大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)981号 判決 1964年12月25日
控訴人 平尾収
右訴訟代理人弁護士 山田利夫
右訴訟復代理人弁護士 五味良雄
被控訴人 山尾吉一
右訴訟代理人弁護士 花房節男
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し、金四二五、六〇〇円と引換に別紙目録記載の土地について所有権移転登記手続をなし、かつ右土地を引渡せ。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、控訴人が昭和三四年一〇月二一日被控訴人よりその所有に係る大阪市福島区下福島二丁目三〇番地宅地一〇五坪のうち四二坪二合(本判決添附図面(1)(2)の土地以下これを夫々(1)の土地、(2)の土地という)を分筆(但し当時としては(1)(2)を合した四二坪を三〇番地より分筆)の上代金七五九、六〇〇円で買受ける契約をしたこと(但し代金支払方法履行期の定の点は除く)、昭和三五年一月二七日被控訴人より控訴人に対する大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第一七六六号建物収去土地明渡事件において右(1)の土地について控訴人主張の如き内容の裁判上の和解が成立したことは当事者間に争がない。
二、そこで右売買代金の支払方法、履行期について審究するに、≪証拠省略≫を綜合すれば、右売買成立当時右(1)の土地は控訴人所有家屋の敷地で、(2)の土地は空地であったが(2)の土地内の一部には訴外小松原辰男が植木を植えたり、物干場を設置していたこと、右三〇番地宅地一〇五坪の土地はもと訴外小林治助の所有するところであったが、被控訴人は昭和三三年一二月一五日同訴外人よりこれを買受け、当時所有権取得登記を終えたものであること、控訴人被控訴人間の前示売買が成立するに至ったのは次の経緯によるものであること、すなわち、控訴人は本件(1)土地上の家屋を昭和二九年二月頃後記小松原辰男より買受けたが当時右地主は小松原であるときいていたが六ヶ月程後そうでなく地主は右小林治助であることを知り同人事務所を訪れ、(1)の土地の借地、又は買受方、交渉を始めたが、その妥結をみるにいたらないうちに被控訴人が前記のとおり右番地の土地を買受け控訴人に対し昭和三四年四月一〇日頃右建物収去(1)の土地明渡の訴訟を提起し、なお共同被告として訴外小松原辰男外四名に同番地上建物の明渡訴訟(大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第一七六六号)を提起し、右係争中裁判外において前記日時右(1)(2)の土地について控訴人被控訴人間に右売買契約が成立したものであるが、当時右訴外小松原辰男よりは右土地全部が自己のものであると主張抗争中であり、その後まもなく同訴外人は「右三〇番地の土地全部について自己が前主小林治助より買受け所有権を取得した、そして右小松原の妻がその登記手続を請求に右小林の経営する大阪市天王寺区悲田院町一八番地小林商店方に行った際同店を連絡場所とする三国製パン株式会社の代表取締役である被控訴人が面接し、小林が小松原より所有権移転登記の請求をうけているのを熟知の上その未登記なるに乗じ小林と被控訴人は共謀の上小松原の権利を消滅せしめることを企図して仮装の売買により被控訴人に所有権移転登記をした」と主張して、昭和三四年一一月一七日被控訴人に対して前記所有権移転登記の抹消請求訴訟(但し抹消予告登記は同月二七日為された)、小林治助に対しては昭和二三年六月二〇日売買を原因とする所有権移転登記請求訴訟(共同被告)を提起した(甲第一六号証)。被控訴人と訴外小松原との間には三〇番地の所有権をめぐり係争中であり且つそのうち(2)の土地は前記認定のとおり空地とはいえ右訴外人が自己の所有権を主張し且つ植木を植えたり、物干場を設置したりして使用していてその引渡の困難が予想された。そこで、右売買契約に際して当事者は代金は(一)契約時と(二)右植木物干場を撤去の上土地の引渡をうけたとき(三)所有権移転登記のときに各三分一宛支払うことに大綱を定め、確定的な期限乃至期日は定めず、また定めることも出来なかったので売買契約書(甲第三号証)の取引の期日欄は空白のままとして控訴人は被控訴人に同日手附金として金二五万円を交付した。ところで右売買の目的土地中(1)の部分については控訴人が既にその所有居住する家屋敷地として占有しているから現実の引渡は問題とする必要なく、また現に右訴訟の目的となっていた土地である関係上、右売買成立後昭和三五年一月二七日前示裁判上の和解が成立し、控訴人は(1)の土地が被控訴人の所有であることを認め、これを二三万四千円で買受け、その代金中一五万円は同日支払を終え(前記手附金中一五万円を以て右支払に充当)、残八万四〇〇〇円は同年四月末日限り被控訴人代理人方に持参支払うこと、被控訴人は右代金受領と同時に右物件について所有権移転登記をすることになった。