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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1454号 判決 1964年5月14日

理由

いずれも印刷文字をもつて「約束手形」、「金」、「支払期日」、「支払地」、「支払場所」、「振出地」、「右の金額を貴殿又は貴殿の指図人へこの約束手形と引換えにお支払い致します」、「昭和 年 月 日」及び「住所」と右から左え横に並列表示し、右金員支払約束文句以外の各文字の下欄又は文字の間に空白を設けた用紙であつて、右各「金」及び「支払期日」の表示の下欄にそれぞれ(一)九万六、七〇〇円及び昭和三四年六月三日、(二)七万六一八〇円及び同年六月七日、(三)七万一、二三〇円及び同年六月一一日、(四)八万三、四六〇円及び同年六月一五日、(五)五万七、四五〇円及び同年六月一九日、(六)三万二、八五〇円及び同年六月二〇日、(七)五万八、四〇〇円及び同年六月二一日、(八)二万五、九〇〇円及び同年六月二三日、(九)五万五、三四〇円及び同年六月二七日、(十)三万六、一四五円及び同年六月二九日、(十一)六万八、四七五円及び同年月二日、(十二)二万一、九〇〇円及び同年七月四日、(十三)二万六、一八〇円及び同年七月六日、(十四)三万一、六六〇円及び同年七月八日、(十五)五万八、四〇〇円及び同年七月九日、(十六)四万三、四〇五円及び同年七月一〇日、(十七)二万二、八六〇円及び同年七月一三日、(十八)四万〇、七一五円及び同年七月一四日、(十九)八万円及び同年七月一五日並びに(二十)六万五、一一〇円及び同年七月二一日と各金額及び一定の年月日の記載をした用紙(甲第一号証の一乃至二〇)中の、各前記「住所」と表示してある下方の空白箇所に控訴人が住所氏名を自ら手書し且つ名下に自己の印章を押捺して、被控訴人に交付したこと、並びに右署名交付に際し、右各書面が一般に市販されている約束手形の用紙であることを控訴人自ら認識していたことはいずれも控訴人の自白するところであり、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、前記署名をした当時控訴人において、一般取引界にあつては右のような用紙に署名して他人に交付すればそれが取引上適法な約束手形として成立流通し、署名者は法律上予め用紙上に印刷表示せられている前記各項目の空白箇所に自ら又は後日他人によつて補充せられる具体的記載内容に従つて手形金支払義務を負うべきものとなることを知悉していたことが明かである。以上の自白事実と認定事実によれば控訴人が前記二〇枚の約束手形用紙に署名して交付した行為は手形債務負担を目的とする法律行為としての成立要素に何等缺けるところがなかつたものと認められるのである。蓋し手形行為は要式的書面行為であり、その法律上の成立要件としては、手形としての法定の形式要件を具備した一定の書面上にそれが手形としての法定形式要件の記載を具備した書面であることの認識をもつて、署名(又は記名押印)することによつて充足せられるものであるからである。したがつて若し具体的場合としてその署名した紙片上にすでに法定の手形要件たる事項の項目がすべて具体的記載をもつてみたされていれば完全手形の振出行為として、若しその要件事項の項目の全部若しくは一部が未だ具体的記載を具備せず後日その補充記載のなされるべきことを予期するときは白地手形の振出行為として、その交付とともに完全に成立するものと解せられるのである。換言すれば手形債務負担の意思とは必ずしも常に、当該場合の要件事項の記載に従つて具体的に確定し得べき内容及び態様の金銭債務を負担しようという意思であることを要するものではなく、前記のようにそれが手形であることを認識しつつこれに署名するという主観的容態をもつて必要にして十分とするものと解せられるのである。

控訴人は右署名行為に付、控訴人の父喜一が被控訴人から継続引渡を受けた鶏の飼料の数量に対する相当代金額を確認することのみを目的とする書面を作成する趣旨で署名をなしたものであつて、約束手形振出行為ではないと主張するけれども、法律上有効に振出された約束手形を取引上の事実証明の手段に供することたとえば適法有効に振出若しくは裏書せられた約束手形を当事者の実質関係上の金銭貸借の証拠に使用する等のことは別段不当でも違法でもなく、通常取引関係において行なわれるところとして敢て怪しむに足らず、法律上も有効な手形行為の成立と矛盾牴触し互いに相排斥する関係にあるものとは解せられず、手形行為の要素をなす意思が前記説明のようなものである以上は、具体的場合に手形振出に関し前記のような特別の供用目的を伴つているからといつて当然に手形行為に付ての意思の欠缺や瑕疵を来たすものということはできないから、右主張は控訴人による本件手形振出行為の成立を否認する積極事実とはならず、また民法第九三条第九五条等による法律上の無効事由ともなることはないと解せられる。

そうだとすれば甲第一号証の一乃至二〇はいずれも控訴人が前記署名をもつて被控訴人に対し、受取人、支払地、支払場所、振出地及び振出日を白地として前記各金額及び満期日を定めて適法に振出した有効な約束手形と認むべきものである。そして被控訴人が右各白地手形につきその支払地及び振出地を明石市、支払場所を自宅、受取人を被控訴人、振出日を前記(一)乃至(九)については各昭和三四年五月一五日、前記(十)乃至(二十)については各昭和三四年六月二三日と記載して白地を補充したうえ本訴請求に及んだものであることは当事者間に争がない。

