大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)353号 判決 1968年6月27日
控訴人 株式会社まからずや洋品店
被控訴人 神戸税務署長
代理人 上杉晴一郎 外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、控訴人は洋品販売を業とする会社であるが、昭和三二年八月三〇日被控訴人に対し、昭和三一年七月一日から昭和三二年六月三〇日までの事業年度分の法人税確定申告をしたところ、被控訴人は、昭和三三年三月三一日右申告の所得金額と法人税額につき更正処分(第一次処分)をしたので、控訴人は、これにつき大阪国税局長の審査決定を経て、昭和三四年七月六日神戸地方裁判所に更正処分取消請求訴訟を提起した(同庁同年(行)第二二号。)しかるに、被控訴人は、右訴訟の係属中である昭和三五年四月三〇日付で、法(通)第五六一号の再更正処分(第二次処分)と法(通)第五六二号の再々更正処分(第三次処分)をし、右二個の処分の通知書は一通の封筒に同封されて控訴人に送付され、その頃到達した。右確定申告と第一次ないし第三次処分の内容は、別表第一記載のとおりである。以上の事実は、当事者間に争いがない。
控訴人は、第二次、第三次処分は違法であつて取消されるべきであると主張するので、以下控訴人主張の違法事由につき順次検討する。
二、まず、第二次、第三次処分が法人税法(昭和二二年法律第二八号―以下同じ)第三一条第一項による再更正として行なわれたことは、当事者間に争いがないところ、控訴人は、昭和三四年法律第八〇号による改正前の同条項は、更正処分により更正された課税標準または法人税額について「不足額」があるときにのみ再更正できる旨の規定であつて、増額の再更正は認めるが、減額の再更正は認めない趣旨であるのに、第二次処分は減額の再更正をしているから、違法であると主張する。しかし、第二次処分は前記のとおり昭和三五年四月三〇日付でなされているところ、同処分が控訴人主張のように減額の再更正であるか否かは暫く措き、同法第三一条第一項は、前記改正法により、更正された課税標準または法人税額について「過不足額」があるときに再更正できる旨改められており、右改正法は附則において施行期日を昭和三四年四月一日と定めるほかは、改正法適用の事業年度につき特段の経過規定を設けていないから、改正法は事業年度の如何に拘らず、施行日以降になされるすべての行政処分に適用があるものと解すべきであつて、第二次処分も右改正後の第三一条第一項に則つてなされたものと認められる。従つて、右主張はその前提において失当といわなければならない。
もつとも、右改正後の第三一条第一項による再更正として、更正処分により更正された課税標準または法人税額を減額する場合でも、更正の性質上、そこには自ずから一定の限界があるものというべきであるが、別表第一記載によつて明らかな如く、第二次処分は第一次処分の所得金額と法人税額を控訴人の確定申告と同一額にまで減額しているのであつて、かかる減額は再更正の限度を越えたものであり、最早右法条による再更正とはいえず、従つて、第二次処分は、控訴人主張のその余の点につき判断するまでもなく、再更正処分たる効力を認め難い。しかし、他面において、前記のように第二次処分と同日付で第三次処分がなされ、第二次処分と第三次処分の通知書は一通の封筒に同封されて控訴人に送付されたこと、第三次処分では、第二次処分により減額された所得金額と法人税額が別表第一記載の如く再び第一次処分と同一額に増額されているほか、後記のように更正の具体的根拠が附記理由として記載されていることその他弁論の全趣旨に鑑みると、被控訴人が自認する如く、第二次処分なるものは、第一次処分の理由附記の不備を是正するため、第三次処分をする前提として、再更正の形式を借りて実質的には第一次処分を取消したものとみることができるから、再更正処分としての効力はないとしても、特段の事情がない限り、取消処分として効力を認めるのが相当である(従つてまた、第三次処分も再々更正の形式による、第一次処分とは別個の新たな更正処分としての効力を認めるのが相当である。)。
三、控訴人は、第一次処分につき大阪国税局の審査決定を受けた後に、被控訴人が第一次処分を取消すことは許されないと主張するが、審査請求が棄却された場合でも、原処分庁が原処分を適法、有効のものとして維持しなければならない理由はないと考えられるから、審査決定があつたとの一事のみで第一次処分を取消すことが違法であるということはできない。ただ本件のように、第一次処分の取消請求訴訟の係属中に、右訴訟において違法事由として主張された理由附記の不備を是正するため、訴訟の対象となつている処分そのものを取消すことの可否については疑問があるけれども、右取消請求訴訟につき、第二次処分時以降は訴の利益なしとする判決が既に確定している現在においては(最高裁判所昭和四二年九月一九日第三小法廷判決、民集二一巻七号一四〇頁参照)、第二次処分に取消処分としての効力を肯認した上、新たな処分たる第三次処分につき実体的な判断を下すのが適当である。
