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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1618号 判決 1967年2月14日

被控訴人、附帯控訴人 株式会社興紀相互銀行

理由

一、本件建物および機械類(原判決末尾添付第四目録記載の物件)がもと控訴人の所有であつたこと、被控訴人がこれを代物弁済によつて控訴人から取得したとして昭和三〇年一一月上旬訴外丸三染工株式会社に売渡したことは当事者間に争がない。

二、そこでまず右物件につき控訴人と被控訴人間に昭和二八年八月一二日被控訴人主張のような根抵当権設定契約および代物弁済予約が成立したかどうかについて考えるに、《事実認定部分省略》そうすると昭和二八年八月一二日控訴人と被控訴人間に被控訴銀行外務社員大島守を介して本件建物および機械類につき被控訴人主張の内容の根抵当権設定契約および代物弁済予約が成立したことは明らかで、一三〇万円貸付の決定が担保権設定登記後になされた事実は右契約の成立を否定する根拠となすに足りない。控訴人は錯誤、無権代理、被担保債務が無尽業法に違反する無効のものであること等を理由に右契約の無効を主張するけれども前認定の事実に照らし到底採用し得ない。

三、次に被控訴人が昭和二九年二月二三日控訴人に対し控訴人が前示根抵当権設定書に基いて被控訴人に負担する約束手形金二〇〇万円を期日に支払わないことを理由に前示代物弁済予約完結の意思表示をなす旨通知し、次いで同月二六日右約束手形金二〇〇万円とは原判決末尾添付第一目録記載の手形(以下単に第一目録の手形という)のうち金一〇〇万円と、同第二目録一ないし六記載の手形(以下単に第二目録の手形という)計一〇〇万円との合計額である旨通知したことは当事者間に争がない。

そこでまず右約束手形金二〇〇万円の債務の存否について考えるに、控訴人が右第一、第二目録記載の各手形を振出し被控訴人がその所持人となつたことは当事者間に争がない。

控訴人は第一目録の手形は被控訴人が無尽の給付金回収の方法として差入れしめたものであるから無尽業法に違反し無効である旨主張するけれども、かかる事実を認むべき証拠はなく右手形は前認定の如く一三〇万円の手形貸付の支払のため振出されたものであるから右主張は理由がない。

しかし第二目録の各手形は左記事由により控訴人において支払義務がなかつたものである。すなわち《証拠》を綜合すると、第二目録の手形のうち一、二、三、四、六の五通は控訴人が大島守より右各手形金額と同額の金員を借受け、その支払のため振出交付したものであり、同五の一通は控訴人が大島に割引を依頼して振出交付したものであるところ、五の手形については結局割引金の交付がなかつたものであり、その余の右五通の手形については昭和二八年一〇月一五日頃までに控訴人と大島間において弁済、相殺によつて決済されていたものであつて《弁済、相殺の認定部分省略》、いずれも大島より控訴人に返還さるべき関係になつていたいわゆる手残り手形であつたところ、偶々大島の被控訴銀行における不正行為(使込み)が発覚したため被控訴人においてその損害賠償の一部として同年一〇月中旬以後に大島をして期限後裏書により譲渡せしめたものであることを認めることができる。《反証排斥部分省略》

そうすると控訴人は第二目録の各手形については右大島に対する手形抗弁をもつて被控訴人に対しても対抗することができ、支払義務がなかつたものといわなければならない。

四  以上の認定事実によれば被控訴人は前示予約完結の意思表示において指定した被担保債権二〇〇万円のうち一〇〇万円の債権より有しなかつたものであるから、かかる場合右意思表示がそれ自体有効であるかどうかも一応問題であるが、控訴人はまず第一目録の手形金について被控訴人は受領遅滞にあつたから右意思表示は無効である旨主張するのでこの点から右意思表示の効力について考えるに、《証拠》を綜合すると、控訴人は被控訴人から第一目録の手形の書替前の手形により金一三〇万円を借受けたが、その際右借受金のうちから金三〇万円を、同額の掛金契約の先掛金として控除され右借受金の引当とされたので、実質債務額は一〇〇万円であつた(それ故に被控訴人は前示予約完結の意思表示に当り一〇〇万円のみを被充当債権として通知したものと認められる)。なお控訴人は昭和二八年六月頃被控訴人との間に金二〇〇万円の相互掛金契約を締結し、四回分計二〇万円の掛金をなした儘その後掛込を中絶していて、解約手数料として金四万円を支払うことにより右掛込金の返還を受け得る債権を有しており(この点当事者間に争がない)、控訴人において昭和二八年一一月下旬頃第一目録の手形につき控訴人の現実に支払うべき金額を確めた際も被控訴人より手形金額一三〇万円より、「右二口の掛金契約に基く掛込金計五〇万円より右解約手数料四万円を控除した金額」を差引いた残額八四万円を支払えば足る旨告げられていたので、控訴人は翌昭和二九年二月二日頃第一目録の手形を決済し本件物件に対する担保契約の解除を受くべく、金八四万円と右手形の支払日(昭和二八年一二月二二日)経過後の利息とを準備して被控訴銀行に至り、これを提供して担保物件の返還方を申出でたが、被控訴人において大島守より譲渡を受けた手形債権もあるから合計金二〇〇万円を支払わなければ担保を抜くことはできない旨告げ右申出に応じなかつたので、やむなく右準備した金員の支払をなさずして立帰えつたところ、同月二三日に至り被控訴人より前示代物弁済予約完結の意思表示をして来たものであることを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。右事実によれば被控訴人は控訴人より第一目録の手形につき債務の本旨に従つた弁済の提供を受けたにかかわらずこれが受領を拒絶したものと認めなければならないから債権者受領遅滞の責があり、予約完結権を行使する権利を有しなかつたものといわなければならない。

