) (2) (3) (4) に示すものと同一ではない。

二、被控訴人がセロフアン製粘着テープの販売を開始したのは昭和二三年六月中でなく、昭和二四年一二月頃からである。被控訴人の広告宣伝費はどれほど誇大に見積つても昭和三三年において一、〇〇〇万円をこえることはない。

控訴人は、被控訴人がセロフアン製粘着テープの販売を開始するよりも以前の昭和二四年四月頃からその製造を始め、これに「セキスイテープ」という文字を有する商標を用いて販売を続けて来た。その後セロフアン製粘着テープは一般に「セロテープ」と称して取引されるに至つたところから、昭和三三年夏頃、当時需要者の慣用していた「セロテープ」という文字を有する商標に変更して使用し始めたのである。

被控訴人は、右商標変更の理由を控訴人の不正競争の意図によるものであるが、「セキスイセロテープ」という文字を有する商標の使用を仮りに禁止されるに至つた本件仮処分決定の後においてさえ、控訴人が製造販売するセロフアン製粘着テープ(商標名セキスイセロハンテープ)の売上は年々飛躍的に増大し、現在においてはその生産販売量は全国第一位を占め、控訴人の販売量をはるかに上回つている事実からも解るように、控訴人の有する販売網と宣伝力とをもつてすれば第三者の販路を利用したり、その商標を模倣したりする必要は少しも存しないのである。

第二、商品類別の問題

一、被控訴人の商標権の指定商品は、商品類別第五〇類中のセロフアン製のテープであるが、セロフアン製粘着テープはこれに属せず、商品類別第七〇類に属する非類似の商品である。

指定商品が具体的にどのような範囲の商品を含むかということは、客観的且つ一義的に定められる。或る商標権における指定商品及びその範囲は願書に何が指定商品として記載されているかということを唯一の根拠として定められなければならない。出願人の内心的意図は、指定商品及びその範囲に対して少しも影響を及ぼすものではない。またその商標権者がその登録商標をどのような商品に用いているかということも、当該商標権の効力の及ぶ商品の範囲を定めるにあたつて、影響を及ぼすべき事柄ではない。

二、商標法第六条第二項の「前項の商品の区分(いわゆる商品類別を指す。)は、商品の類似の範囲を定めるものではない。」旨の規定は、商標法施行令、同施行規則に定める商品の区分が、商品の類似の範囲を法定したものでないことを定めたにとどまる。同法条は旧商標法には存在せず、新法に至つて新たに規定されたものであつて、その制定の理由は次のとおりである。すなわち、旧商標法においては旧法第五条に基づき同法施行規則第一五条において、「商標登録出願者ハ左ノ類別ニ従ヒ商標ヲ使用スヘキ商品ヲ指定スヘシ」とし、第一類から第七〇類まで、七〇類別を分つて商品の区分をし、その七〇の類別内において商品を指定すべき旨定めていた。ところが、現行商標法は商品の区分を第一類から第三四類までの三四区分に分ち、その商品の区分内において、指定商品を定めるべきことに改めるに至つた。このように、旧法における七〇の区分が新法では三四の区分に圧縮してまとめられた結果、従来異る類別に属していた商品が、同一の区分に属することになり、当然のこととして、同一の商品の区分内における商品の相互の間において非類似の商品を生じることが数多く予想されることとなつたのである。それだから、同法条の規定をもつて、単に商品の区分は商品の類否を法定するものではないという趣旨であるにとどまらず、さらに進んで商品の類似の範囲は商品の区分以上に広いものであると解することは、前示立法趣旨を没却するものである。

三、旧商標法第三条によれば、或る商標権におけると同一又は類似の商標であつて、その商標権における指定商品と類似する商品を指定商品とする場合には、これを連合商標として出願し登録を受けることができるのであるが、特許庁審査官は連合商標登録出願を審査するにあたり、指定商品の類否を判断して許否を決していた。特許庁の審査においては、旧商標法の施行されていた期間を通じ連合商標登録出願審査にあたり法第五条、施行規則第一五条に定められた商品類別をこえて他類に属したものを類似商品としたことはなかつたのである。商品の類似は、商品類別によつて定まる七〇種類のそれぞれの類の内部においてのみ認められるものであつて、類別を異にする商品相互の間で類似関係が成立することはあり得ないとの前提に立つて審査を実施していたのであり、しかもこのような取扱いは永年の慣用により一つの審査基準を形成しているのであつて、その意味で判例法又は慣習法ということができるのである。

第三、商標類似の問題

控訴人の商標は、被控訴人の本件商標と類似しない。

一、商標法において、特に類似の範囲にまで商標権の効力が及ぶものとされるのは、取引過程において、登録商標の有する出所表示機能、自他商品識別力がそこなわれることを防ごうとするがためにほかならない。それだから、商標権の効力の及ぶ類似の範囲とは、具体的には当該商標権との関連において、商品の出所の誤認、若しくは商品の混同を来すと認められる範囲であるといわねばならない。控訴人の商標の行使行為が、被控訴人の本件商標との関連において、商品の出所の誤認、混同を来すと認められない限り、控訴人の右商標が本件商標と類似であるとされる理由は少しも存しないのである。

