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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1686号 判決 1968年4月30日

理由

一  被控訴人が金額三〇〇万円、満期昭和三〇年五月三一日、支払地及び振出地大阪市、支払場所東京銀行心斎橋支店、受取人被控訴人、振出日同年四月三〇日、振出人控訴人とする本件約束手形一通の所持人であること、右約束手形は清水晶が控訴会社代表取締役浮田桂造名義で振出し、これを被控訴人に交付したものであること、被控訴人が右約束手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、その支払を拒絶されたことは、当事者間に争がない。

二  被控訴人は、本件約束手形振出当時右清水において控訴人を代理していわゆる署名代理の方式によつて右約束手形を振出す権限を有していたものであると主張するけれども《証拠》中被控訴人の右主張事実に符合するかのような部分は、《証拠》に照らし信用しがたく、他に被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三  そこで、被控訴人の表見代理の主張について考える。

《証拠》並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  清水晶は昭和二三年に控訴会社に入社し、当初から総務、人事、経理等の事務を担当していたが、昭和二五年一月同社の取締役となり、その後も引き続き控訴会社の総務部長、経理部長として、製造及び販売部門を除いた同会社業務一般を担当し、控訴会社の記名印、同社代表取締役浮田桂造の記名印及び印章並びに控訴会社の金庫の鍵の保管を任されて経理事務を統括し、買入代金の支払、受取手形の割引その他控訴会社の恒常的な業務については勿論、営業上の金融についても控訴会社を代理する権限を与えられていたものであるが、控訴会社が借入金を整理し業態を整備した後である昭和二六年五月以降も融資必要額につき立案し、月一回位開かれていた社内会議を経由し、代表者浮田桂造の承認を得て、決定した必要融資額につき具体的な資金繰りのため画策し、控訴会社のため金銭等の借入れをなし、これに伴い控訴会社名義の手形を振出す包括的代理権限を与えられていた。ところが、その後昭和三〇年二月下旬頃控訴会社代表者浮田桂造は取引先の銀行から右清水の担当する経理業務の放漫を指摘された機会に、清水からそれまで同人に託していた控訴会社の記名印、同代表取締役の記名印及び印章の返還を受け、金融面における清水の包括的代理権限を取り上げた。しかし、その後も清水は依然として控訴会社の取締役兼総務部長、経理部長として、原料等の仕入れ及びその代金の支払について控訴会社を代理する一般的な権限を有しており、仕入代金の支払のときなどは、随時その都度代表取締役浮田からその印章を借り受け、署名代理の方式によつて控訴会社名義の手形を振出していた。

(二)  ところで、清水は昭和二六、七年頃控訴会社の代理人として被控訴人に対し金融の依頼をし、被控訴人はこれに応じて数回にわたり現金及び株券等を控訴会社に対する貸付の趣旨で清水に交付し、その後被控訴人と清水との協議により控訴会社の借受債務額を返還不能の株券の代償金等をも含めて三〇〇万円と定め、控訴会社の右債務の履行確保のため清水が控訴会社名義の金額三〇〇万円の約束手形を被控訴人に対し振出し、その後一カ月ないし二カ月ごとに右手形を書替えて返済を延期し、その最後の書替えにより本件約束手形が被控訴人に交付されるに至つたものである。そして、右貸借及び手形振出は控訴会社において社内会議を経由し代表取締役の承認を得て決定した融資必要額の範囲外のものであり、清水が当時有していた前記認定の権限を越えてなしたものである。本件約束手形は、清水が控訴会社代表取締役浮田桂造にその印章を返還し、従前の権限が縮少した後たまたま他の用件で右浮田から印を借り出した機会に、その権限を越えて手形用紙にあらかじめ押印しておいたものを使用して振出したものである。