そうすると被控訴人のなした予約完結の意思表示は無効で、本件建物および機械類の所有権は依然控訴人にあつたものといわなければならない。

五、そこで被控訴人が本件建物および機械類を自己の所有に帰したものとして訴外丸三染工株式会社に売渡したことにつき故意又は過失があつたかどうかについて検討するに、故意があつたことを認むべき証拠は全くないから過失の有無について考えるに、《証拠》によれば、被控訴人は大島守が第二目録の各手形は第三目録の各手形とともに同人が控訴人に貸与した金員支払のため受取つたものであると申していたことと、大島が現に手形を所持していた事実から同人が真実右手形上の権利を有するものと信じて右各手形の譲渡を受けたもので、昭和二八年一二月一五日控訴人に対し右第二、第三目録記載の手形金合計一、七四六、〇〇〇円の支払請求訴訟を提起したことが認められる。しかしながら《証拠》を綜合すると、右各手形は被控訴人が正常の取引によつて取得したものではなく、被控訴銀行の外務社員であつた大島守が不正行為を働いて被控訴銀行に三〇〇万円余の損害を被らせたので(昭和二八年一〇月中旬頃解雇)右損害賠償の一部として偶々同人が所持していた、しかもいづれも支払期日を相当経過したものを期限後裏書によつて譲渡せしめたものであるが、大島の言い分を聴いたのみで他に右手形の権利関係について何らの調査をもしなかつたこと、被控訴人は控訴人が右手形の支払に応じなかつたので前記訴を提起したものであるが、該訴訟において控訴人は右手形の一部は大島より割引金の交付を受けていないから支払義務がなく、その余は全部大島との間において弁済、相殺によつて決済ずみのものでこれまた支払義務がない旨主張して抗争していたこと、しかるに被控訴人は右訴訟の昭和二九年四月七日の口頭弁論期日において第二目録の手形六通の債権は同年二月二三日本件建物および機械を代物弁済として取得することにより消滅したとして請求減縮の申立をなしたが控訴人において同意しなかつたこと、その後被控訴人は右訴訟の昭和三一年一一月三〇日の口頭弁論期日において請求全部の抛棄をなしたことを認めることができ、また《証拠》によれば、控訴人は被訴人より前示代物弁済予約完結の通知を受けるや折り返えし書面をもつて控訴人の債務額は第一目録の手形金のうち八四万円と期限後の利息のみであるから予約の完結には異議がある旨申出で、その後も終始本建物および機械類が被控訴人の所有に帰したことを争い、依然自己の所有であるとしてこれを占有使用し、被控訴人が丸三染工に売却処分するまで事業を継続していたことを認めることができる。《反証排斥部分省略》

