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大阪高等裁判所 昭和37年(う)187号 判決 1962年9月13日

控訴人 検察官

被告人 佐々木ハナ

再審裁判所 神戸家庭裁判所

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の理由、及び被告人の答弁は、記録に綴つてある神戸地方検察庁検事正代理次席検事岡谷良文名義の控訴趣意書、及び弁護人尾崎勇蔵、同宮内勉連名の答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原審か被告人に対し、その刑の執行を猶予したのは不当であるとなし、その理由の第一として原判決(再審判決)は、確定判決(破棄差し戻後の第一審判決)の認定した罪となるべき事実と基本的に同一の事実を認定しながら、確定判決が被告人を懲役六月の実刑に処したのに対し懲役六月、五年間刑の執行猶予の判決を言渡している。ところで、再審は確定判決の罪となるべき事実、法律上犯罪の成立を阻却すべき事実、刑の必要的免除に該当する事実、及び処罰条件に関する事実の認定の誤りを是正して、当該確定判決によつて不利益を受ける被告人を救済し、その保護を図ることを目的とする非常救済手続であつて、法はその理由を制限して確定判決の法的安全性との調和を確保しているのである。しかるに、原判決が確定判決の認定した犯罪事実と基本的に同一の事実を認定しながら、該判決の実刑を変更して執行猶予を付したことは再審制度を設けた法の趣旨を逸脱し、確定判決の法的安全性を没却したものといわなければならないと主張する。

よつて案ずるに、原判決、及び確定判決の認定した犯罪事実、並びにそれらの主文が所論のとおりであることは本件記録に徴し明らかであり、また再審の目的か確定判決における論旨指摘の事実認定の誤りを是正し、これにより不利益を受けた被告人を救済することを目的とする非常救済手続であることも所論のとおりである。ところで、本件再審の申立は確定判決の一の事実につき無罪の言渡をすべき明らかな証拠をあらたに発見したとの事由でなされ、原審はその請求を理由ありとして再審開始の決定をなし、この決定に対し検察官より即時抗告がなく確定したものであるが、再審開始の決定が確定した事件については裁判所は刑事訴訟法第四五一条に従い第四四九条の再審請求競合の場合を除いて、その審級に従い更に審判しなければならないのである。この審判は、確定判決の当否を決するものでなく、再度の審理を行うものであることは文理上明白である。したがつて、再審開始決定をした裁判所が第一審裁判所であるときは第一審の公判手続にしたがい審理を遂げ、再審の判決をしなければならない。すなわち、訴訟手続は当該事件について公訴の提起がなされた状態から進行し、人定質問、起訴状の朗読から始まり証拠調、論告、弁論、被告人の最終陳述などの手続が全くあらたに行われ、その審級における一般原則に従い再審の判決が言渡されるのである。したがつて右訴訟手続においては事実認定に必要な証拠調は勿論刑の量定に必要な証拠の取調をもでき、また検察官は訴因、罰条の追加、撤回、変更をすることもできるわけで、その結果再審判決において犯罪の証明ありとして確定判決において認められた犯罪事実と基本的に同一の事実を認定した場合においても、第四五二条による不利益変更禁止の制限を逸脱しない限度において再審裁判所は確定判決の刑に拘束されることなく、その自由な心証により事案に即した刑の言渡すなわち確定判決の刑と同一の刑文はそれよりも軽き刑の言渡をなし得るものと解すべきである。もつとも確定判決の法的安全性は尊重されなければならないことは所論のとおりであるが、再審制度そのものが確定判決のあつた後において実体的真実のためその法的安全性を犠牲にする非常救済手続であるから、一旦再審開始の決定が確定すれば確定判決の法的安全性は保証されないこととなる。したがつて、再審の請求がなされた場合には、その理由の有無につき慎重に調査し、判断した上で再審の開始をすべきか否かを決定すべきである。しかるに、本件記録を精査すると、本件再審開始の決定をなすに当り、原審がその理由の有無につき慎重に事実の取調をなし、判断したものであるかどうか記録上明白でない。むしろ再審請求書と、その添付の住民票(再審理由の立証としては不十分と思われる)とのみにより、たやすく再審開始の決定をしたものでないかと思料せられる。検察官が確定判決の法的安全性を強調するならば、斯る再審開始決定に対し即時抗告をすることにより、その確定を阻止すべきであつたのに、これを看過し、右決定を確定させ、再審判決があつた後において確定判決の法的安全性を強調することは時期遅きに失したものといわなければならない。結局論旨は理由がない。

