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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1056号 判決 1965年4月06日

控訴人 前川良雄 外一名

被控訴人 株式会社美人ぬか本舗破産管財人 小松正次郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求め、請求の趣旨を「(1) 破産者株式会社美人ぬか本舗と控訴人前川久太郎との間に昭和二五年六月三〇日になされた別紙第一、第二目録<省略>記載物件についての売買予約を否認する。(2) 右破産者と控訴人前川良雄との間に同年九月五日になされた別紙第一目録記載物件についての売買契約を否認する。(3) 右破産者と控訴人前川久太郎との間右同日になされた別紙第二目録記載物件についての売買契約を否認する。(4) 控訴人前川良雄は被控訴人に対し別紙第一目録記載物件につき所有権移転登記手続をせよ。(5) 控訴人前川久太郎は被控訴人に対し別紙第二目録記載物件につき所有権移転登記手続をせよ。(6) 控訴人前川久太郎は別紙第二目録記載物件につき昭和二五年六月三〇日大阪法務局受付第六六三六号を以てなされた所有権移転請求権保全仮登記(原因、同日売買予約)の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は控訴人等の負担とする。」と変更した。

被控訴人は請求原因として次の通り陳述した。

一、株式会社美人ぬか本舗は昭和二五年一二月四日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、被控訴人は右同日右会社(以下単に破産会社と呼称する)の破産管財人に選任せられた。

二、破産会社は同年二月一三日、同会社の振出した金額四三二、五〇〇円の約束手形を不渡とし、銀行取引停止処分を受け、同年二、三月頃一般の支払を停止していた。次いで同年三月二七日債権者株式会社山口玄は破産会社に対し、前記裁判所に破産宣告の申立をした。その後破産会社は同年六月二一日金額一五〇万円の約束手形を、同月二四日金額一五〇万円の約束手形を、同月二六日金額七一一、四五〇円の約束手形をいずれも不渡とし、同月三〇日頃には多数の債権者が破産会社に押寄せ支払を督促し、工員等は遅滞した給料の支払を要求して騒いでいた。

三、破産会社は、前記の通り支払停止後で、かつ破産宣告の申立を受けた後である同年六月三〇日、控訴人久太郎から金三〇万円を弁済期同年九月五日の約で借受け、同時に右債務の担保として時価百数十万円の破産会社所有の別紙第一、第二物件の所有権を控訴人久太郎に対し移転(譲渡担保)し、同日大阪法務局受付第六六三五号(第一物件)及び第六六三六号(第二物件)を以て、同日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記(取得者控訴人久太郎)をした。

四、破産会社は同年九月五日、前記債務の支払ができないため控訴人久太郎及び同人の近親である控訴人良雄との合意により、新たに破産会社の資格証明書を授受して、右第一物件につき控訴人良雄に対し同日同庁受付第九六七五号を以て同日売買を原因とする所有権移転登記(同時に、さきの仮登記の抹消登記)を為し、第二物件につき控訴人久太郎に対し同日同庁交付第九六七六号を以て同日売買を原因とする所有権移転登記を為したが、右の原因とした売買はすべて形式のみで、その実質はいずれも譲渡担保に外ならないものであつた。

控訴人等は、右所有権取得は担保の目的でない旨主張するが、控訴人等は原審で陳述した昭和三八年二月一四日付準備書面及び当審の昭和三九年四月一〇日受付準備書面において、本件物件の担保提供が譲渡担保である旨を自白しているから、右自白の取消に異議があり、右自白を利益に援用する。

五、仮りに右昭和二五年九月五日付の所有権移転登記が、破産会社との合意によるものでなく、控訴人等においてさきに保管した書類により一方的にしたものであつたとしても、控訴人等は破産会社の債権者を害することを充分認識してこれを為したものである。

六、控訴人等は前記昭和二五年六月三〇日の仮登記の当時、破産会社が支払を停止していた事実を知つており、殊に控訴人等の前記各行為につき控訴人等の代理人となつた前川旨吉(控訴人久太郎の父であり、控訴人良雄の妻の父に当るもの)は、終戦前には金融業者、昭和二五年頃は電話売買及び金融業を為し、不動産の担保に関する登記、仮登記の法律智識を有するものであり、本件譲渡担保が破産会社の債権者を害するものであることは充分了知していたものである。