二、両商標をその外観、称呼及び観念の各々について対比し、そのそれぞれの類比を検討するにあたつても、常に商品の出所の誤認、混同を来すと認められるか否かを顧慮して判定されなければならない。商標の外観、称呼及び観念を比較するには、これを抽象的に取り上げるべきでなく、常に取引の実際を参酌し、商品利用者、需要者一般を基準として判定しなければならないのである。

また外観類否の観察は普通の知識を有する商品需要者が商品を購買するにあたり普通に用いる注意をもつて標準とすべきものであつて、不注意によつて混同誤認を生じるからといつて、類似しているものということはできない。

三、被控訴人の本件商標は、「セロテープ」の部分を要部としているものではない。

(一)両商標が外観上類似しているかどうかは、各商標についてその構成部分を総括した全体の外観に着眼し、且つ両者を格別に時と所とを異にして観察したいわゆる隔離的観察において混同誤認を生じるおそれがあるかどうかによつて決すべきものである。

そもそも、特定の商標において、その全体を主要部分とそうでない部分とに分け、主要部分を要部と称することは、旧商標法第二条第二項に「商標ノ要部」という用語が使用されているところから生じたものであるが、それは例えば文字と図形又は記号との結合からできている商標において、全く無意味な附加的装飾的部分が加えられることの多い結果、そのような無意味な附加的装飾的部分を商標の類比判定にあたつて除外しようとする意味から採用されるに至つた観念である。したがつて、主要部として抽出されるものが取引上他の部分に対し圧倒的重要価値を有し、他の部分は顧慮される必要がない程度のものである場合とか、重要な部分とそうでない部分とに分離して観察することを必要とする特別の事情がある場合とかに限つて認められるべきものであつて、みだりに重要部分と附加部分とに区別し、又は顕著部分とそうでない部分とを分離し、その部分のみを抽出して単にその部分を比照することにより両者の異同を判別し、これに対して統一的観察をすることを軽視するようなことは正当ではない。

ところが、本件商標は、「ニチバンセロテープ」という僅か九文字のみから構成されていて、その各文字は一連不可分に表現され、「ニチバン」の四文字は「セロテープ」の五文字より幾分小さく表わされているけれども、両者を連続して判然と読むことができるような表現をとつており、且つ「ニチバン」の部分は、被控訴人の商号を示すものとして明らかに意味、観念を有するから、その部分を無意味な附加的装飾的部分として無視することは許されない。「セロテープ」の部分が「ニチバン」の部分に対し圧倒的重要価値を有し、「ニチバン」の部分は顧慮される必要がない程度のものであり、重要な部分とそうでない部分とに分離して観察することを必要とする特別の事情がある場合に該当しないことは明らかである。したがつて、本件商標と控訴人の使用した商標の外観とを対比して類否を決するにあたつては、前示原則に従い、その全体をもつてすべきものであつて、単に「セロテープ」の部分のみをとつて対比することは許されない。

(二)商標における称呼及び観念の類否の判断にあたつても商標全体を観察すべきものであることは、外観の類否について述べたところと全く同様である。本件商標全体を基礎とし、商品需要者が通常の取引上に用いる注意の程度を基準とする限り、本件商標から生じる称呼、観念は、決して「セロテープ」ではなくて、「ニチバンセロテープ」であることに疑を容れる余地はないといわなければならない。

四、(一)控訴人の使用している商標は、「セキスイ」の文字を顕著に表示している。商標は文字、図形、記号、色彩の一又はいくつかの結合であるから、控訴人の使用した商標からその文字だけを抽出し、文字の配列位置だけで抽象的に判断すべきでない。控訴人がその製造するセロフアン製粘着テープに用いている標章は、前述のとおり別紙第二、一の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、二の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、三の(イ)(ロ)、四に示すとおりのものであつて、原判決添付別紙(二)(1) (2) (3) (4) に示すものと同一ではない。控訴人の使用した商標からその文字だけを抽出し、それらの文字の配列位置だけに従つて分類すれば、原判決添付別紙(二)(1) (2) (3) (4) に示すようになるかも知れないが、それは色彩、図形等をすべて捨象したものである。

(二)控訴人の使用している商標には、「セキスイ」の六字が明白且つ顕著に表示されている。

控訴人はプラスチツク製品の総合メーカーとして、その販売力、宣伝力は全国に及び、「セキスイ」は控訴人会社の社名として国内はいうに及ばず、海外にまで著名となつている。「セキスイ」の文字があれば、それによつて取引にあたつての識別力と出所の表示力とは充分に備わつているのである。したがつて「セキスイ」と表示してある商品が、「ニチバンセロテープ」と表示した商品と取引上誤認混同を生じるおそれはない。

(三)別紙第二、一の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、二の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、三の(イ)(ロ)、四には、いずれもテント虫のマークが鮮明な色彩で表示されている。控訴人は昭和三〇年からその製造販売する家庭用品、日用品、事務用品にテント虫を控訴人会社を表象するマークとして表示使用し、その宣伝に努めた結果、周知の事実となつたのである。したがつて控訴人の右商標を使用した商品が、「ニチバンセロテープ」と表示された商品と取引上誤認混同を生じるおそれはない。控訴人の商標は被控訴人の本件商標と類似するものではないのである。

