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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1569号 判決 1963年12月25日

控訴人 野崎健一

外三名

右訴訟代理人弁護士 福岡彰郎

斎藤直一

右福岡彰郎訴訟復代理人弁護士 市原邦夫

被控訴人 野崎正義

同 橋爪健

右両名訴訟代理人弁護士 高野作次郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等は当審において請求を拡張及び変更して「原判決を取消す。被控訴人等は控訴人等に対し控訴人等が原判決添付目録(一)及び(二)記載の不動産につき各八分の一ずつの共有持分権を有することを確認する。被控訴人野崎正義は、右目録(一)の(1)乃至(7)並びに同目録(二)記載の不動産に付き神戸地方法務局尼崎支局昭和三五年七月一三日受付第一四四七四号により登記せられた所有権移転登記の取得者名義人を、取得者尼崎市難波本町三丁目二〇一番地野崎正義とあるのを、取得者尼崎市昭和通六丁目二一七番地野崎健一持分八分の一、同所同番地野崎真弘持分八分の一、同所同番地野崎三恵子持分八分の一、同所同番地野崎和子持分八分の一、尼崎市難波本町三丁目二〇一番地野崎正義持分八分の四と更正登記手続を、右目録(一)の(8)乃至(13)の不動産に付前同法務局支局昭和三五年七月一三日受付第一四四七五号又は同第一四四七六号により登記せられた所有権保存登記の所有者名義人を、所有者尼崎市難波本町三丁目二〇一番地野崎正義とあるのを、所有者尼崎市昭和通六丁目二一七番地野崎健一持分八分の一、同所同番地野崎真弘持分八分の一、同所同番地野崎三恵子持分八分の一、同所同番地野崎和子持分八分の一、尼崎市難波本町三丁目二〇一番地野崎正義持分八分の四と更正登記手続をそれぞれせよ。被控訴人橋爪健は右目録(二)記載の不動産に付前同法務局支局昭和三五年七月一六日受付第一四七九二号により登記せられた所有権移転登記を取得持分として尼崎市難波本町三丁目二〇一番地野崎正義の二分の一の持分権とする持分移転登記に更正登記をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等は主文と同旨の判決を求め控訴人等の請求の拡張変更の申立に対し何等の異議を述べない。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述証拠の提出援用認否は、控訴人等において、

代襲相続につき、代襲相続人たり得べき直系卑属は被代襲者(相続人)の相続権喪失当時に既に出生又は懐胎せられて現存する者たることを要しない旨の従前の主張の補充として別紙一記載のとおり述べ、なお右の主張が認容されない場合に付予備的主張として、野崎新次は昭和一〇年一〇月婚姻届出手続の際に戸籍簿を見て始めてその推定家督相続人廃除の裁判が確定し戸主常次郎が昭和九年四月六日その旨戸籍の届出をしたことを確知したのであつて、戸主常次郎と新次間の法定推定家督相続人廃除請求事件は新次が全く不知の間に進行せられ、昭和一七年頃相続人廃除無効確認の訴を提起するに先立ち右廃除請求事件の訴訟記録を閲覧して始めてその訴訟手続が終始公示送達の方法により進行せしめられたことが判明した。しかし右訴訟係属の全期間を通じ新次は常次郎の命令に従つて山口県下関市に居住し自動車運転手として真面目に働いていたのであり、常次郎に対し音信を缺かしたこともなかつたから新次の住居も常次郎は熟知していたところであり、新次が約二〇日間病臥した際には松本音吉をわざわざ新次のもとに差向けた事実もある程である。そのうえ常次郎が右廃除請求の理由として主張した「新次が元来呑む、打つ、買うのやくざもので金がなくなると常次郎夫婦に強請し、きかねば殴打暴行し多年に亘り父母である常次郎夫婦に重大な侮辱を加えてきたが昭和六年以来出奔して行方不明である。」との事実は全く無根である。以上の次第であるから前記相続人廃除請求事件の判決は違法無効であつて形式上は昭和七年四月一五日右判決が確定したことになつていても、元来の無効の故に実体上の確定力を生じていないものである。そこで新次は神戸地方裁判所に前記法定推定家督相続人廃除無効確認の訴を提起し、同裁判所昭和一七年(タ)第二七号事件として係属中、同裁判所は職権をもつて右請求を戦時特別調停に付し、同裁判所昭和一八年(ノ)第六三号事件に付同年一〇月一四日調停成立し調書が作成せられた。ところで右調書上調停条項第三として「訴状及び期日呼出状が昭和六年一二月二二日尼崎市東難波八四一番地本訴被告方において本訴原告に適法に送達せられたるや否やに付ては自今双方共に争わないこと。」と記載せられているから、前記廃除判決は右調停条項の成立により始めて無効の瑕疵が治癒せられたものと解すべきであるから、調停成立の日たる昭和一八年一〇月一四日において新次につき推定相続人廃除の効力を生じ新次はこれに因り右同日相続権を喪つたものというべきである。そして右当時には控訴人等はいずれも既に出生していたのであるから代襲相続人としての適格を有するものである。と述べ、

被控訴人等において、

いわゆる代襲相続につき、相続人となるべきものが相続権を失つた後に出生した直系卑属は代襲相続をなし得ないものと解すべしとする従前の主張を補足して別紙二記載のとおり陳述し、控訴人等の予備的主張に関し、野崎新次に対する前記法定推定家督相続人廃除請求事件に付被告に対する公示送達の要件事実が具備せられていたか否かは知らない。しかしながら当該受訴裁判所において裁判長の許可に基き裁判所書記が適式に実施した以上送達手続としては適法であつてこれに基く判決は何等の瑕疵をも帯びるものではないばかりでなく、一旦形式的に確定した判決は再審による取消手続によつてのみその既判力を覆えすことを得るものであつて、判決につき実質上の当然無効ということを考えることを得ない。したがつて右判決の形式的確定とともに新次の相続権は確定的に消滅しているのであつて、控訴人等の予備的主張も理由がない。と述べた、

