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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1135号 判決 1965年3月30日

第一審原告(昭和三八年(ネ)第一、一三五号事件控訴人、第一、五一五事件被控訴人) 福田徳子

右訴訟代理人弁護士 河合伸一

第一審被告(昭和三八年(ネ)第一、五一五号事件控訴人、第一、一三五号事件被控訴人) 橋本勲

第一審被告(昭和三八年(ネ)第一、五一五事件控訴人) 三木節

右第一審被告両名訴訟代理人弁護士 木村鉱

主文

一、第一審原告及び第一審被告橋本の本件各控訴は、いずれもこれを棄却する。

二、原判決中第一審被告三木に関する部分を取消す。

三、第一審原告の第一審被告三木に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用中第一審原告と第一審被告三木との間に生じた部分は第一、二審とも第一審原告の負担とし、控訴費用中第一審原告と第一審被告橋本との間に生じた部分は各自の負担とする。

五、原判決主文第一項中「赤沢嵯知子」とあるを「平井嵯知子」と更正する。

事実

一審原告は、第一、一三五号事件につき、「原判決中一審原告敗訴の部分を取消す。一審被告橋本は一審原告に対し、別紙目録記載の建物につき(一)大阪法務局今宮出張所昭和三三年四月二三日受付第九八七一号を以てなされた所有権移転請求権保全仮登記、(二)同出張所同年五月一六日受付第一二一七五号を以てなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも一審被告橋本の負担とする。」との判決を求め、第一、五一五事件につき「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、一審被告両名は第一、五一五事件につき、「原判決を取消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。」との判決を求め、一審被告橋本は第一、一三五号事件につき「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

(一審被告橋本に対する請求について)

一、本件建物がもと一審被告三木の所有であり、本件土地がもと訴外赤沢好温、赤沢好信、赤沢多知子、平井(旧姓上野)嵯知子ら四名の共有であったこと、右土地建物につき一審被告橋本のため、一審原告主張のとおりの各登記がなされていることは、当事者間に争がない。

二、先ず一審原告は、本件土地建物を裁判上の和解により赤沢ら四名及び一審被告三木から買受けた旨主張するので検討すると、≪証拠省略≫によれば、赤沢ら四名を原告、一審被告三木及び一審原告を被告、訴外日東紡産業株式会社を参加人とする大阪地方裁判所昭和三八年(ワ)第一、二四三号損害金支払土地明渡請求事件について、昭和二九年一二月一五日右当事者間で、本件土地を赤沢ら四名から一審原告へ、右地上の本件建物を一審被告三木から一審原告へそれぞれ売渡すことを主たる内容とする一審原告主張のとおりの裁判上の和解がなされたことが明らかである。

そして一審原告が右和解成立後、右和解条項の履行を完了して本件土地建物の所有権を取得したことに関する当裁判所の認定は、原判決理由と同一であるから、右該当部分(原判決一二枚目表初行から一三枚目表四行目までの記載、但し一二枚目裏末行の「原告復代理人」とあるを「被告三木復代理人」と訂正)をここに引用する。

三、次に一審被告橋本は、赤沢ら四名及び一審被告三木から本件土地建物を取得した旨主張するので判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると、一審被告橋本は一審被告三木に対し、昭和三二年六月一〇日金五〇万円を弁済期昭和三三年五月末日、利息年一割八分の約定で貸与すると共に、本件建物につき順位第一番の抵当権設定契約をなし、更に昭和三二年一二月二八日金二〇万円を弁済期昭和三三年五月末日、利息年一割八分の約定で貸与すると共に、本件建物につき順位第二番の抵当権設定契約をなし、昭和三三年四月二三日右各抵当権設定登記をなし且つ同日右二口の貸金債権を担保するため本件建物につき代物弁済予約を締結してその旨の登記をなしたこと、その後同年五月一五日に至り一審被告両名合意の上で右代物弁済予約を完結し、一審被告橋本は右債務の弁済に代えて本件建物の所有権を取得し同月一六日所有権移転登記手続を完了したことが認められ、右認定を覆えすべき証拠はない。

