大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)375号 判決 1965年7月31日
控訴人(附帯被控訴人) 毎日交通株式会社
右代表者代表取締役 糸井篤次
右訴訟代理人弁護士 貞松秀雄
同 図師親徳
同 亀田利郎
被控訴人(附帯控訴人) 浜野庄太郎
右訴訟代理人弁護士 立入庄司
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
原判決は、被控訴人において、建物収去土地明渡の部分については、金七〇、〇〇〇円相当の担保を供し、金員支払の部分については担保を供せずして、それぞれ仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、控訴会社が、本件土地上に本件建物を建築所有して、本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。
二、本件土地所有権の帰属について。
そこでまず、本件土地は、被控訴人、控訴会社何れの所有に属するものであるかについて検討する(もっとも、控訴人は、当審において、同人が原審でなした、本件土地は、被控訴人の所有である旨の自白はこれを取消す旨主張し、被控訴人はこれに異議を述べているが、右の如き自白は、講学上所謂権利自白と呼ばれているところのもので、法律上の効果に関するものであるから、民事訴訟法に言う自白には当らず、相手方の異議の存否にかかわりなく、自由に撤回し得るものと言うべきであるから、控訴人は、当初から、被控訴人の本件土地所有の事実を争っているものとして判断を進めることにする。)わけであるが、
(一) 被控訴人は、控訴人の本件土地の所有権取得に関する各主張(控訴人の前記二の(イ)(ロ)(ハ)の各主張)は、いずれも時機に後れ、訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきである旨主張するので、まずこの点について考えてみるに、なるほど本件口頭弁論の経過によれば、控訴人の右各主張は、当審における昭和三九年一月二九日の第五回口頭弁論期日においてはじめて主張されるに至ったものであることが明らかで、これを第一審の経過をも通じてみる限り、右各主張自体は、いささか遅きにすぎた嫌がないとは言えないが、その後最終の弁論期日たる昭和四〇年五月四日の第一〇回口頭弁論期日まで、五回に及ぶ口頭弁論とその間三回にわたる証拠調を重ねた(しかもそれらが、必ずしも控訴人の右各新主張によるためのものばかりでなかったことも、本件口頭弁論の経過に照し明らかである。)
当審の審理経過に徴すれば、控訴人の右各新主張は、必ずしも本件訴訟の完結を遅延させるものとは認め難く、右主張の却下を求める被控訴人の主張は失当である。
(二) そこで次に、本件土地は果して、被控訴人、控訴会社、その何れに帰属するものかについて考えてみるに、
(イ) ≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人は、同人が発起人代表となって訴外内海外五名と一般乗用旅客自動車運送事業を目的とする控訴会社の設立をもくろみ、将来会社の設立をみたときは、その営業用敷地として、控訴会社に転売するつもりで、昭和三五年三月三一日、被控訴人個人において、本件土地を、当時の所有者訴外室田吉之助から代金七、四四〇、〇〇〇円で買受け、同年四月一日その所有権移転登記を経由したものであることを認めることができる。
控訴人は、本件土地は、控訴人主張の如き事情で設立中の控訴会社が、前記訴外人からこれを買受けたものである旨主張するけれども、設立途上における会社の事業用施設用地の買入行為は、会社の設立自体に必要な行為ではなく、設立会社の営業のために必要ないわゆる開業準備行為と解すべきであるから、たとい被控訴人が、設立中の控訴会社の発起人代表として、同会社のために、本件土地を買入れたとしても、同会社の能力外のことに属し、その故に本件土地が当然に控訴会社に帰属すべきいわれはない。
控訴人は、その主張の如き事情で、本件土地の買入れは、控訴会社の設立に必要欠くべからざる行為である旨主張し、なるほど控訴会社の目的事業は、運輸大臣の免許を必要とし、また道路運送法施行規則第四条第二項には控訴人主張の如き定めもある。
しかし他方会社の設立について準則主義を原則としている現行商法のもとにおいては、当該会社の目的事業に対する営業免許と設立自体に対する設立免許とは、明らかに別個の問題にして、営業免許は単に営業遂行のための要件たるに止り、これなくしても会社の設立自体には毫も影響はないものと言うべく、したがって商業登記法第一九条に「官庁の許可を要する事項の登記」と言いあるいは、旧商業登記規則(昭和二六年六月二九日法務府令第一一二号、昭和三九年四月一日廃止)第二一条に、「行政庁の認可又は許可がなければ効力を生じない事項の登記」と言うのは、上記準則主義の適用ある控訴会社の設立登記に関する限り、その設立登記まで意味しているものとは到底解されないから、控訴会社の設立には、右両法規の適用の余地はなく、これが適用あることを前提とする控訴人の右主張は、少くともこの点においてその主張自体失当たるを免れない。
