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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)212号 判決 1962年10月05日

控訴人 原告 甲子商事株式会社

被控訴人 被告 伊藤勝正

訴訟代理人 宮内勉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が訴外門上米二に対する神戸地方裁判所昭和三二年(ヨ)第五〇三号仮差押えの決定正本に基づき、昭和三二年一一月二六日神戸市生田区北長狭通一丁目官有地三六号において、原判決添付目録記載の物件につきなした仮差押えはこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(1)  本件差押え物件は、帽子掛一ケを除き左記のとおり、いずれも、控訴人が買い入れたものであつて、現に控訴人の所有である。

(イ)  原判決添付目録記載一の物件は昭和二六年一二月一六日、二の物件は昭和三一年二月一一日、四、五、六の各物件は昭和二六年三月二一日、一一の物件は昭和三一年一〇月二日、いずれも神戸市生田区中山手通一丁目一一五、成広洋家具店にて購入、

(ロ)  同目録記載三、七、八の各物件は昭和二三年一二月九日、いずれも神戸市生田区元町通六丁目三越、東隣り松尾家具店にて購入。

(ハ)  同目録記載九の物件は昭和二九年一〇月二日神戸大丸にて購入。

(ニ)  同目録記載一二の物件は昭和二七年七月九日神戸市生田区三宮町三丁目トーアロード筋の能谷自転車店にて購入。

(2)  本件差押え物件中、帽子掛一ケ(同目録一〇の物件)は昭和二六年六月控訴会社がその代表者葉炎木より寄贈を受けてその所有権を取得した。

(3)  本件差押えの執行がなされた場所神戸市生田区北長狭通一丁目官有地三六号は控訴会社本店所在地である。控訴人は、同所において、訴外門上米二を居住せしめたことはないし、同人所有の物を保管したこともない。

(4)  被控訴人が訴外門上の住居神戸市生田区北長狭通三丁目高架下七七号において薪炭、氷等を差し押えようとした際、控訴人が被控訴人の代理人訴外宮内弁護士を控訴会社の本店に同行したことがあるが、その事情は次のとおりである。

本件仮差押えの執行は、被控訴人が訴外門上振出しの約束手形の所持人として、同訴外人に対する手形債権保全のためになしたものである。右手形は訴外門上が控訴会社のトーアロード支店長たる資格で振り出したものであるが、振出しに際し右資格の表示を脱漏したため、訴外人の個人振出しの外観を呈するに至つた。前記北長狭通三丁目高架下七七号は訴外門上の住所であると同時に控訴会社のトーアロード支店でもある。そこで訴外門上は本件仮差押えの執行の際被控訴人の代理人ならびに執行吏に対し、前記手形の実質的振出人は控訴会社トーアロード支店であつて、訴外門上個人でないことを説明し、これを理由に執行を受けることを拒んだ。控訴会社代表者は、訴外門上の連絡により同訴外人方に急行し、右手形債務につき話合いをしようとしたが、同所は人の出入りがはげしく、話合いに不適当であつたので、便宜近くの控訴会社本店まで被控訴人の代理人訴外宮内弁護士に同行を求め、同所において右手形については訴外門上に責任がない理由を説明した。ところが、訴外宮内は、右手形の実質的振出人が控訴会社であるならば、会社の物件を差し押える旨主張し、同所にあつた本件物件につき執行吏をして差押えをなさしめたのである。

(5)  本訴提起は、本件仮差押えの執行がなされてから二年余経過した後になされているがその事情は次のとおりである。

被控訴人は前記手形につき訴外門上を被告とし神戸地方裁判所に手形金請求訴訟を提起して居り、訴外門上は右訴訟において右手形の振出資格を争つていた。そこで、控訴人は右事件が解決すれば本件仮差押えに関する問題もおのずから解決するものと考え、右訴訟事件の終結を待つていたが、今なお判決を見るに至らないので、本訴提起に及んだ次第である。

