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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)619号 判決 1961年11月27日

安田火災海上保険株式会社

宮津信用金庫

事実

仮処分申請人(古荘伊助)は、つぎの理由により仮処分を申請して、「被申請人(丹後織物石川有限会社)は申請外安田火災海上保険株式会社より昭和三三年五月一一日の火災に基づく被申請人所有の別紙目録記載の物件に対する保険金を受取つてはならない。」との仮処分決定(京都地裁昭和三三年一一月二八日決定)を得た。

「(申請の理由)一、被申請人丹後織物石川有限会社(石川有限と略称)は昭和一六年七月設立され、絹織物の製造販売その他を目的とし、資本の総額は一三万二千円で、社員及びその出資口数金額は申請人及び土肥精之助が夫々百四十口六万四千円、長島庄三郎が四十口四千円で、取締役が右土肥精之助、監査役が申請人である会社であつて、土地及び別紙目録記載の建物、機械を所有して営業していたものであるところ、戦時中企業整備にあい織物製造を廃止し、昭和十八年五月以降右建物機械を訴外丹後織物丸石有限会社(丸石有限と略称)に賃料を一カ年五十余万円で賃貸していたのである。

(省略)

二、しかるところ、被申請人石川有限の唯一人の取締役である土肥精之助は、賃借人である丸石有限が中小企業金融公庫より三百万円と五百万円とを二回に亘り借入れるに際し、石川有限の社員総会の決議を経ないで、右三百万円につき昭和三十一年七月十一日、五百万円につき昭和三十二年十二月五日夫々被申請人石川有限所有の土地建物機械に丸石有限のため抵当権を設定した。右土肥精之助の行為は被申請人石川有限の取締役たる職務上の義務に違反し、自己一族で組織する丸石有限に利益を与え被申請人石川有限に損害を被らす背任行為である。

それのみでなく右土肥精之助は賃借人丸石有限より前記貸料の徴収を怠り債務者石川有限に百九十万円以上の損害を与えているのである。

三、ところで被申請人石川有限が丸石有限に賃貸中の建物機械が昭和三十三年五月十二日火災に罹り大部分燃失した。しかして当時丸万有限に於ては自己所有の工場と右賃借建物機械等に対して安田火災海上保険株式会社との間に被保険者並に保険金受取人を石川有限及び丸石有限とする火災保険契約を結んでいたので被申請人石川有限は右火災に因つて保険金八百九十七万五千六百十三円の支払を受けることとなつた。

四、しかし、申請人は土肥精之助の前記行為を理由として同人の被申請人石川有限の取締役解任を求めようとするのであるが、そのための社員総会の招集或は更に解任の訴の判決の確定等に相当の日時を要するので、その間に前記保険金が債務者石川有限に支払われてしまつては、唯一人の代表者である土肥精之助がこれを横領するおそれがある。そこでこれを防止するため、被申請人石川有限は右保険金を受取つてはならないとの仮処分を求める。」

右仮処分決定に対し、被申請人は異議申立をしたが、原審京都地裁昭和三六年四月二七日判決は、つぎのとおり判示して、右仮処分決定を認可した。

「(前略)

次に丸石有限が中小企業金融公庫から二回に亘り三百万円と五百万円を借入れ、その際その担保として、債務者石川有限が昭和三十一年七月十一日、同三十二年十二月五日夫々丸石有限に賃貸中の別紙目録記載の物件に抵当権を設定したことは当事者間に争がない。債権者は右抵当権の設定は債務者石川有限の代表者土肥精之助の背任行為であるというから考えるのに、成程債務者石川有限が丸石有限の債務の担保に自己所有の物件に抵当権を設定することは、被担保債務者丸石有限に利益を与えることは明らかであり、担保提供者である債務者石川有限が将来起り得る丸石有限の債務不履行の場合担保物件を右債務の弁済の責に供される危険を負担することになるばかりでなく、抵当権の設定されている間は現実にその物件の価値が減少することによる不利益を受けることも明らかである。しかして債務者は右抵当権の設定はその都度社員総会の承認決議を経てしたもので代表者土肥精之助が独断でしたものでないと主張するが、社員総会の承認決議を経たことを認めうる疏明がなく、この点に関する債務者代表者本人尋問における供述は措信し難い。してみると、債務者石川有限の代表者である土肥精之助はその地位を利用して自己一族の会社である丸石有限の利益のために債務者石川有限所有の工場の土地建物機械に抵当権を設定したものといわねばならない。土肥精之助の右行為は債務者石川有限のぎせいに於て自己一族の丸石有限の利益を図つた行為であつて、一般的にいつて有限会社の代表者が他人の債務の担保として自己の会社の物件を提供するには、必ずしも社員総会の承認決議を経なければならないということはないけれども、前記のように社員が三名でしかも出資総額十三万二千円中債権者と代表者土肥精之助とが各々その三十三分の十六宛の出資を以つて成り立つている本件債務者石川有限のような会社に於て、代表者土肥精之助が場合によつては会社の全資産を丸石有限の債務の支払のため失うおそれのある行為をすることは有限会社法第三十一条の三にいう職務遂行に関しての不正の行為ということができよう。債務者は右抵当権の設定は債務者石川有限に迷惑をかけるおそれはなかつたというが、それはあくまで見込みであつて、その後状況の変化によつて丸石有限の債権者から抵当権を実行されるおそれがないとはいえないのである。