(三)  被控訴人は清水とは終戦後知り合つた友人であるが、昭和二五年頃控訴会社の取締役である清水から控訴会社への融資を頼まれ、その頃清水の立会のもとに控訴会社代表取締役浮田桂造に会つた。その際右浮田は被控訴人に対し、浮田と清水とが学生時代からの友人であり、浮田が清水の学歴、手腕を見込んで一流会社から引き抜き控訴会社に入社してもらつたものであり、控訴会社の金融面については清水に任せてあるからよろしく頼むという趣旨の挨拶をしたので、かねてから清水が控訴会社の取締役兼総務部長、経理部長であることを知つていた被控訴人は、清水が特に浮田から信頼されているような感を深くした。被控訴人はその頃貸付けた金員を昭和二六年に控訴会社から返済してもらつたような事情もあつたので、その後清水から再び控訴会社への金融を依頼されたときも、清水の権限に前記のような制限があることを知らず、もつぱら清水が控訴会社の営業資金調達のため同社を代理しているものと信じて金融に応じたのであつて、清水個人の利益のための金融であることは予想もしていなかつた。そして、昭和二七年一二月頃右浮田が病気のため出社できなくなつてからは、清水が浮田の信頼により控訴会社の金融面を任されている感が外観上も一層強くなつてきたし、また、被控訴人が清水から振出交付を受けた約束手形にはいずれも真正な控訴会社の記名印および代表者の印が押捺されていたほか、右手形を控訴会社の使用人で清水の部下である吉田友秋が持参したこともあるなどのことから、被控訴人は清水の行動になんら疑いをさしはさまなかつた。清水は前記のとおり昭和三〇年三月以降その権限を縮少されたものであるが、被控訴人はそのことを知らず、清水において署名代理の方式により控訴会社名義の約束手形を振出す権限を有しているものと信じて本件約束手形の交付を受けたものである。

《証拠》中右認定に副わない部分は、前掲各証拠に照らし信用しがたく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上認定の事実からすれば、本件約束手形は清水がその代理権限を越えて控訴会社代表取締役の署名を代理する方式により振出したものであり、被控訴人は清水に控訴会社代表取締役に代わり署名代理の方式により控訴会社名義の約束手形を振出す権限があるものと信じて本件約束手形の交付を受けたものであり、被控訴人がそう信ずるにつき正当の理由があつたものというべきである。

もつとも、前記認定の用に供した各証拠によると、被控訴人と清水とが戦後のマージヤン友達であること、両者とも株のマージン取引をしていたことがあり、これにより損害を受けたことがあること、被控訴人が清水の斡旋により他から金を借りたこと、被控訴人は本件約束手形取得前に控訴会社の取引銀行から清水につきとかくの噂を聞知したことが認められるが、他方株のマージン取引といつても両名が一緒に取引していたのではなく、被控訴人は清水の株式取引による損害を具体的に知つてはいなかつたこと、取引銀行から聞いた清水に対する悪評といつても、銀行に対する控訴会社の経理内容の報告等経理業務のやり方についての不信感に関するものであつて、直接清水の手形振出権限に対する疑惑に関するものではなく、しかも清水は被控訴人の問い合せに対し被控訴人の債権に関しては確実に支払う旨強調していたことも右証拠により窺われるので、右事実があるからといつて、前記認定をくつがえし、被控訴人は清水が本件約束手形を振出す権限を有しないことを知つていたものであるとか、これを知らないことにつき過失があつたとかという控訴人主張の事実を認めることはできない。したがつて、控訴人の右主張は採用することができない。

控訴人は、清水の本件約束手形の振出行為は手形偽造に属し、表見代理が問題となる無権代理に該当しないと主張するけれども、前記認定の事実に徴すれば、清水は本件約束手形を偽造したものではなく、その代理権限を越えて署名代理の方式によつて本件約束手形を振出したものであるから、清水の右約束手形振出行為に表見代理の法理が適用されるものであること明らかであつて、控訴人の右主張は採用することができない。

四  控訴人は、本件約束手形は原因関係又は対価関係がないから、被控訴人の本訴請求は失当であると主張するけれども、そうでないことは前記認定のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。

五  そうすると、控訴人は被控訴人に対し本件約束手形金三〇万円及びこれに対する呈示の翌日である昭和三〇年六月一日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、被控訴人の本訴請求を正当として認容した原判決は相当である。

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