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大阪高等裁判所 昭和38年(ツ)72号 判決 1965年9月28日

上告人(被告・控訴人)

文英順

代理人

田万清臣

外二名

被上告人(原告・被控訴人)

赤部貫治

代理人

横田長次郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について、

本件の如く、賃貸人が、賃借人に対する家屋賃貸借契約の終了を理由に、賃借人に対し、家屋明渡の請求をする場合においては、右の家屋明渡請求権は、他に特段の事由がない限り、家屋賃貸借の終了に基づく契約上の請求権、詳言すれば、家屋賃貸借契約において、賃借人が賃貸借終了のときは、賃借家屋を賃貸人に明渡して返還すべきことを約定したことに由来する請求権であるとみるのが相当である。したがつて、訴訟物たる請求はただ一つで、契約終了原因の個数に応じて複数となるわけではないのである。即ち、賃貸借契約は無断転貸、無断改造禁止等の特約違背に基づく約定解除権の行使あるいは賃貸人の自己使用の必要その他正当事由に基づく解約の申入れ等によつて終了することはいうまでもないが、右約定解除権の行使、解約の申入れが、それぞれ賃貸家屋明渡請求権の直接的な発生原因となるのではなく、これらに基づく契約の終了が発生原因となるのである。したがつて賃貸家屋明渡請求訴訟において、右の約定解除権の行使を主張し、あるいは右の解約申入れを主張することは、右明渡請求の同一性に影響を来すものではなく、右各主張はいずれも契約の終了原因である点において、右明渡請求を理由あらしめる攻撃方法であるというべきである。

そうであるから、本件において、賃貸人たる被上告人が当初無断転貸、無断改造等の禁止特約の違背を理由とする特定解除権の行使のみを主張していたのを、その後追加して予備的に正当事由に基づく解約申入れの主張をするに至つたからといつて、訴えの追加的変更をしたものということはできないのであつて、単なる攻撃方法の追加に過ぎないものであることは、上告人所論のとおりである。

しかしながら、本件は賃貸家屋明渡の請求だけではなく、そのほかに延滞賃料ならびに賃料相当額の損害金の各支払請求が併合されているのであつて、被上告人は、前記のとおり当初約定解除権の行使を主張し、賃貸借契約はこれによつて昭和二九年五月二日限り終了したものとし、同年五月一日及二日の両日分の延滞賃料と同月三日から家屋明渡済みまでの賃料相当額の損害金の各支払請求をしていたのであるが、その後予備的に正当事由に基づく解約申入れの主張をし、これによつて賃貸借契約は昭和三五年九月二六日限り終了したものとし、昭和二九年五月一日から昭和三五年九月二六日までの延滞賃料と同年九月二七日から家屋明渡済みに至るまでの賃料相当額の損害金の支払請求をなすに至つたものである。ところで、右によつて明らかなように、後者の請求は前者に比し延滞賃料の請求額を拡張するとともに損害金の請求額を減縮しているのであるが、前者とは異る別個の新な請求を含むものであることはいうまでもないから(この点は損害金の請求が、家屋明渡義務の不履行を理由とするものであるか、あるいは不法占拠を理由とするものであるかによつて差異を来すことはない。)、被上告人において、訴えの変更により予備的請求を追加したものといわなければならない。したがつて、前記正当事由に基づく解約申入れの主張は、右金員の支払請求の面からみれば、単なる攻撃方法でないことは勿論であつて、新訴の請求原因に属するものというべきである。そして、前記家屋明渡の請求と右の金員支払の請求とが併合審理せられた以上右解約申入れの主張は、関連する両請求についてなされたものであつて、たとえこれが前者については単なる攻撃方法であつても、後者については新訴の請求原因に属するのであるから、攻撃方法のみに関する民訴法一三九条の規定は適用の余地はなく、したがつて右主張を時機に遅れたものとして却下することができないのは当然である。

そうであるから、原判決が右解約申入れの主張は単なる攻撃方法ではなく、請求の追加的変更に基づくものであるとの理由の下に右法条の適用がないとして、上告人の右主張却下の申立を排斥したのは、結局正当であり、論旨は採るを得ない。

上告理由第二点について。≪省略≫

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(金田宇佐夫 日高敏夫 中島一郎)

上 告 理 由

第一点原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の適用の誤りがありひいて判断の遺脱がある。

(1)上告人は被上告人が追加した正当事由に基く解約申入の主張は時機に遅れたものであるから却下を求めると主張したのに対し原審は「被上告人の右解約申入の主張の追加は単なる攻撃方法の追加ではなく訴の追加的変更である」とし、右訴の変更によつて著しく訴訟手続を遅滞させるものか否かを審理してこれを否定し、上告人の右主張をしりぞけた。

(2)賃貸借契約(以下約契と略称する)にもとづく家屋明渡請求において無断改築による契約解除とか正当事由による解約申入とかの各主張が攻撃方法か固有の意味の(その変更が訴の変更となる意味の)請求原因かは議論の分れるところである。従来の判例にはこの点明確な区別を示したものはなく、原判決が右各主張が請求原因である(従つてその追加は訴の追加的変更である)とする判例として引用する最高裁昭和二八年九月一一日の判決もその例にもれず攻撃方法か請求原因か明確な意識なしになされているばかりか右判決は本件事案に適切ではないのである。

即ち第二審において、第一審での主張を全部撤回し、改めて無断譲渡による解除による家屋明渡の請求をした事案で、撤回した請求の中には所有権にもとづく明渡請求も含まれていたので訴の変更と解したのであり、右判決における主たる争点は請求の基礎に変更があるか否かにあつたものである。

(3)上告人は次にのべる理由から前記各主張は攻撃方法と解するのが相当であると考える。(同旨東京地昭二五・一二・二八、東京高昭二九・七・三)

請求原因であるとするとまず実務上、一々訴の変更の手続が必要で手続を煩雑にするおそれがあること、原告としては自己の請求を正当づける事由をすべて調査したうえ自己に有利なものはことごとく当該訴訟で主張立証するのが普通でことさら訴訟物を別個と考えて契約終了事由ごとに別訴が可能と考える必要はないこと等の不都合があり、次に理論的にも明渡請求権は賃貸借契約のうち契約終了のさいの賃借物の「返還約束」にもとづいて生ずるもので解除とか解約それ自体の直接の効果ではないのであるから一個の契約にもとづく明渡請求であるかぎりすべて同一の請求と考える(従つて前記各主張は攻撃方法である)方が筋がとおるのである。(同旨田辺公二、中田、三ケ月編民事訴訟法演習134頁以下)

(4)右にのべたところから本件における被上告人の原審での正当事由による解約申入の主張が攻撃方法であるとすれば民事訴訟法第一三九条第一項によつて右主張が時機に遅れたものかどうか、時機におくれたことについて被上告人に故意又は過失があつたかどうか、訴訟の完結を遅延せしむべきものかどうかを判断して上告人の主張の当否を決すべきであるのに、原審はその前提において前述のごとく法解釈の誤りを犯したため右判断を遺脱する結果となつたのであり、しかも正当事由ありとして被上告人勝訴の判決をなしているのであるから右法令解釈のあやまりは判決に影響を及ぼすことあきらかであり破棄を免れないものであるといわなければならない。

第二点≪省略≫

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