大判例

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大阪高等裁判所 昭和37年(ツ)85号 判決 1964年4月08日

上告人 三浦弘

被上告人 村上保男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

上告人は、被上告人を申立人上告人外一名を相手方とする本件起訴前の和解は上告人の弟である郭泰潤が被上告人と共に裁判所に出頭してこれを成立させたもので、右郭は上告人を代理する権限がなかつたから無効であると主張し、被上告人は同人と上告人本人が裁判所に出頭してこれを成立させたものであると主張し、而して原審は本件和解には右郭が上告人の適法な代理人として被上告人との間にこれを成立させたものであると認定したことは記録上明かであるが、本件和解が、当事者本人によつてなされたか代理人によつてなされたかはその法律効果に変りはないのであるから、原判決が被上告人と上告人代理人郭泰潤との間に本件和解がなされた旨判示したからといつて弁論主義に反するところはない。(最高裁判所昭和三三年七月八日言渡、第一二巻第一一号一七四〇頁参照)

よつて論旨は理由がない。

上告理由第二点について。

所論郭泰潤が上告人の代理人として本件起訴前の和解に関与したことは原判決の適法に確定した事実であり、その代理権を証明する書面又は調書の記載のないことは原判決の適法に確定した事実より明かなところであるが、民事訴訟法第八〇条の規定は訴提起又は訴訟けいぞくの段階で代理権限の有無が問題とされ、既往及び将来の訴訟行為の効力が否定され、訴訟手続の安定を害する事態の生ずることがないように予め配慮しておく趣旨のもので、それ故に裁判所は訴訟代理人に同条所定の証明を求め、その証明をしない訴訟代理人が訴訟行為をなすことを排斥できる訳であるけれども、右証明のないことを裁判所が看過して訴訟行為をなさしめた場合訴訟代理権の欠缺がない限り当該訴訟代理人のなした訴訟行為は有効で、その代理権限を証する書面又は調書の記載がないからといつてその一事を以て直ちに訴訟代理人の訴訟行為が無効であると解すべきものではない。而して過去における訴訟代理権の存在の証明は右第八〇条の規定にかかわりなく他の証拠によつてこれを認定することは少しも差支えなく、原審が適法な証拠によつて郭泰潤に上告人の代理権限があつたと認定し本件起訴前の和解は有効と判示したことに何等の違法はない。

又郭泰潤が上告人の代理人として本件起訴前の和解に関与するにつき、裁判所の許可を得ていないことは原判決の適法に確定した事実より明かであるが、民事訴訟法第七九条第一項但書の規定により簡易裁判所に於ては弁護士でない者が代理人となることが認められているのは、簡易軽微な訴訟を少額の費用で処理すべく、かつ、これに必らず本人かまたはその代理人たる弁護士の出頭を要求するのは簡易に事件を処理すべき要請に反するから、本人に代り弁護士でない者に弁論能力を与えることが妥当であるとされた訳であつて、唯弁論能力が完全とは言えない者によつて代理されることから惹起するおそれのある諸々の障害を制禦し易くするため右代理人として弁論するについては裁判所の許可を要することとし又裁判所は右許可を与えた後に於ても右障害が生じたとき又は生ずるおそれがあるときは何時にてもこれを取消し得るとしたのであつて、簡易裁判所は許可のない者(非弁護士)が当事者の代理人として訴訟に関与するときはこれを排斥できることは勿論であるが、これを看過して訴訟行為をなさしめたとき当事者の訴訟委任がある限りは右代理人のなした訴訟行為は有効で、右許可のないという理由では無効となるものではないと解すべきところ、本件では原判決の適法に確定した事実によると郭泰潤は本件起訴前の和解をなすにつき上告人から適法に代理権限を与えられていたというのであるから、右代理人となるについての裁判所の許可の有無は何等右和解の有効であることに消長をもたらすものではない。

よつて論旨は理由がない。

以上本件上告は理由がないから民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)

別紙 上告理由書

第一点原判決は弁論主義に反し当事者の主張しない事項について判断した違法がある。

一、原判決は、本件裁判上の和解は上告人の実弟の訴外郭泰潤が上告人の代理人として訴外吉田武雄被上告人及び他一名とともに灘簡易裁判所に出頭して為されたものである、と認定した。けれども被上告人は第一審以来一貫して右簡易裁判所に出頭したのは上告人自身であると主張し、右郭泰潤が上告人の代理人として出頭したことは全然主張していない。このような代理に関する要件事実は主要事実であり、従つて当事者の主張がなければ裁判所はその事実を認定することはできない。ところが、原判決が被上告人の主張がないのに右郭泰潤を上告人の代理人と認定したのは弁論主義に反する違法のものといわなければならない。

