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大阪高等裁判所 昭和37年(ラ)66号 決定 1962年6月26日

決  定

大阪市阿倍野区昭和町東四丁目二五番地

抗告人

鈴木貞子

同市東住吉区田辺東之町二丁目一〇五番地

辻村行雄

右両名代理人弁護士

東中光雄

上田稔

東京都千代田区九段一丁目七番地

相手方

東京出版販売株式会社

右代表者代表取締役

池辺伝

抗告人(被告)等と相手方(原告)間の、大阪地方裁判所昭和三七年(ワ)第五二七号売掛代金請求事件につき、同裁判所が同年三月二九日になした、右事件を東京地方裁判所に移送する旨の決定に対し、控訴人等から適法な即時抗告の申立がなされたので、当裁判所は左の通り決定する。

主文

原決定を取消す。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

一、抗告代理人は、主文第一項と同旨の裁判を求め、抗告の理由として述べるところは、次の通りである。

「(一)、大阪地方裁判所が、頭書売掛代金請求事件につき、抗告人等と相手方との間に、右訴訟については東京地方裁判所を管轄裁判所とする合意がなされていることを理由として、頭書記載の通り右事件を各裁判所に移送する旨の決定をしたが、抗告人等は右のような管轄についての合意をしたことがなく、相手方が右合意がなされた事実を証するため原審に提出している取引約定書を作成した事実もない。仮に、右約定書が、同書面に連帯保証人として署名捺印している鈴木治によつて作成され、その効力が抗告人等に及ぶとしても、前記管轄の合意は抗告人等に対して著しく不利なもので、相手方が一方的に押しつけた暴利行為であるから無効である。

(二)、相手方は、肩書地は本店を有しているが、昭和二八年五月二八日、大阪市北区堂島上三丁目三四番地に大阪支店を置きその旨の登記をしていたところ、同三三年五月二八日、右支店廃止の登記をした。しかしながら、その実体にはなんらの変更がなく、現在も右支店所在地において営業を続けているものである。而して、抗告人等と相手方間の取引は、すべて相手方大阪支店においてなされてきたものであるところ、右事実を無視して本訴を東京地方裁判所に移送することは、抗告人等にとつて不当に著しい損害を与えるものである。

(三)、以上の理由により原決定の取消を求める。」

二、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

(一)一件記録によると、相手方が抗告人等を債務者として、抗告人等に対して有する売掛代金等の債権金六三二、九八一円につき、阿倍野簡易裁判所に支払命令の申立をし(同裁判所昭和三七年(ロ)第一四号)、同裁判所がこれに基いて抗告人等に対して発した支払命令に対し、抗告人等から適法な異議申立がなされた結果、右本訴が大阪地方裁判所に提起されたものとみなされ、頭書請求事件として同裁判所にけいぞくしたので、同裁判所が、同三七年二月一五日、相手方に対し増貼印紙並準備書面提出命令を発したところ、相手方が、同月一九日附書面をもつて、同裁判所に対し、本件については東京地方裁判所を管轄裁判所とする合意がなされていることを理由に、本件を右裁判所に移送されたい旨申立て、右合意が存する事実を証明するため、取引約定書の原本及び写を提出し、原裁判所がこれによつて相手方主張の通り管轄の合意ならびに事件移送の必要があると認め(但し、管轄違いによるものか民事訴訟法第三一条によるものか明かにしないで)、本件移送決定をしたことが認められる。

(二)、ところで、管轄についての合意は、それが専属管轄の規定に触れない限り有効であることは民事訴訟法第二五条、第二七条により明かなところであり、また、いわゆる専属的管轄の合意がなされている場合に、これによつて排除された他の法定管轄裁判所に訴訟が提起されたときは、応訴管轄(同法第二六条)が生ずる場合を除き、その法定管轄裁判所は、管轄権がないことを理由に事件を合意管轄裁判所に移送すべきであることはいうまでもないが、いわゆる附加的管轄の合意がなされている場合に、他の法定管轄裁判所に訴訟が提起されたときにおいて、これを合意管轄裁判所に移送するかどうかの決定をするためには、同法第三一条の要件の有無について判断を要することもまた多言を要しないところである。而して、金銭債権請求訴訟の管轄裁判所について、債権者の住所地を管轄する裁判所を管轄裁判所とする専属的管轄の合意がなされている場合においても、右債権についての支払命令の申立ては債務者の住所地若しくは事務所、営業所の所在地を管轄する簡易裁判所に対してしなければならないことは、同法第四三一条によつて明かであるところ、債権者の申立による支払命令が発せられ、これに対する債務者の異議によつて、訴訟物の価額に従い支払命令を発した簡易裁判所、ないし、その簡易裁判所所在地を管轄する地方裁判所に訴の提起があつたものとみなされた場合にも、債権者から右裁判所に前記専属的管轄の合意がなされていることを理由として合意管轄裁判所に事件を移送されたい旨の申立をなし得ることはいうまでもなく、かかる申立がなされその事実が証明された場合には、右裁判所は、事件について管轄権がないことを理由としてこれを合意管轄裁判所に移送することができるといわねばならない。

(三)、これを本件について考えてみるに、

(1)、管轄の合意がなされていること証明するため、相手方から提出された取引約定書が、抗告人等によつて作成されたことについて、相手方がなんらの立証もしていない(もつとも約定書の原本が原審に提出されたことは前示の通りであるが、原本の存在することから直ちにその原本が真正に成立したと認めることができない。)。従つて、相手方が主張する管轄の合意が存在することについての証明が十分でない。

(2)、仮に、右約定書が真正に成立したものであると認められるとしても、その合意の内容は、右約定書に、「取引について万一訴訟等の起る場合は東京地方裁判所を管轄とすること」と記載されているのみで、それがいわゆる専属的管轄の合意であるか附加的管轄の合意であるかは、右文言のみによつてにわかに判断し難いところであつて、仮に後者であるとすれば(抗告人等主張のように、相手方の営業所が現に大阪市内に存在し、本件取引が右営業所との間に行われた事実があるとすれば、本件の法定管轄裁判所は債務者たる抗告人等の住所地、ならびに、商法第五一六条第一項後段により本件債務の履行地とみられる右営業所所在地たる大阪市を管轄する裁判所であり、従つて、特段の意思表示の認められない本件管轄の合意は、法定管轄に附加してなされた管轄の合意と解すべきである。)、原裁判所にも管轄権があることはいうまでもなく、この場合、原裁判所が本件を東京地方裁判所に移送するためには、民事訴訟法第三一条の要件の有無を審理する必要があるといわねばならない。

(3)ところが、原裁判所は、本件取引約定書が真正に成立したものと断定した上、管轄の合意が専属的なものか附加的なものかについて明確な判断をせず、延いては本件移送の理由即ち管轄違いによるものか同法第三一条によるものかを明かにしないで、漫然本件移送決定をしたことが原決定の文言によつて窺われるから、結局原決定には審理不尽、理由不備の違法があるといわねばならない。

三、してみると、その余の抗告理由について判断するまでもなく、原決定は失当であるからこれを取消し、更に、原裁判所をして移送の要否について審理をさせるのが相当であると認め、同法第四一四条、第三八六条、第三八九条を適用して、主文の通り決定する。

昭和三七年六月二六日

大阪高等裁判所第七民事部

裁判長裁判官 小野田 常太郎

裁判官 亀 井 左 取

裁判官 下 出 義 明

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