大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1487号 判決 1963年8月15日

控訴人 吉富克次

被控訴人 倉垣しけ 外一名

主文

原判決中控訴人に関する部分を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人両名に対し、神戸市須磨区板宿町一丁目二番地上家屋番号同町二九番木造瓦葺二階建居宅一棟二戸建(建坪二一坪三合、二階坪一九坪八合)の内東側の一戸(建坪一〇坪六合五勺、二階坪九坪九合)を明渡し、かつ被控訴人両名に対し昭和三六年五月六日より右明渡済にいたるまで一ケ月金八七五円の割合による金員を支払え。

被控訴人等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。との判決を求め、被控訴人等代理人は本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

被控訴人ら代理人において、本件賃料は控訴人ら(控訴人及び原審相被告吉富ヤスノを指す。以下同じ)において毎月六日にその月分を支払う約定であつた。昭和三六年四月一九日付書面による賃料催告並条件附解除の意思表示が控訴人らに送達されたのは同月二九日であるこの場合催告期間は翌五月五日迄延長され、解除は同月六日に発効した。と主張を訂正し、控訴人の解除無効の主張に対し、

一、右催告並解除は有効である。

(イ)  本件催告は昭和三六年四月一九日書留内容証明郵便でしたものであるが、普通は翌二〇日到達すべきところ控訴人らは不在で延着したものである。このような場合は催告期間はそれだけ延長され、同年五月五日迄に控訴人が支払えばともかく、控訴人がこれを支払わない限り解除は同日の満了をもつて発効するものといわねばならない。

(ロ)  仮に然らずとしても不当に短い猶予期間又は猶予期間の定めのない催告もなお無効ではなく、更に控訴人は催告後もこれを無視放任して数月を経過した後(本訴提起後)に至つて始めて家賃を供託した。かかる不信行為を敢てしながら催告期間経過後に催告書が到達したことの故に解除の無効を主張することは禁反言の原則に反する。

二、仮に右解除が有効ならずとしても本訴において(昭和三七年七月六日の口頭弁論期日)予備的に解約の申入をした。

すなわち、(イ)本件家屋には賃借人たる控訴人らが居住せず。無関係な訴外興津あや子をその夫、子供と共に入居せしめ、更に同訴外人が本件家屋に十余人を宿泊せしめ、本件家屋は土方部屋や飯場の観を呈している。

(ロ) これにひきかえ被控訴人倉垣しけは本件家屋を使用する必要に迫られている。すなわち、同被控訴人は現在息子の訴外倉垣敏夫方に同居しているが、同人の居宅は借家でその建坪は一一坪四合七勺しかなく、これに同人夫婦とその子供二人(中学生と小学生がおり、この家に被控訴人しけと五人が同居することは無理不便である。

(ハ) 同被控訴人は已に年齢七〇歳に達した老令で卵の行商をしているが、本件家屋は亡夫から譲られた唯一の財産であり、この家で子や孫と共に安らかに余生を送りたいと念願している。

三、控訴人の右解約申入は時期に後れた攻撃防禦方法だとの主張に対し、控訴人は原審において本件催告書が期限前に到着したことを争わず、従つてこの点について解除の無効を主張していなかつたのに当審においてその無効を主張するに至つたので、被控訴人らはそれに対抗するために右主張をなすに至つたもので、此の点について被控訴人らに故意又は重大な過失はない。

と陳べ(なお被控訴人らは当審において金員請求中昭和三六年四月二七日以降同月三〇日迄一ケ月金八七五円の割合による金員請求部分は重複計算に付該部分を減縮した)、

控訴人代理人において、

一、本件催告並条件附解除の書面が控訴人に送達されたのは昭和三六年四月二九日である。右催告は同月一九日発信されているが催告期間を同月二五日とするもので、右期間経過後に到着されたものであるから右書面によつてなされた条件附解除は無効である。

二、控訴人は実際は右催告書をみていなかつたのであるが、その後これを知り、同年七月頃に同年二月分以降六月分迄の賃料を提供したが受領拒絶されたので同年七月二六日これを供託し、爾後賃料の供託を続けているので現在控訴人に賃料の遅滞がない。従つて賃料不払を理由とする解除は理由がない。

三、被控訴人らの予備的主張(解約申入)は原審にて主張しなかつたもので時機におくれた攻撃方法で訴訟の完結を遅延せしめるものであるから民事訴訟法一三九条により却下せらるべきである。またこのような主張が許されるならば審級の利益は無視されることになり不当である。

