大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和39年(う)1603号 判決 1966年4月22日

被告人 早川武雄 外二名

主文

原判決中被告人早川武雄、同小浴隆弘、同松岡利郎に関する部分を破棄する。

被告人早川武雄、同小浴隆弘、同松岡利郎を各懲役二年に処する。

原審における訴訟費用は被告人ら及び原審相被告人小川茂、同井上貴義の負担とし、当審における訴訟費用は被告人らの負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に編綴の各被告人本人及び被告人らの弁護人荻野益三郎、同船内正一連名、ならびに被告人小浴隆弘の弁護人清木尚芳のそれぞれ作成の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

被告人小浴隆弘の弁護人清木尚芳の控訴趣意第一点について

論旨は、原判決には理由のくいちがいがあるといい、原判決が証拠として掲記する「五立入り淡黄褐色液体(証第一号)」は原審記録中には存在しないのであつて、これを証拠とした原判決は違法であり破棄を免れないと主張するのである。しかし本件記録を精査するに、所論指摘のように、記録の押収物総目録中に証第一号として記載されているのは「四立試薬瓶入約二立位の液体(茶色)」であつて、原判決が証拠として掲記するものは「五立入り淡黄褐色液体(証第一号)」であるけれどもこれらは証拠番号に照し同一物であることが明瞭であつて、標示の更正に過ぎないと認められるから、これをもつて理由にくいちがいがあるとは考えられない。論旨は理由がない。

被告人小浴隆弘の弁護人清木尚芳の控訴趣意第二点について

論旨は、原判決が証拠として掲記する一、文礼花の検察官に対する供述調書(引用の警察官調書を含む)、一、斎藤登の検察官に対する供述調書二通(引用の同人の司法巡査に対する昭和三一年二月二四日附供述調書を含む)、一、井尻逸雄の検察官に対する供述調書(引用する同人の司法巡査に対する供述調書を含む)、一、被告人早川武雄の検察官に対する昭和三一年三月二八日附、五月二八日附、六月一日附、六月一九日附、六月二二日附各供述調書、一、被告人小川茂の検察官に対する同年五月二三日附、六月一九日附、七月一七日附各供述調書、一、被告人井上貴義の検察官に対する同年五月二三日附、同月二八日附、七月一七日附各供述調書、一、被告人松岡利郎の検察官に対する同年五月二四日附、同月三〇日附(二通)、七月六日附各供述調書(以上いずれも引用にかかる警察官調書及び一覧表を含む)はいずれも検察官調書中に引用された司法警察職員調書を併せて証拠になされており、右各供述調書は刑事訴訟法第三二一条第一項第二号書面として証拠調請求がされ、司法警察職員調書は同条第一項第三号書面であるにかかわらず、引用書面として検察官調書と共に取調べられているのであつて、原判決が本来証拠能力を欠くこれらの司法警察職員調書を証拠に供したのは、訴訟手続の法令違反であると主張するのである。

よつて案ずるに、本件記録によると所論指摘の各供述調書中には司法警察職員調書が引用されていて検察官調書の一部として共に証拠調請求がなされ刑事訴訟法第三二一条第一項第二号書面として証拠調がなされていることは所論のとおりである。もとより、検察官の面前において作成された書面と、司法警察職員の面前において作成された書面との間には証拠能力において差異があるから、検察官が自ら取調をしたという実体を備えないで単に警察官調書を読み聞かしただけでこれを検察官調書の内容として引用することは違法たるを免れないが、検察官において自ら取調をしたうえでその録取の反覆を省略するという意味において他の書面を引用することは、必ずしも違法とはいえない。所論指摘の書面を検討してみるに、検察官が取調をしたうえで、その反覆録取を省略したものと認められ、かつ、公判廷においてその引用につき、被告人並びに弁護人に異議がなかつたのであるから、所論指摘の司法警察職員に対する供述調書を各検察官調書の一部として共に刑事訴訟法第三二一条第一項第二号書面として証拠に供することは訴訟手続の法令に違反するものとはいえない。論旨は理由がない。

