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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)952号 判決 1962年6月18日

控訴人 原告 堀口忠信

訴訟代理人 小久保文雄

被控訴人 被告 左京税務署長

指定代理人 大阪法務局訟務部附検事 松原直幹 外三名

主文

原判決を取り消す。

控訴人の本件訴えを却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が訴外京都興業建設株式会社に対する法人税一九五、三三〇円の滞納処分として、昭和三四年一月二七日右訴外会社の控訴人に対する金額二、〇〇〇、〇〇〇円の株式払込請求権を差し押えた処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用認否は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

昭和三四年一月二七日訴外京都興業建設株式会社の昭和三二年度法人税の滞納により、被控訴人はその滞納処分として、訴外会社が控訴人に対して有する金二〇〇〇、〇〇〇円の株金払込請求権の差押処分をなし、同月三〇日控訴人にその旨を通知したことは当事者間に争いがない。

控訴人は、訴外会社の株金二、〇〇〇、〇〇〇円は、その設立に際し各株式引受人から適式に払込みがなされたもので、控訴人は訴外会社に対し被控訴人の主張するような債務を負担していないことを理由として、右差押処分の無効確認を求める。これに対し、被控訴人は、国税徴収法による滞納処分としての債権差押えがなされた場合に、差押えの目的たる債権が、差押えの当時不存在であつたために、右差押えが無効となつても、かような意味の無効については、行政事件訴訟特例法による無効確認の訴えは許されないから、本訴は不適法であると抗弁する。よつて考えてみる。

当裁判所は、国税滞納処分としてなされた債権差押処分に対し、第三債務者は、被差押債権の不存在を理由として、差押処分の取消しもしくはその無効確認を求める法律上の利益を有しないものと解する。おもうに、被差押債権が、全然その発生原因を欠き、もしくは、それに無効事由があつて、当初から存在しない場合、又は、一旦発生した債権が、その後(差押えの前後を問わない)において契約の解除、取消、弁済、相殺等債権の消滅事由の発生により消滅した場合には、差押処分は、租税債権の満足という窮極の目前を達しえないことになる。しかしながら、これは、被差押債権が実体上その基礎がなかつたか、債権の内容に応じた給付義務が消滅したことの結果にすぎないのであつて、差押えの目的たる権利の存否という全く実体法上の問題に属し、かつ、差押主体の有する権利(租税債権)の強制的実現の手段たる差押処分の違法、無効もしくは不当とは全く次元を異にした別個の問題である。国税徴収法は、かような実体的判断を、執行担当機関になすべきこと、ならびに、執行手続の内部過程においてそれが解決されること、を要求しているとは認められない。被差押債権が実体法上不存在であることは、債権差押処分の違法、無効もしくは不当を惹起する事由たりえないものであるとともに、滞納者ならびに第三債務者に執行手続の段階において救済を与えなければならない必要も理由も存しないのである。なお詳説しよう。