七、前記昭和二五年六月三〇日付売買予約、同年九月五日付売買の形式を以てなされた譲渡担保行為は、破産法第七二条一号、二号、四号のいずれかに該当するから、被控訴人は破産会社の破産管財人としてこれを否認し、前記仮登記、所有権移転登記の登記名義人である控訴人等に対し、それぞれ右仮登記の抹消登記と被控訴人に対する所有権移転登記(否認又は次項の担保消滅による権利復帰については抹消登記又は移転登記による対抗要件具備が許されるから)を求める。

八、仮りに前記各行為が否認の対象にならないとすれば、被控訴人は予備的に左の通り主張する。即ち、本件物件の所有権は譲渡担保の趣旨で控訴人等に移転していたものであるところ、その被担保債権たる破産会社の債務は、昭和二六年二月一〇日訴外合名会社斎藤漆店が第三者として弁済したから、譲渡担保は解消し本件物件の所有権はこれにより当然に破産会社に復帰し、破産財団に属するに至つた。尤も右訴外会社は同月一三日受付第一七五九号及び第一七六〇号を以て、自己を取得者とする所有権移転登記をしたけれども、被控訴人は右登記に先立ち、同日受付第一七三一号を以て処分禁止の仮処分の登記を経由しているから、訴外会社は被控訴人に対し本件物件の所有権取得を以て対抗できず、従つて被控訴人は控訴人等に対し、右弁済により譲渡担保が消滅したことを理由として、前記仮登記の抹消登記及び被控訴人に対する所有権移転登記を求める。

九、本件第二物件は、さきに別所友一の所有(登記名義も同人)であつたが、昭和二五年六月中旬同人より破産会社へ金四二〇、九〇〇円の対価で譲渡された。尤も右譲渡に基く所有権移転登記はなされていなかつたが、控訴人等は破産会社を所有者と認め、これを相手方として売買予約又は売買形式の譲渡担保契約をした当事者であるから、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者には該当しない。

控訴代理人は答弁として次の通り陳述した。

一、控訴人主張事実中、その主張のように破産会社に対し、破産宣告の申立があり、破産宣告がなされ、被控訴人が破産管財人に選任せられたこと、破産会社が昭和二五年六月三〇日金三〇万円を借受けたこと(但し貸主は形式上控訴人久太郎であつたが、実質上は控訴人良雄と前川旨吉であり、弁済期は同年八月末日であつた)、別紙第一、第二物件につき右同日付及び同年九月五日付を以て被控訴人主張の通りの仮登記及び所有権移転登記並びに別紙第一物件につき仮登記抹消登記がなされたこと、別紙第一物件が破産会社の所有であつたこと、右昭和二五年六月三〇日付仮登記の実質的原因が譲渡担保であつたこと、前川旨吉と控訴人等の身分関係が被控訴人主張通りであることは認めるが、その余の事実は争う。

二、別紙第二物件は破産会社の所有でなく、別所友一の所有であり、かつ登記名義も同人名義であつた。仮りに破産会社の所有であつたとしても、その旨の登記がなかつたから、破産会社ないし被控訴人は、控訴人等に対し破産会社の所有であつたことを対抗できない。そして右第二物件の担保提供者は破産会社でなく、別所友一であつた。また昭和二五年九月五日の所有権移転登記の実質的原因は、完全な所有権取得であつて、担保の趣旨を消滅せしめるものであつた。従前の譲渡担保の主張は取消す。右所有権移転登記は破産会社との合意に基いて為したものではなく、控訴人良雄及び前川旨吉が一方的に所有権取得を破産会社に通告し、さきに保管していた登記用書類(昭和二五年六月一五日付印鑑証明書等)を利用してこれを為したものであるから、否認の対象にならない。

三、被控訴人主張の昭和二五年二月一三日における破産会社の支払停止の事実は否認する。破産会社は手形不渡を出したけれども、なお一部の支払をなしていたのみならず、支払手段は必らずしも欠缺しておらず、支払をしない旨の決意を表示したことはない。本件売買予約及び売買契約は、破産会社が反対給付を受けて一部の債権者を救済した行為であるから、破産会社としては債権者を害することを知つて為したものではない。また控訴人等は右売買予約及び売買契約の当時において、破産会社が支払を停止していたこと、破産宣告の申立を受けていたことは全く知らなかつたものであつて、本件売買予約及び売買契約が破産会社の債権者を害することの認識はなかつた。右売買予約は新たな金員の支出を伴うものであるから、もし当時控訴人等において、破産会社が右のような危険な状態に在ることを知つていたら、貸付行為は差控えた筈であり、殊に控訴人等の代理人前川旨吉は以前に金融業を営んだ経験を持つ者であるから、このような危険を賭する筈はない。本件貸金は、破産会社の前社長であり実権を掌握していた別所友吉、同友一父子から懇願され、同会社の工員の給料支払の資金として是非必要というので、己むなく前川旨吉が親族の預金を集めて調達し、本件物件を担保として貸与したものであり、またその弁済期に返済できないため仕方なく担保たる本件物件の所有権を完全に取得したもので、詐害の意思は全くなかつたものである。

