大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)343号 決定 1962年5月01日
決 定
尼崎市玄番北之町三七番地の二
抗告人
和田定平
右代理人弁護士
奥田忠策
債権者兵庫県信用保証協会と、債務者兼物件所有者エビスわた株式会社間の、神戸地方裁判所尼崎支部昭和三五年(ケ)第八一号不動産競売事件について、同裁判所が昭和三六年一二月二二日言渡した競落許可決定に対し、抗告人から即時抗告の申立がなされたので、当裁判所は次の通り決定する。
主文
本件抗告を却下する。
理由
本件抗告の趣旨ならびに理由は別紙記載の通りである。
よつて審按するに、本件記録によると、債権者(抵当権者)兵庫県信用保証協会が、債務者兼物件所有者エビスわた株式会社に対して有する根抵当権(昭和三三年七月一日設定登記完了)の実行として、昭和三五年一〇月一〇日、別紙目録記載の家屋の競売を申立て、神戸地方裁判所尼崎支部昭和三五年(ケ)第八一号事件として、同年一〇月一三日競売開始決定が、ついで同月一七日その旨登記がなされたこと、抗告人が右債権者及び債務者を被告とし、本件競売物件が抗告人の所有にして債務者にこれを譲渡したことがなく、従つて、右物件の所有権が債務者に移転した旨の所有権移転登記(昭和三三年六月二四日受件)、ならびに、本件根抵当権設定登記が、いずれも登記原因を欠く無効のものであることを理由として、右各登記の抹消登記手続請求の訴を同裁判所に提起し、同三四年一月九日右訴提起を原因とする予告登記を受けたこと、本件各競売期日の通知が抗告人に対してなされないまま競売手続が進行し、同三六年一二月二二日本件競落許可決定が言渡されたことが、それぞれ明かに認められる。
ところで、登記簿上所有名義人でない者が真実の所有者であることを理由として、登記簿上の所有名義人に対し、その登記抹消登記手続を求めると同時に、その旨の予告登記を受けた場合に、その者が、競売法二七条、及び民事訴訟法六八〇条にいわゆる利害関係人に包含されるかどうかについては議論の存するところであるが、当裁判所は、予告登記が単に登記原因の無効を理由とする抹消登記請求の訴訟が裁判所にけいぞくしている事実を公示するに過ぎないものであることからみて、右予告登記がなされている一事のみから、直ちに予告登記権利者を利害関係人に包含すべきものと解すべきではなく、予告登記権利者が所有権を有することを――少くとも登記による推定力を無にする程度に――証明した場合に、はじめて競売法二七条三項四号に該当する利害関係人として取扱われ、この者に対して競売期日の通知を要すると解すべく、又前記の推定力を覆えし予告登記権利者が所有者であると認められるに足る程度の証明をした場合には、民事訴訟法六八〇条所定の即時抗告をすることにより競落許可決定の取消を求め得ると解するものである。
これを本件について考えてみるに、本件競売申立当時、既に本件予告登記がなされていたことは前示の通りであるけれども、かかる一事をもつて抗告人を利害関係人といえないことは前説示により明かであるところ、本件物件の所有名義人たる債務者の所有権について、その登記の推定力を左右するに足る証拠は、本件記録を精査しても遂にこれを見出し得ないところである(抗告理由に引用する鑑定人辻本武兵衛作成の評価書、登記簿謄本、及び、執行吏作成の報告書中には、それぞれ抗告人引用通りの記載がされており、かつ、本件競落許可決定言渡後、抗告人から予告登記の原因たる訴状の写しが提出されているけれども、これをもつて本件物件が債務者の所有である旨の登記の推定力を無にすることができない。)尤も、本件競落許可物件として、登記簿に表示された家屋のほか、「右家屋に増築された約一坪の炊事場を含む」趣旨をもつて本件競落許可決定がなされていることは、前示評価書、報告書、競売ならびに競落期日公告、ならびに、不動産競売調書を綜合して認められるところであるけれども、右増築部分は民法三七〇条本文により本件抵当権の効力が及ぶものであり、仮に、この部分が抗告人によつて付加されたものであるとしても、抗告人が右部分を権原により付加したことを認めるに足るなんらの証拠がない本件においては、同法第二四二条本文により本件家屋所有者の所有に属せしめられることになるのであるから、右増築部分もまた債務者の所有であると推認されねばならないところである。