五、特別顕著性を有しない部分は、商標の要部とならない。

旧商標法第二条第二項の規定の趣旨から見るならば、商標の要部とすることができるためには、その部分が独立して特別顕著性を有していなければならないはずであり、逆に或る商標において、その特定の部分が独立して特別顕著性を有していないときは、その部分はそれだけの理由で、その商標の要部ということはできないのである。仮りに百歩を譲り「セロテープ」という言葉がセロフアン製粘着テープを示す普通名称にまで至つていなかつたとしても、そもそも「セロフアン」という言葉は、その発明者が原料である再生繊維素の「セルローズ」の第一音節「セロ」と透明を示すギリシヤ語に由来する「フアン」とを組み合わせて作つた造語であつて、セロフアンは第一次大戦後に工業化され、第二次大戦の頃には普通名称として広く使用されていたのであるが、「セロ」と「フアン」とを結合した言葉であるから、「セロ」は「フアン」と分離してセロフアンの略称となるべき性格を有していたものである。このように「セロ」は商品の原材料であるセロフアンを示す略語であり、「テープ」はその形状を示す言葉であるから、「セロテープ」商品の品質、原材料、形状を表示するものである。したがつて「セロテープ」という言葉に特別顕著性は認められず、本件商標の要部となることはできないのである。

六、本件商標は、これと商標登録願昭和二五年第一三四五九号、同第一三四六〇号、同第一三七六九号、同第一三七七〇号の四件の商標とが、それぞれ互いに類似する連合商標として出願され登録されたものである。したがつて、本件商標と右四件の商標のそれぞれとが直接に類似し連合関係にあるものとされたのであつて、順次連続的な連合関係にあるとされたものではない。このように連合関係にあるとされる各右商標に共通する部分は、すべて「ニチバン」という文字又は呼称なのである。

第四、誤認混同の問題

控訴人の商標を付したセロフアン製粘着テープは「ニチバンセロテープ」と取引上誤認混同を生じたことはなく、また将来取引上誤認混同を生じるおそれもない。

一、商標法において、前示のように、商標権の効力の及ぶ範囲を類似商標と類似商品とにまで広げ、その範囲の行為をも商標権によつて排除することができるとしたのは、そのような行為が、取引過程において、登録商標の有する出所表示機能、自他商品識別力がそこなわれるが故にほかならない。したがつて、一見或る登録商標に類似するような商標を、その登録商標の指定商品と同一の商品又はこれに類似する商品に使用したときであつても、その使用行為が、取引過程において、その登録商標の出所表示機能を損じたり商品識別力を害したりしない場合、換言すれば、取引上両者に誤認混同が生じず、また生じるおそれがないときは、その商標使用行為を、もとの登録商標との関係で禁止する必要も理由もないのであるから、そのような商標をもとの登録商標の類似範囲に包含させる根拠は全く存しないのである。

二、本件商標の指定商品は、商品類別第五〇類のセロフアン製テープであるのに、被控訴人は本件商標を商品類別第七〇類に属するセロフアン製粘着テープに使用しておるのであるが、セロフアン製テープとセロフアン製粘着テープとは、品質、用途、製造業者、原料及び外観のすべてにわたつて一致するところがないから、両者は同一商品でも類似商品でもない。したがつて商品類別第五〇類のセロフアン製テープを指定商品とする本件商標を、セロフアン製粘着テープに使用する行為は、被控訴人の有する商標権の行使ということはできないのである。したがつて、控訴人がその商標をセロフアン製粘着テープに使用する行為が、被控訴人の有する商標権との関係で取引上誤認混同を生じるかどうかを判断するにあたつては、たとえ被控訴人が本件商標をセロフアン製粘着テープに使用しているとしてもその事実を顧慮する必要は全くないのである。

三、本件商標には被控訴人の商号の略称である「ニチバン」の文字が顕著に表示されており、控訴人の商標にはすべて控訴人の商号の略称である「セキスイ」の文字が顕著に示されているから、普通の知識を有する商品需要者が商品を購買するにあたり普通に用いる注意をもつて標準とする限り、両者が取引上誤認混同を生じることはあり得ないのである。しかも、取引界の実際においても必ず「ニチバン」のセロテープとか、「セキスイ」のセロテープとかいうように呼称することによつて、出所の識別がされているのであつて、過去においても将来においても取引上混同誤認のおそれは全く存しない。

第五、普通名称化の問題

一、或る商標権の指定商品又は類似商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する商標には、その商標権の効力は及ばない。商標法第二六条の規定は、商標権発生の前後を問わず、本条に該当するような事実が発生したときに、その客観的事実と商標権との調整を計り、そのような事実に対して商標権の効力を制限するということをその趣旨としているのである。したがつて、例えば商標権発生の当時には未だ普通名称となつていなかつた用語であつても、後日普通名称となつたときは、それ以後にその普通名称を普通に用いられる方法で表示した商標を、その指定商品又は類似商品に使用することは、本条によつて何人にも自由に許されるところとなる。したがつて、本条の要件を備えているかどうかの判断は、常に必ず判断時を基準としてしなければならないのであつて、その商標権の登録出願の時又は登録の時を基準とすべきではないのである。

二、商標は世人に商品を選ばせるための有力な手がかりの役割を果し、商品の製造販売業者は、商標が持つているこのような消費者の信頼の象徴としての力を市場に広めるためにできる限りの努力をする。したがつて、商標権者は、商標があらゆる分野において、できる限り多くの人に普及するように、すべての機会を利用して、その宣伝に努める。しかしながら、他方商標が普及し著名になればなるほど、大衆がこれを商品名的に認識する傾向が生じるのであつて、価値の増大は反面一歩誤るならば普通名称化によつて権利を喪失するという事態を伴うのである。著名な商品ほど傷つき易いことは多くの事例が証明しているのであつて、例えば、アスピリンはドイツバイエル社の商標であつたが、同種の製品にアスピリンという名称が使用され始め、普通名称となり、セロフアンは米国デユポン社の商標であつたが、第三者がセロフアンという名称を同種の商品に使用した結果、普通名称化するに至つた。