(ロ) 次に控訴人は、被控訴人の本件土地買受行為は、設立中の会社にも準用される商法第二六四条第一項、所定の会社の営業の部類に属する取引行為に当るから、同条第三項の規定により、本件土地の所有権は控訴会社に帰属する旨主張するけれども、商法第二六四条は、本来取締役の会社に対する競業避止義務を定めたものであるが、前認定の如き被控訴人の本件土地買受行為が、上記のように一般乗用旅客自動車運送事業を目的とする控訴会社の営業部類に属する取引行為に当るとは到底考えられないのみならず、設立中の会社に右法条の準用を定めた商法の規定もないから、控訴人の右主張は、その主張自体失当たるを免れない。
(ハ) よって次に、控訴会社は、昭和三五年一一月二日被控訴人から本件土地売渡しの申込を受け、昭和三九年一月二九日の当審口頭弁論期日にこれを受諾したから、本件土地は、同日限り控訴会社の所有になった旨の、控訴人の主張について判断するに、≪証拠省略≫を合せ考えれば、被控訴人は上来認定のように、控訴会社の設立をもくろみ、将来その営業用敷地にするつもりで、本件土地を買受けたが、当初の予想に反して設立資金の調達に困難を生じ、また設立途上における発起人間の和合協力関係にも危ぐの念をいだくに至ったので、控訴会社の設立から一切手を引くことになり、その結果昭和三五年一一月二日に、設立中の控訴会社に、本件土地を、売買代金は被控訴人の買受価額金七、四四〇、〇〇〇円とこれに対する金利金四四六、四〇〇円および会社設立に関する諸費用の残金三六〇、〇〇〇円等合計金八、二四六、四〇〇円を昭和三六年一月一五日に支払を受ける約束で売渡す契約ができたことは、これを認め得るけれども、設立中の控訴会社が、このような土地買受契約を有効になし得ないものであることは、前記説示(理由二、(二)(イ))のとおりであり、右は精精会社成立後に譲受けることを約したにすぎないものと認めるほかないが、これとても、当審における被控訴本人の供述によって明らかなように、それについて何ら定款に記載されていない以上、やはり無効と解するほかはなく、そしてこのような場合被控訴人のなした売却の申込だけがいつまでも存続し、控訴会社はその成立後いつでも望みどおりの時期に買受の承諾ができると解するのは、あまりにも売主たる被控訴人に酷であり、信義則上も到底容認し難いものと言わなければならないから、右の如き場合には、被控訴人の申込もまた一応承諾適格を失うに至ったものと解するのが相当であり、仮にそうでないとしても、右各証拠によれば、被控訴人は、控訴会社の、代金不払を理由に、控訴会社主張の承諾の日の以前なる昭和三六年三月二日限り右契約を解除する旨の意思表示をしていることが明らかであるから、少くとも被控訴人の上記申込は、同日限り、その撤回があったものと解すべきであり、前記の如き被控訴人の売却申込の存続を前提とする控訴人の右主張は、その余の判断に及ぶまでもなく、その理由がない。
三、してみれば、本件土地は、被控訴人主張のとおり、被控訴人の所有に属するものと言わなければならないが、控訴人は、さらに本件土地には、その主張の如き賃借権ないしは使用借権を有する旨抗弁するので、以下右各抗弁について検討する。
(一) 賃借権存在の抗弁について、
(イ) まず被控訴人は、控訴人の本件土地は訴外室田から賃借したものである旨の主張は、時機に後れ、訴訟の完結を遅延させるものである旨主張するけれども、控訴人の右主張も、前説示(理由二、(一))のように、当審における審理経過からみて、必ずしも本件訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから、被控訴人の右主張は理由がない。
(ロ) よって次に、控訴人主張の賃借権に関する抗弁の当否について判断するに、設立中の控訴会社がなした本件土地の賃貸借契約もまた、上記説示(理由二、(二)(イ))と同旨の理由で、会社設立のために必要な行為とは解されず、したがってその権利義務は当然に控訴会社に移転されるものではないから、この点に関する控訴人の主張はそれ自体失当たるを免れないのみならず被控訴人の記名印および同名下の印影が被控訴人の各印章によるものであることについては当事者間に争いがなく、その余の作成部分については当審証人室田益弘の証言によってその成立が認められるので、結局全部真正に成立したものと認め得べき≪証拠省略≫によれば控訴人主張のように、昭和三五年二月二六日付で室田吉之助と控訴会社の発起人代表浜野庄太郎との間に、賃料は、一ヶ月二五、〇〇〇円、毎月末日払、賃貸期間を一ヶ年とする旨の本件土地の賃貸借契約書が作成されており、≪証拠省略≫によれば、昭和三五年四月一日付で、被控訴人と控訴会社の発起人代表浜野庄太郎との間にも、賃料一ヶ月金二五、〇〇〇円、毎月末日払、賃貸期間は一ヶ年なる旨の賃貸借契約書ができていることが明らかであるが、原審証人谷川一郎、同立入庄司、当審証人室田益弘の各証言ならびに原審及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は、上来認定のように発起人代表として控訴会社の設立を企図したものの、その具体的な事務的手続面には関与せず、実際の設立手続は、その方面に明るい花岡善三郎がほとんどその一切を専行していたものであるところ、右の各賃貸借契約書は、いずれも、右花岡善三郎が控訴会社の営業目的である一般乗用旅客自動車運送事業の免許を受けるためには、その申請書に当該事業用施設用地の確保占有を証する書面の添付を要すると言うので、当事者間には、右各契約書記載の如き賃貸借契約締結の事実はなかったが、右事業免許申請書に添付の目的で、便宜上当事者間においてその書類だけを作成したものであることを容易に認めることができ、原審及び当審証人花岡善三郎の各供述中、右認定に抵触する部分は、前掲の各証拠に照らして到底これを信用することはできないし、他に右認定を左右するに足る証拠もない。
そして右認定事実によれば、控訴人主張の各賃貸借契約は、いずれもこれを無効と言うよりは、むしろ当初から存在しなかったものとみるべきであるから、いずれにしても控訴人の右抗弁は、これを容れることができない。
(二) 使用借権存在の抗弁について。
控訴人は、控訴人主張の如き事情で、本件土地に対して主張の如き使用借権を有する旨主張する。
しかし設立途上における控訴会社が有効に本件土地の使用貸借契約をなし得ないことは、すでに上来説示(理由二、(二)、(イ)及び同三、(一)、(ロ))のとこから明らかであるばかりでなく、≪証拠省略≫によれば、被控訴人が昭和三五年一一月四日頃、設立中の控訴会社が本件土地上に本件建物を建築することを認めた事実を窺い知ることができるけれども、同時に右被控訴人本人の各供述によれば、それは、さきに認定のように、同年一一月二日すでに被控訴人と設立中の控訴会社との間に、本件土地の売買契約が事実上できており、控訴会社の設立から身を引いた被控訴人において、買受人の控訴会社が右地上に営業用施設たる本件建物を建築するのを拒む理由もないので、前記花岡善三郎から請われるまま、右売買代金の支払に先だって右建築を承認したと言うだけのことで、決して控訴人において、本件土地の無償使用を許されたものなどと言える筋合のものでないことが明らかであるから、控訴人の右抗弁もまたその理由がない。
四、よって最後に、控訴人の権利乱用の抗弁について検討する
(一) まず被控訴人は、右抗弁もまた時機に後れ、訴訟の完結を遅延せしめるものであると主張し、それが当審における昭和四〇年五月四日の最終の口頭弁論期日において提出された防禦方法であると言う限りにおいては、いささか時機に後れた嫌がないではないが、控訴人も右抗弁のため弁論の続行を求めたり、新らたな証拠申請に及んだりするものではなく、被控訴人も直ちにこれに対する答弁を了し、本訴は即日結審の運びになっているのであるから、少くとも、これをもって訴訟の完結を遅延せしめたものとは言えず、被控訴人の右主張は失当たるを免れない。
(二) そこで果して被控訴人の本訴請求が権利の乱用になるかどうかについて考えてみるに、被控訴人は、上来認定のように、自分が発起人代表となってその設立を企図した控訴会社が成立したときは、その事業用施設の用地として、控訴会社に転売するつもりで、本件土地を買受けたものであるが、その後設立資金の調達に困難を生じ、また設立途上における発起人間の和合協力関係にも危ぐの念をいだくに至ったので、昭和三五年一一月二日設立中の控訴会社に本件土地を売渡し、自らは控訴会社の設立から一切手を引くことになったものであるところ、その後約定の期限がすぎても控訴会社がその売買代金の支払をしないので、やむなく右売買契約を解除したと主張して、本件土地の所有権に基き本訴請求に及んでいるものであって、上来認定の事実、経緯に徴してもこれをもって信義則違反ないしは権利の乱用に当るとは到底言えないし、また本件の全証拠によるも、被控訴人の本訴請求を目して、信義則に反し、権利の乱用に当るとみなければならないような事実は認められないから、この点に関する控訴人の抗弁もまたこれを容れるに由なきものと言わなければならない。
五、以上説示の次第であってみれば、本件土地の占有権限について他に何らの主張も立証もない本件においては、その余の判断に及ぶまでもなく、控訴会社は、被控訴人所有の本件土地を不法に占有使用しているものと言わざるを得ず、そして原審の鑑定人佃順太郎の鑑定結果によれば、被控訴人主張の各当時における本件土地一坪当り一ヶ月分の賃料相当額が被控訴人主張のとおりであることもこれを肯認することができ、他にこれを左右するような証拠もないから結局控訴人は、被控訴人に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ被控訴人請求どおりの損害金を支払う義務があり、その履行を求める被控訴人の本訴請求は正当である。
六、よって、本訴請求を認容した原判決は、相当であるから本件控訴は、これを棄却することとし、被控訴人の附帯控訴にかかる仮執行の宣言は、事案と審理の経過に鑑みて、これを附するのを相当と思料し、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 島崎三郎)