≪証拠省略≫を綜合すると、一審被告橋本は前記のとおり本件建物につき担保権の設定をなしていたところ、一審被告三木から前記貸金債務の弁済に代えて本件建物を譲渡したい旨申入を受けたので、右建物の敷地である本件土地をも同時に入手したいと考え、本件土地が赤沢ら四名の所有名義であったところから、先ず一審被告三木をして赤沢らに対し本件土地の買受交渉をなさしめ、その結果一審被告三木を代理人として、昭和三三年五月中旬頃赤沢ら四名から本件土地を代金合計金一四九、〇〇〇円で買受け、前記争なき事実のとおり赤沢ら四名から所有権移転登記を受けたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

一審原告は、一審被告両名間の前記代物弁済に基く本件建物の所有権移転は右両名が通謀してなした仮装行為である旨主張するので判断すると、なるほど前認定のとおり一審被告橋本が昭和三二年中に金員を貸付け同時に抵当権設定契約をしておき乍ら、昭和三三年四月二三日に至ってはじめて右設定登記手続をなしていること、弁済期たる同年五月末日に近い同年四月二三日に至って代物弁済予約に基く仮登記がなされていること、弁済期前たる同年五月一五日に代物弁済の完結がなされていることは、一見不自然の感がないではないが、右の様な経緯は経験則上必ずしもありえない事態ではないから、右事実を以て代物弁済が仮装であると推認することはできず、また一審被告橋本が昭和三三年五月一五日に本件建物を弁済として取得したのは同日頃に至ってその敷地たる本件土地の所有権移転登記が可能になったためであることは前認定の事実から容易に推測されるところであり、且つ一審被告三木が本件土地買受、本件建物代物弁済当時既に本件和解の存在並びに和解条項の履行済であることを知っていたことは後記認定のとおりであるが、これらの事実を以てしても一審被告両名間の代物弁済が仮装行為であると認定するに足りず、他に右代物弁済が通謀虚偽表示であることを認定するに足る資料はない。

次に一審原告は、一審被告橋本の本件土地建物の取得行為が民法第一条の信義則に違反する違法な取得行為である旨主張するので判断すると、本件建物の譲渡人であり、且つ本件土地の買受代理人である一審被告三木が、右譲渡、買受当時既に本件和解の存在及びその履行済の事実を知っていたことは後記認定のとおりであるが、一審被告橋本が右事実を知っていたことについては確証がなく、一審被告橋本が本件土地建物につき一審原告の所有権移転登記未了を奇貨として、一審原告の権利をことさら侵害する目的を以て本件建物につき一審被告三木とその横領を共謀し、或は本件土地につき同人と共謀して赤沢ら四名に対しその横領行為を教唆するなど、一審被告橋本の本件土地建物の所得行為が信義則ないし公序良俗違反の行為であると認定するに足る証拠はない。尤も、一審被告橋本の代理人たる一審被告三木が本件土地買受にあたり、売主たる赤沢ら四名を欺罔したことは後記認定のとおりであるが、詐欺による意思表示は取消しうるに止まり売買契約自体が当然には公序良俗違反として無効となるものではなく、しかも一審被告橋本が右詐欺行為につき悪意であったことを確認するに足る証拠もない。

そうすると、一審原告は本件土地建物の取得につき未だ登記を経ていない以上、第二の譲受人たる一審被告橋本に対しては、同人の譲受が有効である限り、右所有権取得の事実を対抗しえない筋合である。

四、ところで一審原告は、赤沢らの本件土地売却は詐欺による意思表示として取消された旨主張するので判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると、左の事実が認められる。

(一)  本件土地の所有者であった赤沢ら四名は、その代理人との連絡が不十分であったところから、前記和解が成立していることや既にその代金が支払済であることを知らなかったものであるところ、一審被告三木は、前記のとおり一審被告橋本の代理人として右赤沢らから本件土地買受の交渉に当ったのであるが、三木自身においても前記の和解により本件建物を一審原告に売渡す契約をした関係にあったが、和解成立当時は、代理人との連絡が円滑に行かず、和解の成立と内容を確知していなかったので、右買受交渉前に昭和三三年四月大阪地方裁判所において和解の記録を閲覧し、且つその頃飯田弁護士伊勢田弁護士を介して古野弁護士から和解の履行状況を知らされ、また直接古野弁護士方を訪れたりして、本件土地買受交渉当時には既に本件土地についても右和解の存在及びその履行済であることを知っていたものであり、従って本件土地を赤沢らが他に売却することは少くとも二重契約に該当することを承知していた。