次に、職権をもつて調査するに、本件は被告人が神戸家庭裁判所に「被告人は、神戸市生田区相生町三丁目鉄道官有地においてバー銀星を経営するものであるが、(一)昭和三三年七月上旬頃かねて女給として雇入れていた森本清子(昭和一六年一二月三一日生)をして附近相生旅館において氏名不詳の客に売淫をなさしめ、(二)、同年七月上旬頃かねて女給として雇入れていた白浜和子(昭和一八年九月七日生)をして附近恵美須旅館において氏名不詳の客に売淫をなさしめたものである。」として起訴せられ、同裁判所は公訴事実記載どおりの犯罪事実を認定し、被告人を罰金一万五千円に処する旨言渡したところ、これに対し検察官より量刑不当を理由に控訴の申立があり、大阪高等裁判所において破棄、差し戻しの判決があり、破棄差し戻後の第一審判所は、「被告人は、バー銀星を経営するものであるが、(一)昭和三三年六月三日頃女給として雇入れて使用していた児童である森本清子(昭和一六年一二月三一日生)をして同年六月一二日頃から同月二四日頃までの間相生旅館において七回に亘り、男客を相手に淫行をなさしめ、(二)、同年六月下旬頃女給として雇入れて使用していた児童である白浜和子(昭和一八年九月七日生)をしてその頃右同一旅館において一回男客と淫行をなさしめ、以て夫々児童に淫行をさせる行為をなしたものである。」との事実を認定し、懲役六月の判決を言渡した。これに対し弁護人から控訴、上告の申立があつたが、いずれも棄却せられ、右判決は確定したのであるが、さらに被告人より右確定判決が認定した事実中(一)の被告人が森本清子に売淫させたという期間中同人は被告人方を既にやめ被告人方にいなかつたので同期間中森本清子に売淫させる筈がないと主張し、該主張を証する明らかな証拠をあらたに発見したことを理由に再審の申立をしたところ、原審はこれを容れて再審開始の決定をし、再審公判審理において本件公訴事実は「被告人は昭和三三年七月上旬森本清子をして附近相生旅館で氏名不詳の客を相手に売淫をなさしめた」というのであるのに、前記期間中森本清子を使用したという雇主を証人として取調べ、その結果森本清子をして男客を相手に売淫させた期間は、同年五月上旬頃から同年七月初旬頃までの間七回であると認定して、被告人に対し有罪の判決を言渡したのである。これによつてみれば、再審公判における審理の重要な争点は、被告人が森本清子をして売淫させた時期はいつであるかであつたと窺える。この点は証拠の判断、及び被告人の防禦の上に重大、且微妙な関係を有するものであるのに、原判決、確定判決ともに起訴状記載の訴因中森本清子をして売淫させた時期、のみならず回数を異にして事実を認定している。ところが、破棄差し戻後の第一審公判手続、及び原審公判手続において訴因変更の手続がなされた形跡はない。刑事訴訟法が訴因制度を採用した趣旨は、いうまでもなく、これによつて裁判所の審判の対象を限定すると共に、被告人をして起訴状記載の訴因事実の範囲内においてのみ防禦の方法を講ずれば足りることとし当事者主義の趣旨にそわんとしたためである。したがつて原審が訴因変更の手続を経ることなく、被告人が森本清子をして売淫させた時期、回数を公訴事実記載の日時、回数と異なり、また被告人が専ら防禦の主力を注いでいた確定判決認定の時期とも異なる時期に本件事実を認定したことは、訴訟手続違背であり、右違背は判決に影響を及ぼすこと明らかな手続法令違反といわなければならない。したがつて原判決は、この点において破棄を免れない。そして原判決はその摘示(一)の事実と、(二)の事実とを併合罪として一個の刑を科しているから原判決は全部破棄すべきである。

よつて本件控訴は結局理由があるから爾余の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項第三七九条に従い原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文によつて本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本圭三 裁判官 三木良雄 裁判官 細江秀雄)

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