以上認定の事実によつて考察すると、本件代物弁済予約完結に当り被控訴人において債権の確認につき相当の注意を払い手段を尽したものとは認め難いのみならず、被控訴人が本件物件および機械類を丸三染工に売渡した昭和三〇年一一月上旬頃まで引続き控訴人と被控訴人間には第二目録の手形債権の存否をめぐり、被控訴人のなした代物弁済予約完結の意思表示の効力延いて右建物および機械類の所有権の帰属について争があつたものであるから、かかる場合係争物件を処分するについては所有権の帰属について相当の確証がなければならないところ、被控訴人はさしたる確証もないのに唯自己の一方的見解のみにより自己の所有に帰したものと独断して軽々に他に売却処分したものと認めなければならないから到底過失の責を免れない。ところで被控訴人は予約完結後控訴人において本件建物および機械類が代物弁済によつて被控訴人の所有に帰したことを自認していた顕著な事実があるのみならず、控訴人は被控訴人が右物件を売却するに当り買手を深し丸三染工が買取るについてその仲介の労をとつたものであるから右物件の売却につき被控訴人には何ら過失がなく、却つて控訴人に過失がある旨主張するので考えるに、《証拠》によれば控訴人は昭和二九年一二月二八日その債権者である訴外株式会社片平商会より本件機械類の一部(捺染機)につき差押を受けた際執行吏に対し右物件は被控訴人の所有であると申立て、また被控訴人より右片平商会に対し提起した第三者異議訴訟事件においても、昭和三一年一〇月一五日証人として尋問を受けた際右物件は被控訴人が代物弁済によつて取得したものである旨証言したことが認められるけれども、《証拠》によれば、右は控訴人が片平商会よりの差押を免れるための自衛上の方便として不実の申立、証言をなしたものであつて被控訴人に対する関係において本件機械類が被控訴人の所有に帰したことまでも承認したものではないことを認めることができ、現に被控訴人との間においては前認定の如く依然控訴人の所有である旨主張し続けていたものであるから、控訴人の右差押の際における執行吏に対する申立や前記訴訟における証言のみを捉えて控訴人が本件機械類の所有権が被控訴人に移転したことを自認していたものと断ずることはできない。従つて右の事実は未だもつて被控訴人が本件機械類を不法に丸三染工に売却したことについての過失責任を免れしめる事由となすに足りない。(反証排斥部分省略)よつて右被控訴人の主張は採用し難く他に前認定を覆えし被控訴人が無過失であつたことを認めるに足る証拠はない。

六、次に《証拠》によると丸三染工株式会社本件建物および機械類を被控訴人から買受け後間もなくこれを第三者に売却処分し、機械類はすべていづれにか搬出されて回復不能となり控訴人はその所有権を喪失したことが認められ、右は被控訴人が本件機械類を不法に丸三染工に売渡した結果であることが明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し本件機械類の所有権を喪失せしめたことによる損害賠償義務がある。

七、そこで進んで右損害額について考えるに、原審鑑定人奥村信二郎の鑑定結果によると、本件機械類の昭和三〇年一一月当時(被控訴人が丸三染工に売渡した時期)における価格は一、七八九、〇〇〇円相当であつたことが認められ、これと異る原審鑑定人上山彰男の鑑定および同人の当審における証言はその評価方法において首肯し難い点があるほか、《証拠》により認め得る被控訴人が本件機械類を担保に取つた際の評価額(一三四万円)および《証拠》により認め得る被控訴人が本件機械類を丸三染工に売渡したときの売買価格(本件建物を含め一五〇万円)に照らし採用し難い。そうすると控訴人は本件機械類の所有権喪失により右金一、七八九、〇〇〇円の損害を被つたものと認めなければならない。

控訴人は被控訴人の不法処分がなければ控訴人は現になお本件機械類を保有し得た筈であるところ、被控訴人の不法処分後一般物価の騰貴に伴い本件機械類の価格も当然騰貴した筈であり、昭和三六年三月三〇日現在控訴人の手許に存在するものとして評価すれば金六、七六一、三〇〇円相当と認められるから控訴人は少くとも同額の損害を被つたものであり被控訴人はこれを賠償すべき義務がある旨主張するけれども、仮に本件不法処分当時一般物価が騰貴の傾向にあり、それに伴つて本件機械類の価格も相当騰貴すべきことが当然予想される状況にあり、かかる場合には、騰貴した価格によつて損害額を算定し、賠償を命ずるのを相当と解するとしても、本件機械類の不法処分後における騰貴価格を概略的にも確定するに足る適切な証拠資料がないから(控訴人の援用する前示上山鑑定人の鑑定結果は根拠薄弱で到底そのまま採用することはできない)結局控訴人が右主張の如き損害を被つたことはこれを認めるに由がない。そうすると被控訴人は控訴人に対し前認定の損害額一、七八九、〇〇〇円を賠償すべき義務があるものというべきところ、被控訴人は右損害の発生については控訴人にも過失があつたから過失相殺さるべき旨主張するけれども、すでに認定した事実関係に、《証拠》を合せ考えると、被控訴人が本件建物および機械類を丸三染工に売却したのは控訴人が前示差押の際執行吏に申立てたことや前示訴訟において証言したことが原因となつたものであるとは到底認め難く、却つて被控訴人は右事実の有無に拘らず夙に売却の意思を有したが適当な買手がなかつたことその他の事情で延び延びとなつていたものであることが推認せられる。《以下省略》

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