(二)  しかるに一審被告三木は、昭和三三年五月一〇日頃赤沢好温に対し、和解調書のメモ(写)を示した上、本件土地については裁判所で和解がなされているが一審原告において代金を支払わないので無効になった。従って本件土地を他に売却しても何ら差支えない、また本件土地は税金の滞納で公売寸前になっているから至急売ってもらいたいと申述べたので、赤沢好温は、同人が大阪市南区日本橋地区に所有していた土地は、かねてより岡本尚一弁護士に委任して売却その他の方法で全部処分ずみと信じており、本件土地が自己所有として残されていることは、右三木の言により初めて知ったので、右土地の保有の真偽の調査及び売渡の諾否について一日の猶予を求め、その間に井上弁護士に問合せたが要領をえず、結局一審被告三木の言を信用し、同人をして同人及び一審被告橋本の名義で、今後右売却土地につき紛争が生じても一切同人等の責任で解決させる旨の覚書を差入れさせて万一の場合に備えた上、本件土地を自己所有のものとして売渡すことを決意し、自己の持分につき売買契約を結んだ。更に一審被告三木は同年五月一〇日頃から一五日頃までの間に順次赤沢好信方、赤沢多知子の母で同女の代理人となった谷口秀方、平井嵯知子を訪れて同人らに対し、本件土地がすでに他人に売渡されているという事実を全く黙秘し、右土地がいまだ同人等の所有であるかの如き言辞を弄し、同人らの兄好温も売却を本心より承諾したものと偽って本件土地を売渡してもらいたい旨申述べたので、右三名らは本件土地をいまだ他人に売却していないものと信じて各持分を売却するに至った。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する一審被告三木本人の供述(原審及び当審)は前掲証拠に照し措信することができず、他に右認定を覆えすべき証拠はない。

以上認定の事実によれば、赤沢好温は本件土地につき、当初その所有権の帰属ないしは正当な処分権の存在の点についての認識がなかったところから、本件土地につき売却の意思がなかったものであり、右の点につき真相を知るにおいては猶更売却を拒否したであろうと推測される事情に在ったのであるから、一審被告三木において、右同人に対し、前記の点の認識を誤らせて売渡を承諾せしめることは、詐欺に基く売買を為さしめることに該当するところ、三木は好温に対し、同人の所有権ないし正当な処分権の存否についての真相を告げることなく、さきに一旦和解による売買があったが無効であるから、さらに正当な売買を為し得る旨虚偽の事実を告げて売買契約を為さしめ(右の処分権の正当性等については、好温の疑念を完全に払拭せしめるには至らなかったが、前記の覚書を差入れることにより、結局売渡を決意させた)不当な二重売買行為をなさしめたものであるから、右好温の売買の意思表示は一審被告三木の詐欺に因るものと認むべきであり、また、赤沢好信、赤沢多知子、平井嵯知子の三名についても、本件土地の所有権帰属ないしその正当な処分権の存在の点について確たる認識がなく、従ってこの理由で最初売却の意思がなかったものと推測されるから、かような者に対して売買を承諾させるには、信義則上、右売買を正当に為し得る事由を説明すべき義務があるものというべきところ、一審被告三木は事ここに出でず、同人等より本件土地を買取る目的から、同人等に対して全く右の点に関する真相を告げず、売却権利のあるものとして売渡を求め、剰え、最もよく事情を知る同人等の兄好温が正当に売買を承諾した旨虚言を弄して売渡を承諾せしめ、二重売買の結果を生ぜしめたものであるから、同人等の売渡の意思表示もまた一審被告三木の詐欺に因る瑕疵あるものというべきである。

そして≪証拠省略≫によれば赤沢ら四名の代理人たる岡本拓弁護士は、昭和三四年八月一四日頃一審被告橋本に対し、右赤沢らの意思表示を詐欺によるものとして取消す旨の意思表示をなしたことが認められる。

