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大阪高等裁判所 昭和37年(ラ)13号 決定 1962年10月03日

抗告人 上野さとみ(仮名)

相手方 藤原義夫(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨ならびに理由は別紙記載のとおりである。

民法第七六〇条は、夫婦はその資産、収入その他一切の事情を考慮して婚姻から生ずる費用を分担すると規定している。この「婚姻から生ずる費用」とは、夫婦共同生活に必要な一切の費用をいい、衣食住の費用はもとより、出産費、医薬費、未成年の子の養育費教育費などこれに属し、夫婦が離婚の前段階として別居した場合の生活費等も原則として含まれると解すべきであろう。右分担割合につき当事者間に協議が調わなければ、当事者の一方は家庭裁判所にこれについて審判を申立てることができる(家事審判法第九条一項乙類三)。右の申立ては、婚姻中は勿論、離婚後においても二年内はこれをなすことができると解するのが相当である(民法第七六八条二項の類推適用)。ところで、民法は協議上の離婚の場合について、「協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。右財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき又は協議をすることができないときは当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。家庭裁判所は当事者双方がその協力によつて得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める」旨規定し(第七六八条)、裁判上の離婚の場合に、これを準用している(第七七一条)。財産分与請求事件は家庭裁判所の管轄に属する(家事審判法第九条一項乙類五、第一七条)が、婚姻の取消し、離婚の訴に併合して請求する場合に限り、人事訴訟事件として通常裁判所にその訴を提起することができる。(人訴第一五条一ないし三項)。そこで、財産分与の請求なるものの内容について考えて見る。

婚姻は終生間共同生活を目的とする全人格的結合関係であつて、当事者の婚姻中における家庭づくりのためになされる各種の努力は、打算的に個人の利益を追及する一般取引行為とは本質的に異なる。配偶者が家庭づくりのための努力を、その都度金銭的に評価して自己の個有財産に帰属せしめて権利を確保して置くようなことは異例であつて、むしろ、信頼関係に基礎を置く実際の便宜に従つた処置がとられるのが通例である。家庭づくりのための寄与の度合いと権利帰属の割合とが一致していなくても、婚姻生活が円満に営まれている限り、何等の不都合を生じないのが一般である。ところが、離婚は各配偶者が婚姻による身分関係ならびにこれに伴う財産上の法律関係を一挙にして覆滅し、各自個有の生活をはじめることに外ならず、各配偶者が婚姻中の財産の帰属をそのままの状態で婚姻関係を解消したのでは多くの場合、著しく不合理な結果となることは多言を要せずして明らかである。そこで、婚姻を解消する場合には、右の不合理を是正のため各自の財産の配分調整が講ぜられなければならない。民法第七六八条一項が離婚の当事者の一方に相手方に対する財産分与請求権を与えた立法趣旨はそこにある。しかして、離婚の際に、財産分与がなされるからには、それは当事者に最も衡平な措置であらねばならぬし、そのためには、総合的な判断が要求せられるのであつて、単に過去における配偶者各自の尽した財産上の寄与の態様、程度の詮索だけでは到底足らないから、民法第七六八条も「その他一切の事情を考慮して」判定せられるべきものと明言している。そうだとすれば、右にいう「一切の事情」とは、婚姻生活、子の扶養、教育関係その他過去の家庭生活における当事者双方の寄与、貢献に関する事情がその中核をなすが、それのみではなく、離婚のやむなきに立ち至つた事情、離婚当時の事情、離婚による慰藉料、扶養料等に関する事情等がすべてしんしやくせられることを意味するものとしなければならない。そうすると、財産分与につき判決があり、それが確定すると、その判決は事実審の最終口頭弁論期日における状態において、以上一切の関係を含めた財産分与請求権に対する判断につき確定力を生じるから、その後において、右基準時以前の事実関係に基づいて、離婚の当事者の一方が相手方に対して右財産分与請求に含まれるべき財産上の請求をなすことは、右確定力に反する結果、不適法であるといわねばならない。

本件婚姻から生ずる費用分担の請求についてみるに、そのうち、相手方に対し支払を求めている金三〇、〇〇〇円は長男和男の出産についての支出費用であり、その余は、いずれも未成年である長男和男および二女昌子の養育ならびに教育(和男については昭和二十九年九月八日より昭和四十五年三月までの間、昌子については昭和二十九年一月二日より昭和三十四年三月までの間)について、抗告人が既に支払し、あるいは右の子に将来必要とする費用である。しかしながら、抗告人が相手方と昭和二十三年一月挙式の上事実上の婚姻をなし、昭和二十七年九月二十七日婚姻の届出でをなし、夫婦間に、しづこ(昭和二十四年一月二十七日生)、二女昌子(昭和二十八年一月二日生)、長男和男(昭和二十九年九月八日生)の三子を儲けたが、夫婦の円満を欠き、抗告人が原告となり、相手方外二名を被告とし、神戸地方裁判所洲本支部に、離婚ならびに慰藉料等請求の訴を提起し(同庁昭和二九年(タ)第三号事件)、審理の結果昭和三十一年八月十三日、同裁判所より、

