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大阪高等裁判所 昭和37年(う)528号 判決 1962年7月18日

被告人 下谷嘉七

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金七万円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人三木今二作成の控訴趣意書記載のとおりであり、その要旨は、原判決は被告人が供与を受けた現金合計三二万円の全額につき、その価額を被告人から追徴する旨を言渡したが、右金員は選挙運動の報酬と費用としてその割合の定めなく包括的に授受されたものであつて、このような場合後日そのうち運動実費として費消された額が明確となつたときはその分を控除し、残額のみを追徴すべきであるところ、被告人は右金員のうち一五万円を蒲田寛に交付し、同人においてこれを選挙運動の実費として費消したのであるから、被告人に対してはこの分を控除した残額一七万円についてのみ追徴を言渡すべきであつて、受供与金全額について追徴を言渡した原判決には公職選挙法二二四条の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

これに対する検察官の答弁は、検察官山根正作成の答弁書記載のとおりであり、その要旨は、本件受供与金三二万円は選挙運動の報酬及び費用としてその割合を定めず包括的に授受されたものであるから、そのうちいくらが運動実費に費消されたかを顧慮することなくその全額を追徴すべきであつて、原判決には法令の適用解釈を誤つた違法はない、というのである。

ところで、原審において取り調べた証拠によると、

(一)  昭和三四年六月二日施行の参議院議員選挙に立候補を決意した明治乳業株式会社取締役会長植垣弥一郎の当選を期して同年一月中頃同会社関係者や乳業酪農関係者を中心に植垣弥一郎後援会が作られ、同後援会の活動の名のもとに右植垣のため選挙運動が進められているうち、同人が京都府竹野郡丹後町間人(旧間人村)の出身であるところから、京都市在住の旧間人村出身者らで組織されている懇親団体京都間人会を母体として同市内や丹後地方をはじめとして京都府下一円に右後援会組織の拡大強化を図り、右後援会活動を通じて一層強力に選挙運動を推進しようということになり、原審相被告人松本常蔵がその責任者となり、旧間人村出身者で明治飼料株式会社(明治乳業株式会社と同系会社)に勤めている被告人が京都市に常駐して右松本の指揮のもとに前記京都間人会との間に緊密な連絡を保ちつつ京都府下における後援会活動による選挙運動を統括することとなつたので、同年三月下旬被告人はその居住地である東京都を発つて京都市に来たうえ、京都間人会の役員蒲田寛らの尽力によつて京都市北区紫野北船岡町一三番地に一戸を借り受け、これを前記後援会の京都事務所にあてるとともに自らそこに起居し、前記選挙の投票日の前日まで植垣弥一郎候補の立候補届出の前後を通じて同人のため選挙運動をしたこと

(二)  右蒲田寛は同年二月中旬頃被告人や松本から前記後援会活動等による選挙運動に協力してもらいたい旨依頼を受けてこれを承諾し、爾来植垣候補のためその選挙運動に従事していたのであるが、被告人はその京都常駐の前後を通じ前記京都事務所用の電話設置費や事務用品、什器類などの購入費等後援会関係の選挙運動費を蒲田に立替え支払つてもらつているほか、今後も同人にこのような費用を支払つてもらわねばならないことが予想されたこと

(三)  同年三月下旬被告人とともに京都市に来て滞在していた松本は蒲田が既に後援会関係の諸費用を立替え支払つていることを知つていたのみならず、今後さらに強力な選挙運動を進めて行くためにはこの種の費用のほか選挙運動者に対する報酬や投票買収費等違法なものをも含めかなりの費用が要ることが予測されたので、これらの費用はそれが京都府下における後援会活動に関連するものであるかぎり被告人の手を経てこれを支弁しようと考え、その旨を明らかにして同年四月上旬原判示第二の(一)(1)の現金二五万円を被告人に提供し、被告人もその趣旨を諒承してこれを受領したこと、そして、その際右金員の一部を被告人自身のする選挙運動に対する報酬に充てることはもとより互いに諒解されており、しかも右金員のうちいくらをこの種被告人自身の報酬に充て又いくらを他の選挙運動費用に充てるかは一応被告人の裁量に委ねられてはいたが、しかし前記蒲田が既に立替え支払つている分については右金員からその弁償をなすべきこととされていたのはもちろんであるし、前記京都事務所の賃借料その他の経営費はもとより、被告人の統制下において行われる京都府下における後援会活動による選挙運動の諸費用は運動報酬や投票買収費等違法なものも含め一切松本よりの右受供与金をもつて支弁すべきこととされていたのであつて、右の諸費用の支払を放置して受供与金の全額を被告人の一存で自己の報酬に充てるが如きことは決して許されていなかつたこと

(四)  被告人は同年四月一〇日頃にも松本から原判示第二の(一)(2)の現金七万円を受け取つたが、右金員授受の趣旨も右記載の現金二五万円授受の趣旨と同じであること

(五)  被告人は前記蒲田に対し、同月一〇日頃右(三)記載のように松本から受領した現金二五万円のうちから一〇万円を、又同月下旬右(三)の現金二五万円又は同様松本から受領した右(四)の現金七万円のうちから五万円を、いずれも蒲田が前記後援会関係で立替え支払つた諸費用に対する弁償、同人が後日同会関係で支弁すべき実費の資金ならびに同人が植垣のために選挙運動をすることの報酬等として供与したこと

