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大阪高等裁判所 昭和37年(ツ)38号 判決 1962年7月17日

上告人 山崎修三

被上告人 曽根佐五郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由は別紙のとおりである。

上告理由第一、二点について。

所論は要するに原判決には被上告人が本件賃貸借契約の解約申入をなした事実に付何等の摘示がないから、之は当事者の主張しない事実を判決の基礎としたものであり、又理由中にもこの点に付何等の判示をしていないことは判決に理由を附しない違法があるというものである。

原判決の事実及び理由を右事実欄に引用の第一審判決の事実摘示と対照して検討してみると、原判決の理由中には上告理由に引用のとおり「本訴状の送達を以て被控訴人の解約申入れがあつたとみるべきことについては当裁判所も原審とその見解をひとしくし」との記載があるけれども、第一審判決には何等かような判断を加えた形跡がないこと及び右両判決とも解約申入のなされた日時態様について何等具体的な事実摘示をしていないことは正に上告論旨の謂うとおりである。而して右日時態様等は借家法第一条の二に基く家屋明渡請求に関する訴の審理については、原審として当然釈明権を行使した上判決の事実摘示中においても明確にしておくことが望ましいこと勿論である。

しかしながら当裁判所はこの点はいまだ原判決を取消すほどのかしには該当しないものと解する。即ち本訴請求原因が借家法の右法条による解約申入のあつたことに基く明渡請求であることは原判文上極めて明白であつて疑問を挿む余地がないのであり、又本訴提起の以前において解約申入のあつた事実については何等の主張立証がないのである。してみると本件訴状の送達を以て解約申入をなすものと見るほかはあり得ないわけである。ところで民事訴訟法第一九一条第一項第二号に判決の記載事項の一つとして「事実及争点」と規定した趣旨は、各訴訟毎に先づ請求の趣旨及び原因を記載することにより審判の対象となるべき訴訟上の請求を示した上、之に対し相手方が右請求原因事実を争うか否か、争うとすればその範囲及び態様を示すことにより裁判所が認定しなければならない事実の範囲及び之に関する証拠を明示することを必要とし、又之を以て足るものと解しなければならない。かかる見地より考えると、訴訟提起前に解約申入のあつた場合については、判決中にその日時態様を明確にすると共に、相手方の之に対する認否をも明示しなければ事実及び争点の記載として欠けるところのあること勿論であるけれども、訴状の送達を以て右申入をなす場合については之に対する相手方の認否を問うことは無意味であつて、この場合には問題は専ら正当事由の存否によつて決せられるのであり、解約申入そのものが無いとの判断の下される余地は全くあり得ないのである。

以上の考察に基いて原判決を検討してみると、原判決はその理由中の「(三)金員請求部分について」と題する判断の個所においてではあるが、兎に角本訴状の送達を以て解約申入があつたとみるべきである旨の判断をしているのであつて、このような点から考えると、原判決の事実及び理由の記載には若干の不備のあることは否定できないとしても、本件が訴状送達により解約申入のあつたことを主張する事案と見るべきであること先に説明したとおりである以上は、かかる解約申入に付正当の事由が存在し、その後六ケ月間にわたり何等事情の変更もなかつたことに付ての事実上の主張及び理由における判断の各最小限の記載があるものと見られないわけではなく、之を以て判決に理由を附しないものとし、或は当事者の主張しない事実を判決の基礎としたものとする論旨は採用できない。

上告理由第三点について。

所論は要するに賃貸借契約の終了後その賃貸人が当該賃貸建物を第三者に譲渡し、その登記手続を了えた以上、賃貸物件の返還請求権も当然新所有者に承継されるべきものである、という。しかしながら、賃貸借契約の終了による賃貸物の返還請求権と右物件の所有権とは固より別個の権利であり、従つて後者の移転があつたからとて、当然前者も之に随伴すべきものと見ることはできないから、之に反する上告論旨の見解は採用できない。

以上の次第であつて、本件上告理由はいずれも失当であるから民事訴訟法第四〇一条第八九条第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