一審被告橋本は、詐欺による意思表示の場合においても、表意者に重大な過失があるときは民法第九五条但書の法意によりその取消ができない旨主張するが、民法が詐欺による取消を認めたのは、表意者が相手方の欺罔行為に因って意思表示をなした場合、その意思表示につき要素の錯誤が存しない場合においても、相手方の詐欺という不正行為があったために意思表示をするに至った表意者は保護の必要があるので取消権行使の余地を与えたものであるのに対し、意思表示に要素の錯誤がある場合には、その意思表示自体に瑕疵があって、しかも表意者の立場からはその結果が重大であるために、相手方の欺罔行為の有無に拘らず、取消をまたずしてこれを当然無効として詐欺の場合よりも一層強度に表意者の保護をはかったものであるが、反面において、右表意者の意思表示の効果は、相手方の不正の有無と関係なく表意者の態度のみに注目して考えられているのでもし右表意者自身に重大な手落のあるときは、右の保護を抑制して相手方の保護をはかる必要が考えられるので、法は表意者に重大な過失がある場合には右無効の主張を制限したものである。以上のように右両者の間には意思表示自体の瑕疵(錯誤)の大小により、右の瑕疵につき相手方がその原因(詐欺)を与えたか否かにより、それぞれ、それに適した程度と方法によって表意者の保護を図っているのであって、結果である錯誤の大小のみを基準として、一方保護の制限を他方に類推することはできないのみならず、詐欺による意思表示における表意者の過失は、相手方の不正行為によって生ぜしめられたものであることが通例であって、過失の原因を与えたものが、その過失により自己の不利益を免れる途を拓くことは妥当でないから、詐欺による意思表示の取消につき民法第九五条但書を類推適用することはできない。よって右主張はそれ自体失当である。

また一審被告橋本は、詐欺行為はむしろ赤沢側に存するから禁反言の原則により取消を主張しえない旨主張するが、赤沢側に詐欺行為があったことを認むべき証拠はないから、右主張も採用しえない。

更に一審被告橋本は、一審原告に登記なき以上右取消権の代位行使をなしえない旨主張するが、右取消をなしたのは表意者たる赤沢ら四名であって一審原告が取消権の代位行使をしたものではないから、右主張も採用しえない。

五、そうすると、赤沢ら四名と一審被告橋本との間における本件土地の売買契約は右取消により消滅したものであるから、一審被告橋本は右取消により本件土地につき赤沢ら四名に対しさきの売買に基いて為された所有権移転登記の抹消登記義務を負担するに至ったものであるところ、一審原告は本件和解により赤沢ら四名に対して本件土地の所有権移転登記請求権を有しているので、赤沢らに代位して一審被告橋本に対し本件土地につき右抹消登記を求めうるものである(一審原告は本件土地所有権取得につき未だ登記を具えていないが、右の代位の基本権は請求権であって所有権でないから、所有権につき一審被告橋本に対する対抗力の有無を問わない)。

よって一審原告の一審被告橋本に対する本訴請求は、右の限度において正当として認容すべく、その余の請求(本件建物についての登記抹消請求)は失当として棄却すべきである。

(一審被告三木に対する請求について)

本件建物がもと一審被告三木の所有であったこと、これにつき一審原告主張のとおりの登記がなされていたことは当事者間に争がなく、本件建物につき一審原告主張の和解がなされていることは成立に争のない甲第八号証によって明らかであり、一審原告が右和解の履行によって本件建物の所有権を取得したことは前記のとおりであるから、一審被告三木は一審原告に対し本件建物の所有権移転登記をなすべき義務を負うに至ったものであるところ、前記のとおりその後本件建物は一審被告三木から一審被告橋本に対して譲渡され、昭和三三年五月一六日第二の取得者たる一審被告橋本名義に既に所有権移転登記がなされているのであるから、第一の買主たる一審原告に対する一審被告三木の所有権移転登記義務は、特段の事情のない限り(一審被告両名間の本件建物の代物弁済に基く所有権移転が仮装行為でなく、且つ一審被告橋本の右所有権取得が既公良俗違反とは認められないことは前記のとおりである)既に履行不能に陥ったものと解すべきである(最高裁昭和三五年四月二一日判決)。従って一審原告は一審被告三木に対し、履行に代る損害賠償を求めることは格別、もはや本件建物の所有権移転登記手続の履行を求めえないものと言わねばならず、よって一審被告三木に対する一審原告の本訴請求は失当である。

(結論)

以上の理由により、一審原告の一審被告橋本に対する本訴請求中、本件土地の登記抹消請求を認容し本件建物の登記抹消請求を棄却した原判決は正当であるから一審原告及び一審被告橋本の各控訴はこれを棄却すべく、一審原告の一審被告三木に対する本訴請求を認容した原判決は失当であるから一審被告三木の控訴に基き右部分を取消し、なお原判決主文第一項中の誤記を本判決主文第五項のとおり更正し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 奥村正策)

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