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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)332号 判決 1962年3月30日

控訴人(原告) 古沢槌之助

被控訴人(被告) 京都府知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三三年五月二〇日付買収令書をもつてなした昭和三三年七月一日を買収期日とする別紙目録記載の土地の買収処分は、これを取り消す。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は次に記載する(一)(二)(三)のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  控訴代理人の主張

「本件土地は農地でなく、かつ、小作地でもない。本件買収処分はこの二点において認定を誤つた違法な処分である。本件土地につき被控訴人の主張するような仮登記とその移転登記がなされてはいるが、右仮登記は控訴人の意思に基づかない不正なものであり、控訴人はこれまで本件土地をなんびとにも売り渡したことはない。すなわち、控訴人は本件土地に接続する土地約七、八百坪を売り渡した際、買主の要求を容れて売渡地の地番、面積などを空白にした売渡証、登記のための委任状を各数通交付したところ、仲介業者が右書面を乱用して本件土地をも売り渡したとして仮登記をしたものである。右仮登記権利者らは控訴人に対して、いずれも代金の支払をせず、今日に至るまで永年の間本登記請求もしていない。もとより本登記を請求しえないことを知つてのことである。右仮登記権利者らは平穏に、かつ公然と本件土地を耕作していたものではない。したがつて、本件土地は農地法第六条第五項により小作地とはみなしえないものである。」

(二)  被控訴人の主張

「右控訴人の主張事実を否認する。農地法第六条第五項によつて小作地とみなすかどうかは、買収処分当時の状態によつて判断すべき事項である。仮に控訴人は本件土地を売り渡したことがなく、仮登記は控訴人の意思に基づいたものでなく、耕作者が耕作の始めにおいて無断占有者であつたとしても、その後において、所有者である控訴人が占有耕作の事実を知りながら、これに対して排除の手段を講じていない以上、当然右耕作地はこれを小作地とみなすべきものである。なお被控訴人の本案前の抗弁は撤回する。」

(三)  証拠<省略>

理由

被控訴人が控訴人所有(登記簿上も控訴人所有名義)の本件土地について、昭和三三年六月六日控訴人主張の買収令書を控訴人に交付して買収処分をしたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、本件土地は農地ではなく、かつ、小作地にも該当しないから、右買収処分は違法であると主張するので考える。

成立に争いのない乙第一号証、いずれも官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分(第三者作成の文書)については弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第二ないし第四号証、原審証人池田季雄・松本吉太郎・木村藤太郎・大住治三郎の各証言当審ならびに原審証人大野友太郎の各証言、原審での現場検証の結果を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち控訴人は本件土地を昭和一五、六年頃買い受けたものであるが、訴外木村藤太郎らの仲介により、訴外谷口菊一郎に対し、同訴外人が他にこれを転売するときは、控訴人よりその買受人に対し直接移転登記をするとの約定のもとに、隣接する控訴人所有の土地約一、〇〇〇坪とともに一括して売り渡す旨の契約をしていた。そこで本件土地は、まず控訴人より右訴外谷口へ、右谷口より訴外池田季雄へと売り渡す契約がなされたが、これが売渡証書ならびに登記面では、昭和二四年二月二八日控訴人より右季雄に対し直接売り渡す旨の契約をなしたものとして、同日付で右当事者間において売買予約を原因として所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。次いで昭和二五年一〇月一一日付売渡証書をもつて、右季雄から訴外松本吉太郎に売り渡す旨の契約がなされ、同じく同日付で右松本名義に所有権移転請求権保全の仮登記が経由され、更に、その後二、三ケ月して右松本より買収当時の耕作者である訴外大野友太郎に売り渡す旨の契約がなされ、これに伴つて右仮登記上の権利が訴外大野に譲渡された。そして、右各売渡契約に伴い、土地の占有も、順次、控訴人より中間者を経て訴外大野友太郎へと移転した。一方、本件土地の状況は、当初はともあれ控訴人が買い受けてからのちは他人により畑地として耕作され始め、前記訴外池田季雄名義に仮登記がなされた時には、同訴外人の父悌吉によつて、漸次整地され、大部分が畑地となり、一部は水田として耕作が始められ、その後訴外大野友太郎の占有に属するに及んでは、高低二つの地域に区切られ、いずれも水田として耕作されるに至り、現在も一部に苗代田を残し馬鈴薯・カンラン・麦等が栽培され、現に耕作に供されている実状である。ところで訴外大野友太郎は右仮登記上の権利を譲り受けたのち控訴人に対し、仲介人たる前記木村藤太郎を介し、これが所有権移転の本登記を求めて再三交渉したが、その実現を見ず、その間控訴人において右大野の耕作につきなんらの異議も申し入れたことがなかつた。以上の事実が認められる。右認定に反する原審ならびに当審での控訴本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らして措信できず、原審証人永田清・羽賀与六郎・大住治三郎の証言も右認定を左右するに足りない。

右認定事実を綜合すると、本件買収処分がなされた当時本件土地が農地であることは明らかであり、また買収当時の耕作者たる大野友太郎は、適法に本件土地について仮登記上の権利を有し自己が買い受けた土地であると信じ買収処分当時まで数年にわたつて、平穏かつ、公然と耕作を続けて来たものであると認定するのが相当である。

ところで、前記認定の、本件土地についての昭和二四年二月二八日付売買契約による控訴人から訴外池田季雄に対する所有権移転、昭和二五年一〇月一一日付売買契約による同訴外人から訴外松本吉太郎に対する所有権移転およびその数ケ月のちになされた同訴外人から訴外大野友太郎に対する所有権移転については、京都府知事の許可があつた旨の主張立証がないから、農地調整法第四条に照し、その効力を生ずるに由なく、したがつて本件買収当時本件土地の所有権は依然として控訴人に属し、その当時の耕作者たる訴外大野はその所有権を有しなかつたものといわなければならない。そして前記所有権移転請求権保全の仮登記は、仮登記としての効力、すなわち所有権移転の本登記がなされた場合における順位保全の効力を保有するが、それだけのことであり、仮登記権利者は仮登記に伴つて当然に本件土地の使用権耕作権を取得保有すべきいわれのないことももちろんである。また所有権移転の前記各売買契約は京都府知事の許可があるまで本件土地についてそれぞれの買受人に使用貸借その他の耕作の権限を付与する趣旨でなされたものとしても、かような権利の設定は、農地調整法第四条により、地区農地委員会または地区農業委員会の承認があるまでは効力を生じないのであるし、そのような承認のあつたことの主張立証はない。したがつて、本件土地はその買収当時所有者でなく、又その世帯員でない訴外大野が耕作の事業に供しているもので、かつ、訴外大野は耕作の権限を有しなかつたものというべきであるから、本件土地は農地法にいわゆる本来の意味における「小作地」ではない。しかしながら、すでに認定したとおり、仮登記権利者である訴外大野は耕作の初めから、自己が耕作することのできる土地であると信じ、平穏かつ公然と占有耕作をつゞけていたものであるから、本件土地は、正に農地法第六条第五項に規定する「みなし小作地」に該当するものといわなければならない。

そうすると、被控訴人が、本件土地を右法条に該当する農地としてした本件買収処分には、控訴人の主張するような違法の事由は存せず、したがつて控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れないものである。同趣旨の原判決は相当である。

そこで、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 大江健次郎 西村清治)

(別紙目録省略)

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