被告人小浴隆弘の弁護人清木尚芳の控訴趣意第三点、被告人早川武雄、同小浴隆弘、同松岡利郎の弁護人荻野益三郎、同船内正一連名の控訴趣意第二、被告人早川武雄、同小浴隆弘、同松岡利郎各本人の事実誤認の各控訴趣意について

論旨は、いずれも原判決の事実誤認を主張するのである。しかし原判決挙示の対応証拠及び当審における事実取調の結果によれば、原判決認定の事実は優にこれを認めることができる。すなわち、右証拠によれば、被告人早川武雄は、昭和二八年暮ころから、相被告人小浴隆弘と知合い共同出資して大阪市東区伏見町の船井製薬からオートンの原料を仕入れ、原審相被告人小川茂を技術者として大阪市旭区生江町三丁目二七五番地早川薬品工業株式会社生江工場においてオートンの製造に成功したのであるが、その後右船井薬品の相被告人松岡利郎からオートン原末の密造依頼を受け昭和二九年秋ころから、右小川、小浴と共謀して、オートン原末の密造を企画し、オートンの中間製品までは被告人早川、同小浴が借り受けた神戸市灘区本山町森八二三番地元芦屋化学研究所工場において右小浴が製造し、これを前記早川薬品工業株式会社生江工場において、右小川がオートン原末に完成することにしていたところ、昭和三〇年一月ころからは右小浴が小川の技術指導を受けて右元芦屋化学研究所工場でオートン原末の完成品を製造していたのであるが、結局、被告人早川、同小浴は、原審相被告人小川と共謀して昭和二九年一一月末頃から同年一二月二七日までの間、前記早川薬品工業株式会社生江工場において三-ジメチルアミノ-一・一-ジ-(ニチエニル)-一-ブデン塩酸塩麻薬原末合計約三キロ六〇〇グラムを製造し(原判示第一(一)の事実)、被告人早川、同小浴は、共謀して、昭和三〇年一月末頃から昭和三一年一月一二日頃までの間、前記元芦屋化学研究所工場において、前同様の麻薬原末合計約一〇キログラムを製造し(原判示第一(二)の事実)たのであるが、右オートン原末の密造と相前後して、被告人早川は、島薬品工業株式会社の島社長やその技術員である原審相被告人井上貴義及び被告人小浴と話合い前記元芦屋化学研究所工場で右小浴が覚せい剤の中間製品(ケトン)を造り、これを大阪市阿倍野区三明町二丁目三七番地島薬品工業株式会社工場において覚せい剤原末に精製する方法で、昭和二九年一二月中頃から昭和三〇年三月末頃までの間右島薬品工場において、塩酸フエニルメチルアミノプロパン覚せい剤原末合計約一五キロ五〇〇グラムを製造し(原判示第二(一)の事実)、その後同年三月末頃から右小浴が被告人早川の指図で前記元芦屋化学研究所工場において一貫して覚せい剤原末を密造し結局同年四月中頃から同年一二月中頃までの間に前同様の覚せい剤原末合計約三九キロ九〇〇グラムを製造し(原判示第二(二)の事実)たこと、右密造のオートン原末及び覚せい剤原末は、被告人早川や同小浴の手を通じて前記船井薬品の被告人松岡や右小浴の親友で薬品ブローカー辻伊三郎らに売渡されたのであつて、被告人早川は、昭和二九年一二月初旬から昭和三一年一月一二日頃までの間一一回にわたつて国鉄大阪駅前有料トイレツトなどにおいて、相被告人松岡との間でオートン原末合計約八キロ五〇〇グラムを代金合計一六五万五、〇〇〇円で売買取引をし(原判示第三(一)(1) 及び同第六(一)(1) の各事実)、昭和二九年一二月一〇日頃から昭和三〇年三月末頃までの間五回にわたつて、国鉄大阪駅などにおいて、辻伊三郎に対して右同様のオートン原末合計約三キロ四五〇グラムを代金合計七三万円で売渡し(原判示第三(一)(2) の事実)、昭和三〇年一月末頃から同年一二月二四日頃までの間三一回にわたつて大阪市北区角田町三五番地阪急航空ビル地下グリルシルバーなどで、相被告人松岡との間に、前記覚せい剤原末合計約四一キロ八〇〇グラムを代金合計一九二万七、〇〇〇円で売買取引をし(原判示第三(二)(1) 