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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1042号 判決 1965年4月14日

控訴人 近藤義男

右訴訟代理人弁護士 中村三之助

被控訴人 青山伊三郎

右訴訟代理人弁護士 松浦武二郎

主文

原判決主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、原判決添付目録記載土地を明渡し、かつ昭和三一年八月一日より右明渡ずみに至るまで一月金二、九四〇円の割合による金員の支払をせよ。被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件の当事者がいずれも石炭類の販売業者であること、および控訴人が昭和二四年頃本件土地を被控訴人主張の原判決二枚目表記載(1)ないし(3)の約定で賃借現にこれを使用中であることは当事者間に争がない。

二、被控訴人は右賃貸借における賃貸人は被控訴人であると主張するのに対し、控訴人はこれを否定し、本件土地の所有者たる訴外西蓮寺より直接賃借した旨抗争するので、まずこの点について検討する。

本件土地に対する約定賃料が昭和二四年頃は被控訴人と西蓮寺との間では一坪月金二円一〇銭の割合であったのに、控訴人と被控訴人との間では一坪月金三円の割合であり、昭和二七年一二月より被控訴人と西蓮寺との間では一坪月金七円五〇銭に増額されたのに、控訴人と被控訴人との間では一坪月金八円の割合に増額され、昭和二九年四月より被控訴人と西蓮寺との間では一坪月金一〇円の割合に増額されたのに控訴人と被控訴人との間では一坪月金一二円に増額されたことは、いずれも当事者間に争のないところである。右争のない事実に、成立に争のない甲第三号証、原審証人梅谷真光の証言、原審ならびに当審における被控訴本人尋問の結果ならびに右証言供述に照して真正に成立したものと認められる甲第四、五号証を総合すれば、被控訴人は昭和二四年一月頃控訴人より、適当な借地を斡旋して貰いたいとの依頼を受けたが、被控訴人は当時西蓮寺の所有する本件土地を同寺から賃借すべく申入中であったので、もし西蓮寺よりこれを借受けることができたら、控訴人に貸与すべき旨答えておいたところ、昭和二四年三月西蓮寺より本件土地外一筆を坪当り月金二円一〇銭の割合で賃借することができたので、同年四月頃控訴人に対し賃料一ヶ月坪当り金三円の約定で転貸したことを認定することができ、右認定に反する原審証人近藤庄蔵の証言は前顕各証拠と対比して到底措信できず、またこの点に関する原審および当審における控訴本人の各供述は何等右認定を左右するに足りない。もっとも控訴人と被控訴人間において作成された本件土地に関する不動産賃貸借契約書(甲第三号証)の第一条には被控訴人は「その管理に属する」本件不動産を控訴人に賃貸する旨の記載がなされているが、当審における被控訴本人の供述によれば右契約書の文言は被控訴人の兄がその全文を書いたものであり、被控訴人は右の「その管理に属する」との記載については被控訴人が西蓮寺より賃借している土地故、この文字を使用してもさしさわりないものと思っていたというのであって、法律的素養をもたない被控訴人としてはそのように考えることも諒解できないではなく、しかも右契約書全体の趣旨形式等からみるときはたまたまその記載中に前記文言があるからといって、これをもって、本件賃貸借の賃貸人が被控訴人ではないということはできず、その他に、前記認定を覆えすに足る証拠はない。

三、次に控訴人は、本件土地賃貸借は、石炭置場または倉庫用敷地として使用することを目的としてなされたもので借地法の適用を受けるものであると主張するので考えてみるに、当審における控訴本人の供述中には右主張に添う部分があるがその表現はきわめてあいまいであってそのままには信用し得ず、一方原審ならびに当審における当事者双方の各本人尋問の結果によれば、控訴人は従前他の場所をその営業用の燃料(石炭類)の置場として賃借していたが、その場所の明渡を要求されるに至ったのでその替地として使用するための土地のあっせん方を被控訴人に依頼し、その結果被控訴人から本件土地を賃借したものであって、かかるいきさつからみてもその賃借目的はもっぱら石炭類の置場として使用することにあった事実が認められる。ただ本件賃貸借契約証書(甲第三号証)にはその第一条に「倉庫として使用することを目的とする」旨の記載があり、控訴人はこの文言をとらえて建物所有のための賃借であると主張するのであるが、被控訴人の供述するところによれば、右倉庫なる文字は石炭置場の意味で使用したもので被控訴人等業者間では石炭置場のことを普通倉庫とも呼んでいるというのであって、本件弁論の全趣旨からすれば被控訴人の右供述もこれを首肯できないではなく、また前記西蓮寺と被控訴人間の本件土地の賃貸借契約(甲第四号証)にもその第一条に賃貸借の目的として「倉庫建築を目的とする」旨の記載があるが、西蓮寺から被控訴人に本件土地を賃貸した際の使用目的は石炭置場としての使用であり、将来は家を建てることもあることが予想されていたので契約書の条項中に上記のような表現がなされたものであることが原審証人梅谷真光の証言によって推知されるので、右甲第四号証の記載文言によるも前示認定を覆えすには足りない。