してみると、本件物件の所有者と認め難い抗告人に対し、競売期日の通知をしないで競売手続を進行し、本件競落許可決定をした原審の手続及び決定にはなんらの違法がないところであり、本件物件の所有者と認め難い抗告人は、民事訴訟法第六八〇条にいわゆる利害関係人として、競落許可決定に対し即時抗告をなし得る適格を欠き、従つて、本件抗告はその余の抗告理由について判断するまでもなく不適法として却下すべきものであるから、主文の通り決定する。
昭和三七年五月一日
大阪高等裁判所第七民事部
裁判長裁判官 小野田 常太郎
裁判官 亀 井 左 取
裁判官 下 出 義 明
抗告の趣旨
原決定を取消す。
昭和卅六年十二月十五日付競売期日の最高価競買人池田清一の競落は之を許さない
との裁判を求める。
抗告の理由
第一点、原裁判所が「後記の如く競売法第二七条第三項第三号該当の利害関係人である抗告人に対し同条第二項所定の競売期日通知を懈怠したまま爾後の競売手続を続行せしめた」違法ある点。
抗告人は昭和廿八年五月以降引続き本件競売目的家屋を真実所有し、本件競売開始登記前の昭和卅三年十二月登記簿上の所有名義人(本件では債務者)エビスわた株式会社に対し「抗告人よりの所有権移転登記は無効なることを原因として同登記抹消請求訴訟」を神戸地方裁判所尼崎支部へ提起し、之亦本件競売開始登記前の昭和卅四年一月九日其の旨の予告登記を得た。
従つて競売裁判所は抗告人よりの権利の届出を待つ迄もなく本件競売開始にさきだち其の家屋登記簿謄本により右予告登記の基本たる前記訴訟の結果如何では(抗告人勝訴又は和解等の場合)競落人の本件競売家屋所有権取得も空に帰し又抗告人としても此の場合競落人の右所有権取得登記抹消の新訴を提起せざるを得ない等の不測の出費・損害を蒙ることが経験則上明かなのであるから、抗告人を競売法第二七条第三項第三号に「所謂登記簿に登記したる不動産上の権利者」該当の利害関係人として抗告人に対し同条第二項の競売期日の通知を為すべきである。(大審昭和十二年民四決定・昭和十二年(ク)第一七三〇号によれば「競売不動産について競売の申立を登記する以前に所有権移転請求権保全のための仮登記をした者は不動産上の権利者としての利害関係人に該当するとして右仮登記権利者に対する競売期日通知の懈怠を違法とされている」のであるが、此の見解は抗告人の如き予告登記権利者にも妥当する。)
然るに原裁判所は抗告人を利害関係人に非ずとして抗告人に対し昭和卅六年十一月十七日付の競売期日、同年十二月十五日付の新競売期日の何れをも通知せずして本件競落許可決定を為した。之は原裁判所が前記法条の解釈を誤つた結果瑕疵ある競売手続を(之を治癒せずに)続行せしめた違法あるものであり、原決定は速かに取消されるべきである。
尚抗告人主張の本件競売家屋の真実の所有権の存在は、――前記予告登記の存在丈けでは推知し得ないとしても――本件競売事件記録中の鑑定人辻本武兵衛作成の評価書中の「増築建物約三坪五合同約一坪が夫々和田定平によつて建築され又本件家屋居住者和田定平が其の土地所有者森崎章義より賃料一ケ月金七百五拾円で賃借している」趣旨の記載部分、債権者兵庫県信用保証協会作成の上申書添附登記簿謄本表題部・甲区欄には「前記増築建物三坪余は右和田定平の長男和田時彦の所有なる」旨の記載あること及び執行吏小林敏雄作成の報告書中の「右和田定平は昭和十二年より本件家屋に居住し賃貸借なしと述べた」趣旨の記載部分を綜合考較すれば、十分窺知し得る。
