大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1101号 判決 1963年7月09日
控訴人 山川雪子
控訴人 藤里薫
右両名訴訟代理人弁護士 西村登
被控訴人 大川八重子
右補佐人 田上源次郎
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
本件建物がもと訴外高橋静の所有であつたこと、被控訴人が大阪地方裁判所昭和三一年(ケ)第三六四号不動産競売事件において昭和三四年五月二九日競落代金を完納してその所有権を取得し同年六月六日右所有権移転登記手続を経たこと、本件建物を控訴人等が占有していることは当事者間に争がない。
そこで控訴人ら主張の控訴人山川の賃借権について判断する。成立に争のない乙第一、二号証に原審証人池上政枝≪中略≫を綜合すると次の事実を認めることが出来る。すなわち、本件建物は訴外高橋静所有当時より旅館であり、その母訴外池上政枝が右高橋静名義でこれを経営していたが昭和三一年頃に多額の債務を生じたところから右訴外人らはその経営を断念し、他に引越すことを希望し、右債務の整理及び本件建物の処分を訴外柳原豊次郎に依頼したところ、訴外柳原豊次郎は控訴人藤里と懇意であり、その内縁の妻である控訴人山川が適当な旅館を物色していることを知り控訴人山川に前記事情を話し、取敢えず控訴人山川をして同年五月末頃金八〇万円を訴外高橋に融資貸与させ、訴外高橋母娘は右金員を以て一部債務を整理し、また移転先を確保し、本件建物は控訴人山川が訴外高橋より賃借し又は買受けてこれに入居して訴外池上の経営を引継ぐ予定の下に、とりあえず同年六月一日控訴人山川同藤里は本件建物に入居し、営業名義は訴外高橋のままで同訴外人らと旅館を経営するに至つた。ところで一方訴外高橋母娘は、移転先の都合等で、他に引越すことが遅延し控訴人ら入居後も本件建物に残留していたが、同年八月二日訴外高橋は更に控訴人山川から二〇万円を借受けるに及び、右柳原の斡旋により右当事者間において、訴外高橋を賃貸人控訴人山川を賃借人とし本件建物について賃借期間は同年六月一日より三年間、賃料月額一万五千円、全期間の賃料前払済、敷金一〇〇万円とする賃貸借契約を結び同日その旨の公正証書を作成した、その当時既に右当事者間において本件建物の引渡は終つていたものである。もつとも訴外高橋母娘はその後も同年九月初頃本件建物より退去し、他に引越すまでは本件建物になお残留していたこと、控訴人山川はその間は引渡をうけた家屋について暫時訴外高橋母娘らに同居を認めていたにすぎないこと右敷金一〇〇万円は現実に右八月二日に差入れられたものでなく、前記控訴人山川の貸金一〇〇万円をもつて一〇〇万円の敷金に振替え、当事者間に授受を終えたことにしたこと、三年分の右賃料前払は当時なかつたことが認められるが、これらは右認定を左右するものではない。
以上の事実が認定出来、右認定に反する原審証人山本和子同田上源次郎の各証言控訴人山川の原審並に当審における本人尋問の結果は信用し難く他に右認定を左右する証拠はない。
右認定事実からみると、控訴人山川と訴外高橋間の賃貸借契約は昭和三一年八月二日、期間を三年、始期を同年六月一日とし、賃料月額一万五千円として本件建物について成立したものであるが建物の引渡はそれより以前なる右六月一日になされたものと認めるを相当とする。ところで本件建物について債権者訴外株式会社興紀相互銀行と債務者所有者訴外高橋静間に昭和三〇年三月一七日設定、翌一八日登記された債権極度額一〇〇万円の根抵当権の実行による競売手続において被控訴人が本件建物を競落取得したものであることは当事者間に争がないから、前記認定の控訴人山川の賃借権は抵当権の登記後に設定されその引渡をうけたことになるが、右期間は三年で民法第六〇二条に定められた期間を超えないものであるから民法第三九五条により抵当権者に対抗しうるものであるけれども右賃貸借は抵当権者従て競落人との関係においては昭和三一年六月一日より三年の存続期間を経過した昭和三四年五月末日限り(期間満了により)終了消滅したものといわねばならない。もつとも右賃貸借について借家法第二条所定の法定更新が考えられるが、本件建物について本件競売申立の登記記入がなされたのが昭和三一年八月二三日であり、右競売開始決定が訴外高橋に送達されたのが同月三一日であることは当事者間に争がないから、これにより爾後本件建物について差押の効力を生じたものといわねばならない。そして抵当権の登記後の賃借権でも民法第三九五条により賃借建物の抵当権者従つて競落人に対抗出来るものについては借家法の適用があるということができるけれども同法二条の法定更新については更新される時期すなわち右競落人に対抗できる賃借の期間満了の日が競売の目的物について差押の効力の生じた後である場合においては、差押による処分権制限の効果を受け更新された賃貸借は、抵当権者従つて競落人に対抗出来ないものと解されるから、本件においては右更新が当事者間に生じるとしても右は本件建物について差押の効力を生じた後なる昭和三四年五月末日に係るものであること明かであるからこれを以て、競落人に対抗し得ないといわねばならない(昭和三〇年八月九日大阪高裁民集八巻七号四一七頁参照)。しからば、被控訴人が競落代金を完納して所有権を取得したのは昭和三四年五月二九日であるけれども、当時控訴人山川の被控訴人に対抗しうべき賃貸借については爾後更新の余地なく、右は同月末日限り期間満了により消滅したというべきであるから控訴人らの主張する賃借の抗弁は理由がない。
してみれば、他に被控訴人に対抗しうべき権限の主張立証のない本件において控訴人らは共同して本件家屋を不法に占拠しているものであり、被控訴人に対し本件家屋を明渡し、且つ連帯して被控訴人が所有権を取得した後である昭和三四年六月六日(同日以前より控訴人らが本件建物を占有していることは右認定により明かである)以降本件建物明渡済にいたるまで賃料相当損害金を支払う義務あること明かである。よつて右損害額について考えるに、原審鑑定人佃順太郎の鑑定の結果によると本件建物の賃料相当額は昭和三四年六月以降は月額三万円を下らないこと明かであるから、控訴人両名に対し、本件建物の明渡と、昭和三四年六月六日以降右明渡済にいたるまで一ヶ月金三万円の割合による右損害金の連帯支払を求める被控訴人の本訴請求はその余の主張について判断をなすまでもなく正当として認容すべく、これを容れた原判決は相当で本件控訴は理由がない。
よつて、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 井上三郎)