大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1177号 判決 1964年6月05日
控訴人(原告) 平浩二郎
被控訴人(被告) 大阪矯正管区長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。本件を大阪地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、
控訴人において、
一審裁判所は行政事件訴訟法に違反して本件裁判をしているので、その判決は当然無効となるものであるから、取消さなければならないものである。
一、不適格な被告変更申立を容認したことは違法である。
原判決の対象たる訴訟法律関係の被告は、大阪矯正管区長となつているが、同被告は、原告の被告変更申立により存在するものであるが、行政訴訟に於て被告の変更は、行政事件訴訟法第一五条及び第二一条の要件(救済的)を具備する場合にのみ許されるのであるから、本件のごとく、変更後の被告を不適格とした原判決は、同法に違反していることを自ら証明するものである。
二、原判決の却下の対象たる訴訟法律関係は、訴訟手続上不存在である。
原裁判所は、(判決文中の理由による)原告が被告変更を申立て、それを裁判所が容認すれば、被告変更は有効に成立するとしているが、それは誤りである。
行政訴訟に於て、被告変更が成立するには、裁判所の決定がなされねばならないのである(行政事件訴訟法第一五条)から、決定の手続を経ない被告変更は、裁判所が自認的に容認しても、訴訟法上有効に成立するものではない。よつて、無効な訴訟法律関係を前提としての原判決は、それ自体無効である。
決定は、行政事件訴訟法第一五条第二項の規定によりなされねばならないのであるから、決定は書面でするものとし、その正本を新たな被告に送達しなければならないのである。同項を解するに、決定の書面の送達が新たな被告に対してのみなされる所から、原告はその決定の書面の送達がなされたことを確認する術なく、よつて、この訴訟手続に関し、責問権の放棄または喪失等による裁判手続の瑕疵が治癒する規定たる民訴法第一四一条を適用し得る性質のものではなく、また単なる通知手続でもないのであるから、新たな被告が在廷(本件に口頭にても決定はされなかつた)していて、口頭で通告し得るといなとに拘らず、裁判作用の重大な決定として、法定された訴訟手続を具備しなければならないのであり、それなくしては、裁判(決定)の効力は発生しないものである。ところが、原審においては、被告変更の決定はなされなかつたものである。
もつとも、前述のごとく、決定の書面が被告に送達されたか否かの事実は、原告の感知する所でないが、決定がなされていたのであれば、被告は、その決定たる新たな訴訟法律関係の成立につき、異議の申立てることはできなくなるのである(行政事件訴訟法第一五条第五項)から、原審のごとく、被告の主張を採用し、被告不適格としているのは、変更申立の却下に外ならず、変更容認の決定の事実は存在しなかつたと認定し得るのである。(外形は終局判決であつても、実質は中間判決であり、従前の被告との関係による裁判は遺脱されたことになるのである。これは行政事件訴訟法第一五条第四項「第一項の決定があつたときは、従前の被告に対しては訴えの取下げがあつたものとみなす」との規定のごとく、変更容認の決定がなされない場合は、従前の被告は係属されているからである。)
いずれにしても、裁判所は、被告変更申立に対しては、採否につき決定をなすことを義務づけされているのである(同法第一五条第二項及び第六項)から、義務規定に違反し、行政事件訴訟法に違反した裁判であつたことは論ずる余地もない所である。
以上により明らかなごとく、原判決によつて、当審に存在する被告たる大阪矯正管区長は違法な存在であるから、その変更容認(既判力)の取消しを求め、よつて従前の被告たる大阪刑務所長が有効に本件に係属していることを主張し、差戻しを求めるものである。
控訴人は、当審に於て、被告を大阪刑務所長に変更するものではない。現在の被告たる大阪矯正管区長を無効としているのであるから、その不存在な被告を変更する必要はなく、その無効が確定(原判決が取消)されれば、現在取下げの擬制を受けている(本来は係属しているのであるが)従前の被告たる大阪刑務所長が、その取下げの擬制から解かれ、本件訴訟当事者として効力を有するのであつて、被告変更を申立てているのではない。
と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