かくて以上の認定によれば、控訴人が被控訴人より本件土地を賃借した目的はもっぱら石炭置場として使用することにあったのであるから、本件土地賃貸借には借地法の適用はないものといわなければならない。

四、被控訴人は本件土地を自ら使用する必要が生じたので本件賃貸借契約の特約に基き控訴人に対して昭和三一年一一月三〇日本件土地賃貸借解除の意思表示をしたから、その一月後である同年一二月二九日限り本件賃貸借契約は終了した旨主張する。

被控訴人が控訴人に対し右被控訴人主張のとおり本件土地賃貸借解除の意思表示をしたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証(通知書)には、「被控訴人において必要が生じたので本件土地賃貸借を解除する」旨の記載があり、右自己使用を必要とする理由について被控訴本人は、原審で、その弟(昭和三三年頃結婚し、被控訴人方の離れ家に居住)のために、本件土地上に家屋と自動車置場とを建てて運送業をさせる必要があるために本件土地賃貸借解約申入をした旨供述しているが、真にこのような必要があったかどうか本件の証拠上明かでなく、一方原審における被控訴本人の「控訴人が被控訴人より本件土地の賃料を坪当り月金二四円に増額方申出を受けたのに、これに応じないので被控訴人は、契約解除の内容証明郵便を出した」との供述に照すとき前記甲第一号証の記載内容および自己使用の必要に関する被控訴人の供述はにわかに信を措き難く、かえって被控訴本人の右後段の供述と弁論の全趣旨とによれば、昭和三一年七月末被控訴人より控訴人に対して本件土地の賃料の増額請求をしたのに控訴人がこれに応じなかっため、被控訴人はこれを不満として自己使用の必要に名を藉りて前記契約解除の意思表示をしたものであることが推知される。従って右特約に基く解除の意思表示は解除事由を欠如するものであってその効力を生ぜず、これによって本件土地賃貸借が終了したとする被控訴人の主張は理由がない。

五、よって次に、賃料不払を理由とする契約解除の主張について判断する。被控訴人が昭和三一年七月末控訴人に対し、昭和三一年八月一日より本件土地につき賃料の増額を請求したことは当事者間に争がなく、右請求の内容が坪当り金二四円に増額する趣旨のものであったことは被控訴本人の供述によって明かである。そこで右請求の額が果して適正のものであるかどうかについて考えてみるに昭和二九年四月当時における本件土地の固定資産税評価額が金一四万一、一〇〇円にして昭和三一年のそれが金二〇万五、三五〇円であることは当事者間に争のないところであるから右固定資産税評価額においては、昭和三一年度のそれは昭和二九年四月当時のそれと比較して約一、四五倍に上昇したものといえる。また昭和二九年四月当時における本件土地の価額が一坪につき金六、〇〇〇円であったことは当事者間に争なく、原審における鑑定人中西三郎の鑑定の結果によれば昭和三一年八月当時における本件土地の価額は一坪につき金八、五〇〇円であったことが認められ、地価においては、昭和三一年八月当時には昭和二九年四月当時と比較して約一、四倍昂騰したものということができる。そしてその他に、被控訴人と控訴人との間で本件土地賃料が一坪月金一二円の割合と定められた昭和二九年四月より被控訴人が控訴人に対し本件土地賃料の増額を請求した昭和三一年七月末までの間における経済事情の変動を認定するに足る証拠はないから、右固定資産税評価額と地価の上昇率を平均したものをもって一応賃料増額の主たる事情変動とみるのほかはなく、かくて昭和二九年四月当時の賃料額一坪月金一二円に右上昇率一、四二五を乗ずれば、約金一七円となるところ、本件土地は被控訴人が西蓮寺より借受けて控訴人に転貸しているものであって、右西蓮寺と被控訴人間における賃料が西蓮寺からの値上げ要求によって昭和三一年八月以降坪当り二〇円(合計二九四〇円)に増額されていることは原審ならびに当審における被控訴本人尋問の結果によって明かであり、かかる特殊事情と原審における鑑定人中西三郎の鑑定の結果とを参酌するときは、本件当事者間における本件土地の賃料は被控訴人の前記増額の意思表示により、被控訴人が西蓮寺に対して支払うべき賃料と同額の坪当り二〇円の程度に増額されたものと認めるのが相当である。