四、訴外合名会社斎藤漆店は、破産会社の債務を第三者として代つて弁済したのではない。

前川旨吉は別所友吉、友一父子から本件物件を買戻したい旨の申入を受けたので、一旦右申入を諒承したが、その後同人等の希望により、昭和二五年一〇月右物件を訴外三沢千代子に売却し、昭和二六年二月一〇日右の代金四二万円を受取つた。右は実質的に言えば控訴人等より別所友吉、友一が本件物件を買戻したことになる。そして訴外三沢が右物件を合名会社斎藤漆店に転売したものであり、同会社を取得者とする所有権移転登記がなされているから、被控訴人の予備的主張も理由がない。

立証<省略>

理由

一、株式会社美人ぬか本舗が昭和二五年一二月四日破産宣告を受け、同日被控訴人が破産管財人に選任せられたこと、同年六月三〇日付を以て破産会社所有の別紙第一物件及び訴外別所友一所有名義(その真の所有者はしばらく措く)の別紙第二物件につき、同日付売買予約を原因とし、控訴人前川久太郎を取得者とする所有権移転請求権保全仮登記がなされたこと、右の登記原因は譲渡担保であり、破産会社は右同日金三〇万円を借入れ(その貸主はしばらく措く)、右債務を担保するために、右第一、第二物件の所有権を移転したこと、同年九月五日付を以て、右第一物件については控訴人前川良雄を取得者とし、右第二物件については控訴人前川久太郎を取得者として、同日付売買を原因とする所有権移転登記がなされ、同時に第一物件に対する前記仮登記は抹消せられたことは当事者間に争がない。そして証人別所友吉の証言により成立を認める甲第七号証と、被控訴本人尋問の結果及び証人大道良三、津島豊正の証言を綜合すると、別紙第二物件(土地)は破産会社所有の別紙第一物件(工場建物)の敷地であり、昭和二五年当時破産会社(代表取締役稲田善太郎)の前代表者であり、その実権を握つていた訴外別所友吉の子友一の所有とされ、同人名義になつていたが、同年六月までに代金四二〇、九〇〇円で破産会社へ譲渡(但し移転登記は未了)されていたことが認められ、右認定に反する証人別所友吉、前川旨吉の証言は前記証拠に対比してたやすく措信できず、乙第一号証その他控訴人等の全立証を以てするも、右認定を左右するに足りない。控訴人等は、破産会社は右第二物件につき所有権取得の登記を経由していないから、その所有権を以て控訴人等に対抗できない旨主張するけれども、控訴人等は、後記認定の通り、右物件を破産会社の所有と認めて譲渡担保によりその所有権を取得した関係に在る者であるから、右取引関係においては登記の有無に因る対抗問題は生ぜず(第三者から登記のない所有者を真の所有者と認めてこれと取引することは固より適法で有効である)、控訴人等の主張は理由がない。

二、次に右譲渡担保の被担保債権となつた前記昭和二五年六月三〇日に成立した貸金三〇万円は、証人前川旨吉の証言により成立を認める乙第三、四、五号証、成立に争のない甲第八号証の二、証人別所友吉、前川旨吉、前川久三郎、大道良三、津島豊正の証言を綜合すると、破産会社が当時遅滞していた使用人の給料支払資金に充てるため、同会社の実権者であつた別所友吉から、同人と懇意の間柄であつた前川旨吉(控訴人久太郎の父であり、控訴人良雄の妻の父であるもの、この身分関係は当事者間に争ない)に対し、右用途を告げて借入を申込み、旨吉は之に応じて同人の支配下に在る弟久三郎、娘久子(良雄の夫)、昌子等の預金等から金三〇万円を調達して、貸主を控訴人久太郎とし、同人の代理人として破産会社(代理人別所友吉)に弁済期同年八月末日、利息一割の約で貸与し、これと同時に破産会社より別紙第一、第二物件を同会社所有物として譲渡担保の趣旨でその所有権を取得したものであることが認められる。尤も乙第一、二号証には右借主として破産会社の外に別所友一の名が記載され、また証人前川旨吉、別所友吉の証言中には、破産会社の外に別所友一が借主兼担保提供者であつた旨の供述が存するけれども、これらはすべて、本件第二物件が登記簿上別所友一〇所有名義であつた関係から、借主及び担保供与者の氏名を外形上これと一致せしめるための操作ないし解釈に外ならないと認められるから、右証言部分はたやすく措信できず、右乙第一、二号証の記載もそのまま前認定の反証として採るに足らず、他に右認定を覆すべき証拠がない。

