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大阪高等裁判所 昭和37年(く)83号 決定 1962年11月14日

抗告人 検察官

被告人 島本禎一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の趣旨は、被告人に対する本件公訴事実は「被告人島本禎一、同島本アヤ(被告人の妻)、同川口祐弘は共謀の上、竹中工務店の施行する住友信託心斎橋支店増築工事の騒音、震動等による損害金名下に金員を喝取しようと企て、昭和三五年五月一三日竹中工務店取締役中出定夫らに対し、六、七三九、五〇〇円の補償を要求し、同人か一、〇〇〇、〇〇〇円しか出せないといつて右要求を拒絶すると、同人に対し被告人島本禎一はその発刊する「投書真聞」を示し、「商店泣かせの住友街荒しの竹中というような題で、思い切り私の真聞に竹中や住友のことを書かせてもらい、うつぷんを晴らさせてもらうから、一銭もいりません……」などと言つて同人を脅迫し、同人から額面三、五〇〇、〇〇〇円の小切手一通を喝取した」というのであるが、被告人らは公判においていずれも右金員の受領を認め、その喝取であることを争い、また右金員の分配について被告人ら間に主張が対立しているところ、被告人島本禎一は川口祐弘が昭和三七年八月一七日の公判において被告人として右金員の分配を受けたことはない旨を供述したのに対し不満を持ち、審判を自己に有利に導く目的をもつて、同月二〇日川口祐弘の住居及びその付近二六個所に、同人の名誉を傷つける内容の文書をさん布するほか、同人方に同人を脅迫する内容の電話をかける等同人を畏怖させる行為をしたので、刑事訴訟法第九六条第一項第四号にあたるとして、同被告人に対する保釈を取り消すべきことを請求したのに対し、原裁判所は、検察官提出の資料により被告人島本禎一が検察官主張の前記行為をしたことが認められるから、同号所定の場合に該当するとしながら、同法がこの場合保釈の取消ができるとしたのは、事件の公正な審理を保持するためであり、右公訴事実についてはすでにほとんど公判の審理を終り、被告人らに対し苦干の補充的質間が予定されているだけであり、しかも今後川口祐弘が被告人としてすべき供述が、被告人島本禎一の右行為によつて不当に影響を受けるとは認められず、本件の審理の公正を害するおそれはないといえるから、同被告人に対する保釈を取り消すことは許されないとして、検察官の請求を退けた。しかし同条第一項第四号が保釈を取り消すこととしたのは、単に事件の公正な審理を保持するためではなく、これによつて善良な市民である被害者らを保護するためであることは、刑法第一〇五条の二の証人威迫に関する罪の規定が、右刑事訴訟法の規定と同時に設けられたことに徴し明らかである。川口祐弘が今後の公判廷において供述を変更し、それによつて審理の公正が害されることがないとはいえず、また同人及びその家族を被告人の畏怖行為から保護すべきであり、いずれの点からいつてもすみやかに本件保釈を取り消すべきである。なお前記三五〇万円喝取の事実に基く勾留はさきに取り消され、本件保釈は川口祐弘に関係のない他の恐喝の事実に基いて右取消後になされた勾留に対して許されたものであるが、勾留の効果が及ぶのは勾留状記載の事実に限られないことは最高裁判所判例の示すところである。これを同法第八九条第四号についていえば、勾留事実以外の事実について罪証隠滅のおそれがあれば勾留事実を含む全部の公訴事実について同様のことがいえるのであり、同条第五号は罪証隠滅防止のほかにいわゆるお礼参り防止を趣旨とするのであるから、同号の事件とは現に審判の対象となつている事件と解すべく、勾留の基礎となつている事件に限局すべきではない。そうでないと検察官は犯罪事実ごとに全部について二重、三重に勾留の請求をしなければならないことになる。この理は同法第九六条第三号、第四号についても同じである。以上のとおり検察官の本件請求を認容しなかつた原決定は不当であるから、これを取り消した上、本件保釈を取り消すべきであるというのである。

そこで記録を調査すると、被告人島本禎一に対する本件公訴事実は前記川口祐弘との共謀による三五〇万円喝取の事実のほか、同人と関係のない一四個の恐喝の事実であり、被告人島本禎一は川口祐弘との共謀による恐喝の事実について勾留されていたところ、昭和三五年一〇月三日勾留の基礎となつた右事実については証拠調を大略終り、被告人質問を残すのみの状態となつたので、証拠隠滅のおそれはなくなつたとして勾留が取り消された上、同日その他の右公訴事実について勾留状が発付され、右勾留状が執行され、その後同月一七日右勾留について改めて保釈が許されており、本件保釈取消請求の対象となつている勾留の基礎となつた各恐喝はいずれも川口祐弘とは関係がないこと、川口祐弘を畏怖させる行為によつて、同人と関係のない右一四個の恐喝の事実についても証拠隠滅のおそれが生じた情況にあるとはいえないことが明らかである。ところで刑事訴訟法第九六条第一項第四号が同等所定の事由があるときは保釈を取り消すことができるとしているのは、それにより同号に定めるいわゆるお礼参りの行為を受けた者を保護し、右行為に対し制裁を加えるという趣旨によるのではなく、そのような行為の結果被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者が自由に証言することを妨げられ、ひいては勾留の基礎となつている事件の裁判の適正を阻害するおそれがあるから、保釈取消の措置によつてそのような事態の発生を防止しようという趣旨によるのであり、従つて同号にいわゆる事件とは、勾留の基礎となつている事実を対象とするものに限られるのであり、たとえ同時に係属している他の事件の審判に必要な知識を有すると認められる者を畏怖させたとしても、その者が勾留の基礎となつている事件の審判に関係のない限り、それを理由として同号により保釈を取り消すことはできないと解するのが相当である。同時に係属する数個の事件の一部について勾留状が発せられているときは、これによつて同時に係属する他の事件についても被告人の逃亡又は罪証隠滅を防止することを確保する関係にあるが、それは右勾留の効果が他の事件に及ぶに過ぎないのである。もし勾留の基礎となつていない事件の審判に必要な知識を有すると認められる者を畏怖させる行為があることによつて、勾留の基礎となつている事件について罪証を隠滅するおそれが生じたときは、同条同項第三号によつて、保釈が取り消されることがあることはいうまでもない。川口祐弘が被告人島本禎一の勾留の基礎となつている事実に関係はなく、同人に関係のある事実に基く勾留はすでに取り消されて存在せず、同人を畏怖させたことを理由とする本件保釈取消請求は許されないものであり、またこれによつて、前記一四個の恐喝事件について罪証隠滅のおそれが生じたともいえないから、この点からいつても右請求は理由がなく、本件請求はこれを却下すべきであり、これを認容しなかつた原決定は結局正当であるから、本件抗告を理由がないものとして、刑事訴訟法第四二六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松村寿伝夫 裁判官 小川武夫 裁判官 河村澄夫)

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