昭和二九年四月に当事者の合意により確定した一坪月金一二円の割合による賃料が、その後の経済事情の変動により不均衡となったので、それを矯正しようとして賃料増額の問題が生じたのであるから、昭和二四年当時本件土地の地盛を控訴人がしたかは、右金一二円の賃料決定前のことに属し、特段の事情のない限り、本件賃料増額請求に関し考慮すべき事柄ではない。そして被控訴人が控訴人に対し昭和三一年八月一日以降昭和三二年一二月末日まで一月金三、〇〇〇円の割合による賃料を支払わなかったことを理由として本件土地賃貸借を解除する旨記載した本件訴状が、昭和三二年一二月二八日控訴人に到達したことは記録上明らかである。

控訴人が昭和三一年八月分ないし同年一〇月分の賃料を一月金一、七六五円の割合で弁済供託したことは当事者間に争がないが右賃料を、その供託前に適法に提供したことについては控訴人において何ら立証しないのみならず、右金額は、賃料の一部であって、適法な弁済供託ということはできないし、その他に、控訴人が昭和三一年八月一日以降昭和三二年一二月末日まで前示認定の割合による賃料を昭和三二年一二月二八日までに弁済のため提供したことについては、控訴人において主張、立証しないところである。そうすると控訴人は前記適正に増額された賃料の支払につき昭和三一年八月以降その支払を怠っているものというべく被控訴人の主張する賃料が前記適正賃料額に比べて多少過大であったとしても、被控訴人のなした前記本件土地賃貸借解除の意思表示は有効であるといわなければならない。

よって被控訴人と控訴人との間の本件土地賃貸借は昭和三一年一二月二八日限り適法に解除されて終了したものである。

六、控訴人は、仮りに被控訴人の増額請求が正当であり、昭和三一年八月一日から賃料が増額されていたとしても、控訴人はその不当を主張して争っているのであるから、裁判所の判決で右増額請求の正当性が是認されるまでは、控訴人において従前の賃料を弁済供託するときは、解除権の発生を抑止できると主張するが、控訴人が昭和三一年八月分より同年一〇月分まで、一月金一、七六五円の割合による従来の約定賃料を弁済供託したことは、当事者間に争がないが控訴人が昭和三一年一一月一日以降の賃料については、従来の約定賃料すら弁済供託したことについて、これを認めるに足る証拠がないのみならず、金銭債務の履行遅滞については、債務者に故意または過失のあったことを要するものでないから、増減の意思表示が到達した後は客観的に定まった相当賃料の全額について賃料支払期限到来のときから債務者は当然履行遅滞の責を負わなければならないものと解すべく(最高裁昭和三二年九月三日判決、集第一一巻第九号第一四六八頁参照)控訴人の右主張は採用できない。

七、また控訴人は、被控訴人の本件解除権の行使は、控訴人を困らせるためになされたもので信義誠実、正義公平に違背し無効であると主張するが、右控訴人の主張を認めるに足る証拠がないのみならず、被控訴人が控訴人の賃料不払を理由として本件土地賃貸借を解除するのは当然の権利行使であって控訴人の右主張も採用できない。

八、そうすると控訴人は被控訴人に対し、賃貸借解除による終了に伴い、本件土地を返還しなければならず、また昭和三一年八月一日より昭和三二年一二月二八日まで一月金二、九四〇円の割合による延滞賃料および昭和三二年一二月二九日より右土地明渡ずみに至るまで一月につき右同額の割合による賃料相当損害金の支払義務を負担することは明らかであるが、被控訴人のその余の請求は理由がない。

よって被控訴人の控訴人に対する本訴請求は前示範囲で一部正当であるが、その余の部分は失当であるから、これを全部認容した原判決を右の限度において変更することにし、民事訴訟法第三八四条第三八六条第九六条、第九二条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 日野達蔵 裁判官常安政夫は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 小石寿夫)

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