それゆえ、商標権者の商標普及への努力は、決してその普通名称化を阻止するものではなく、かえつて普通名称化への危険をはらむものであつて、ここに商標管理の必要性が生じるのである。

したがつて、商標権者の商標普及への努力は、普通名称化の認定を妨げるものでない。普通名称化への過程における第三者による商標の無断使用の事実は、普通名称化の結果を否定するものではない。普通名称化しているかどうかは、買手がその言葉によつて何を認識しているかによつて決まるものであつて、もし買手がその言葉によつて単に売られる商品の種類を認識しているに過ぎないならば、特定の二、三の者が後日その言葉が登録商標であることを認識するに至つても、普通名称化を否定することはできない。

三、一般の消費者が特定の名称をその商品の一般的名称であると意識しても普通名称ということはできず、当該取引界において普通名称化した場合にのみ普通名称であるとする説と、消費者がその名称によつて単に商品の種類を認識しているに過ぎず、特定の者の商品と認識しないようになつたときは普通名称となつたものとする説とが対立している。しかしながら、本件セロフアン製粘着テープのように事務用品や家庭用品として直接消費者大衆によつて需要されるものについては、たとえ前説に従うとしても消費者大衆の認識を無視することは許されないであろう。

現在セロフアン製粘着テープは、どのような製造業者によつて製造されたものであつても、消費者大衆からセロテープと呼ばれ、セロテープが普通名称として認識されていることは疑の余地のない事実である。

しかも、消費者大衆がセロテープを普通名称としたのは、被控訴人が「セロテープ」という文字の商標を登録するよりはるか以前であつて、この点において、「味の素」や「セメダイン」というような商標がその登録後一般に普及したのとは趣を異にしている。このように「セロテープ」がセロフアン製粘着テープの普及とともに容易に普通名称化したのは、セロフアンの略称であるセロとテープという普通名称とを組み合わせることによつて構成されており、何人にもその指称する商品が何であるかを容易に直感させる言葉であることによるものである。

四、普通名称化に至つた縁由や経緯にかかわりなく、判断の際の時点に立つて考えれば、「セロテープ」という用語がセロフアン製粘着テープの普通名称となつていることは明白である。

そうすると、セロフアン製粘着テープが被控訴人の本件商標の指定商品に包含され、あるいはその類似商品であるとしても、控訴人の商標使用について商標法第二六条の規定が適用されることは当然である。

(一)被控訴人自らもセロテープが普通名称であることを自認している。

(1) アドヒーシプ・テープス・リミテツドは、昭和二八年五月二〇日指定商品を類別第七〇類粘着テープとして「Sello tape」という構成を有する商標登録出願(第一三〇四九号)をし、昭和二九年一月一三日出願公告を得た。被控訴人はこれに対して異議の申立をしたのであるが、その異議理由において「「セロテープ」と言えば此の粘着テープは、セロフアンを資材とし之に粘着剤を片面に塗布したものであることが一般常識とするものであることは、今日汎く世人の知る所である。」と述べた。

(2) 三村一雄が昭和三一年一〇月一〇日指定商品を第七〇類天然又は人造ゴム、合成樹脂及び油脂等からできた粘着剤を塗布した接着テープとして、「トウバンセロテープ」と片仮名文字で縦書きした構成を持つ商標登録出願(第三〇五九四号)をし、昭和三二年一月二五日出願公告を得たのに対して、被控訴人は異議の申立をし、その申立の理由において、「本件商標はトウバンセロテープの構成体から成る商標で而も其の指定商品接着テープの礎材はセロハンを使用するものでありますから、現在の商取引の実情から推考して単にセロテープと称呼せられるものと信じて疑いません。」「現に今日市場に販売されているセロハン製粘着テープは凡べてセロテープと称呼され取引されて日絆薬品工業株式会社としては少からず迷惑をしております。」と述べて、セロフアンを素材とする粘着テープは商取引において、各社の製品すべてが一様に「セロテープ」と称呼されていることを明白に自認したうえ、「セロハンに粘着材を塗布したテープは製品名としては粘着テープとか又は接着テープと呼ばれて居りますが、一度市場取引と言う事になりますと一様に前4項(右引用部分を指す。)に於て申述べましたようにセロテープと呼ばれて取引をされて居るのであります。」として、右称呼が市場取引の際用いられる呼称であること、すなわち取引業者の使用するところであることを指摘し、次いで、「日絆薬品工業株式会社において、セロテープの名称を採択致しましたのは、セロハン製の粘着テープでありますためにセロハンのセロと粘着又は接着テープのテープの文字を結合したのであります。熟々按じまするにこのセロテープの標章が人口に膾炙するに致つたと思わるる点はセロハンとテープの両商品の名称の文字を結合して新らしい用語としたためと、そして又呼称語略が最も良好で記憶し易いのに起因するものと思われるのであります。」として、セロテープの言葉の由来とそれが普通名称化するに至つた所以とを説いているのである。