二、被控訴代理人の答弁ならびに抗弁

(1)  控訴人主張の右(1) 、(2) の事実は否認する。

(2)  同(3) の事実中、本件仮差押えの執行場所が控訴会社の本店であることは認めるが、その余は争う。

被控訴人が本件物件につき差押えの執行をなさしめたのは、むしろ控訴人の申出でに基づくものである。すなわち、被控訴人は当初、控訴人主張の訴外門上の住所に臨み、同所にあつた薪炭、氷等を差し押えんとしたのであるが控訴会社代表者葉炎木は、訴外門上方に来て、被控訴人の代理人訴外宮内弁護士に対し門上の所有物件を控訴会社本店において預かつて保管している旨申し、同所に案内の上、同所にあつた本件物件につき差押えをなされんことを申し出で、訴外門上もこれについて何等の異議も申し出でなかつた。かように、控訴人は、本件仮差押えの執行当時、執行債務者の所有であるとして本件物件につき執行をなすことを積極的に容認して置きながら、その後二年余を経過して提起した本訴において被控訴人の不利益に、右と矛盾する主張をなすことは許されない。

三、控訴人は被控訴人主張の右抗弁に対し、次のとおり陳述した。

控訴人は被控訴人の代理人に対し、本件物件の差押えを容認した事実はない。

証拠として、控訴人は、甲第一、二号証、同第三号証の一ないし一五、同第四、五号証を提出し、原審における証人門上米二の証言、同控訴会社代表者の尋問の結果、当審における証人山本平八、同横地信洋、同成広芳太郎の各証言を援用した。被控訴代理人は、原審における証人国弘金輔、同宮内勉、当審における証人宮内勉、同国弘金輔の各証言を援用し、甲第一、二、四、五号証の各成立を認め、同第三号証の一ないし一五の各成立は不知と述べた。

理由

被控訴人が訴外門上米二を債務者とする仮差押決定に基づき、昭和三二年一一月二六日、控訴会社の本店である神戸市生田区北長狭通一丁目官有地三六号において、執行吏をして、原判決添付目録記載の物件につき仮差押えの執行をなさしめたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、右物件は控訴会社の所有であると主張し、これに基づき右執行の排除を求めるに対し、被控訴人は右物件が控訴会社の所有であることを否認し、本件執行手続は被控訴人主張の如く控訴人の容認のもとになされたものであるから、控訴人は本訴において、右と矛盾する主張をなすことは許されないと抗争する。

本件物件が控訴人の所有に属するかどうかの判断はしばらく措き、まず、被控訴人主張のごとき執行を容認した事実があるかどうかを検討する。成立に争いのない甲第一号証に原審ならびに当審における証人宮内勉、同国弘金輔の各証言を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、被控訴人が最初訴外門上の住所である同区北長狭通三丁目高架下七七号に臨み、同訴外人所有の薪炭、氷等につき執行吏をして差押えをなさしめんとした。そこへ第三者である控訴会社代表者葉炎木がやつて来て(以上の経過については当事者間に争いがない)、被控訴人の代理人訴外宮内ならびに執行吏に対し、「門上の炭や氷を押えられたら明日から商売ができない。本件仮差押えの被保全債権である手形債権の実質上の債務者は控訴会社であり、控訴会社は門上から机や椅子など預かつて保管している。自分がそこへ案内するからそれを押えてくれ。」との趣旨を申し向けた。執行債務者である訴外門上も「そのとおり預けてあるからそうしてくれ」と符節を合せた。被控訴人の代理人らはこれを信じ他に門上の財産があるのならそれを差し押えた方がよいと考えるに至つた。前記葉は、門上の住所における執行を中止させたうえ、被控訴人の代理人らを控訴会社の本店に案内し、本件物件を指示し、右は訴外門上より預かつている同人所有の物件であると主張して提供した。被控訴人の代理人は右提供物件を訴外門上の所有に属するものと信じこれに対し執行吏をして差押えの執行をなさしめた。以上の事実を認めることができ、原審における証人門上米二の証言および原審における控訴会社代表者本人の尋問の結果中右認定に反する部分は、右認定に供した証拠に照して措信できないし、他に右認定を左右する証拠はない。