と陳べた外、いずれも原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し原判決二枚目裏四行目「原告は」とあるは「原告らは」の誤記と認める)。

<証拠省略>した外、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

一、本件係争家屋が被控訴人らの共有であること、控訴人が一審被告吉富ヤスノと共に被控訴人ら主張の如き約定で右家屋を被控訴人らより賃借したこと、右賃料が昭和三六年一月以降月額一、七五〇円であること、控訴人らが同年二月分以降同年四月分迄の賃料を延滞していたことは当事者間に争がない。

二、本件家屋の明渡請求について考えるに、被控訴人らが昭和三六年四月一九日発信の書面で控訴人と吉富ヤスノに対し同月二五日迄に同年二月分より四月分までの延滞賃料を支払われたい旨の催告並に右不履行を条件とする賃貸借契約解除の意思表示をなし、同書面が控訴人らに対し同月二九日各到着したことは当事者間に争がない。控訴人は右送達当時これを知らなかつた旨主張するが隔地者間の意思表示について了知主義をとらず、到着主義をとつているとみられるわが民法(第九七条)の下においてたとえ現実に控訴人が右送達時これを諒知しなかつたとしても、右通知は到達の時よりその効力を生じたものといわなければならない。よつて更に進んで、右の場合の催告並に解除の効力について考える。

元来民法五四一条にいわゆる「相当の期間」とは履行の猶予期間でなく(従つて、遅滞ある者に対し遅滞の責を遡及消滅せしめるものではない)、解除権の発生を阻止するための期間で、いわば解除の猶予期間であるから、その期間は必ずしも催告の意思表示中に示す要なく、催告と解除との間に存する期間が相当であることを要する点に意味がある。従つて、<1>債務者に遅滞があり<2>これに対し催告がなされた以上、右催告に期間の定めがなくとも、また示された期間が相当でなくとも、催告後相当期間経過後に(債務者が右相当期間内に履行をしない以上)債権者は有効に解除出来るものといわねばならない。これを本件についてみるに右催告書において催告期間について本書到達後何日内というような表現をとらず、これに昭和三六年四月二五日迄と指示してあり、それが右期限経過後に控訴人らに送達されたからとて、右催告が解除の前提たる催告として無効となるいわれがない。ただその場合催告後相当期間経過後に改めて解除の意思表示がなされたら問題はないが、本件においては催告と同時に予め右不履行を停止条件として解除がなされているから、その効力について疑問を生じるにすぎない。思うにこのような問題の生じることをさけるために通常内容証明郵便で「本書到着後何日以内に」というような表現をとつて催告し、右期限内の不履行を停止条件として契約解除の意思表示をなす場合が多いが、催告期限を右のように指示しないで本件のように特定の日を指定する場合でも特別の事情のない限り当事者としては通常の状態において被催告人に右書面が到着する日を予定し、その予定到着日と指示した期限迄の間を催告期間としたものと解するを相当とする。従つて、右書面が何らかの事情で延着した場合(甚だしきは本件におけるように指示した日限後に相手方に到着した場合)は、現実の到着日より起算して右催告期間を計算し、債務者において右期間を徒過した場合は当然(改めて解除の意思表示を要せず)解除の効力を生じるものといわねばならない。このような解釈は当事者の意思解釈に合致するだけでなく、債務者にも決して酷な結果を招来しない。けだし、債務者としては催告をうけた以上相当期限内に履行をしなければ何時解除されても致方ないところ、既に解除の意思表示は条件附においてであれなされているのであるから、右書面到着後相当期限(催告期間)内に履行の提供をしない限り解除の効力発生を阻止するに由ないものといわねばならない。今これを本件についてみるに郵便局作成部分につき成立に争なく、その余の部分も弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一によれば本件催告並に条件附解除の意思表示を含む書面(書留内容証明郵便)が被控訴人らより控訴人らに宛てなされたこと、右発信人受信人の住所が何れも同一市内の神戸市であり発信局も神戸中央郵便局であること、右発信日付が昭和三六年四月一九日で同郵便局の受付日附が同日午前八時より正午までの間であることが認められるから、普通の事態においてはおそくともその翌日には控訴人らに送達されるものとみとめられる。よつて、催告期限を同月二五日とした右書面が延着して同月二九日控訴人らに送達された場合(この点は当事者間に争がない)、控訴人らにおいて、おそくとも翌月五日迄にこれを持参提供しない限り同日の満了を以つて解除の効力を生じたものといわねばならない。控訴人は右と見解を異にし、本件右解除は無効と主張するが独自の見解で採用し難い。