ところで控訴人は、その父喜一が直接被控訴人から送付を受けた養鶏飼料の数量とその代金額の確認書を作成する趣旨で被控訴人持参の手形用紙に署名したにすぎない旨の前記主張事実をもつて控訴人が適法に右各約束手形を振出したものであることを前提としたうえでなお被控訴人に対しては右各手形金を支払うべき義務履行を拒み得る旨の抗弁事由として主張するものであるか否か必ずしもその趣旨は明確でないけれども、兎も角右事実を理由として被控訴人の本訴請求を失当として排斥すべき旨主張していることには変りがなく、右主張自体によればその趣旨とする意味内容は本件手形振出に関する直接の当事者たる控訴人と被控訴人の間においては、本件約束手形は金銭支払の方法には供用せずもつぱら取引にかかる養鶏飼料の数量若しくはその代金相当額が合計いくばくになるかを確認し第三者に対してこれを証明する具としてのみ使用すべきことの合意が成立しているというにあるとも解せられるところ、若し右趣旨の合意の成立にしてこれを肯認し得るとするならば、控訴人はこれに基き被控訴人に対しては法律上本件手形金請求を拒絶することを得るものというべきであるから、次に右合意の成否に付検討する。

右の合意が成立した事実は(証拠)の一部にこれに副う供述がある外にはこれを認定するに足りる証拠がなく、右各供述は(他の証拠)に照らして信用し難く、却つて(証拠)を総合すれば次の事実が認められる。

控訴人の父船越喜一は昭和三〇年頃から明石市内において肉鶏の飼育販売を主として、付随的に採卵及びその販売をも目的とした養鶏業を営み、控訴人は弟英夫とともにその手伝をしていたが、やがて事業不振に陥入つたために喜一が石料又助からかねて営業資金その他の必要上借用していた金員合計六〇万円ばかりの返済が困難となつたので、昭和三四年一月一〇日喜一と石料との間において、石料が事実上喜一を援助して右営業成績の好転を図りその収益による右貸金の回収を可能且円滑ならしめることを目的とする契約締結して、(一)石料又助は船越喜一に対して毎月二、〇〇〇羽以上の食用鶏雛とその飼料を供給し、喜一は肉鶏販売の都度遅滞なく石料に対し右飼料及び雛鶏の代金を支払うこと、(二)喜一は石料に対して毎月石料から供給を受けた雛の数に応じ一羽当り一〇円の割合による額の金員を借用金の弁済として支払うこと、(三)右支払ができない場合にはそれに代えて喜一が他から借り受けて現に養鶏場に使用している土地約四二〇坪を所有者の承諾を得て石料に転貸すること、等約定し、被控訴人は右契約締結の立会人となつた。石料は右契約に基き喜一に対し雛鶏と飼料を供給したが、飼料については必要に応じその都度喜一から飼料販売商人である被控訴人に対し直接電話で註文し、被控訴人から喜一の養鶏場に運搬納入し、喜一は受領数量に対する相当代金額を石料に通知し、石料から約束手形を振出して被控訴人に対して右飼料代金を支払つてきたところ、昭和三四年四月頃から石料が納入済飼料代金を支払わなくなつたので、被控訴人はその頃一、二回控訴人宅を訪れ、被控訴人が喜一に供給した飼料の同年四月一日以降の分の代金を石料が支払わないことを告げて善処を求め、若し喜一及び控訴人等が前記養鶏事業のため引続き飼料を必要とするのであればその代金は以後喜一又は控訴人兄弟の方で負担して直接被控訴人に支払うやうにしてくれるよう要望し、その後同年五月一〇日過頃に至り被控訴人は前記のように手形用紙二〇枚を控訴人方に持参し控訴人兄弟に対して重ねて右と同旨の要求をした。当時も養鶏業はなお継続中で一日当り代金額にして七、〇〇〇円乃至一万円に相当する飼料を必要とし、依然一〇日目毎位には被控訴人に注文して同人から直接飼料の供給を受けていたにも拘らず石料は引続きその代金の支払をしようとはしなかつたので、控訴人は被控訴人が代金の不払を理由に飼料の供給を停止しそのためたちまち養鶏業を継続することが不能となり廃業の止むなきに至る如き事態を招くことを懼れて被控訴人の前記要望を容れ、石料が遅滞している既存の代金債務を引受けるとともに爾後の飼料代金をも買主として直接控訴人名義で被控訴人に支払うべきことを約束してその支払手段として約束手形を振出すことを承諾し、その実行として手形要件の一部を空白にしたままで被控訴人が持参した前記の手形用紙に控訴人自ら振出人として署名押印して被控訴人に交付し、もつて本件手形を振出したものである。

以上の事実を認めることができる。したがつて直接の当事者間においては事実確認書としてのみ使用するという合意が成立した旨の控訴人の右主張は手形抗弁としても亦理由あるものと認めることを得ず、更に右認定の事実の経過によるときは、本件各手形に付控訴人と被控訴人との間において実質上原因たるべき債権債務関係が何等存しない旨の控訴人の主張も亦理由のないことが明らかである。

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