及び同第六(二)の各事実)、更に昭和二九年一二月中頃から昭和三〇年六月初頃までの間六回にわたつて同市東区淡路町三丁目一一番地喫茶店コスモポリタンなどで、辻伊三郎に対し前同様の覚せい剤原末合計約一〇キロ五五〇グラムを代金合計四三万二、〇〇〇円で売渡し(原判示第三(二)(2) の事実)たこと、被告人小浴は、昭和二九年四月末頃から同年五月五日までの間数回にわたつて同市南区南綿屋町二五番地健正堂薬局こと田中久一方で同人に対し、前同様のオートン原末約二キログラムを代金合計四〇万円で売渡し(原判示第五(一)の事実)、昭和三〇年一一月中頃前記国鉄大阪駅前有料トイレツトで相被告人松岡との間に、前同様の覚せい剤原末三キログラムを代金一五万円で売買取引をし、(原判示第五(二)及び同第六(二)(2) の各事実)、右小川は昭和二九年一一月初頃、同市城東区野江東之町四丁目九二番地自宅附近路上で、相被告人松岡との間に前同様のオートン原末五〇〇グラムを代金一〇万円で売買取引し(原判示第六(2) の事実)たことがそれぞれ認められる。所論は、原審において被告人らの製造販売した物件が麻薬又は覚せい剤であることの証拠として採用した差押物の各鑑定書並びに製造方法の鑑定書(但し西山誠二郎ほか一名作成の鑑定書は小川茂の司法警察職員に対する昭和三一年二月一八日附供述調書並びに添付製造工程説明図を資料としたものであつて、鑑定書記載の六月一八日は誤記である)につき被告人らとの関連性並びに証拠力を争い、本件製造及び取引にかかるオートン原末及び覚せい剤原末はいずれも未完成品又は不良品であつて、規制の対象となるオートン原末及び覚せい剤原末でないというのであるけれども、原判決の挙示する証拠によつて、右の物件と被告人らとの関連性の証拠は十分であり、また、その製造販売にかかる物件が原判示の麻薬又は覚せい剤であることは、原判決の挙示する証拠と当審における大阪大学薬学部製薬化学科教授田村恭光の鑑定書中「オートンについては、小川茂の司法警察職員に対する昭和三一年二月一八日附供述調書末尾添付のオートン原末製造工程説明図及び小浴隆弘の司法警察職員に対する同年三月二〇日附供述調書ならびに司法巡査畑田馨作成のオートン原末製造工程説明図により、右小浴供述調書の第九工程においてオートンカルビノール(オカラ)が得られ、更にこれに温度四〇度以下(約二五度)と温度四〇度以上(約五〇度)でアンモニア水を加えるといずれもオートン原末が得られ、小浴供述調書添付の製造工程の全工程によつて規制の対象であるオートン原末が得られる。そして覚せい剤については、井上貴義作成の製造工程によつて塩酸フエニルメチルアミノプロパン原末の製造が可能である」旨の記載を総合してこれを認定することができるのであるから、所論は採用できない。更に、所論は、被告人らの検察官及び司法警察職員に対する各供述調書は任意性と信用性がないと主張するのであるけれども、これらの供述調書を詳細に検討するに、その形式において欠けるところがなく、その内容において自然な供述がなされていて関係証拠とよく符合し誘導強制によつて供述を強要されたものと疑われる点もないからその任意性に欠けるところはなく、かつ、十分信用することができる。原判決が不同意の司法警察職員に対する供述調書を検察官に対する供述調書の内容として引用したものを証拠に採用したのは違法であるとの論旨についての判断は前段説示と同様である。所論は原審が適正になした証拠の価値判断を論難するにすぎないから所論は採用できない。また所論は原審証人久住徹、同越智徳次の供述はいずれも証明力がないというのであるけれども右各供述の証明力を疑わしむるに足るなんらの証拠もないから十分信用することができる。したがつて証明力がないとする所論も採用できない。以上の次第で、本件記録を精査しても原判決には所論指摘のような事実の誤認はない。論旨はいずれも理由がない。