外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

代襲相続につき、推定相続人の相続権喪失以後に出生若しくは懐胎せられた直系卑属(その推定相続人たりし者の子等)も代襲相続をなし得べきものとする見解に立脚する控訴人等の請求を失当として棄却すべきものとする理由は左記一及び二のとおり改める他原判決理由記載と同一であるからこれを引用する。

一、原判決一一枚目表一〇行目「十分に首肯し得るものであること、」とあるのを「十分に首肯し得るところである。」と改める。

二、原判決一一枚目表一〇行目の「更には胎児については、」とある部分以下原判決一一枚目裏七行目末までを「なおまた昭和三七年法律第四〇号民法の一部を改正する法律による改正前の民法第八八七条、第八八八条(以下旧第八八七条、旧第八八八条という)は、控訴人等主張のように代襲相続につき被代襲者(相続人)の死亡又は失権当時代襲者が既に出生現存し又は懐胎せられていることを要しない旨定めた趣旨と解すべきものではなく、控訴人等が正当として援用する『代襲者は被代襲者の相続権を承継するものではなく、被相続人に対する直接の相続であるから被相続人死亡の時に現存している直系卑属でさえあればこれに代襲相続を認めるべきである。』という趣旨を中核とするいわゆる有力少数学説はなお当裁判所の採用しないところである。旧第八八七条、旧第八八八条の規定するところが、控訴人等主張の如く、相続人の失権当時未だ懐胎もせられていなかつた直系卑属も代襲相続をなし得べき者の範囲に含まれるとする趣旨のものとするならば、旧第八八八条第二項の規定を設ける必要もなく、この規定の存在によつて却つて法律規定に矛盾を生ぜしめる結果ともなると解せられるであろう。蓋し前記改正前においても既に民法上第八八六条第一項をもつて「胎児は相続については既に生まれたものとみなす」と規定せられているのであるが、右規定は代襲相続をなし得べき場合の要件を定めたものでないことが法文上明白であり、しかも代襲相続についても右規定は当然適用若しくは類推せられて然るべきであるから、右規定の外に更に旧第八八八条第二項を設けたのはもつぱら代襲相続をなし得べき場合たる要件を定めたものと解すべきものである。したがつて旧第八八八条はその第一、二項を通じて「相続人たるべき者が相続開始前に死亡し又はその相続権を失つた場合において、当時その者に出生し若しくは既に懐胎せられた直系卑属があるときはその直系卑属は失権した相続人と同順位で相続人となる。」ことを定めたものであることが明かである。そうだとすれば右規定は反面において、相続人たるべき者の失権当時未だ懐胎もせられておらずその後に至つて始めて懐胎出生した者は同条により相続人となり得ない趣旨を明かにしているものと解するのが相当であるからである。そして前記改正法律の付則第二項本文が旧第八八七条、旧第八八八条の規定の趣旨に関し、これを控訴人等主張の如き内容のものとしてその解釈を一義的に確定する効力を有するものとは解し得られないところであるから、右付則第一項による前記改正法施行の日たる昭和三七年七月一日以前の時期に属する、野崎新次が被相続人野崎常次郎の推定家督相続人たる地位を廃除せられた当時(前記認定のとおり昭和七年四月一五日である)には未だ懐胎もせられていなかつた控訴人等はいずれも、旧第八八七条、旧第八八八条によつて、右新法施行の日以前に被相続人野崎常次郎につき開始した(前記認定のとおり昭和三四年八月一日である)遺産相続において代襲相続権を有しないものとせらるべきものであり、控訴人等に右相続権がないことにより被控訴人野崎正義において民法に従い右遺産相続をした効果は右付則第二項但書の故に前記改正法によつて変動せしめられるべきものではない。

次に控訴人等の予備的主張については、戸主野崎常次郎と野崎新次の間の神戸地方裁判所昭和六年(タ)第八六号法定推定家督相続人廃除請求事件に付、野崎新次の戸主野崎常次郎に対する法定推定家督相続人たる地位を廃除する旨の判決がなされ、この判決につき昭和七年四月一五日上訴期間が満了したことは当事者間に争がないから、右判決は右同日の経過とともに確定し形式的実体的確定力を生じたものというべく、右判決が爾後再審手続を経て取消された事実の存しないことは弁論の全趣旨によつて明かである。再審によつて取消されない右確定判決についてはその当然無効を主張することは何人にも許されないところと解せられ、控訴人等の、右判決は元来実体的確定力の発生障碍事由たる瑕疵を帯びていたところその後成立し調停調書に記載せられた「右判決手続上の違法の瑕疵を争わない」旨の当事者間の合意によつて判決の右の瑕疵が将来に向つて治癒せられ因て爾後始めて右判決が実体的確定力を生ずるに至つた旨の主張は、当裁判所の到底容認し得ないところである。野崎新次は右判決によつて既に昭和七年四月一五日に戸主野崎常次郎の法定推定家督相続人たる地位を確定的に廃除せられたものというべきであつて、控訴人等の右予備的主張も亦理由がない。」と改める。

以上によれば控訴人等の請求を失当として認容しなかつた原判決は結局正当というべきで本件控訴は理由がないから民訴法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担に付民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 日野達蔵)

<以下省略>

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