そして控訴人は右和解条項中の自己の債務を履行したが、被控訴人は所有権移転登記をしなかった。そこで右和解調書に基いてこれが登記を実行せんとしたところ、和解調書の不備((1)の目的物件、即ち一筆の土地の一部の表示に不完全なところがあり、それがためにその特定について不備があったと推認される)、のためこれが実行さえも出来なかった。そこで控訴人は土地家屋調査士奥田義一に(1)(2)の土地の測量図面の作成を依頼し、代位により昭和三六年四月二五日(1)を同所三〇番地の二宅地一三坪、(2)を同所三〇番地の三宅地二九坪二合と分筆登記手続をした上同月二六日被控訴人に対し(一)(1)の土地に付所有権移転登記手続、(二)(2)の土地につき残代金四二五、六〇〇円と引換に所有権移転登記並に引渡を求めるため本訴を提起したこと、ところが、被控訴人は以上のとおり(1)(2)の土地について売買契約(裁判外)、更に(1)についての裁判上の和解による売買契約を結び所有権移転登記と代金支払は同時履行の約であって、控訴人が和解条項の残代金を完済しているのに拘らず、(1)の土地についてさえも未だ分筆登記手続をせず(たとえ和解調書に前示不備な点があっても当事者間に目的物が判然している限り被控訴人は裁判外において分筆の上所有権移転登記をなすにつき協力する義務があるのにこれをせず)、控訴人より(1)(2)の土地につき本訴が提起せられた後の昭和三六年六月八日の口頭弁論期日において(1)の土地についてのみ請求を認諾し、よつて控訴人は(1)の土地についてのみ所有権移転登記の目的をとげることが出来た(右(1)の土地についての右訴訟の経緯は本件記録上明かである)。以上の事実を認めることができる。原審並に当審証人原徳行の証言、同被控訴本人の各供述中各右認定にていしょくする部分は措信出来ず、他に右認定を左右する確証はない。
そして右認定事実からみると本件(1)(2)の土地について当初の売買契約において残代金の支払と土地の引渡並に所有権移転登記は同時履行の関係にありしかもその履行期については定めがなかったものと解するを相当とし、その後(1)の土地について更に裁判上の和解が成立したとはいえ、(2)の土地に関する売買契約はそのまま存続しこの分についての残代金は控訴人主張の如く四二万五六〇〇円となったものといわねばならない。被控訴人は(2)の土地の引渡は現状のまますなわち他人の設置した物置等存置のままでするという特約があったとか、売買契約の右履行は昭和三五年三月一五日であった等主張するが前示証拠上到底これを認められない。
三、被控訴人が昭和三五年一一月一四日付翌一五日控訴人到着の内容証明郵便で控訴人に対し(2)の土地残代金を右書面到着後三日以内に決済するよう催告すると共に右期限内にこれが支払がないときは売買を解除する旨通告したが控訴人はこれが支払をしなかったから右売買は解除されたと主張する。控訴人主張の如き右催告並に解除の意思表示がなされたことは当事者間に争がない。そこで控訴人主張の同時履行の抗弁に関連し右解除の効力について判断する。被控訴人はこの点に関連し本件売買契約は当初の約定で昭和三五年三月一五日を履行期日として定められていたというが、右のような確定期の定めがあったことが認められないこと前示説明のとおりである(かりに右のような特約があったとしても双方が履行期を徒過した場合は期限の定めないものとなるから被控訴人において該期日に履行の提供をしたという主張立証のない本件において右期限が過ぎたというだけで控訴人に履行遅滞は生じない)。そして前項認定事実関係の下においては本件売買契約において履行期の定めはなかったものであり、残代金の支払と目的土地の引渡と所有権移転登記は同時履行の関係にあるから本来被控訴人において解除をしようとすればそれより前に相手方を履行遅滞に陥れていない限り少くとも解除予告の催告の時に自己の債務の履行提供をしなければならない。そうでなければ相手方(控訴人)を履行遅滞に陥れることはできず、解除権も発生しないから、たとえ相手方の不履行を条件として解除してもその解除は無効であるといわねばならない。そこで、被控訴人は右催告によって控訴人を遅滞に陥れたかどうかについて考えてみるに、控訴人は右催告において本書到達後三日内に残代金を支払われたい旨催告したに止まり、右所有権移転登記や、植木や物干を撤去して土地を引渡すという点について後記認定のとおり履行の提供をしているとは認められないから、たとえ、右催告期限内に控訴人が残代金を支払わなかったとしても、控訴人を遅滞に陥れたことにはならず、被控訴人に解除権は未だ発生しないものといわねばならぬ。