被告人小浴隆弘の弁護人清木尚芳の控訴趣意第四点、被告人早川武雄、同小浴隆弘、同松岡利郎の弁護人荻野益三郎、同船内正一連名の控訴趣意第三、及び被告人早川武雄、同小浴隆弘、同松岡利郎本人の量刑不当の各控訴趣意について

論旨は、いずれも原判決の量刑不当を主張するのである。よつて本件記録を精査し、本件犯行の動機、態様、その他諸般の事情を考慮すると、本件は被告人早川、同小浴が共謀して麻薬原末合計約一三キロ六〇〇グラム及び覚せい剤原末合計約五五キロ四〇〇グラムを密造し、被告人早川が一六回にわたつて右麻薬原末合計約一一キロ九五〇グラムを代金合計二三八万五、〇〇〇円で譲渡し、三七回にわたつて右覚せい剤原末約五二キロ三五〇グラムを代金合計二三五万九、〇〇〇円で譲渡し、被告人小浴が数回にわたつて前記麻薬原末約二キログラムを代金四〇万円で譲渡したほか、覚せい剤原末約三キログラムを代金一五万円で譲渡し、被告人松岡が一二回にわたつて右麻薬原末合計約九キログラムを代金合計一七五万五、〇〇〇円で譲り受けたほか、三二回にわたつて右覚せい剤原末四四キロ八〇〇グラムを代金合計二〇七万七、〇〇〇円で譲り受け、更に、八回にわたつて無標示の五ccアンプル入注射用溶性メチル・ヘキサビタール合計九、四〇〇本を代金合計三七万六、〇〇〇円で販売した案件であつて、その犯行は営業的で回数も多く、その取扱い数量において大量であることなどから見て、被告人らの犯情は重大かつ悪質というの外はないが、本件は昭和二九年ないし三〇年の事件であり、同三一年八月に起訴せられ、同三九年七月第一審判決を経て、起訴後すでに一〇年に達している本件が被告人らの製造販売した物件について争があり、審理に長年月を要したものと思われるが、長期にわたつて被告人の座に置いたこと、年月の経過による法秩序の回復は量刑において参酌されなければならないと考える。そして、元来オートンは鎮痛剤として市販されていたものが昭和二九年麻薬として指定されたもので、比較的毒性の少ない化学製品であること、被告人らは、いずれも本件犯行後前罪を悔い改悛の情が認められること被告人早川は低血圧で倒れて病身であり、被告人小浴は現在宥栄化成株式会社の代表取締役として合成繊維の漂白剤の製造に従事し事業も順調に発展しており、被告人松岡は現在船井薬品工業株式会社の代表取締役社長であるかたわら、徳島大学医学部細菌学教室吉田教授の下に籍を置き研究副手をつとめておることや相被告人らとの刑の均衡を考え合せると、原審が被告人らに対して各懲役四年に処した量刑はいささか重きに過ぎるものと考えられる。論旨はいずれも理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により原判決中被告人早川、同小浴、同松岡に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に判決する。

原判決認定の事実に、その掲記にかかる各法条を適用して主文第二項第三項のとおり判決する。

(裁判官 山崎薫 竹沢喜代治 浅野芳朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例