四、そこで、進んで第三次処分の適否について案ずるに、まず、第三次処分には更正の理由として「控訴人が代表取締役植村忠三に譲渡した兵庫区水木通二丁目二五番地上の建物の譲渡価額が著しく低廉であるので、譲渡価額四三五、一七〇円とその時における当該資産の価額一、八〇八、七三〇円との差額に相当する金額一、三七三、五六〇円を植村に贈与したものと認め、寄付金の損金不算入額一、四三八、七二五円と控訴人の計上額八二、三三四円との差額一、三五六、三九一円を加算する。」旨の附記がなされていること、控訴人が昭和三一年七月一日神戸市兵庫区水木通一丁目三五番地の賃借地(一四・五坪)上にある控訴人所有の木造瓦葺二階建店舗一棟(建坪、二階坪共に一二・六坪)を、借地権と共にか否かは別として、右建物の帳簿価額四三五、一七〇円で代表取締役の植村忠三個人に対して譲渡したこと、以上の事実は、当事者に争いがない。
右事実に、(証拠省略)を総合すると、本件土地は松本康夫外二名の共有地であつて、控訴人は右土地の賃借人であり本件建物の所有者であつた林鯛一郎から本件建物を買受けると共に、本件土地の賃借権を譲受け、昭和二七年三月三日付で地主との間においてその趣旨を明らかにした土地賃貸借契約公正証書(証拠省略)を作成して、賃借権譲渡の承諾を得ていたこと、控訴人は本件建物を店舗にして洋品雑貨商を営んでいたが、本件土地の地盤沈下等により本件建物の基礎が損傷したので、これが建直しが企図され、昭和三一年六月二六日開催の取締役会の席上、本件建物を取壊しのため植村に四三五、一七〇円で売却し、同人が取壊し跡に新築する建物を賃借する旨決議したこと、右価額は取壊しのための譲渡価額としてはほぼ適正であつたこと、右決議に基づき控訴人から植村に対し本件建物が譲渡され、植村は建設業者の東洋工業株式会社に対し、これを三、四〇万円で下取りさせた上、その取壊し跡に木造瓦葺二階建店舗兼居宅(建坪一五・四五坪、二階坪一四・三一坪)の建築を約二五〇万円で請負わせ、これが完成を見たこと、しかして植村は右新築建物を自己所有名義とした上、同年一〇月一日付で控訴人との間に賃料月八万円、敷金二〇万円と定めて賃貸借契約を締結し、控訴人は引続き新築建物において営業をしていること、本件土地については同年同月九日付で地主と植村間に、(証拠省略)と同趣旨の土地賃貸借契約公正証書(証拠省略)が作成されたが、その第一六条には賃借権の譲渡があつたことが明記されていること、右公正証書の作成に際し権利金等の授受はなく、賃料も(証拠省略)の月三、三九〇円が(証拠省略)では月五、五九〇円に改められている程度であること、なお新築建物を植村所有としたのは、控訴会社は元来植村やその一族の出資による同族会社であつたが、増資の際問屋筋からの資本が導入されたため、植村において将来の会社運営の実権を確保すること等の配慮に出たものであること、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によると、控訴人は植村に対し本件建物を譲渡すると共に、本件土地の借地権をも無償で譲渡したものというべきである。なお、借地権を有する建物所有者が建物を他に譲渡する場合でも、右譲渡が取壊しの目的でなされる等特別の事情があるときは、借地権の譲渡を伴わないと考えられるが、本件にあつては、控訴人は単に取壊しの目的のみで本件建物を植村に譲渡したのではなく、植村がその取壊し跡に建物を新築することを容認し、これを控訴人において賃借する意図であつたのであるから、特別の事情ありということはできない。この点について、控訴人は、本件建物の取壊しに伴い地主との間で本件土地の賃貸借契約を合意解除し、新たに地主と植村との間で賃貸借契約が締結されたと主張し、公証人作成部分の成立は争いなく、その余は(証拠省略)は一部右主張に沿うが如きであるが、これらは前掲証拠に照らしたやすく措信できず、他に右主張事実を肯認するに足りる証拠がなく、却つて賃借権の譲渡があつたものというべきこと前叙のとおりであるから、右主張は理由がない。