もつとも、被控訴人は右各引用の文章は後に取り消したというけれども、被控訴人が昭和二九年頃から昭和三二年頃までセロテープをセロフアン製粘着テープの普通名称であるとしていた事実は後日の取消によつて何ら影響を受けるものでない。しかも、その取消さえ、数年を経た後、本件係争の発生後初めてされたものである。

以上によつて明らかなように、被控訴人自身すら、「セロテープ」がセロフアン製粘着テープの普通名称として昭和二九年頃から市場取引に広く使用されていたことを認容していたのである。

被控訴人が本件訴訟において「セロテープ」が普通名称化していることを否定しているのは、禁反言の原則にも違背している。

(3) (イ)高分子学会発行の雑誌「高分子」昭和三〇年五月号に前田邦夫の「粘着テープの剥離試験」と題する記事が、

(ロ)同誌昭和三一年一一月号に同人の「粘着テープ」という記事が、

(ハ)プラスチツク協会機関誌「プラスチツクス」昭和三四年号に遠山三夫の「最近の粘着テープについて」と題する記事が、それぞれ登載されている。右記事の筆者は当時被控訴人会社に勤務していた職員であつたが、(イ)ではセロテープを紙テープや絆創膏に対立する普通名称として用いており、(ロ)ではセロテープを紙テープ等の普通名称と同一用法に使用しており、(ハ)ではセロフアン製粘着テープ一般をセロテープと呼んでその製法、特性等を述べている。

被控訴人会社の職員自身がセロテープをセロフアン製粘着テープを表わす普通名称と考え、且つそのように使用して疑わなかつたのである。

(二)特許庁もセロテープが普通名称であることを認め、これを普通名称として使用している。

(1) 昭和三三年一〇月一一日発行の特許庁公報は、「発明および実用新案分類の定義」の改正を登載するにあたつて、その第七四類「切削、研削」の説明にあたり、「テープ切断器具(例えば事務用品セロテープに附いているもの)のうち物別、用途別により明瞭に区別出来るものは云々」としてセロテープを普通名称として用いている。

(2) 特許庁編「発明および実用新案分類の索引」には分類二四類顔料、塗料、塗装、接着のうち丁項接着の部にセロテープ関係の発明及び実用新案が含まれる旨表示しており、そのセロテープという言葉が単に被控訴人の製品のみを指すものでないことは明らかである。

(3) 昭和三四年一月一五日発行の特許庁監修、商標研究会編「日本商標大辞典」において、「商品の普通名称という項に「セロテープ」「フイルム」「バター」のような普通の商品名が普通名称であることはいうまでもないが云々」として、セロテープをもつて商品の普通名称の最も適切な実例に取り上げてさえいるのである。

(4) 発明又は考案の名称として、昭和三一年九月出願の「灰皿附セロテープの切断器」、同年八月出願の「セロテープ収納兼切断器」、同年一二月出願の「セロテープ切断器」、同年三月出願の「セロテープ貼着器」、と表示し、セロテープを普通名称として使用している。

その他出願の本文中セロテープを普通名称として取り扱つている例は、枚挙に暇がないが、これらの諸例においては、出願人、弁理士、特許庁審査官がセロテープをもつて普通名称と解していたといわねばならないのである。

(三)東京高等裁判所工業所有権部においては昭和三三年七月三日昭和三二年(行ナ)第一三号審決取消事件について言い渡した判決の理由中に「引用例は、絆創膏、セロテープのような比較的薄手の製品を製造するのに適しており、」と記載し、セロテープを普通名称として使用しておる。

(四)セロフアン製粘着テープを取り扱つている数多くの業者がセロテープを普通名称として広告類に明示しており、日刊新聞、週間誌、雑誌、業界新聞、その他の記事中にセロテープを普通名称として使用した事例は無数に存在し、辞典類において、セロテープを普通名称とした事例も数多い。

五、控訴人がセロフアン製粘着テープに従来使用して来た「セキスイテープ」という商標を「セキスイセロテープ」という商標に変更した理由は、セロフアン製粘着テープが昭和三三年当時一般にセロテープと呼称して取引されており、特に「セキスイテープ」と表示した商品が取引者の間では「セキスイセロテープ」と呼称して取引されており、辞典類にもセロテープを普通名称として記載しており、「セロテープ」という商標は未だ登録されていなかつた。したがつて控訴人はセロテープを普通名称であると確信していたからであつて、被控訴人のいうように不正競争の意図の下に使用したのではない。前示のとおり、控訴人会社の販売力と宣伝力とをもつてすれば、第三者の販路を利用したり、商標を模倣する必要はいささかもないのである。

第六、「セロテープ」登録無効の審決

被控訴人は「セロテープ」という文字を横書きにした構成を有する商標の出願をした。もし、被控訴人の主張するように「ニチバンセロテープ」という商標の要部が「セロテープ」であるというならば、「セロテープ」単独の登録出願をする必要はないはずである。右商標については昭和三四年一二月二一日第五四六二二九号をもつて登録されたが、控訴人は昭和三五年一月二五日特許庁に対しこれについて無効審判の請求をしたところ、昭和三九年二月二〇日登録第五四六二二九号商標の登録を無効とする旨の審決があつた。