(この点に関し、判例タイムズ七一号四四頁民事実務研究室欄において坂井芳雄氏は「民法の代理に関する諸法規の要件に該当する事実は主要事実であり、従つてまたその主張がない限り、たといその事実の立証が十分であつても、裁判所はその法律効果を認定してはならない」と述べて居られる。なお同旨兼子一著判例民事訴訟法六八事件評釈)

二、もつとも、原判決は右裁判上の和解が上告人本人によつてなされたか、代理人によつてなされたかは、その法律効果に変りはないから、代理人によるとの主張がなくともその旨の判断ができると解したものであろう。(同旨、最高昭和三三年七月八日第三小法廷判決、民集一二巻一一号一七四〇頁)。けれども右解釈は不当である。訴訟当事者とすれば相手方当事者の主張しない事項を前提として、又は、これが将来主張されることを予想して、その事項に対する抗弁ないし反論をすることはありえない。或事項が主張されて始めてこれに対する抗弁ないし反論が提出され、当事者双方の立証活動が行われることは弁論主義の建前からも自明の理である。主張されない事項について判断するということは他方の当事者においてこれを争う機会がなくなることとなる。或法律行為が本人により為されたことを否認している当事者は、それが当事者本人によつて為されたものでないことに立証活動を集中すればよく、相手方からそれが代理人により為されたものであるという主張があれば更に、その代理人の意思表示の瑕疵とか善意悪意の点につき抗弁ないし反論をなし立証をする必要を生ずる。代理人によるという主張もないのに、代理人の意思表示の瑕疵とかを問題にする必要はない。ということは反面において、右主張がないのにこれを判断の対象とされゝば代理人の意思表示の瑕疵等を争う機会が奪われるという不当な結果を生ずることとなる。本件においても、被上告人から本件裁判上の和解は上告人の代理人郭泰潤との間に成立したという主張があれば、本件事実関係に鑑み、上告人が原審において右訴外人の意思表示の瑕疵を争つたであろうことは十分予想されるが、かゝる主張がなかつたため、この点に関する上告人の攻撃防禦方法は遂に提出されることなく結審されたのである。かゝる観点からも原判決が不当なることは明らかである。

第二点原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。

一、原判決は本件裁判上の和解は上告人の代理人郭泰潤と被上告人との間になされたが、右訴外人が上告人であるかのように振舞つたので和解調書には上告人本人が出頭したかの如く記載されたと認定し、この調書上の表示の誤りは本件和解の効力に何等の影響をも及ぼさないと判示した。けれども問題は単なる記載ないし表示の誤にすぎないものではない。民事訴訟法第七九条は訴訟代理人は弁護士に限るとし、例外的に簡易裁判所においては許可を条件として弁護士以外の者を訴訟代理人とすることを認めているが、これは訴訟追行は専門的知識を必要とする上に、判決、和解調書等については公権力でもつてその内容の実現ができるという点で当事者の社会的生活関係に重大な影響を及ぼすことになるので、とくに慎重を期しているためであろう。従つて代理権の証明方式についても書面によらしめるか、本人が裁判所書記官の前で陳述するか、いずれかの方式によることとしている。また代理権の欠缺があれば裁判所は期間を定めてその補正を命じ、補正されないときは訴又は申立を却下しなければならない。なお代理権欠缺のまゝなした判決に対しては上訴又は再審により不服申立ができるとも規定している。

二、これら一連の規定は、訴訟行為の特質にかんがみ、とくに訴訟代理権を厳格に規整し誤りなきを期しているものであるから、本件の如き代理権の証明なき代理人のなした和解調書を有効とすることはできないと考える。上告人は原審において訴外郭泰潤が無権代理人であると主張しこれに反し原判決は同訴外人を上告人の適法な代理人と認定しているが、かりにそうだとしても同訴外人の代理権は調書上なんら証明されていない。この点に関し、訴訟代理権は民事訴訟法の定めた書面委任または口頭委任の方法で証することを要するとする左記判例がある。

大審判大正七年一〇月一五日新聞一四八八号二二頁

東京控判明治四一年四月七日新聞五〇七号一〇頁

(以上いずれも判例体系(第一法規)民訴法総則(1) 八四八頁以下より引用)

また、民事訴訟法第八〇条につき、本条は、代理権を証明する書面がないときは実際に代理権がある場合でも、代理権がないものとして画一的に取扱おうとする趣旨であること、及び右代理人により訴訟上の和解が成立しても、その当時和解の権限を証する書面または調書の記載のないときは、和解は無効であるとする判例もある。

東京地判昭和二四年一〇月二二日下級民特報一四八頁(これも右判例体系八五六の二頁より引用)

三、このように、たとえ原判決の認定したとおり訴外郭泰潤が上告人の適法な代理人であつたとしても、裁判上の和解の性質上その代理権が証明されていない本件にあつては当該和解調書は無効といわなければならない。ところが、原判決は民事訴訟法の解釈適用を誤りこれを有効として判断した違法がある。

右二点により原判決は破棄を免れないものと信ずる。

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