控訴人は賃料を適法に弁済供託したから解除は失当なる旨抗弁するが、その提供並に供託が右解除後になされたことはその主張自体に徴し明かであるから、たとえこれありとしてもこれがため既に生じた解除の効果を消滅するに由ない。しからば控訴人は被控訴人らに対し賃借人として賃貸借契約の終了により本件家屋を明渡さねばならない。

三、次に被控訴人らの金員の請求について判断するに、前認定事実によれば控訴人らは被控訴人らに対し昭和三六年二月一日以降同年五月五日の解除にいたるまで月額一七五〇円の割合による賃料を、またその翌日より本件家屋明渡済にいたるまで右明渡義務不履行による遅延賠償として同割合による賃料相当損害金の支払をせねばならない。(控訴人と一審相被告吉富ヤスノとは右各金員の二分の一宛。共同賃借人の賃料債務は不可分債務として各自全額の支払義務があるが、被控訴人らは原審以来全部義務としての請求をしていない。また被控訴人らは原審において昭和三六年四月二五日に解除ありたるものとし、それまでを賃料その翌日以降を損害金として請求し、当審において催告書の到着を同月二九日と訂正し解除を同年五月五日と主張を改めたが、右主張の訂正は特に反対の意思の認められない本件においては金員請求の部分についての訴旨は契約存続中の分については賃料、契約終了日の翌日以後の分については損害金として請求しているもの、換言すれば契約終了日がおくれるにつれ、その部分について賃料請求を拡張し、損害金請求を減縮し、訴の交換的変更をしているものと解せられるから、当塞が右金員の支払義務を肯認するに少しも支障はない。)

ところで、控訴人は右賃料は弁済供託をしていると抗弁するのでこの点について判断するに、成立に争のない乙第一号証の一に当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は本件訴訟が提起された後昭和三七年七月一六日頃被控訴人倉垣しけに対し同年二月分以降同年六月分迄の賃料合計金八七五〇円を提供したが受領を拒絶されたので(倉垣しけのみに対する提供も共同賃貸人の賃料債権が不可分債権と考えられる点及び同人は賃料受領につき村本まちの代理人であつたと認められること後に説明する通りなる点からして有効であると認められる)同被控訴人宛同月二六日これを弁済供託したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。してみれば右の内本件解除のなされた昭和三六年五月五日までの控訴人らの賃料債務は右供託の一部により消滅したものといわねばならない。

もつとも右供託は被供託者を被控訴人しけ一人とし供託者を控訴人一人として、すなわち、賃借人の一人より賃貸人の一人に対しなされているのであるが、供託者を控訴人一人としてなした点は共同賃借人の賃料債務が不可分債務である点(大判大正一一・一一・二四、集一巻六七〇頁)から一人のなした全額の弁済として固より有効であり、被供託者を被控訴人しけ一人としてなした点も共同賃貸人の賃料債権が通常不可分債権と考えられるべき点からして被供託者とされていない被控訴人まちのためにも有効な弁済としての効力を生ずるものといわねばならない。のみならず前記甲第二号証の一によれば被控訴人しけは被控訴人まちの代理人兼本人として賃料支払の催告をしている事実が認められるが、これは賃料の受領につき被控訴人まちは同しけに代理権限を与えたものと認めるのが相当であり、この点からしても被供託者を被控訴人しけ一人にしてなした控訴人の賃料供託は被控訴人まちのためにも効力を生ずるものと認定するのが相当であるから、この点に関する控訴人の抗弁は右賃料部分につき右限度において理由があり、被控訴人等の請求はその限度で失当である。なお、昭和三六年五月五日限り本件賃貸借契約は終了しその翌日以降は賃料債務は存在しないからその後の分の賃料としての供託が無効であることはいうまでもない。

四、そうだとすると、控訴人は被控訴人らに対し本件家屋を明渡す義務あると共に、昭和三六年五月六日以降右明渡済にいたるまで一ケ月金八七五円(一七五〇円の月額賃料の二分の一であつて、被控訴人らの控訴人に対し請求している月額割合)の割合による損害金を支払う義務があるので、被控訴人らの請求は右限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、これと判断を異にする原判決を変更し、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第三八五条、第九六条、第九二条但書、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例