大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)181号 判決 1963年7月16日
控訴人 原告 坂本菊蔵
訴訟代理人 森本正雄
被控訴人 被告 破産者 第一染色株式会社 破産管財人 一木正光
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金六〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三三年一〇月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は原判決中事実摘示と同一であるから、ここに引用する。
理由
一、原判決四枚目表一一行目理由の冒頭から六枚目裏三行目までに認定説示するところを、ここに引用する(但し四枚目裏八行目に担保権を「設定し」とあるのは「設定させ」の誤記と認める)。
二、ところで控訴人は当時本件乾燥機が工場抵当権の目的となつていることを知らず、かつ知らなかつたことに過失がなかつたから、工場抵当法五条二項により抵当権の負担のない完全な所有権を取得した旨主張するので、工場抵当権とその目的たる工場備付動産の所有権の第三者取得との関係について考えてみる。
工場所有者は、工場抵当権の目的となつた工場備付動産の所有者であるから、工場抵当の目的たる土地建物から分離して右動産を第三者に譲渡して引き渡すことは妨げないが、抵当権者の同意にもとづいてされたものであれば格別、そうでない限り抵当権者は、それが第三取得者に引き渡された後でも抵当権をもつて工場備付動産を追及することができるのである(工場抵当法五条一項)。したがつて右引渡しについて抵当権者の同意を得なかつたときは、第三取得者は抵当権者から追及をうける可能性のある抵当権付工場備付動産を譲りうけて取得する結果になる。もつとも、同法五条二項は、民法一九二条ないし一九四条の適用を妨げないと定め、同法一九二条の要件があるときは、第三取得者は、抵当権の追及をうけない完全な工場備付動産の所有権を取得するものであることを明らかにした。すなわち、第三取得者が平穏公然に、工場備付動産に抵当権の存在することを知らないで、そのうえ、その知らないことについて過失なく工場所有者から工場備付動産を取得して占有を始めたとき、法は取引の安全を保護する立場から工場所有者の工場備付動産の占有を信頼して自らもその占有を取得した第三取得者に対し、抵当権の追及をうけない完全な動産の所有権を取得させることにしたのである。
しかし無権利者から動産の譲渡をうけた場合においても、占有改定により占有を取得したに止まるときは、民法一九二条の適用はないと解するのが相当である(最高裁判所昭和三〇年(オ)第二二五号昭和三二年一二月二七日第二小法廷判決民集一一巻一四号二四八五頁参照)。
そうして、工場抵当法五条二項は、単に民法一九二条ないし一九四条の適用を妨げないとしているのであり、工場抵当法五条二項にいう民法一九二条の解釈を考察するにあたつて、占有に関する見解を、右と別異に解するのが至当であるとする理由はない。したがつて、工場備付動産について第三取得者が右の占有を取得したというためには現実の引渡しによることが必要であつて、一般の外見上従来の占有の事実状態と何等変らない占有改定の方法による占有の取得では足らないと解するのが相当である。
本件において、控訴人が本件乾燥機を破産会社から占有改定の方法によつて引渡しをうけたことは、控訴人が自認しているところであるから、控訴人の本件乾燥機の占有取得は民法一九二条の要件を欠き、したがつて、工場抵当法五条二項の適用のらち外にあるわけで、それゆえ、控訴人は本件乾燥機の所有権を取得したとしても、同条一項により抵当権の追及を免れることができないのである。
三、第一染色株式会社が破産宣告をうけ、被控訴人がその破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。
そうして、成立に争いのない甲第七号証の一ないし八同号証の一四、一五を総合すると、被控訴人は本件乾燥機を破産財団に組み入れ、その後、別除権者の同意を得たうえで、昭和三三年一〇月二七日破産法一九七条一九八条にもとづき、破産裁判所の許可をえて、本件乾燥機を、工場抵当権の目的であり破産財団に属する他の物件と一括して他に任意売却したことが認められ右認定に反する証拠はない。
四、さきに認定したとおり控訴人は昭和二九年一月二九日本件乾燥機の所有権を取得したのであるから、第一染色株式会社の破産宣告当時、それは破産会社の所属財産ではなく、したがつて法定財団の範囲に属しない。それゆえ、その面からすると、控訴人はその所有権にもとづき被控訴人の現有財団からこれを取り戻す権利があるようである。しかしながら本件乾燥機は工場備付動産であつて工場抵当権者の有する抵当権の追及を免れえないものであることもさきに説示したとおりである。したがつて、工場抵当権者が抵当不動産について抵当権を行使するときは、それと有機的一体をなしている本件乾燥機も共にその目的としなければならないから(工場抵当法七条)、工場抵当権者が破産法九五条により別除権者として、抵当権の目的不動産を破産手続によらないで、換価するときには本件乾燥機もその運命を共にしなければならない筋合いである。
ところで破産法七条は破産管財人に破産財団に属する財産についてその占有管理権を与えているが、破産財団に属しないが、抵当権の追及を受ける第三取得者の所有に属する工場備付動産については、これを明らかにしていない。しかし抵当権の効力の及ぶ目的動産に対して差押えの効力の及ぶことを規定した工場抵当法七条の規定の趣旨に照らせば、一般的強制執行である破産の場合においては、抵当権の効力の及ぶ工場備付動産は所有権の帰属を顧慮することなくその占有管理をひとしく破産管財人に専属させたものと解するのが相当である。
さらに、破産法二〇三条一項によると、別除権者が同法九五条によつて別除権を行使しないとき、又は別除権者の積極的同意があつたときは、破産管財人は、民事訴訟法によつて別除権の目的財産の換価をすることができるのである。この規定は、別除権の目的たる財産は、破産財団に所属する財産であるところから、副次的に破産管財人にも換価権を与えて配当財団の充実をはかることを狙つたものであるが、破産管財人が破産財団に属する目的財産の換価をする場合、破産財団に属さないが、しかし抵当権の追及をうける工場備付動産も他の工場抵当権の目的と一括して換価できると解するのが相当である。なんとなれば、破産管財人に右動産の換価権がないとすると、別除権者がその換価を怠つても破産管財人はいかんともすることができず、又は換価権が破産管財人と別除権者に分属行使され、抵当権の追及をうける第三取得者所有の工場備付動産を破産財団から分離して別個に換価することを容認することになるが、それでは、そもそも工場の土地建物とその機械設備といつた有機的一体性に着目してそれをあわせて抵当権の支配に服させようとした意味が失われるし、工場抵当法二条ないし七条の規定の趣旨を没却するに至る。配当財団の充実をはかる破産の場合においてこそ、右工場抵当法の規定の趣旨は尊重されるべきであるからである。
以上要するに、破産管財人は、破産財団に属する財産ではないが、破産財団の属する工場不動産に対する抵当権の効力の及ぶ第三者所有の工場備付動産もあわせて、占有管理し、これを換価することができるものと解すべきである。
五、そうだとすると、被控訴人の右任意売却処分は、適法であり、控訴人が主張するように、本件乾燥機に対する控訴人の所有権を違法に侵害したものではないというべきである(もつとも別除権者との関係においてその処分ないし利得が適法であつてもそのことは場合によつて破産者と破産債権者との関係において、不当利得の問題を生ずることを妨げるものではない。)。
六、よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、民訴三八四条八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 判事 古崎慶長)