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大阪高等裁判所 昭和38年(う)1802号 判決 1967年8月05日

被告人 小泉哲夫 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人等を各罰金一五、〇〇〇円に処する。

右罰金不完納の場合は金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人井藤誉志雄、石川元也、荒木宏、木下元二共同作成、弁護人荒木宏作成の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれらを引用する。

各弁護人共同作成の控訴趣意一について

所論は、原判決は「被告人らの暴行により阿江助役に対し加療約一七日間を要する右上部膊打撲傷の傷害を負わせた」と認定し、その証拠として、阿江力の証言、中井正の証言および診断書、阿江の診療録、川北博明の鑑定書をあげたが、阿江の証言は全く不合理で信用できず、中井の証言と診療録からはむしろ阿江が筋肉リユーマチスにかかつておることが明らかにされるので同人作成の診断書も信用できず、また川北の鑑定書については五月一〇日の傷害を判断しうるものでなく、結局右各証拠は本件公訴事実の傷害の点を証明しうるものではない。さらにまた原判決掲示の暴行がかりに事実としても、この程度の暴行によつて原判示のごとき打撲症を生ずる筈のものではない。原判決は右の点につき事実を誤認しているというにある。

調査するに、原判示傷害の点については原判決挙示の証拠により証明十分である。

なるほど原審証人阿江力は原審一〇回公判廷において、同人が暴行を受けた直後「手をうしろにまわした時、痛かつたのでああここをやられたんだな、えらいことをやつてしまつたというので、すぐ裸になつて、見たんですが、その時に右の上膊部ににぎりこぶしほどのものがあつた」旨証言し、原審証人中井正は原審一九回公判廷において、同人診療時には同所に大して腫脹がなかつた旨証言していることからみると、阿江証言も一応疑われなくはないが、阿江が上膊部の腫脹をみたというのは昭和三四年五月一〇日午前一一時頃のことであり、中井医師が診療したのは同月一一日午前一〇時頃のことであるから、時間の経過を考慮にいれると、阿江証言が一がいに虚偽であるとはいわれず、却つて右中井証言によると、上膊部に腫脹および皮膚着色はなかつたが、疼痛、圧痛、運動痛を認め、打撲症と診断したことが認められるので、結局阿江証言の信憑性を否定するまでにはいたらず、その他同証人の証言が不合理であると認める証拠はない。また中井正作成の診療録には「筋肉リユーマチス」と記載してこれを横線で抹消した形跡があるが、右中井証人の証言によると、一応筋肉リユーマチスの疑をもつて記入したが、さらに診察の結果打撲症と認めて訂正したものであるというのであつて、右証言を疑うべき証拠なく、かつ同証人作成の診断書二通が病名を偽つて作成されたと認める証拠もない。また証拠保全における鑑定人川北博昭による鑑定は昭和三四年六月一三日より同月二四日までの間に行われたものであるが、その結果である鑑定書の記載および内容については十分に信用することができ、その判断が誤つていると認める証拠はない。

所論はなお原判示のごとき暴行があつたとしてもその程度の暴行では原判示の傷害は生ずる筈はないと主張するが、右は証拠にもとづかない議論であつてとるに足らない。

原判決は所論の点につき事実誤認なく、論旨は理由がない。

同二について

所論は原判決は阿江助役が点呼終了を告げ、次の職務である運転関係金銭出納関係の事務引継をなすべく会議室を退出しようとしたところ暴行を加えたのであるから公務執行妨害罪が成立すると判示し、本件の「暴行」が「点呼終了後」「引継職務に従事中でもないとき」に行われたものと認定しながら、「制度的に連続した一連の事務」という概念をもち出し「その間に休憩時間とか任意に他の事務を選択してこれに従事するとかの余地は設けられていない」旨の判断をもって「点呼事務から引継事務の場所へ赴くこと自体職務行為だ」というのである。これによると当直助役に対する何らかの暴行はすべて公務執行妨害とされることになる。制度上の観点のみで職務の執行中であるかどうかを論ずるのは誤りで、現実の実態をみれば「その間」組合との交渉もあろうし、タバコを買求めることもあるのであるから、阿江助役が助役室に赴くこと自体職務行為とは到底いえないのである。さらにまた被告人等には阿江助役が助役室へ赴くこと自体が「公務」であるとする認識はないのであるからこの点からするも公務執行妨害罪は成立しない。原判決が本件を公務執行妨害罪と認定したのは著しい事実の誤認であるというにある。

