大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)123号 決定 1961年10月25日
抗告人 島北雄三
利害関係人(債権者) 株式会社兵庫相互銀行
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人は「原決定を取り消す。」との裁判を求め、抗告の理由として別紙のとおり主張した。
抗告人の主張は、要するに、本件競売手続は抗告人の被相続人島北正吉を債務者兼所有者として申立てられ、右申立に基き同人に対し競売開始決定がなされたが、右島北正吉は右競売申立前既に死亡していたから、かかる死者を債務者兼所有者としてなされた競売申立および、これに基いてなされた競売手続は無効である、というに帰着する。
本件競売記録によれば、本件競売開始決定に債務者兼所有者と表示されている島北正吉は、右競売開始決定に先立つ競売申立(昭和三四年七月三一日受付)前の昭和三四年七月二三日死亡しており、右競売開始決定当時は抗告人ならびに島北たま子、安原須美子、島北順、島北和雄等が相続人として債務者兼所有者の地位にあつたことが明かである。
しかしながら、抵当権実行のための競売手続は、申立人の抵当物件に対する売却権の実行方法で、競売申立書に債務者および抵当物件の所有者の氏名を記載することを要するけれども(競売法第二四条)、申立人たる抵当権者は不動産登記簿の記載に従つてこれを表示すればたるものと解すべきである。
したがつて、これらの者が競売開始決定当時既に死亡していることは、右開始決定の効力には影響がないと解するのが相当であり、その後の手続において、利害関係人に対する法定の通知、送達が相続人に対しなされている以上、右手続の効力を否定する理由とはならないというべきである。(ただ、執行裁判所に、その後、これらの者の死亡した事実が判明した場合、右競売開始決定の表示を実在する相続人に訂正補充できることは、いうまでもないが、かかる訂正補充をしないからといつて、右開始決定の効力になんら消長を来たすものではない。)
そこで、本件記録によれば、本件競売開始決定、昭和三四年一二月九日午前一〇時の競売期日および同年同月一一日午前一〇時の競落期日の各通知は、いずれも債務者島北正吉宛ではあるが、
相続人の一部である島北たま子、島北順、島北和雄の住所に送達のうえ受領されている。
しかのみならず
(1) その後右競売期日前の昭和三四年一一月二一日、抗告人の代理人弁護士元原利文は、執行裁判所に対し、債務者島北正吉が既に死亡し抗告人らに相続が開始されたことを報告するとともに、神戸家庭裁判所において、相続を承認または放棄する期間が昭和三五年二月一〇日まで伸長されたことを理由として、右期間の満了まで競売手続を延期されたい旨上申したため、同裁判所は前記競売ならびに競落期日を職権をもつて変更し、次回期日を追て指定する処置をとつた。
(2) 次いで、前記相続人らが限定承認をなした後である昭和三六年三月二七日債権者は執行裁判所に対し爾後債務者の相続人たる抗告人ほか四名に対し本件競売手続を進行されたい旨を上申した。そこで、執行裁判所は、同年四月一日、競売期日を同年五月四日午前一〇時、競落期日を同年同月九日午前一〇時と指定し、右期日の通知は、前記抗告人ほか四名の相続人に送達され、右競売期日に競売が実施された結果本件競落許可決定がなされるにいたつた。
以上の事実が本件競売記録上明かである。
右競売手続の推移からみると、本件競売開始決定後、債務者兼所有者の相続人の一人である抗告人は自ら本件手続に参加し、その進行に協力しており、一方、執行裁判所は債務者死亡の事実が判明した後は、その相続人に対する手続を履践していることが明かであるから、前記手続当初における通知送達のかしは、補正せられるにいたつたと解することができる。
しからば、本件競売開始決定および競落の基本たる競売期日の公告の無効を前提として本件競落許可決定の取消を求める抗告人の主張は理由がなく、他に記録を精査しても原決定を取消すべき事由を発見できないから、本件抗告は理由がなく棄却を免れない。
そこで、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 沢栄三 木下忠良 斎藤平伍)
抗告の理由
一、神戸地方裁判所昭和三四年(ケ)第一八四号不動産競売事件(債権者株式会社兵庫相互銀行、債務者島北正吉間)の申立債権者株式会社兵庫相互銀行は抵当権実行のため昭和三四年七月三十一日付不動産競売申立を為したので同庁は昭和三四年九月一日付不動産競売開始決定が為された。
二、依つてその旨の通知が為され債務者兼物件所有者島北正吉に対し昭和三四年十月七日送達せられたのであるがその後昭和三四年十二月九日第一回の競売期日の通知を昭和三四年十一月八日送達されたものである。
三、ところが債務者兼物件所有者島北正吉は抵当権者が不動産競売を申立てる以前から病弱で病臥中であり相互掛金についての本件債権、債務については抗告人が同人の指図の下に担当を為していたところ同人は遂に昭和三四年七月二十三日に死亡したのでその後の交渉は債権者の支配人正井豊一、同代理人萩原和夫、或いは相互掛金の集金担当者と折衝し来つていたものであります。
依つて債権者は之等の事情を熟知しており且つ債務者が競売申立以前に既に死亡していた事実も了知の事実であつたにも拘らず恰も債務者が生存中のままであるかの如く書類上の形式主義に則り不動産競売を申立てたので同庁は債務者の死亡後である昭和三四年九月一日付を以つて不動産競売開始決定が為されたものであります。
此の事は競売事件記録編綴中の限定相続謄本並びに債権者提出に係る上申書等により窺知される事実であるから競売申立人が競売申立当時債務者又は不動産所有者の既に死亡したる事実を知悉し居りたると否とに拘らず其競売は只形式上競売法規の手続を践行したりと云ふに止り死者に対して為されたる手続は当初より無効にして全然その効果を生ぜざることは古来我国判例も支持するところでありますので斯かる事実が発生した場合申立権者は債権者代位の手続を以つて相続人に相続登記手続を完了し更にその後で承継人に対し相続財産に対する競売手続を履践しなければならない。
四、更に競売法二四条第二項第一号並びに民事訴訟法六四二条第一号の債権者、債務者、所有者を明記せる法文から解釈して民事訴訟法第五五二条の遺産に対する強制執行手続以前の問題であるので(本件の場合強制執行の開始前)強制執行本来の債務名義自体に瑕疵があり又昭和三六年四月一日付で為された競売期日の公告中にも死亡債務者名を以つて昭和三六年五月四日競売する旨の民事訴訟法六五八条所定の公告が為されていることはいづれも形式上の競売法規の手続践行に他ならないので原決定の取消並びに本件競売事件の取消を求めるものである。