右審決はその理由において、右商標が登録された昭和三四年末頃には、「セロテープ」の文字は単にその指定商品に関する取引者、需要者のみでなく、広く一般世人の間でこの商品の品質材料を表示する用語又は普通名称を指称する語として認識されており、またそのように使用されていた事実を肯認するに充分であるとして、「セロテープ」という言葉が、セロフアン製粘着テープをも含めて、セロフアン製のテープの単なる品質材料の表示であり、普通名称であることを明白に認めているのである。

また右審決は、審決理由において、右登録商標と連合関係にある本件商標にも論及して、「本件商標が連合している登録第四一五三六〇号商標は仮令商標中「セロテープ」の文字が「ニチバン」の文字に比較して若干大きく表わされているとしてもこれが登録第四一二五六九号外三件の商標に連合する商標として登録されたのは、これら各商標の構成から判断して「セロテープ」ではなく、寧ろ「ニチバン」の部分にあるものと考えるのが妥当であるし、又、このように「ニチバンセロテープ」が登録されるに際して「ニチバン」に要部を認めこれによつて連合していることは疑がない。」と述べ、本件「ニチバンセロテープ」商標の要部がその連合関係から見ても「ニチバン」の部分にあると断定しているのである。

右審決理由からいつても、控訴人が「セキスイセロテープ」という文字を有する商標をセロフアン製粘着テープに使用する行為が、被控訴人の有する本件商標権の侵害を構成することはあり得ないといわなければならない。

疎明<省略>

理由

第一、控訴人は、本件仮処分決定について原裁判所は管轄を有しないものであると主張し、専属管轄に関することであるから、当審においてもこれを主張することは許されるけれども、被控訴人は原裁判所に本件仮処分の申請をし、昭和三四年四月一七日決定がされ、同月二〇日原裁判所に本案の訴を提起し係属するに至つたものであつて、本件仮処分命令について原裁判所が管轄権を有するものであるとする理由については、原判決理由(い)(管轄の問題)において判断するとおりであるから、これを引用する。

第二、被控訴人が昭和二五年六月一三日特許庁に対し、別紙第一に示すとおり、「ニチバンセロテープ」と横書きしいずれも刷毛文字の書体で表わされ、その「ニチバン」の文字は「セロテープ」の文字に比較し小さく構成された商標をセロフアン製のテープを指定商品として登録出願し、同庁において審査の結果昭和二十七年九月六日第四一五三六〇号をもつて商標登録されたこと被控訴人が製造し本件商標を使用して販売している商品は、セロフアン製のテープに粘着性を保有させたものであり、控訴人においても、これと同一の性質を有する商品を製造し、これに当初は「セキスイテープ」という商標を付して販売していたが、昭和三三年夏頃から「セキスイセロテープ」という商標を付して販売したことは当事者間に争がない。

控訴人は、被控訴人の商標権の指定商品は商品類別第五〇類中のセロフアン製テープであるが、セロフアン製粘着テープはこれに属せず商品類別第七〇類に属する非類似の商品であると主張するけれども、右主張を採用することのできない理由については、原判決理由(ろ)(商品類別の問題)において判断するとおりであるから、これを引用する。

控訴人は、指定商品及びその範囲は願書の記載を根拠として客観的且つ一義的に定めるべきものであつて、出願人の内心的意図によつて影響を受けるべきものではないと主張するけれども、商品類別中第五〇類に属する商品は紙及び紙製品であつて、これにはセロフアンを含み、紙(セロフアンを含む。)を主体としその品質特性を保持させたまま簡単な加工をしたものを含むのであるから、セロフアン製テープは粘着性を有しないものばかりでなく、粘着性を有するものも第五〇類に属するのである。一方第七〇類に属する商品は、他類に属しない商品を指称するものであるから、セロフアン製テープは粘着性を有するものでも第七〇類に属せず第五〇類に属することは明らかである。被控訴人が本件商標の指定商品としたセロフアン製テープが粘着性を有するものを含むことは明白であるといわなければならない。被控訴人は本件商標をセロフアン製粘着テープに使用しており、控訴人が「セキスイセロテープ」という商標を付して販売した商品も同一の性質を有することは、前示のとおり当事者間に争がないから、控訴人の右主張は採用することができない。

控訴人は、商標法第六条第二項の規定をもつて商品類似の範囲は商品の区分以上に広いものであると解することはその立法趣旨を没却するものであると主張し、あるいは、特許庁においては旧商標法の施行されていた期間を通じ連合商標登録出願審査にあたり類別を異にする商品相互の間で類似関係が成立することはあり得ないとの前提に立つて実施しており、永年にわたる審査基準は判例法又は慣習法ということができると主張するけれども、右主張はいずれも被控訴人の本件商標の指定商品のセロフアン製テープには粘着性のものを含まないことを前提とするものであるから、前示のようにその前提を採用することができない以上、右主張も理由がないものといわなければならない。

第三、原審(第二回)証人酒井正美の証言により真正に成立したものと認められる乙第八七号証によると、セロフアンの原語である英語の「cello-phane 」は、その原材料である「cellulose 」の略語である「cello 」と透明を示すギリシヤ語に由来する「phane 」とを結合して作られた造語であつたが、その後普通名称化したものであることが認められるから、セロフアンが他の言葉と複合して用いられる場合、フアンを省略しセロと略称されることのあるのは極めて必然性のあるものといわなければならない。