調査するに、原判決挙示の証拠によるとつぎの事実が認められる。日本国有鉄道東灘駅助役阿江力は昭和三四年五月一〇日午前八時五〇分より翌一一日午前八時五〇分まで同駅の当直助役勤務であったこと、同当直助役の職務は一般業務としては勤務割の作成、年休・欠勤の承認または拒否、超過勤務の命令、乗車証の発行、分担出納関係事務、線路閉鎖工事、トロリー使用計画、構内巡回等その他所属員を指揮監督し駅・営業所・操車場または信号場における一切の業務を処理する駅長の職務を補佐、代理することであり、その作業はまず点呼を執行し、前任者より事務引継をうけることから始まるのであるが、東灘駅における点呼は同駅会議室において出番者全員に対し行われるもので、その執行順序は(1) 総括運転掛の指示により起立・礼・呼名点呼・予備員の配置・着席(着席順序は別に定める)(2) 当直助役が駅報その他必要事項を伝達する。(3) 駅長又は助役が注意・指導教養その他必要事項を伝達する(4) 当直助役が時計の整正をする(5) 総括運転掛の起立・礼を行い解散する(東灘駅運転内規二条)ことになっており、ついで行われる当直助役の事務引継は助役室において行われるもので、その方法は、事務引継簿に次の要領を記載したうえ引継をする、(1) 前任者、(イ)公・局報および諸達類の抜すい(ロ)運転・輸送の状況その他必要事項(ハ)点呼の注意事項(警告・運転通報その他を含む)(ニ)その他必要事項、引継後前任者は駅長及び輸送助役の点検を受けること、(2) 後任者前項記載事項を入念に再調の上「チエツク」すること(同内規五条)であって、右点呼ならびに事務引継の時間は各一五分があてられている(昭和三一年八月三日大人六四四号、六四四三号)こと、点呼の行われる会議室は東灘駅本屋の西端より西へ約一八メートルの所にある独立の建物の東より三室目にあり、助役室は同駅本屋の東半分に位置し、両建物の南側は灘北通りの公道に接し、南側は北連絡線に沿っていること、阿江助役は昭和三四年五月一〇日午前八時一五分同駅に出勤、出勤簿に押印して局報を閲覧し、同八時四〇分点呼場である会議室に赴き、当日の出番者等に対し同八時五〇分より点呼を執行し、同八時五七分点呼終了の宣言をし会議室を退出しようとしたところ被告人等から原判示のごとき暴行を受けその結果原判示の傷害を蒙ったこと、右暴行を受けた場所は会議室内、同室東出入口付近および北連絡線上の同駅本屋寄りの数地点であること、阿江助役がようやくこれをふり切って助役室に帰ったのは同九時一三分であったこと(普通会議室から助役室までの所要時間は一分位である)が認められる。

思うに刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」とは職務を執行するに際しという意味であって、職務執行の着手からその執行、の終了までの時間的範囲をいうものであることは明らかであるが、職務執行の着手とはその職務の具体的内容につき現実に着手しなくても、将にその執行に着手しようとして社会通念上執行の着手と一体をなしこれと同視すべき場合も包含するものと解するのが相当である。けだしかような場合、その妨害行為は職務執行の妨害行為と実質的に異るところはなく、職務執行の場合と、同様に保護される必要があるからである。従つて職務執行に時間的に近接していても、社会通念上執行の着手ないし執行自体と同一視することのできない場合は、たとえ当該公務員が暴行を受けたとしても、これをもつて刑法九五条一項の「職務ヲ執行スルニ当リ」暴行がなされたということにはならないのである。

本件において阿江助役が「点呼」なる職務の執行を終りその終了を告げ、点呼場所である会議室を退出しようとした時、被告人等が質問があるといつてその退出をはばみ、阿江助役がこれを振り切つて助役室に逃れようとするのを追つてこれに暴行を加えたことは前認定の通りである。そして原判決は、同助役は点呼に引つづき助役室に赴き事務引継をすることが勤務上義務づけられ、その間に休憩時間等はないから、この両事務は制度的に直続した一連の事務として当直助役にあてがわれ、点呼終了後その場所から事務引継ぎを行う場所まで赴くこと自体職務行為であるという。然しながら阿江助役に原判決のいわゆる制度上科せられた事務は、前認定の如き「点呼」であり「事務引継ぎ」であり、刑法九五条一項により保護せらるべきは「点呼」の執行であり「事務引継ぎ」の執行である。その職務たる「事務引継ぎ」の行われる場所に赴くこと自体は「事務引継ぎ」の予備的段階であつて「事務引継ぎ」そのものではないのである。そして事件は右点呼の執行が終つた直後点呼の執行場所内及びその出入口附近で生起したものであり、「引継ぎ」はそれより更に数十メートル隔つた助役室で行われるのであつて、それは「引継ぎ」の職務執行の着手に近接した場合ではあるが、それをもって「事務引継ぎ」の職務執行またはその着手と同視できる程度の、将に職務の執行に着手しようとした場合とも認められない。また右「点呼」と「事務引継ぎ」との間には休憩その他自由時間が認められていないからこの両者は制度的に連続した一連の事務であるといつてみても、この両事務は全然別個のもので何等一体をなすものではなく、ただ順序として先づ前者を執行しそれが終了してから後者を執行するというだけのことであるし、かつ両者の執行の間に休憩が認められていないということは、要するにそれが制度的には勤務時間内ということであつて、勤務時間内の行為がすべて職務の執行となるものでないことはいうまでもないことであり、この両事務を一連の事務としその間の点呼場より助役室に赴くことを職務自体と解することは首肯し難い。更に職務を執行する場所に赴くことがその職務の内容の一部をなす例はあり得るところではあるが、本件において「事務引継ぎ」の場所まで赴くことが右の「事務引継ぎ」の内容をなすとは到底理解できないのである。