そうすると、更に右土肥精之助に債権者主張のような職務怠慢の廉があるかを判断する迄もなく、債務者会社の社員総会に於て土肥精之助解任を否決した場合、資本の十分の一以上の出資者である債権者が取締役土肥精之助の解任を訴求するときは、これを認容すべきものと考えられる。そして右解任の決議又は判決の確定するまでに、前記の保険金が債務者に支払われれば、同人がこれを不正に処分するおそれが考えられるから、かかることを防止するため債務者が右保険金の受領を禁ずる必要がある。このようにみてくると債権者の本件仮処分申請は理由があることになり、債権者の本件申請を容れて、当裁判所がさきになした仮処分決定は相当であつて、これを認可すべきである。」

控訴審において、控訴人(仮処分被申請)はつぎのとおり主張した。

「控訴人は、本件保険金八、九七五、六一三円のうち、四、五〇〇、〇〇〇円に見合う金額については、昭和三三年六月二三日安田火災海上保険株式会社(安田火災と略称)から借入金としてその仮払いをうけると同時に、すでになされていた両者の合意により、該保険金請求権と右借入金債務とを相殺し、残り四、四七五、六一三円の保険金請求権については、宮津信用金庫に対する借入金の弁済のため、昭和三五年六月一四日同金庫にこれを譲渡し、同日安田火災あて右債権譲渡通知書を発した。従つて、控訴人の安田火災に対する保険金請求権は全部消滅し、被控訴人において本件仮処分命令を維持する利益がなくなつた。

控訴人は、前記金庫に対し昭和三六年二月一五日現在四、四七〇、〇〇〇円の借入金債務を負担しているところ、安田火災は本件仮処分命令の存するため、右金庫に対し前記譲渡債権の支払をなさず、控訴人は、同金庫に右借入金の利息を支払い多大の損害をこうむつている。この点からしても、本件仮処分命令は取消さるべきである。」

控訴審判決は、つぎのとおり判示して、控訴を棄却した。

理由

当裁判所の判断は、左に付加するほか、原判決理由説示と同旨であるから、ここにそれを引用する。

当審証人土肥良の証言中前記認定(引用)に反する部分は、右引用部分に説示する事情に照らしたやすく採用することができず、その他右認定を左右する証拠はない。

控訴人は、本件保険金のうち四、五〇〇、〇〇〇円の請求権は右相当額の借入金と相殺(あるいは相殺契約)(以下単に相殺と称する。)がなされた旨主張するが、当審証人土肥良の証言中右主張にそうが如き供述は、同証言により真正に成立したと認められる乙第一九号証の「保険金の内金四、五〇〇、〇〇〇円は、貴社(控訴人)へ仮払いいたしました。旨の記載内容と比べるときは、にはかに採用し難く、その他右事実を認めるに足りる証拠がない。仮に、その主張のような相殺がなされたとしても、本件仮処分により、被控訴人に対する関係で控訴人の保険金受領行為が禁じられている以上(送達報告書によれば、本件仮処分決定正本が控訴人に送達されたのは、昭和三三年五月三〇日である。)、控訴人のなした相殺の意思表示は(控訴人は、あらかじめの合意によりなされた旨主張するが、相殺自体のなされたのが昭和三三年六月二三日であることは、控訴人において自陳するところである。)、右禁止に直接触れるか少なくともそれをまぬがれようとする行為であつて、被控訴人に対しこれが有効になされたことを主張することができないものである。

また、控訴人主張の保険金請求権の譲渡の点につき考えるに、その主張の金額の保険金請求権が、その主張の日控訴人から宮津信用金庫(原審証人、土肥良の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証によれば、宮津信用金庫は、本件抵当権設定につき、中小企業金融公庫の代理人であつたことが認められるが、控訴人の同金庫に対する後記借入金の詳細については、不明である。)に譲渡せられ(もつとも、うち三〇〇、〇〇〇円については、昭和三三年八月二四日譲渡済)、安田火災に対しその主張どおりの債権譲渡の通知がなされたことは、証拠により明らかであるが、右譲渡が控訴人主張のように、金庫に対する借入金の弁済のためになされたものであることは、にわかに認め難いのみならず(譲渡日である昭和三五年六月一四日現在における借入金四、三五〇、〇〇〇円に対し、四、四七五、六一三円の保険金請求権を譲渡し、しかも、控訴人の主張によれば、譲渡後(弁済後)も同金庫が安田火災から保険金を現実に、受取るまでは約定の利息を支払うというのであつて、矛盾している。)、弁済のための譲渡行為は、前記相殺同様結局において本件仮処分による禁止をくぐるものであり、被控訴人に対してはこれをもつて対抗することができないものといわなければならない。

従つて、控訴人主張の保険金請求権消滅による抗弁は、被控訴人に対する関係においてその消滅を主張し得ないこと明白であるから、これを採用することができない。

控訴人は、本件仮処分命令の存するため、宮津信用金庫に対し借入金による利息を支払い多大の損害をこうむつている旨主張し、証拠によれば、控訴人が右金庫にその主張の借入金債務を負担し、昭和三三年八月五日から昭和三六年七月三一日にいたるまで合計一、二三一、一七三円の利息(日歩三銭、ただし昭和三四年六月一七日までは日歩三銭一厘)を支払つていること、及びその後も同金庫が、安田火災から保険金の現実の支払いをうけない限り、所定の利息を控訴人に請求するものであることは認められるが、右出費は、仮処分を維持することによつて被控訴人のうける利益に比し、非常に大きい損害とはいうことができないから、控訴人の右主張は失当である。

以上述べたところにより、被控訴人の本件仮処分申請は理由があることが明らかであるから、本件仮処分決定を認可した原判決は相当であり、控訴は理由がない。

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