成立に争のない乙第五三号証の一から九までによると、セロフアンはわが国において昭和一〇年以前から商品として市場に現われ、すでに昭和一〇年頃にセロフアン製品を取引する業界においてセロフアンをセロと略称して使用する場合が多かつたことが認められる。もつとも、成立に争のない甲第九五六号、第九五七号証、第九六四号から第九六九号証までによると、セロフアンを掲載していない辞書のあつたことが認められるけれども、右業界においてセロフアンをセロと略称して使用する場合が多かつたことの反対の疎明とするに足りない。

テープは紐を指称する英語であるが、殆んど日本語と同程度に広く使用されていることは経験則上明らかである。

そこで本件商標が登録された昭和二七年九月六日当時「セロテープ」という言葉が取引業界において使用されていたかどうかを考察しよう。

成立に争のない乙第五六号証、第二六七号、第二七一号、第二七三号、第二七四号証の各一、二、第三者の作成したもので弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二二号証の一から五まで(大東セロフアン株式会社の納品書写)第三〇八号、第三〇九号証によると、粘着性を有しないセロフアン紐が昭和二六年、二七年当時セロテープと略称して取引され「平和セロテープ」「コケシセロテープ」の標章を付した商品がわが国市場に存在したことが認められる。右乙第二六七号、第二七一号証の各一、二によると、大東セロフアン株式会社は控訴人の製造するセロフアン製粘着テープの販売店であることが認められるけれども、それだからといつて、乙第二二号証の一から五までの同会社の納品書の記載中セロテープの部分が事実に反するものということはできない。検甲第七号証、甲第二三〇号証、第五六二号証、第六〇三号証、第六〇九号から第六一一号証まで、第六一四号証、第六二〇号証、第六二五号証、第六三四号から第六三七号証まで、第六三九号証、第九四二号証、原審証人佐藤満男、当審証人関口房蔵、坂本郁二、松尾二郎、新村義弘の証言は、右に反する事実を疎明するに足りない。

前示乙第二六七号、第二七四号証の各一、二、成立に争のない乙第二七六号証、原審証人近藤正男の証言により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証の一から一二まで(株式会社曙文房納品書写)、第三者の作成したもので弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一九号証の一、二(同会社売上台帳写)、乙第二一号証の一から四まで(千代田文具株式会社仕入台帳写)、右証言によると、粘着性を有するセロフアン製テープも昭和二五年当時セロテープと略称されて取引されていたことが認められる。右証言によると、株式会社曙文房は控訴人製品の販売代理店であつて、控訴人と密接な関係があることが認められるけれども、それだからといつて、右乙各号証の記載が事実に反するものということはできない。検甲第九、第一〇号証、甲第二三一号証、第五四九号証、第五八〇号、第五八一号証の各一、二、第六一九号証、第六二一号証、当審証人倉田尚彦、関口房蔵、川又正三の証言は、右に反する事実を疎明するに足りない。

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一三三号から第一一三六号証まで(被控訴人経営協議会議事録)第一一三七号証(禀議書)原審証人大久保常信、小原孝雄、高橋襄、佐藤満男の証言によると、セロフアン製粘着テープは被控訴人が昭和二二年一二月進駐軍の注文によりこれを製造納入するまでわが国の一般市場に存在しなかつた商品であるが、被控訴人は昭和二三年六月頃からこれを一般市場に販売した。右当時粘着性を有するセロフアン製テープは一般に存在しておらず、したがつてこの商品に対する普通名称は存在していなかつたのであるが、その頃被控訴人は社員大久保常信の発案に係る「セロテープ」を商品名として使用することを決定し、その後「ニチバンセロテープ」等の商標を使用し、広告宣伝に努めた結果、その販路は全国に及ぶようになつたことが認められる。

このように「セロテープ」という言葉は、当初普通名称として広く一般に使用されていなかつたけれども、「セロ」が商品の原材料であるセロフアンを示す略称であることは何人にもたやすく了解されるところであり、「テープ」は形状を示す言葉であつて、取引上粘着性を有しないセロフアン製テープとの混同を生じるおそれがない限り「粘着」の言葉が省略されることは当然予想されるから、「セロテープ」は指定商品の品質、原材料、形状を表示するものに過ぎず、旧商標法第一条第二項に定める特別顕著性を有するものではないといわなければならない。

被控訴人は、「セロテープ」の文字のうち「セロ」は楽器のセロにヒントを得たものであると主張するけれども、たとえそのような事実があつたとしても、楽器セロはテープ類と観念的に何ら関連性はなく、「セロテープ」を指定商品との関係からみた場合、「セロ」を楽器と考えず、セロフアンの略称と考えるのが通常であるから、被控訴人の右主張は採用することができない。

被控訴人は「セロテープ」は一連不可分の構成を有するものであつて、これを区分して読むことは許されないと主張するけれども、前に説明したとおり、元来セロフアンは「セロ」と「フアン」とを結合して作られた造語であつたから、セロフアンが他の言葉例えば「テープ」と複合して用いられる場合、「セロ」と略称されることのあるのは、その言葉の構成された歴史から見て異とするに足りない。「セロ」と「テープ」とは区分することができないものと断ずることはできない。

被控訴人は、進駐軍は同種の商品を呼ぶのに「セロテープ」と呼ばず「スコツチテープ」、「テープスコツチ」、「テープスコツチセルローゼ」と呼んでいたと主張するけれども、たとえそのような事実があつたとしても、「セロテープ」を品質、原材料、形状を表示するものと解することに何らの妨げとなるものではない。