五、そして、法人税法第九条第三項は、法人がした寄付金のうち一定限度を越える部分の金額を損金に算入しないと定めているが、右にいう寄付金とは、金銭その他の資産を他人に贈与した場合における金額または資産の価額を指すものと解されるから、本件土地の借地権の無償譲渡については、右借地権の価額を寄付金として、右条項に従い一部損金不算入の措置をとる必要がある(もつとも、本件の場合、無償譲渡の相手方が第三者ではなく、控訴人の代表者である点に鑑み、これを役員賞与として扱い、益金処分があつたものとする余地もないではないが、借地権と控訴人の事業との関連性をも考慮し、益金処分であつても一部損金算入が認められる寄付金として処理するのが至当であろう)。なお、弁論の全趣旨によると、控訴人は本件土地の借地権を資産として計上していなかつたことが窺わるれのであるが、未計上の資産であつても、社会流出に当つては隠れていた資産価値を計上する必要があり、資産増加に相当する益金を顕現するものであるから(最高裁判所昭和四一年六月二四日判決、民集二〇巻五号二〇〇頁参照)、未計上資産であることは、寄付金としての取扱いの妨げとはならない。
控訴人は、借地権は法人税法上課税対象とならない旨主張するが、独自の見解であつて採用できない。なお、法人税法上借地権に関する規定が整備されたのは、昭和三六年政令第六三号、昭和三七年政令第九五号による法人税法施行規則第一六条の二以下の新設及び改正によつてであるが、これをもつて第三次処分当時借地権が課税対象でなかつたことの根拠とすることはできないし、(証拠省略)によれば、権利金授受の慣行がある大都市における借地権については、かなり以前からこれを独立の財産権として課税対象にしていることが窺われる。
ところで、被控訴人は、本件につき法人税法第九条第三項を適用すべしとする点では結論を同じくするが、その理由として、建物の価額は建物自体の価額と借地権の価額から成るが、本件では建物の譲渡価額が著しく低廉であるとして、基本通達七七により、建物の価額(ただし、建物自体の価額を零とし、借地権の価額のみ)と譲渡価額との差額相当額を寄付金として扱うべき旨主張する。しかし、建物自体の譲渡価額が適正であつたことは前認定のとおりであつて、単純に借地権の無償譲渡があつたものと把握すれば足り、かかる技巧的な説明は不要というべきであるから、右主張は、右通達の根拠について論ずるまでもなく、失当である。もつとも、右主張にある建物の低廉譲渡とは、第三次処分の附記理由に外ならないが、当裁判所は、借地権の無償譲渡の事実をもつて、第三次処分を維持できるものと考える。けだし、法人税法第三二条が更正処分の通知書に理由の附記を要求している趣旨からすると、更正処分に附記された理由以外の理由でこれを維持することは、原則として許されないものと解すべきであるが、本件にあつては、附記理由にいう建物の譲渡とは、借地権の譲渡を全く無視しているのではなく、むしろ通常の取引観念に従つて借地権を伴う建物の譲渡を意味すると認められるし、建物自体の適正額による有償譲渡と借地権の無償譲渡の事実を包括して単に建物の低廉譲渡があつたと表現したものと解する余地があり、建物の低廉譲渡と借地権の無償譲渡とは全然別個の理由には該らないと考えられるからである。従つて、この点に関し、第三次処分に新たな意味を持たせることは許されないとする控訴人の主張は失当である。ただ、第三次処分の附記理由(及び被控訴人の主張)によると、寄付金の額は借地権の価額と建物の譲渡価額との差額相当額であるのに対し、借地権の無償譲渡とすると、寄付金の額は借地権の価額そのものとなつて、金額的には前者の方が有利(損金算入限度額を越える場合)となるが、この点は、不利益変更の禁止により、借地権の価額を前者の差額相当額と見れば足りることである。
しかして、(証拠省略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件土地は神戸市内でも有数の繁華街である新開地の角地に位置しており、その昭和三一年当時の時価を相続税等の対象財産たる宅地の評価方式に準じ、路線価を基準として算出すると、二、五八三、九〇〇円(坪当り一七八、二〇〇円)となり、借地権の価額はその七〇パーセントに該る一、八〇八、七三〇円と評価できること、これを第三次処分にいう差額相当額たる一、三七三、五六〇円として、控訴人の確定申告にある寄付金と共に、法人税法第九条第三項、同法施行規則第七条により計算し直すと、別表第二記載のように損金不算入額は申告額の八二、三三四円を越えて一、四三八、七二五円となり、差引所得金額は申告額の一、〇六六、七六七円を上廻る二、四二三、一五八円となること、従つて、所得金額、法人税額等につき第三次処分のような更正をする必要を生じたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。そうすると、第三次処分には、何等違法はないというべきである。
六、以上のとおり、第二次、第三次処分はいずれも違法ではないから、控訴人の請求を棄却した原判決は結局において正当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用した上、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩口守夫 松浦豊久 青木敏行)
別表(省略)