が認められる。

そうだとすると、原判示第二の(一)(1)及び(2)の現金合計三二万円はその一部をもつて蒲田らが前記後援会関係で立替え支払つた諸費用に対する弁償、同人ら後援会関係の選挙運動者がその選挙運動のため必要とする実費の資金、これら選挙運動者に対する報酬やこれらの者を通じてする投票買収の資金に充てるべき旨の負担付で授受されたものというべく、又被告人が右現金のうちから(五)に認定した現金一五万円を蒲田に供与したのは右負担の趣旨に従つたものというほかはないから、蒲田が所論のようにその収受金の全額を選挙運動の実費に費消したかどうかにかかわりなく、被告人に対する追徴額の算定に当りその受供与金三二万円から蒲田に供与した一五万円を控除しなければならない(昭和七年五月二六日大審院判決・大審院刑事判例集一一巻六八五頁参照)。

そして、右の見解は、答弁書引用の昭和一二年九月二八日大審院判決・大審院刑事判例集一六巻一三一七頁、昭和二九年八月二四日名古屋高等裁判所判決・高等裁判所刑事裁判特報一巻一七一頁及び昭和二八年四月一一日東京高等裁判所判決・東京高等裁判所判決時報三巻四号刑事一五三頁の趣旨にもそうものであつて、決してこれに反するものではない。又同書引用の昭和二九年七月一四日最高裁判所第二小法廷判決・最高裁判所刑事判例集第八巻七号一一一四頁及び大正一四年三月二四日大審院判決・大審院刑事判例集四巻二四〇頁は受供与者がその受供与金の一部を負担の趣旨に従つて使用したことが証拠上明らかにされなかつた事案に関するものであり、昭和二八年六月一五日東京高等裁判所判決・高等裁判所刑事判例集六巻六号七七六頁は受供与者がもつぱら自己の選挙運動に対する報酬として供与を受けた金員のうちからその一部を自ら任意の意思に基ずいて他の者に供与した事案に関するものであつて、いずれも本件に適切でない。

従つて、原判決が被告人に対しその受供与金の全額に相当する三二万円を追徴する旨を言渡し蒲田に供与した右一五万円を控除しなかつたのは、追徴の基礎となるべき事実の認定を誤つたか又は公職選挙法二二四条の解釈適用を誤つたものというほかなく、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

さらに職権をもつて調査すると、原判決は、被告人が植垣候補に当選を得しめる目的をもつて、(1)同年四月一〇日頃原審相被告人下戸嘉七に対し現金五万円を交付し(原判示第二の(二))(2)同月下旬原審相被告人日向勝治に対し現金五万円を供与した(原判示第二の(三))旨を判示しているところ、原審で取り調べた証拠によると、右下戸及び日向は当時前記後援会活動の名のもとに被告人の統制下において植垣候補のため選挙運動をしていたものであつて、右(1)の現金五万円は下戸をして他の選挙運動者に供与すべき報酬の資金と一般選挙人に対する投票買収の資金に充てさせる趣旨で、又(2)の現金五万円は日向をしてその一部をもつて前記後援会活動等による選挙運動の実費に充てさせ(同人は前記京都間人会長として被告人の京都常駐前より右後援会の拡大強化に努力していた)、他は同人自身の選挙運動報酬に充てさせる趣旨で、それぞれ授受されたもので、いずれも被告人が松本より供与を受けた原判示第二の(一)(1)の現金二五万円又は同第二の(一)(2)の現金七万円のいずれかのうちからこれを支出したものであることが認められるから、これらはいずれも右松本よりの受供与金合計三二万円の授受の際に付せられた前段認定の負担の趣旨に従つて支出されたものというべく、被告人に対する追徴額の算定にあたつては右下戸及び日向に交付又は供与した金額一〇万円をも控除しなければならないのに原判決は、これを控除しないで、被告人に対しその受供与金三二万円の全額につき追徴を命じているのであつて、追徴の基礎となつた事実の認定を誤つたか又は公職選挙法二二四条の解釈適用を誤つたものというのほかなく、この誤りが判決に影響を及ぼすことはいうまでもないから、この点においても原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い更に裁判することとする。

当裁判所の認定する罪となるべき事実は、原判示第二の(三)に「投票とりまとめ費用」とあるのを「選挙運動の実費」と訂正するほか、原判示のとおりであり(原判示第二の(一)の(1)、(2)で引用する同第一の(一)に「投票とりまとめなどの選挙運動をすることの報酬および費用」とあるのは、被告人自身に対する右選挙運動の報酬及び被告人自身がその支払に当たるべき選挙運動の実費のほか、他の選挙運動者に支給すべき報酬及びこれら選挙運動者を介してする実費の支払や投票買収のための費用を含む趣旨であると解する)、これに対する証拠もまた原判示のとおりであるから、いずれもこれを引用したうえ、被告人の所為に対して原判示の各法令を適用し、かつ追徴についてはさきに説明したとおりの理由により被告人が供与を受けた現金合計三二万円から前示蒲田、下戸及び日向に供与又は交付した現金合計二五万円を控除した残額に相当する価額七万円を被告人から追徴することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 小川武夫 河村澄夫)

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