第二点、本件競落許可の対象となつた家屋は債権者が競売に付すべきことを申立てた家屋範囲を超えた過大・違法なものである点。
昭和卅六年十一月十七日付競売期日・同年十二月十五日付新競売期日の各公告には何れも競売不動産の表示中に債権者の競売申立書所定の木造瓦葺二階建店舗一棟建坪十二坪六合一勺二階坪九坪二合一勺を記載し且つ「右家屋には増築の及事場約一坪を含む本件家屋に隣接する建坪三坪七合五勺の店舗を除く」との註釈を付加している。
然し右増築炊事場約一坪は債権者の競売申立外の家屋部分に属し、しかも鑑定人辻本武兵衛の評価書によれば右炊事場部分は前記店舗建坪三坪七合五勺と共に抗告人の増建築したものであり何れも抗告人の所有と推定されるものである。(前記店舗建坪三坪七合五勺については和田定平の長男和田時彦所有名義の保存登記=債権者作成上申書添附登記簿謄本参照=あるにおいて猶更右炊事場部分の右和田所有なることが肯認される。)
従つて右炊事場部分は前記店舗建坪三坪七合五勺同様本件競売目的外のものであり、前記保存登記の有無により其の取扱いを異にすべきではない。(前記鑑定人の評価書中の受命物件欄には増築建物として前記店舗と右炊事場とが併記されていることに徴しても両者の取扱いを同一にすべきである。)
抗告人としては此の不当な扱い即ち右炊事場部分の所有権侵奪を甘受することが出来ない。
本件競売期日の公告の不動産表示は過大にして違法であるから、之を治癒せずして為された本件競落許可決定は速かに取消されるべきである。
第三点、昭和卅六年十一月十七日付本件競売期日における最低競売価額は鑑定人の適確な評価を得ずに恣意的に算出された違法金額である点。
右競売期日の公告によれば「不動産の表示」として「尼崎市玄番北之町三七番地の二地上家屋番号玄番北之町三五号の二木造瓦葺二階建店舗一棟建坪十二坪六合一勺・二階坪九坪二合一勺、右家屋には増築の炊事場約一坪を含む、本件家屋に隣接する建坪三坪七合五勺の店舗を除く」と又「最低競売価額」として「金百五万円」との各記載がある。
而して鑑定人辻本武兵衛の評価書の「現状及び評価」欄中には「本件競売申立物件以外に前記建坪三坪余の店舗と前記炊事場とが増築されている。之等増築分を含めて本件家屋の評価額は金百八十五万円である。但し表店舗増築分約三坪五合の評価は金八十万円である」趣旨の記載があるけれども、「前記公告不動産表示物件の評価額が右金百八十五万円より右金八十万円を控除して得た金百五万円である」との記載は無い。
然るに原裁判所は「右控除算による金百五万円が右鑑定人の(其の旨の表示なくとも)本件競売物件に対する当然の評価額なり」として本件最低競売価額を同金額に決したものである。
然し数個に亘る不動産に可て評価する場合之を一括評価した金額が個々の不動産評価額の合計金額とは必ずしも一致せずプラス・アルフア、マイナス・アルフアなるものが出ることは不動産取引業界において顕著な事柄であるから、原裁判所の右最低競売価額決定は甚だ危険な独断と言わざるを得ない。
特に前記鑑定人作成の評価書中には「表店舗増築分約三坪五合の評価は金八十万円である」との記載あるけれども其の前後の記載内容からして同評価金八十万円中には前記炊事場約一坪も増築分として含まれているとも解せられないこともなく、此の場合本件公示不動産表示物件の評価額は金百五万円を超えることは明かとなるが其の程度が明かでない。
斯様に本件公示不動産表示物件の評価は前記鑑定人の評価書によつては適確に把握されないから、競売裁判所としては此の点を再鑑定せしめた上最低競売価額を決すべきであつた。
原裁判所が右入念の措置をとらず前記不明の疑の濃い評価を以つて事足れりとしたのは競売法第二八条に違反した違法あるに帰着し、本件競落許可決定は速かに取消されるべきである。
以 上
物件目録<省略>