大阪高等裁判所 昭和37年(ラ)214号 決定 1963年5月30日
抗告人 衣笠寿賀雄
訴訟代理人 森本正雄
主文
原決定を取消す。
理由
抗告理由は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
本件訴訟において原告(抗告人)の被告静子に対する請求は、原告が所有する物件について無権原でなした所有権保存登記の抹消登記を為すべきことを求める請求を含むものであるから、その訴訟物は明らかに所有権に基く物権的請求権であるところ、本件訴訟引受申立の相手方たる大阪府民信用組合に為すべき請求は、右組合が被告静子の設定行為により根抵当権の設定を受けたとして為した根抵当権設定登記の抹消登記を求めるに在ることは、その申立の全趣旨より容易に窺い得るところであつて、これまた原告即ち抗告人の所有権に基く物権的請求権の対象たるべき行為であること極めて明白である。そして、右組合の所有権妨害行為たる登記の態様は被告静子の所有権そのものの保存登記とは相異るところがあるけれども(所有権自体の移転による登記がなされた場合でも、その登記自体は新たな法現象であつて、先の登記と厳密には同一ではない)、その登記原因即ち妨害行為の実質(登記という表示に対するもの)は用益物権の設定と同様に同一所有権の権能の一部の流出であつて、しかも、被告静子の行為に基くものであるから、これを一部承継ないし変形的承継と認めて差支なく、この意味において、本件引受申立原因であるは少くとも引受申立相手方についての訴訟物の承継が是認せられ得るものと解すべきである。また他の引受申立原因の中には所有権移転請求権保全の仮登記及び賃借権設定登記についても、前者の登記原因は債権契約であるとしても、仮登記により物権と同様の公示がなされ、後者の賃借権そのものは債権であるとしても、その登記により公示と対抗力を具えるに至つたものであるから、これらの行為は共に物権の取得と同視して、所有権の全部又は一部の承継とみなし得る余地も存在する。そうすれば、本件訴訟引受申立の相手方につき、債務承継は認め難いとして右申立を却下した原決定は不相当であるから、これを取消し、更に相当な裁判を為さしむべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 裁判官 大野千里)
抗告の理由
一、抗告人は被告後藤登一とアパートを共同経営の目的で材木、板及び労力を提供して、昭和三十三年十二月、八尾市大字竹渕五五〇番地の一地上に家屋番号同町第二八七番木造瓦葺二階建共同住宅一棟(建坪七五坪八合七勺、二階坪六〇坪六合四勺)を建設した処、同被告は建物が完成するや、抗告人の共有持分権(二分の一の所有権)を無視して、その妻である被告静子の単独所有名義に保存登記を為し、之を人居者等に賃貸して其の収益を独占しているので、抗告人は昭和三十四年二月二十五日、被告等に対し、大阪地方裁判所に共有持分権確認並抹消登記手続請求の訴訟を提起し、目下同裁判所に係属中である。ところが相手方は昭和三十六年十月十二日、右建物について代物弁済予約、根抵当権設定契約、停止条件附賃貸借契約があるとして、それぞれ、所有権移転請求権保全仮登記、根抵当権設定登記、停止条件附賃借権設定仮登記を受けているものであるが、抗告人の共有持分を無視してなしたこれらの処分、設定行為は総べて無効であり、その登記は抗告人の持分権行使について妨害となるものであるから、抗告人は相手方に対しこれらの抹消登記手続を求めるため本件訴訟引受の申立をした次第である。之に対し原決定は、抗告人の右申立の内容からは相手方に於て訴訟の目的である債務を承継したものとは認め難いので、その申立は理由がないとして却下されたものである。
二、然れ共、民事訴訟法第七十四条第一項の、第三者が其の訴訟の目的たる債務を承継したるとき、とは単に訴訟の目的である義務が従来其の主体であつた訴訟当事者から離脱して第三者に帰属するに至つた場合のみに限らず、従来義務を負担していた訴訟当事者が従前通り之を負担すると共に、其の義務の負担に関連して更に第三者が之と訴訟の目的同一の新義務を負担するに至つた場合も亦之を包含するものと解するのが相当である。而して本件に於て抗告人に対し、被告の静子が負担するその所有権保存登記を抹消する義務、相手方が負担する前記所有権移転請求権保全仮登記、根抵当権設定登記及び停止条件附賃借権設定仮登記を抹消する義務は、何れも、右建物についてなした無効登記を抹消し、之によつて現に妨害を受けている抗告人の共有持分権を円満なる状態に復せしむる義務であつて、訴訟の目的を同一にするのみならず、相手方が右義務の内容として抹消すべき登記は、所有権保存登記の抹消義務を有する被告静子より譲渡、設定を受けたとしてなされたものであり、同被告の義務違反の行為に由来するものであつて、相手方の右義務は静子の義務者たる地位と密接関係にあるものということができる。このような場合は、如上の理由によつて右法条の債務承継の一場合として訴訟引受を許されるものと解すべきである。若し反対の解釈をとるときは無効の所有権取得登記によつて共有不動産の持分権を妨害している訴訟当事者に於て口頭弁論終結前その登記簿上の所有名義を他に移転し或は担保物権、賃借権の設定登記をするときは共有持分権者はこれら新名義人を被告として別訴を提起しなければ完全に持分権の妨害を除去するを得ないことになつて頗る訴訟経済に反するのみならず、同様の手段を繰返されるときは終にその救済を得られない虞れがあり、訴訟引受の制度を認めた精神にも反することになるからである。