三、そこで右昭和二五年六月三〇日になされた右第一、第二物件の破産会社から控訴人久太郎に対する譲渡担保が否認の対象となるか否かにつき審按する。

先ず、右の当時における破産会社の状態について見るに、同年三月二七日破産会社に対しその債権者たる株式会社山口玄より大阪地方裁判所に破産宣告の申立があつたことは控訴人等の認めて争わないところであり、成立に争のない甲第一四、一五、一六号証によると、破産会社は昭和二五年二月一三日に破産会社引受の金額四三二、五〇〇円、支払期日同月一二日の為替手形を、支払場所たる株式会社富士銀行布施支店との銀行取引解約後の事由により不渡(支払拒絶)とし、同月一四日右内金五万円を支払つたのみで、残金の支払を為し得ないため、これを理由として、株式会社山口玄より破産会社は金融梗塞し、支払不能状態に在るものとして、同年三月二七日前記破産申立を受けたこと、同年三月頃には破産会社は約一、二五〇万円の債務を負担しており、破産申立債権者に対する前記手形金残債務すらも支払を為し得ない状態にあつたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、また証人津島豊正の証言によれば、当時破産会社は使用人に対する給料支払を何ケ月も延滞していたことが認められる。証人別所友吉の証言中手形不渡は一時的であり、本件資金も一時的に不足したに止まり、困窮状態はそれ程強度でなかつた旨の供述、及び証人前川旨吉の証言中、右当時破産会社の経営は仲々派手であつた旨の供述はいずれも措信し得ない。右の外本件の全証拠に徴するも、破産会社が前記破産申立の当時以後において金融梗塞状態が解消し、相当部分の債務を弁済し、銀行取引を復活したというような形跡は全く見出されないのみならず、成立に争のない甲第一七号証によると、破産会社は昭和二五年六月二一日、同月二四日、同月二六日当時においてもなお、その際に支払期日の到来した約束手形(支払場所株式会社大阪銀行味原町支店、但し同銀行と取引継続中であつたことの証拠はない)の所持人訴外三共生興株式会社に対し、右手形金合計金二九一万円余の支払を為さないことが認められるから、破産会社は少くとも同年六月三〇日当時には一般の支払を停止していたのみならず、会社内部においても、毎月従業員に支払うべき給料債務、即ち最も緊急な当座の経費の支出すら不能の状態であつたことが明らかである。次に前掲甲第七号証、同第一四号証、証人大道良三、津島豊正の証言、証人前川旨吉の証言の一部を綜合すると、破産会社は右の当時、別所友吉、友一父子所有自宅を会社の本社、営業所としており、本件物件は前記の通り会社の工場及び敷地に該当し、かつ他に破産会社所有の不動産は見当らないことが認められる。

四、以上の事実に徴すれば、前記昭和二五年六月三〇日の本件物件の譲渡担保は、破産会社の危殆状態における唯一の不動産の担保供与と認むべきであるから、この点のみから見れば、右行為は破産法第七二条第一号にいわゆる破産者が破産債権者を害することを知つて為した行為と推定し得られるかの如き観があるけれども、右担保供与は従業員の給料支払資金三〇万円の借入の条件として債務負担と引換に為され、右借入金は破産会社へ交付せられたこと、当時右会社は給料の延滞があり、その調達が他の方法では不能と思われる状態であつたことは前述の通りであるから、従業員の給料債権が一般債権に比し先取特権によつて保護された優先債権であり、かつ従業員の延滞給料の支払は会社の運営上必要欠くべからざる人的資源を確保するため最も緊要な支出であることに鑑みると、右行為は、これに牽連する前記借入行為と関連せしめて見ることより、前記の推定は否定せられ、外観上もむしろ必要資金獲得のための正当な行為であつて、一般債権者に対する詐害の意思即ち一般債権者の犠牲において特定債権者のみを利せんとする意思に出たものでないものと認めるを相当とする。そして被控訴人の全立証に徴するも、右行為につき、破産会社において格別に詐害の意思が存したことを確認するに足る資料を見出すことができない。

