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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)221号 判決 1961年7月15日

理由

成立に争いのない甲第一号証に原審での被控訴本人の供述を総合すれば、被控訴人は左記手形要件の記載のある約束手形一通を現に所持することが認められる。

金額 金三〇六、六三〇円

支払期日 昭和三四年七月一三日

支払地 大阪市

支払場所 大阪中央信用金庫

振出地 大阪市

振出日 昭和三四年四月一五日

振出人 住所大阪市西区江戸堀北通五丁目三番地

日新商工株式会社

取締役 岩橋義一

(すなわち控訴人)

受取人 早瀬尹志

(すなわち被控訴人)

右手形の外観と振出方式の表示からすれば手形振出人は大阪市西区江戸堀北通五丁目三番地に本店を有する、商号を日新商工株式会社と称する会社であつて、控訴人はその取締役として同会社を代理して振り出したものといわなければならない(このことは手形の外観形式が真実に合致するかどうかの手形振出の実質的法律関係いかん、すなわち、手形に表示された右会社が実在するかどうか、控訴人がその会社の取締役であるかどうか、代理権の有無等とは、もとより別個の問題である)。

ところで、右大阪市西区江戸堀北通五丁目三番地に本店を置く右日新商工株式会社という商号の会社がかつて実在し、控訴人がこれに関係を有していたことは成立に争いのない甲第二号証および原審での控訴本人の供述によつて明らかであり、被控訴人主張のとおり、この会社はすでに昭和三三年一〇月二日清算結了により消滅したものであつて、その後に本件手形が振り出されたものであることは控訴人も認めて争わないのである。

控訴人は、反転して、右手形の振出人は右消滅会社とは全く異なるところの、現に実在する同名の別会社であり、控訴人はその取締役として同会社を代理して本件手形を振り出したものであると抗争し、手形の外観とその表示もこれに沿うものであるもののように主張する。しかしながら、控訴人のいう別会社とは、成立に争いのない乙第一号証に明らかなように、右消滅会社の清算結了の二カ月後の同年一二月三日に神港特殊鋼株式会社というそれまでの商号を変更して、消滅会社と全く同名の日新商工株式会社と改称し、その翌四日本店を神戸市兵庫区東出町二丁目一七一番地から同市生田区播磨町四九番地に移転したものである(その現商号は株式会社大阪ステンレス機械製作所、本店所在地は神戸市兵庫区東出町一丁目一八一番地)。そして、本件手形記載の住所地が右会社となんらかの関連があるとは登記簿上全然これを認めるに由がないのである。

およそ、一定の文書に会社を特定表示するには、その会社の商号と、要すればその住所である本店所在地(商法第五四条)をもつてなされるのが一般であり、会社の同一性の識別も商号と本店所在地によつてなされるのを例とする。それゆえ、商号を同じくするが本店所在地を異にする複数の会社が存在する場合に、具体の表示がそのいずれを指すものであるかの判定は、原則としては、商号のみならず本店所在地もその表示に合致する会社を指すものと認めるのが常識であろう。もとより特別の事情が存在し、所在地は本店のそれではなく、営業所その他関連のある土地を表示したもの、もしくは無意味な表示であると解釈しなければならぬ例外の場合もあろう。しかしながら、こと手形においては、権利と書面とが緊密に結合し、手形上の権利を発生させる手形行為は、書面による意思表示として成立するほかはないという証券的行為たる性質と、その文言性の要請上、手形外の事実関係によつて、手形の記載文言を変更補充することは許されない(このことは手形上の記載そのものの合理的解釈を排除することを意味するものではない)のであつて、いかなる権利が発生し、もしくはいかなる権利も発生しないかは、手形行為の客観解釈、すなわち、手形上の記載のみによつて判定すればよく、かつこれをもつて満足しなければならないのである。控訴人が本件手形の振出人であると主張する別会社なるものは前述のとおり商号を同じくするとはいえ、手形記載の住所に本店を有しないのに引き代え、手形記載の住所に本店を有した同名の会社が存在したのである。かような場合に、手形に住所と表示してある大阪市西区江戸堀北通五丁目三番地を、ことさらに、会社の住所すなわち本店所在地ではないが、それ以外の会社の関連を有する場所の表示であるとか、もしくは全然無意義な表示であるというように、手形外の事実関係によつて手形上の文言に補充変更を施し、そうすることによつて振出人として本件手形に表示されているものは大阪市西区ではなく、神戸市生田区にその当時本店を有した控訴人主張の別会社であるとすることは、手形の外観解釈の原則を無視し、会社の特定と同一性の認識に対する常識的方法を捨てなければできないことであつて、許されないものといわなければならない(本件の振出人の住所の記載は控訴人自らがなしながらかえりみて他を主張するのではあるが、それとはかかわりなく許されない)。以上に述べたところに照し、本件手形は手形記載の住所に本店を有する日新商工株式会社(事実は消滅会社である。消滅会社は時点をさかのぼらせることによつて必ず実在の会社となりうる。設立中の会社は時点をおくらせることによつて実在の会社となりうる場合がある。消滅会社や設立中の会社は社会的にも法律的にも実在しもしくは実在しないことが時点のいかんにかかつている点において、時点にかかわらず社会的にも法律的にも実在しない虚偽架空の会社と明確に区別せらるべきである)をもつて振出人とする手形であると認めるのが相当である。したがつて、手形の振出人が手形に表示されたところに住所を有しない別会社であることを前提とする控訴人の右主張は、すでにこの点において採用のかぎりでない(のみならず、本件の証拠によると控訴人主張の別会社は控訴人に代理権を与えたことなく、ただ昭和三三年一二月三日取締役に就任させたが、昭和三四年二月一九日にはこれを解任しており、手形記載の会社の住所において別会社はなんらの営業をも開始しておらず、ただ本件手形の振り出された当時、別会社は控訴人に別会社の名称を使用して控訴人ほか一名が個人でブロツクの製造販売営業をすることにつき許諾を与えていたことが認められるだけであつて、控訴人が別会社を代理して本件手形を振り出す権限を有していたものと認める証拠はない。本件の弁論の全趣旨からすれば、消滅会社の住所にはその残映があつたものと認められる)。

さて、以上で明らかにしたとおり、本件手形に振出人と表示された日新商工株式会社という会社は、本件手形振出当時すでに清算結了により消滅し、法律上実在しないのである。そして本件手形は控訴人が右消滅会社の代理人として手形に署名しているのである。かように、法律上すでに実在しなくなつた消滅会社の名称を振出人と記載しその代理人として約束手形に署名した者は、手形法第七七条の準用する同法第八条の類推適用により、個人としてその手形の振出人としての義務を負うものと解するのが相当である。なんとなれば、手形法第八条は、手形債務者と表示された者に対する実質的帰責要件たる代理権の不存在により、その本人の責を問いえない場合であつて、しかも自称代理人に代理表示の真実について責任を負担させるのが相当であるところから、手形の流通証券性にかんがみて、民法第一一七条の特則として代理関係が存在すると表示したことに対して法の認めた担保責任の規定である。その趣旨とするところは、代理関係の場合のように本人が実在せず、全然代理権を問題にする余地がない場合の自称代理人にそのままあてはまるからである。

そうすると、控訴人は本件手形について振出人としての義務を負わなければならない。そして被控訴人が本件手形を法定の期間内である昭和三四年七月一四日に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたことは当事者間に争いがない。したがつて、控訴人は被控訴人に対し本件手形金三〇六、六三〇円およびこれに対する満期の以後である昭和三四年七月一四日から完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務があることが明らかであり、被控訴人の本訴請求は正当といわなければならない。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は結局相当。

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