第四、本件商標と控訴人の使用する商標とが類似するかどうかを考察しよう。

本件商標は前示のように、別紙第一に示すとおり、「ニチバンセロテープ」と横書きし、いずれも明朝風刷毛文字の書体で表わされ、「ニチバン」の文字は、「セロテープ」の文字に比較し小さく表わされている。

ところが、成立に争のない甲第一号証の一から四まで、乙第二号証、原本の存在とその成立に争のない乙第一号証によると、本件商標は次の四件の商標の連合商標として登録されたものである。

<1>  登録第四一二五六九号商標

「<画像省略>」の図形の下に「NICHIBAN」と「cello-Tape」の両文字を上下二段に横書きし「NICHIBAN」の文字は「cello-Tape」の文字に比較し小さく表わしてあり、第五〇類セロフアン製のテープを指定商品としたもの。

<2>  登録第四一二五七〇号商標

前同一図形の下に「NICHIBAN」と「ニチバン」の両文字を上下二段に横書きし、第五〇類紙及び他類に属しないその製品を指定商品としたもの。

<3>  登録第四一五四六三号商標

「ニチバン粘着テープ」の文字を横書きにし、「ニチバン」の文字は「粘着テープ」の文字に比較して小さく表わしてあり、第五〇類紙製の粘着テープを指定商品としたもの。

<4>  登録第四一五四六四号商標

「Nichiban」と「Tape」の両文字を上下二段にやや筆記体風に横書きしたもので、第五〇類紙製テープを指定商品としたもの。

以上四件について出願の日は、<1><2>は昭和二五年六月九日、<3><4>は同月一三日、登録の日は、<1><2>は昭和二七年六月一三日、<3><4>は同年九月九日であることが認められる(もつとも、右事実のうち一部分については原判決事実摘示のとおり、当事者間に争がないのである。)。

そうすると、<1>の「Cello-Tape」、<3>の「粘着テープ」は、品質形状を表示するものに過ぎず、その文字はそれぞれ「NICHIBAN」、「ニチバン」の文字に比較して大きく表わされているけれども、特別顕著性を有せず要部でないのと同様、本件商標中「セロテープ」の文字は「ニチバン」の文字に比較して大きく表わされているけれども、要部ではないのであつて、本件商標が登録されるに際し「ニチバン」に要部を認め、これによつて連合したものと認めたことは明白である。

もつとも、連合商標の登録において、関係商標の一群のうちには直接には類似しないものが生じることがあるであろうことは否定できないが、前示の経緯によれば、本件商標と右四件の商標のそれぞれとが直接に類似し連合関係にあるものとされたのであつて、順次連続的な連合関係にあるとされたものではない。

「ニチバン」が被控訴人会社名の略称であることはいうまでもないが、それだからといつて製造者を表示するための附記的部分と認めなければならないものではない。

被控訴人は、本件商標は昭和二七年九月六日登録されて以来何人からも異議の申立等なく確立された商標権であつて、その要部である「セロテープ」は旧商標法第二条末項による権利を要求しない旨の申出なくして登録されたものであつて、今日において何人も「セロテープ」の部分の特別顕著性を否定することは許されないと主張するけれども、前示のとおり「セロテープ」の部分は要部と認められないものであるから、権利を要求しない旨の申出をさせる必要がなかつたものである。被控訴人の右主張は理由がない。

一方、控訴人の製造販売するセロフアン製粘着テープの箱であることに争のない甲第三号証の七から一〇まで及び弁論の全趣旨によると、控訴人の使用する商標は、別紙第二、一の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、二の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、三の(イ)(ロ)、四に示すとおりであつて、<1>「セキスイセロテープ」の文字を一連に横書きするもの、<2>「セキスイセロテープ」の文字を一連に縦書きするもの、<3>「セキスイ」と「セロテープ」との両文字を上下二段に横書きし、「セキスイ」の文字は「セロテープ」の文字より小さく左上辺に寄せるもの、<4>「セキスイ」の文字を左側に横書きし、右側の円輪内に「セロ」と「テープ」との両文字を上下二段に横書きされているもの、以上いずれも控訴人会社名の略称である「セキスイ」の文字が明白に表示されているばかりでなく、控訴人が控訴人会社の製品を表象するマークとして宣伝に努めているテント虫が色彩鮮明に表示されている。

前に説明したように「セロテープ」は商品の品質、原材料、形状を表示するものであるから、「セロテープ」の文字が「セキスイ」の文字に比較して大きく表わされているとしても、その要部は「セキスイ」にあるものであつて、「セロテープ」にあるものではない。

以上の事実によると、本件商標の要部である「ニチバン」と控訴人の使用する商標の要部である「セキスイ」とは称呼、外観、観念において全く類似しないものであるから本件商標権の効力が控訴人の使用する商標に及ばないことは明白であるといわなければならない。

そうすると、セロテープが現在セロフアン製粘着テープの普通名称となつているかどうかの争点について判断するまでもなく、控訴人は被控訴人の有する本件商標権を侵害するものということはできないから本件仮処分はこれを許すべきものではないのである。そこで本件仮処分決定を認可した原判決を取り消し、被控訴人の本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法第八九条仮執行の宣言について同法第七五六条ノ二、第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 齋藤平伍 朝田孝)

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