「一、被告義夫と原告とを離婚する。

二、同被告は原告に対し金九万円の支払をせよ。

三、同被告は原告に対し金三万円及び昭和二十九年九月八日より昭和三十六年三月三十一日に至るまで一ヵ月金三千円の割合による金員の支払をせよ。

四、被告三名は原告に対し各自金二五万円の支払をせよ。

五、原告と被告義夫との間の二女昌子及び長男和男の親権者を原告と定める。

六、原告の被告等に対するその余の請求を棄却する。

七、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告義夫の負担とし、その一を被告三名の連帯負担とし、その余を原告の負担とする。」

との判決の言渡しがあり、被告等より控訴の結果、昭和三十四年三月三十日の最終口頭弁論に基づき、同年五月十五日大阪高等裁判所より

「控訴人等の各控訴はいづれもこれを棄却する。

原判決をつぎのとおり変更する。

控訴人義夫と被控訴人とを離婚する。

控訴人義夫は、被控訴人に対し金九〇、〇〇〇円を支払え。

控訴人三名は、被控訴人に対し各自金二五〇、〇〇〇円を支払え。

控訴人義夫と被控訴人との間の二女昌子及び長男和男の親権者を被控訴人と定める。

控訴人等に対する被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを三分し、その一を控訴人義夫の負担とし、その一を控訴人等三名の連帯負担とし、その余を被控訴人の負担とする。」

との判決の言渡しがあり、右判決が昭和三十四年六月十五日確定したことは本件記録によつて明らかなところである。そして、右第二審判決主文四項の相手方に対し抗告人に金九〇、〇〇〇円の支払いを命じた部分は、抗告人の財産分与の請求につき裁判されたものであることは、同判決に記載せる請求原因、理由をしんしやくすれば一点の疑いを容れる余地がない。してみれば、抗告人の本件請求中、右第二審最終口頭弁論期日たる昭和三十四年三月三十日までの分については、たとえ抗告人が主張の如き費用を支出した事実があり、かつ、右費用は相手方において負担すべき婚姻費用であるとしても、右申立てが抗告人本人よりする請求である限り、財産分与の請求に包含せらるべきものであることは前に説示したとおりであり、抗告人の相手方に対する財産分与の請求につきなされた判決が確定した以上、その後において、右事実関係に基づき家庭裁判所に審判の申立てをなすことは、右判決の既判力に反するといわなければならない。次に前記最終口頭弁論期日の後の分について考える。前記事実によれば、抗告人が判決により長男和男、二女昌子に対する離婚後の親権者に指定せられたのであるから、その後監護者につき別段の決定がなされない限り、抗告人が子を監護する権利義務者である(民法第八二〇条)。しかし監護の内容たる扶養、教育の費用は、直接には扶養関係によつてその負担者がきまり(民法第八七八条以下)、子に財産があればその収益によつてまかなうことになるが、これがないときは父母が各自の扶養責任の限度で共同分担することになる。したがつて、父たる相手方が扶養あるいは教育についての費用の負担義務を履行しないときは、親権者たる抗告人は子の法定代理人として相手方にその扶養の義務の履行を求めることができる。しかしながら親権者が自己の負担部分以上にその費用を支出した事実があるとしても、親権者が個人の資格で子の父を相手方とし普通裁判所に利得返還請求をなすのは格別、家庭裁判所に対し家事事件として扶養料請求をなすことはできないと解すべきである。故に、抗告人の請求中、前記口頭弁論終結後の分は不適法として却下を免れない。

そうすると、右と同旨の原決定は相当である。

よつて、民訴第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 判事 北後陽三)

別紙

抗告の理由

原審判の決定の理由は本件において民法第七六〇条にいわゆる婚姻費用の負担については、別件(神戸地方裁判所洲本支部昭和二九年(タ)第三号大阪高等裁判所昭和三二年(ネ)第一一九一号事件)で認定された財産分与金九万円に含まれて居り、本件養育料等の請求は失当であると認定せられたのであるが、右認定は頗る不当である。即ち、抗告人は前記第二審である大阪高等裁判所の審理中、本件請求に係る養育料等は民法第七六〇条に基き家事審判法第九条第一項乙類第三号によつて家庭裁判所の管轄に属する故を以てこの部分のみ取下を命ぜられ、これに従つて、この部分は取下をなし、改めて神戸家庭裁判所洲本支部に本件請求の審判の申立をなしたるものであるから、大阪高等裁判所における前記別件の審理においては本件養育料等の請求は財産分与について斟酌判断はせられなかつたことは明らかであると云える。次ぎに、また、原審判は、婚姻解消の後には、本件請求は家庭裁判所の審判事項に属しないというけれども、民法第七六〇条による婚姻により生じた費用は婚姻中は勿論、婚姻解消の後でも当然請求し得、且つ家庭裁判所の審判事項であることは明らかである。更に、抗告人の請求するいわゆる養育料は、要するに婚姻中、又は婚姻解消の後でも申立人が相手方の負担に属するものを立替支払つているのであるから、相手方は当然これを負担すべきものであることは頗る明らかであると云える。仍つて原審判の判断は誤つているのでこれを取消し、相当の裁判を求める次第である。

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