大阪高等裁判所 昭和38年(ツ)4号 判決 1963年8月21日
上告人 大阪南運送株式会社
右代表者代表取締役 斉藤絳
右訴訟代理人弁護士 図師親徳
同 亀田利郎
被上告人 細居弥一郎
右訴訟代理人弁護士 浅井稔
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由は別紙のとおりである。
上告理由第一点について。
原判決は、さきに本件建物につき被上告人と訴外会社間に成立した調停条項(訴外会社において爾後賃料の支払を二回以上遅滞したときは、被上告人より賃貸借契約を解除され明渡の請求をうけても異議がない)に訴外会社が違反したため、被上告人より右家屋明渡の強制執行に着手したところ、訴外会社が執行文付与に対する異議の訴を提起し、右訴訟中職権により再度調停に付せられた結果、上告人が利害関係人として右調停に参加したうえ、訴外会社と共同賃借人となつて前記賃貸借契約継続の本件調停が成立するにいたつた事実を認定し、右調停成立の経緯にてらし本件調停条項第五項に定められた「賃料の支払を引続き二回以上遅滞したときは被上告人より賃貸借契約を解除されても異議がない」の意味についての当事者の真意は、「賃料の支払を二ヶ月分以上遅滞した場合賃貸人は何の催告も要せず本件建物の賃貸借契約を解除することができる趣旨である」と認定したもので、原判決の右調停条項の解釈はまことに相当であり、右条項を上告人主張のごとく、賃貸人において催告なくして賃貸借契約を解除しうるためには、賃借人の右条項違反のみをもつては足らず、さらに、右違反により賃貸借の継続を期待しえない状態を生じた場合に限る趣旨のものと解釈すべき根拠はない。
しからば、原判決が、前記のごとき本件調停成立にいたる経緯のほか、さらに、上告人が、本件調停成立後約旨に反して毎月の賃料をほとんどその翌月に現金送金ではなく、多くは翌月払の小切手を送付する方法によりなしていたとの従来の賃料支払状況にかんがみ、被上告人の本件賃貸借契約の解除をもつて、未だ信義則違反ないし権利濫用ということはできないと判断したのは正当である。上告人主張のごとき諸事情は原判決の確定しないところであるから、右事実に基く論旨は適法上告の理由とはなし難い。よつて、原判決の右判断には所論の違法はない。
同第二点について。
本件賃貸借契約の賃料支払期日が本件調停所定のとおり毎月末日限りであつたことは、原判決の適法に確定したところであり、原判決が上告人において昭和三四年三月分および四月分の賃料を遅滞したことをもつて本件調停条項の違反なりとし、被上告人が本件賃貸借契約の解除権を取得したと判断したのは正当である。
右賃料支払期日の約定が、翌月の五日ないし一〇日に暗黙に改訂された旨の主張は、上告人が事実審においてなんら主張していないものであつて、所論は原判決認定と異なる前提に立つて原審の事実認定を非難するに帰し採るを得ない。
同第三点について。
原判決が上告人のなした小切手による賃料の送付は、特別な意思表示または慣習の存在を認めえない本件では有効な履行の提供といえないと判断したことは、当裁判所もまた正当としてこれを是認する。本件当事者間に小切手による支払が慣行的事実となつていたとの上告人の主張は、原判決が排斥していること判文上明らかであるばかりか、原判決は、上告人の本件小切手の送付が、上告人において調停条項所定の賃料二ヶ月以上の遅滞を生ぜしめた後にいたつて、その一部たる昭和三四年三月分の賃料相当額にすぎないことを認定し、結局右小切手の送付によつては、本件賃貸借契約解除権の行使を阻止しえないものと判断していることが明らかである。したがつて、右判断には所論のごとき違法はなく論旨は採用できない。
よつて、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 沢栄三 判事 斎藤平伍 中平健吉)
<以下省略>