然らば被告人等の阿江助役に対する暴行は、同助役がその職務である「点呼」を終了し、次の職務である「事務引継ぎ」に着手する間、それも右「点呼」の終了直後その点呼場内外において行われたものであることが明らかで、これをもつて同助役の職務の執行に当り暴行をしたと解することはできない。然るにこれに対し公務執行妨害罪の成立を認めた原判決は結局法令の解釈適用を誤りひいては事実を誤認したものというべく、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は所論の故意の有無につき論ずるまでもなく既にこの点において破棄を免れず、論旨は理由がある。

同三について

所論は、被告人等は国鉄労働組合大阪地方本部神戸支部東灘運輸分会に所属する組合員であるところ、国鉄当局が警察と結托して捜査活動に名をかり、分会組織の破壊切崩を意図したのに対し、団結権防衛上本件所為に出たのであり、その目的、手段方法の正当性、緊急性、法益の均衡性からみて正当行為として違法性を阻却するにかかわらず、原判決がこれを排斥して被告人等を有罪と認定したのは事実誤認であるとともに法令の適用を誤つたというにある。

よつて調査するに、原審および当審証拠調の結果によると、被告人等が所論労働組合の組合員であること、右組合の東灘分会が昭和三三年一一月五日警職法改正反対闘争、昭和三四年三月一二、一三日の官公労春季賃上闘争に対する国鉄当局の懲戒処分を不当として抗議運動を続行中、同年三、四月にかけて東灘駅構内において列車の連結器の解錠、制動管の開管または同肘コツクの閉鎖等の事故が続出し、国鉄当局の告発もあつて兵庫県灘警察署において捜査を開始したこと、しかし東灘分会としては右取調が同分会の組織および組合役員の動向にわたり、かつ分会員の非番日に呼出が集中するのは国鉄当局が分会員の住所や勤務割を警察署に内報し、警察署と結托して組合を弾圧するものと考え、同月二二日頃東灘駅長との間に職員の勤務割を警察署に通報することをやめること等の約定をしたが、同年五月八、九日頃同警察署から非番日に当る同駅員数名に対し呼出状が配布せられたこと、被告人等が本件点呼場において阿江助役に対し原判示の質問があるとして詰め寄つたのは駅長職務の代行権限ある同助役に勤務役の通報に関し解答をうることにあつたこと、および阿江助役に対する原判示の暴行は阿江助役が右質問に応ずることを拒否したことに端を発したものであることが認められる。

ところで所論は、被告人等の阿江助役に対する本件所為は団結権侵害を防衛するための正当行為であると主張するのである。なるほど阿江助役に対する質問が強要に該らない限り質問すること自体もとより合法である。しかし本件においてかかる質問に応答する義務があるとは認められないから応答するか否かは全く当人の自由であつてこれを強制することはできず、当人が応答しないからといつてそのために暴力等を行使すれば犯罪を構成することも自明の理で原判示の如き暴行が手段として相当であるとは考えられないのである。たとえまた被告人等に団結権防衛の目的があつたとしても、阿江助役を強いて自供せしめなければ「分会組織の破壊切崩」が救済できないという程の緊急性は認められず、従つてそのために手段としてとられた暴力が正当化する理由もない。また所論中労働基本権たる団結権は個人の自由権よりも法益が遥かに優越するとの論あるも、これは独自の見解であつて容認し難いところである。

原判決には所論の点につき事実誤認または法令の適用の誤はない。論旨は理由がない。

弁護人荒木宏の控訴趣意について

所論は、原判決は被告人等の共謀の点および暴行の態様につき事実無根の認定をしているというにある。しかし原判示事実は公務執行妨害の点を除き被告人等の共謀および暴行のすべてを含み挙示の証拠により十分認めることができる。もつとも共謀の点については被告人等の自供による証拠はないが、被告人等の点呼場における言語、動作および暴行の態様等から被告人等間に相互に意思の連絡があつたと認めるに十分であるし、阿江助役こそ被告人等に対し暴力をふるい傷害を負わせたことの責任を回避するために自らを被害者に仕立てたとの所論およびこれにそう各証拠は措信できない。原判決は所論の点につき事実誤認なく論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九七条一項三八〇条三八二条により原判決を破棄し同法四〇〇条但書を適用して次のとおり自判する。

原判決の認定した事実(罪となるべき事実の記載の内「以て阿江助役の前記職務の執行を妨害すると共に」とある部分を削る)並びに証拠の標目と同一であるからこれを引用し適条を次の如く変更する。

被告人の判示所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法二条、三条、刑法六〇条に該当するから所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で被告人等を各罰金一五、〇〇〇円に処し、刑法一八条により右罰金不完納の場合の労役場留置期間を主文三項の通り定める。

なお被告人等が共謀の上原判示の如く阿江助役に暴行を加え以てその職務の執行を妨害したとの点は前説示の如くその証明がないが、判示傷害罪と一個の所為にして数個の罪名に触れるものとして起訴されたものであるから特に主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 山田近之助 藤原啓一郎 岡本健)

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