別紙

上告理由

一、原判決は理由を附さない違法がある

即ち本訴第一審判決は被上告人の上告人に対する賃貸物返還請求権を認めているが、その理由中において判示しているところは被上告人が上告人に対し本件家屋を賃貸していること及び借家法第一条の二の「正当事由」あることについてのみであり、右返還請求権の発生原因事実の一つである賃貸借契約解除の意思表示があつたこと解約の意思表示後六ケ月を経過したことについては全く判示されていない。

而して原判決は右返還請求権に関する判示においては

(一) 被上告人の本訴請求の利益の有無について

(二) 本訴明渡請求の正当事由についてそれぞれ第一審判決を補足訂正するほか右第一審判決を引用しており、結局原判決においても右解約の意思表示のあつたこと、その後六ケ月を経過したことについては全くその理由中において判断がなされていないことになる。

もつとも原判決は損害金の請求部分についての判示中に「本訴状の送達をもつて被控訴人(被上告人)の解約申入れがあつたとみるべきことについては当裁判所(原審)も原審(第一審)とその見解をひとしくし、」と述べているが、第一審判決は本訴状送達をもつて解約申入れがあつた事実について理由中にその判示をしているようには考えられない右事実が当事者間に争いがない事実なのか証拠によつて認定した事実なのか裁判所に顕著な事実なのか右事実を判決の基礎にしうる根拠については全く何の判示もない。よつて原判決は判決に理由を附さない違法がある。

二、若し右解約の意思表示その後の六ケ月の経過について原判決が理由中にその判断を示しているものとしても右事実は全く当事者の主張しないところであつて、原判決は当事者の主張しない事実を判決の基礎に用いた違法を犯しそれが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち原判決は本訴状の送達をもつて解約の意思表示があつた事実を判決の基礎にしているように窺われるが、右事実は当事者の全く主張しないところである。本訴状が上告人に送達された事実は裁判所に顕著な事実であるかも知れないが右事実を当事者が主張しないにも不拘、原判決がこれを判決の基礎としていることは弁論主義に反する違法を犯すものである。

また訴状送達をもつて解約の申入れがあつたとみる見解は、訴の提起をもつて賃貸借契約の存続と相容れない意思表示があつたとみてこれから黙示的な解約申入れの意思表示を推認できるという見解である(大判大正一二、一二、二五新聞二二三二号二〇頁)そして右推認は事実上の推定であることは問題がない。従つて訴状送達の事実が主張立証されたとしてもこれから推認される解約申入の意思表示があつた事実が主張されていない以上それを判決の基礎にすることはできない。それを判決の基礎にした点においても原判決は弁論主義に反する違法を犯している。

三、原判決は、「元来賃貸借終了により賃貸人が賃借人に対して有する賃借物返還請求権は、単に賃貸借終了という事実に基いて法律上賃貸人に附与された債権であつて賃貸人が賃貸借終了後賃貸物を第三者に譲渡しても当然に右権利を失うものでないから被控訴人(被上告人)は本件家屋を訴外人に譲渡した後も賃貸借終了による本件店舗部分の返還請求権を有し、その権利保護の利益を有するものと解する」と判示するが、右原判決の見解は法律の解釈を誤りひいては法律の適用を誤りそれが判決に影響を及ぼすことは明らかである。すなわち建物所有者たる賃貸人が第三者に賃貸建物を譲渡し且つ移転登記を了したときには新所有者たる第三者は当然賃貸人たる地位を承継することは従来の確定した判例が明らかにしているところである(大判昭和一六、八、二〇民集一〇九二頁)

本件の場合は本件建物の訴外人に対する譲渡が賃貸借終了後であることにおいて前記法理が直ちに適用される場合ではないが、賃貸借終了後といえども賃貸人と賃借人との間には賃貸物返還請求権をめぐる債権債務関係が残存するわけであつてかかる関係は賃貸借関係に準ずべき関係ともいうべきであるので、前記判例の趣旨に照らすとかかる関係も賃貸人が所有賃貸物を第三者に譲渡しその登記を了した時には新所有者たる第三者が承継すると解されるべきである。すなわち、賃貸借終了に基く賃貸物返還請求権は右請求権者が第三者に目的物を譲渡しその登記を了したときには新所有者たる第三者によつて承継されると解すべきである。よつて原判決は右の点に関する法律の適用を誤りそれが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

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