そうすると、右譲渡担保は破産法第七二条第一号に基く否認の対象にならないものというべきである。

五、次に右譲渡担保が右法条第二号、第四号の否認要件に該当するか否かについて考察するに、右の行為が前認定の破産申立及び支払停止の後になされた担保供与行為に該ることは、多言を要しないところであるが、同法条第四号に掲げる行為は破産者の義務に属しない行為たることを要するところ、右譲渡担保は前記三〇万円の債務負担と牽連して成立した担保契約の履行として為されたものであること弁論の全趣旨より明白であるからこの点のみから言うも同法条第四号に該当しないことは明白である。また同法条第二号に掲げる行為は、右第四号との対照上既存義務の履行として為される行為たることを要するものであるが、右の義務が危殆状態以前から存するものでなく、本件の如く、危殆状態において新たに義務を負担し、直ちにそれを履行するが如き場合も、これを既存義務の履行と比べて、立法理由や形式上の相違は兎も角として、同じく危殆時における義務履行たるの点において実質的に見て事の軽重を差別する理由がないところから、右第二号の場合に包含せしめるを相当と解するとしても、同号但書所定の要件即ち受益者たる控訴人久太郎(代理人前川旨吉を含む)において、右譲渡担保の当時、破産申立、支払停止のあつたことを了知していた確証は被控訴人の全立証によつても見出すことができないから、右行為は同法条第二号に該当するものとも認められない。

そうすると、結局昭和二五年六月三〇日における本件物件の譲渡担保は、被控訴人主張のいずれの理由による否認対象行為にも該当せず、よつて右行為の否認請求及びこれを前提とする右同日付仮登記の抹消登記請求並びに被控訴人に対する移転登記の請求は理由がない。

六、次に被控訴人主張の同年九月五日の譲渡担保(控訴人等の主張によれば、担保の実行としての所有権取得)が否認の対象となるか否かにつき検討する。

ところでこれに先立つて行われた前記同年六月三〇日の行為が譲渡担保であることは、前述の通り当事者間に争のない事実であるから、右控訴人主張の同年九月五日の譲渡担保は、控訴人久太郎に対する関係(別紙第二物件)については、同一人に対する重複行為となつて無意味であるから、被控訴人の主張自体において、否認対象たる新たな行為が存在するものとは認め難く、また控訴人良雄に対する関係(別紙第一物件)についても、右物件はさきに一旦控訴人久太郎に担保として譲渡されたものであるから、右物件が控訴人良雄に譲渡されるためには、さきに譲渡担保につき更改的行為がなされなければならない筈であるが、後述の所有権移転登記のなされたことを除き、破産会社が、新たに右のような更改行為に該当する実体的行為をしたことについては、被控訴人の全立証によつても認められない。

そして右の登記(控訴人良雄に対する第一物件の右同日付所有権移転登記)は、右登記申請につき破産会社が関与せず、前川旨吉がさきの委任状により一方的に便宜名義人を改めてこれを為したことが成立に争のない乙第九号証と証人前川久三郎の証言によつて明らかであつて、破産会社の実体的行為は認められない。そうすれば、被控訴人主張の同年九月五日の譲渡担保行為はその存在が認められず、従つて否認の対象と為すことができない。よつて右行為の否認請求は理由がない。

そうすると、右譲渡担保行為の否認を前提とする被控訴人への所有権移転登記の請求も亦失当である。

七、さらに被控訴人は、訴外合名会社斎藤漆店が、控訴人等に対する破産会社の譲渡担保の被担保債権を第三者として代つて弁済したから、譲渡担保の解消により本件物件の所有権が破産会社に復帰したと主張するので審按するに、成立に争のない乙第八号証の一、二、甲第八号証の二、証人片山晃、別所友吉、前川旨吉の証言を綜合すると、破産会社の実権者であつた前記別所友吉は昭和二五年九月中頃控訴人等の代理人前川旨吉に対し、本件物件を代金四二万円、同年一〇月末支払う約定で買戻(右の対象が譲渡担保物件の買戻即ち被担保債権の弁済でなく所有権の買戻又は再売買であつたとしても、被控訴人の主張は、これも包含するものと善解して判断する)すことを申入れ、旨吉の承諾を得た上、同年一二月二〇日頃合名会社斎藤漆店との間に転売契約を為し、昭和二六年二月一〇日同人より受取つた代金により同時に控訴人等に対する買受代金を支払い、同月一三日付を以て第一物件については控訴人良雄より、第二物件については控訴人久太郎よりそれぞれ中間省略登記の方法により右訴外会社に対し売買を原因とする所有権移転登記を為したこと(右登記の事実のみは当事者に争がない)が認められ、前掲甲第八号証の二の記載及び証人別所友吉の証言中控訴人等より買戻した者が別所友吉でなく同人の娘三沢千代子であるとの記載及び証言部分は、たやすく信を措き難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