控訴人は、原審で、初め、大阪矯正管区長と大阪刑務所長の両者を被告とし、大阪矯正管区長に対しては、控訴人が既決囚兼未決囚の身分を有し、刑事被告人たる地位を有するのに拘らず、大阪矯正管区長の指揮によつて大阪拘置所から大阪刑務所の懲役監(既決監)に移監処分されたことを理由に受刑被告人拘置所移監請求の訴(請求の趣旨は、「被告大阪矯正管区長が昭和三六年九月二八日原告に対してなした大阪刑務所に移監する旨の処分を取消す。」と訂正された。)を起し、大阪刑務所長に対しては、控訴人が右身分、地位を有するので、余罪被告事件に関する訴訟関係発信書類検閲禁止の請求を、大阪刑務所保安課長に面接の上口頭で申立てたところ、「規則の定めるところにより、受刑者の発信する書類は、情願書を除く外はすべて検閲せねばならない。」との趣旨で却下されたが、これは、控訴人の刑事被告人としての権利を侵害されたものであるということを理由とし、訴訟関係信書検閲禁止請求の訴(請求の趣旨は、「被告大阪刑務所長が一般的に訴訟関係の書類の検閲をすることは違法であることを確認する。」と訂正された。)を提起し、訴訟追行中、昭和三七年一〇月七日付「訴の一部取り下及び変更申立書」と題する書面を、同月八日原審へ提出(前記被告両名代理人に同日この副本は交付されている)したのであるが、右書面には、刑事事件が落着し、移監取消を求める利益がなくなつたので、移監取消を求める訴訟を取下げる。刑事被告人たる地位がなくなつたので、訴訟物を受刑者たる地位に於てなし得る訴訟物に変更する。控訴人は、昭和三六年九月二六日大阪拘置所で自己の行刑上の救済を大阪人権擁護委員会に提訴するため、訴状を担当看守に提出したところ、同月二八日に至り、同所保安課長の呼出しを受け、「訴状の宛先番地が間違いである。」との理由により、訴状を差戻されたのであるが、右訴状提出に際し、同所二区長松井主任から、「披閲するので封緘しないように」申渡され、封緘はせずに提出しているから、その差戻に至る間に当然披閲行為はなされている。この披閲のため、訴状提起の間接的牽制がなされたことを想像することができる。この披閲行為が当局に許容され得る権限であるかないかの確認を求める。ここに於て、被告を当然大阪拘置所長に変更致さねばならないが、本件訴訟で被告たる大阪矯正管区長が前記訴の取下げにより、今後訴訟に参加することが明瞭でなく、また、刑務所でなされた法律行為的行政行為は、すべて上級機関たる矯正管区長の統制の下に行われているのであるから、被告を矯正管区長としても、被告適格の要件は具備するものであり、本件訴訟の性質上、矯正管区職員が指定代理人として、いずれの場合も訴訟参加するのであるから、合理的であり、本訴の目的たる行政救済上合目的であると思い、訴訟関係発信書類の披閲行為が受刑者の人権擁護に不当な制約となつている事実の違法確認を求めるため、この被告を大阪矯正管区長に変更したとの理由をかかげ、その趣旨として、
一、本件訴訟のうち被告大阪矯正管区長に対する移監取消を求める訴を取り下致します。
二、本件のうち被告大阪刑務所長に対する訴を次の通り変更致します。
被告を大阪矯正管区長として訴訟関係発信書類の披閲の違法確認を求める。
との記載がなされていたのである。
これに対し、原審は釈明の上、その第六回口頭弁論期日(この期日には原告本人と被告両名の代理人が出頭している)に、控訴人の被告を変更する旨の申立を許容するとし(裁判長は合議の上この旨法廷で宣した)、同日右書面の陳述がなされる等して、原判決摘示のとおりの訴訟態容となつたことが記録上明らかである。
以上の経過に徴すると、控訴人は、原審で、被告大阪刑務所長に対する訴訟において、被告を大阪矯正管区長に変更したものではなく、大阪刑務所長に対する従来の訴を取下げ、大阪矯正管区長を被告とする訴訟において従来の請求に関連する新な訴を提起し、従来の同被告に対する訴を取下げたものであること明瞭であつて、行政事件訴訟法一九条による関連請求に係る訴の提起及び旧訴の取下として有効なるものと解すべきである。そうすると控訴人は、原審において、大阪矯正管区長に対して関連請求に係る訴を提起し、同被告に対する旧訴を取下げたものであつて、同法一五条による取消訴訟における被告を変更したものではないから、原審がこれに対して同条二項の措置を採らなかつたとしても、なんらの違法はなく、また原審がその第六回口頭弁論期日において、控訴人の被告変更申立を許容する旨宣したとしても、無用なことをなしたのに止まり、これをもつて原判決を取消すべき瑕疵であるとすることはできない。
そもそも右一五条は取消訴訟において、原告が被告を誤つた場合の規定であつて、本件の如く関連請求に係る訴の提起の場合の規定ではないから、これと反対の見解に立つ控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当であつて採るを得ない。
そして大阪矯正管区長に対する新訴(関連請求に係る訴)が被告を誤つた不適法なものであること、原判決理由に示すとおりである(この理由を引用する)から、控訴人の訴を却下した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。
よつて、民訴法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩口守夫 藤原啓一郎 岡部重信)