およそ、強制執行に際し、第三者が、自己の所有物を、執行債務者から預かつた同人所有のものである旨を表示し、執行債権者に任意提供する等、これに対する執行を誘発する言動に出で、よつて、執行債権者をして、執行債務者の所有に属するものと誤断してこれに対する執行をなすに至らしめ、半面、執行債務者の他の物件に対するそれ以上の執行が取止めとなつた事情があるときは、その第三者は、右物件に対する執行異議の理由として、その所有権の帰属を主張することは、信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。おもうに、強制執行は迅速執行の要請上執行の対象物について外観徴表主義を採るほかはないのであるが、これに伴い実体法上根拠のない不当執行から第三者を救済するため、第三者異議の訴えの制度を設ける必要がある。民事訴訟法第五四九条すなわちこれである。同条は、執行債務者でない第三者の権利行使が、執行行為によつて侵害され、しかもその権利の性質上かような侵害を受忍すべき理由がなく(所有権はその典型)、かつ、第三者がその権利を執行債権者に主張しうる実体上の理由(対抗力)がある場合に、第三者が、その権利の存することをもつて、目的物を執行の対象から除外する異議理由として主張することを認めている。したがつて、外観上いかに債務者の責任財産に属するものと認むべき徴表が存しようとも、真実の権利関係が右外観的現象に符合しないかぎり、権利を有する第三者に執行受忍の犠牲を強いることは許されずその救済が与えられるべきであることは、当然であろう。しかしながら、もしその第三者みずからの言動が、かかる執行を招来する誤断の因をなしたとすれば、事はおのずから別としなければならない。なんとなれば、他人の真実にあらざる表示を信じた被表示者の保護をはかる必要がある場合に、表示者が、のちに至つて表示に反する主張をなすことを認めず、もつてその者に表示した不利益の責を帰せしめるのは、公法私法の別なくあらゆる法の領域における法理たる信義則の当然の要請であるからである。もとより信義則の適用であるから、両者の利害の較量は忘れてはならぬ。すなわち、表示を信じた者がより保護に値いするだけの理由がなければならないことはいうまでもないのであるが、執行債権者が第三者のした執行債務者の所有である旨の表示を信じてこれに対する執行をなし、その半面他の物件に対する執行を取り止めた事情がある場合に、第三者に既然の右表示に反する主張をなすことを許せば、その執行債権者が不測の損害と不利益をこうむるであろうことは見やすい道理であり、一般的にいつてこれをもし許されるものとすれば、執行の混乱の招来は必然というべきであるから、右の事情は、執行における表示者たるその第三者の救済は、被表示者たる執行債権者の保護におくれるとするに十分であろう。

本件についてこれをみるに、前記認定事実によると、控訴人は執行債権者である被控訴人が執行債務者である門上に対するその住所における仮差押えの執行に際し、被控訴人がその所在を知得していなかつた控訴人の占有する本件物件について、それが執行債務者の所有に属する旨を主張表示し、その所在場所に案内のうえ、任意にこれを提供して差押手続きをなすことを積極的に容認し、よつて被控訴人はこれを信じ執行債務者の他の物件に対する執行を取り止めたのである。右事実関係のもとでは前段説明に照らし、控訴人は、たとえ、本件物件の所有者であるとしても、これに対する執行を排除する異議理由として、自己の所有権を主張することは許されないものというべきである。してみれば、控訴人が、本件物件の所有者であることは認められないことに帰着し、本件第三者異議の訴は理由がないから失当として棄却すべきである(異議理由の存否は、実体法上の権利の存否であり、その権利を執行債権者に主張対抗しうるか否かは第三者異議の当否の問題である。本件は信義則上所有権を異議理由として主張しえない場合であつて、不起訴の合意のごとく訴えの利益に関するものでないから、訴えの不適法を惹起しない)。

よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 大江健次郎 裁判官 北後陽三)

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