八、ところで控訴人等が前記の買戻に応じた趣旨は、当初の譲渡担保の提供者に本件物件を返還する趣旨であつたことは、右買戻契約が所有権移転登記の為された昭和二五年九月五日から約一〇日の後に過ぎなかつた点、及び右当時は破産会社は破産宣告前であつて、いまだ活動中であつたものと推測される点からも容易に肯認し得べく、従つて右買戻についての買主は、反証のない限り譲渡担保提供者であつた破産会社であり、別所友吉は右会社のために会社を代理してこれを行つたものと解すべきであつて、その後右買戻を履行し、その登記が為された当時にはすでに右会社が破産宣告を受けた後であり、従つて本来これに関与すべき破産管財人が関与しなかつたことは、右の当時管財人がこれを覚知していた形跡が認められない限り、右認定の反証とはならず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうすれば、本件物件は控訴人等よりの前記買戻により、一旦破産会社に所有権が復帰したものと認められなければならない。そして右に認定した買戻は、訴外会社の直接の弁済行為には該当せず、それ故、被控訴人主張通りの第三者弁済の事実としては、これを肯認するに由ないけれども、被控訴人の主張の主旨は、右一連の買戻行為の経過中において本件物件の所有権が破産会社へ復帰したことを主張するに在るから、右認定事実は被控訴人の主張の範囲内に在るものと解釈する。

九、ところで被控訴人は、本件物件の前記事由(買戻)による破産会社への復帰を理由として、本件仮登記の抹消登記及び控訴人等より被控訴人への所有権移転登記を請求するので、右登記請求の当否につきさらに検討する。

先ず右の被控訴人への所有権移転登記請求について見るに、前記買戻については、すでに別所友吉が破産会社のために(その権限の有無は別論として)控訴人等に対し中間省略登記の方法によりその対抗要件の履行を求め、控訴人等はこれが履行に応じ、登記手続が完了していることは、前認定により明らかであるから、さきの登記が仮りに無効であるとしても、外形上これを抹消することなく、即ちこれを有効として存置したままで、同一登記権利者が同一登記義務者に対し、同一登記原因に基き、登記請求(それが前登記と態様によつて異るとしても)をすることは、一個の原因に基いて二個(二重)の登記を求めるものであつて、登記義務者としてこれに応ずる義務はないものといわねばならない。もしまた被控訴人が本件物件の所有権に基き、これに抵触する現存登記の抹消(又はこれに代る移転登記)を求める必要があるとすれば、それは何よりも先ず現在の登記名義人たる訴外会社を相手方として、さきの中間省略による所有権移転登記の抹消(ないし移転登記)を求めることによつて為されねばならない。訴外会社の右登記の原因行為が、被控訴人主張の仮処分の結果被控訴人に対抗し得ないということは、一旦為され、現存する登記を、不存在のものと同視し得るまでの効力を附与するものではない。そうすれば、控訴人等に対する右買戻を原因とする所有権移転登記の請求は理由がない。

一〇、次に仮登記の抹消請求について見るに、被控訴人の請求は、さきに為された控訴人等の譲渡担保による所有権取得及びこれを原因とする既成の所有権移転の本登記を一応有効のものと認め、控訴人等から右譲渡担保物件の返還を受けたことを理由として、右移転登記に継続するものとして被控訴人への所有権移転登記を求めることと併せて本件仮登記の抹消を求めるものであるから、右被控訴人の主張からは、さきに為された所有権移転登記の根拠となつた本件仮登記(それは右本登記が有効になされることについて、すでにその使命を果したもの)を違法のものとして抹消すべしとする何等正当な理由を発見することができない(仮登記のみを違法として除去し、本登記を適法として存置、利用しようとすることは明白な自己矛盾であつて、是認できない)。そうすると、本件仮登記の抹消請求も失当である。

一一、よつて被控訴人の請求はすべて棄却を免れないから、これを認容した原判決は取消の要があり、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

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