およそ、権利の事実的実現を、強制的にはかる執行手続においては、私債権に基づく強制執行たると、租税債権のためにする滞納処分たるとを問わず、執行の迅速と能率的な運営に資するため、法は、執行機関に実体的権利関係の判定という判断の重荷からの可及的解放をはかつて、そのような構造を与えている。課税処分の違法の執行処分の非承継と租税債権の自力執行性、私債権についての債務名義ないし執行文の制度、執行の対象に関しての、債務者の占有、登記名義の存在、または債権者の主張という、権利の存在を推定させる外観的徴表依存のたてまえなどいずれもその例にすぎない。もとより、執行の迅速の理念は、違法な執行や不当な執行の防止を犠牲にしてまで貰けるものではない。執行法規は対立する債権者と債務者、第三者の利害の執行の場における調和点として定められているものであるから、執行はこれに照して適法という評価を与えられるものでなければならない。すなわち、違法執行は許されない。また、執行手続上違法でなくとも、債権者と債務者又は第三者との関係において、その執行を容認し、その執行の結果を取得することを是認させるだけの、実体法上の根拠のない執行、すなわち不当執行も排除されなければならない。ここに、違法執行、不当執行は、執行手続内部において、それからの救済の制度が存在し、執行の迅速の要請をしばらく措いてもこれを防止しようとする理由があるのである。強制執行における執行方法に関する異議、請求異議、第三者異議の制度等、すなわちこれであり、滞納処分における、滞納処分に関して異議がある者は再調査の請求ができる旨を定めた国税徴収法第一六六条、それに続く審査及び訴訟に関する規定も、この目的に奉仕する。ところで、具体的に、いかなる場合に、かような救済を受けうべきかを当面の問題に焦点を合せて考えてみる。滞納処分としての債権差押えは、滞納者および第三債務者の審訊を経ずに、担当徴収職員の一方的な判定によつてなされるほかはない(民訴第五九七条のごとき規定は国税徴収法に存しないが、租税債権の優先性、自力執行性からみて当然であろう)。ここにすでに、債務者または第三債務者が債務の不存在を主張しても差押えの違法もしくは不当事由とはならない契機がある。債権の差押えは法第四七条以下の差押えの一般通則、第六二条、第六四条、第七六条、第七七条等に違反するときは、その差押えは違法であり、滞納者または第三債務者は、前記第一六六条により、その違法を主張して再調査の請求をすることが許される。また、被差押債権が滞納者に帰属しないときは、その差押えは、執行法上適法であつても、滞納者の責任財産に属しない財産に対する執行であるから、不当な執行である。この場合、債権の帰属を主張する第三者は、取戻しのため前記法条により、再調査の請求をすることが許されるものとしなければならない。しかしながら、被差押債権が実体法上不存在であることは、違法執行、不当執行のいずれの範ちゆうにも属しない。債権の帰属の問題が、右のごとく執行手続内部で解決さるべきものとされるのは、それが実体上の問題であるにもかかわらず、租税債権の執行力が、直接、執行の対象たる被差押債権に及んでおり、債権の帰属の主張はこのことに対する異議であり、異議を許さないものとして執行を終了すれば、滞納者の責任財産に属しないものから租税債権の満足を認めるという、不当な結果を惹起するからにほかならない。それゆえ、迅速の要請をしばらく措いても、事は執行の問題であるから、執行手続内部でその救済をはかる必要がある。これと異なり、債権差押えの場合の差押債権の主体である国と、被差押債権の債務者、すなわち、第三債務者との関係は、けつして、租税債権の執行力の及ぶ関係ではないから、執行の不当を生ずる筋合いはなく、被差押債権の存否は、全く執行の範囲外の問題であるといわねばならない。これをしても執行手続内部で解決をはかろうとすることは、理論的に執行制度上不可であり、実際的にも執行制度を混乱させる以外のなにものでもなく、執行法のとうてい容認しえないところといわねばならない。しかも、この結論は、なんら、第三債務者に不利益を与えるものではない。国が租税債権に基づいて、滞納者に属する債権を差し押えたときは、国は被差押債権の取立権を取得し、(国税徴収法第六七条)、滞納者に代わつて債権者の立場に立ち、その権利を行使する。差押えによつて国と対決することになつた第三債務者は、従来滞納者に対して有した、すべての異議ないし抗弁を全然失うことなく、滞納者に対すると同様の方法によつて、これを主張することができる(その唯一の例外は、民法第五一一条、これ当然の制限である。)。国は、差押えの基本債権についてこそ、自力執行性を誇りうるが、その執行力が第三債務者に及ぶ理はないから、それについて強制的に満足をはかるには、まず、被差押債権について債務名義を得たうえ、一般の私債権の強制執行の手続を履まなければならない。すべてのことは、国が積極的に起こす給付訴訟(場合によつては、第三債務者から、国を被告として、債務不存在確認訴訟を提起する必要があろう。もし、被差押債権についてすでに債務名義の存する場合には、請求異議の訴を提起するほかはない。)において解決を求めればよいのであり、又これをもつて足るのである。

以上の理由により、被控訴人の本案前の抗弁は正当であり、控訴人の本訴は、訴の利益を欠く不適法なものとして却下を免れないものと結論する。

そうすると、右本案前の抗弁に捨てがたいものがあるとしながら、結局しばらく採らないとして本案について判断をすすめ、控訴人の本訴請求を失当とする。請求棄却の実体判決をした原判決は、不当であるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 大江健次郎 裁判官 北後陽三)

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