もっとも右催告書(乙第一号証の一)には控訴人において右期間内に残代金を支払ったときは(2)の土地の分筆手続は勿論所有権移転登記手続をする旨記載されているが、前認定のとおり、(イ)被控訴人においてそれより以前に提供を伴った催告をしたわけでないから右催告当時債務者控訴人において履行遅滞にあったわけでなく、(ロ)分筆手続は被控訴人の主張からみても三日位かかるのに催告期間を三日としており(ハ)しかも被控訴人は当時(1)の土地について分筆をしていなかったのは勿論(1)(2)の土地についても分筆のため未だ測量さえ依頼しておらず、わづかにそれより二、三年前にあたかも残代金の支払が先履行の関係にある如く判断し測量士に「控訴人が代金を持ってくると分筆をたのむ」といっていただけで未だ正式にその測量の依頼さえもしていなかったこと、実際問題として測量を即日やったとしても分筆登記が出来るまでには四、五日ないし一週間かかること(これらのことは当審証人辻寛一、同森哲夫の証言を綜合して認められる)、右催告書(乙第一号証の一)の用語に「その上で(代金の支払があった上)分筆の上移転登記の手続を致します」とかいて、自己の主観的意思を卒直に表明していること、その他前項認定の経緯により、被控訴人が右催告に伴って自己の債務について履行(土地の引渡や所有権移転登記義務履行)の提供をしたものとは到底認められない。
そして右催告当時控訴人が未だ遅滞に陥っていなかったような場合しかも本件催告のように一定日時を示さず一定期限内の履行を請求する場合には催告者たる被控訴人の側において自己の債務反対給付について履行の提供を継続し、控訴人が代金の請求に応じてくれば、何時でも自己の反対給付を提供しうるよう(只相手方が受領さえすればよいように)万般の準備が出来ていなければならず、この提供の継続があったのに拘らず、控訴人において催告期間を徒過して始めて控訴人に遅滞が生じる。しかるに右催告に付被控訴人において右のような提供を行っていないから、催告期限の経過によって、控訴人に当然に遅滞を生じるいわれがなく、従って被控訴人に解除権も未だ発生しないものといわねばならない。しからば、被控訴人のなした本件解除は無効といわねばならない。(もっとも債権者控訴人が債務者被控訴人のなす履行を受領することを拒絶する意思が明瞭である場合は被控訴人のなす提供は不要であるが、本件においてそのようなことを認める資料はなく、却って控訴人がかねてより被控訴人に対し本件(2)地上の物干、植木の撤去土地の引渡等を求めておりそれをしてくれば登記と引換に残金を全部支払う旨いっていたのに被控訴人はこれを拒否してきたこと控訴人が代金支払の準備をしていたことは≪証拠省略≫を綜合してこれを認めることが出来る。なおまた履行の提供(言語上の提供)に軽微な不備が存在している場合債権者は拱手傍観して足れりとするべきではなくその履行の日時等不備の点につき債務者と協定すべき義務がある。すなわち右提供に不審の点があれば債権者はこれを問合せてなるべく債務の履行が円滑に取運ぶよう努力すべきであるけれども、本件売買の経緯が前認定の如く被控訴人において(1)の土地につき代金全部の支払を受けながら移転登記義務を履行せず、(2)の土地の引渡準備としての整備の義務や所有権移転登記義務も代金支払と同時に完了するような履行準備をしてくれていない有様であり、更に乙第一号証の一の催告当時被控訴人は実は未だ履行の十分なる準備をしていなかったので、たとえ自己の債務履行の準備をしたとして控訴人の受領を催告したとしても、右準備をしていない限り言語上の提供としてもその要件を欠くものであるのみならず、同催告書には債権者たる控訴人に先給付を求めるような文言の記載がある有様で、かかる場合に尚債権者たる控訴人に債務者たる被控訴人の履行につき右協定を求めることは、難きを強いる嫌があり乙第一号証の一の催告に対し控訴人が拱手傍観したことを以て信義則上の協力互譲の義務に反したものとし、よって被控訴人の履行の提供の不備は補完せられたものとなすことは適切でない。)原審並に当審における証人原徳行の証言、同被控訴本人の供述中以上認定にていしょくする部分は採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。以上の次第で控訴人の同時履行に関する再抗弁は理由があり被控訴人の解除に関する主張は理由がない。
してみれば、爾余の判断をなすまでもなく、被控訴人は控訴人に対し残代金と引換に、右土地の所有権移転登記をなし、且つ右土地を引渡すべき義務があるので、控訴人の右請求を認容すべきものとする。よってこれと異なり、控訴人の請求を全部排除した原判決は不当であるから民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 井上三郎)