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大阪高等裁判所 昭和39年(う)1704号 判決 1969年8月29日

被告人 渥美文夫

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官岡原昌男作成の控訴趣意書ならびに被告人作成の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであり、被告人の控訴趣意に対する答弁は検察官上西一二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一、被告人の控訴趣意に対する判断。

所論は文意やや明確を欠くが、その要旨は原判決が適用した昭和二九年京都市条例第一〇号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下単に本条例という)は日本国憲法第二一条第一項に違反する違憲の法令であり、かつ原判示第二の所為については、当日許可済のデモのコースである同志社大学―河原町今出川―四条河原町―円山公園と合致している四条河原町―円山公園の部分のみデモを行うことを公安当局に諒解させ、五条警察署から四条烏丸までは歩道上を歩き、烏丸四条から四条河原町までは、歩道が通行人で一杯でありまた歩道の一部が工事中であつたので、車道の歩道寄り部分を歩き、四条河原町からデモに入つたものであるから、このデモ行進については本条例を適用して有罪とすることはできない、というにあるものと推測される。

よつて先ず本条例が違憲の法令であるとの主張について考察するに、憲法第二一条の規定する表現の自由といえども、国民はその自由を濫用することを得ず、つねに公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うものであり、しかも集団行動による思想等の表現は、現在する多数人の集合体に潜在する力が激発するという作用を伴うおそれもなしとしないから、集団行動による表現の自由に関しても、地方公共団体としては、本条例のようないわゆる「公安条例」を以て、地方的情況その他諸般の事情を考慮して、不測の事態に備え、公衆の生命、身体、自由又は財産に対し集団行動の実施が直接の危険を及ぼすことを防止するため即ち公共の安寧を保持するため必要かつ最小限度の措置を事前に講ずることは止むを得ないところであると考えられる。また本条例第六条は、集団行動の許可申請に対し公安委員会は、「屋外集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならない」と規定していて、規定の文言上では許可制を採つているが、集団行動が公共の安寧を直接に阻害すると明らかに認められる場合の外は許可を義務付けており、その実質においては届出制と異ならないから、それによつて表現の自由が不当に制限されているものとも思われない。

原判決のこの点に関する説示は、以上の当裁判所の見解とその軌を一にするものであつて、本条例が表現の自由を保障する憲法の規定に違反しないとする原判決の判断は正当であり、これを支持すべきものである。よつて被告人のこの点に関する主張は失当である。

次に原判示第二の事実に関する前記主張について考察すると、原判決挙示の関係証拠によれば、当日実施することの許可を受けていた集団示威運動は、同志社大学正門から河原町今出川、四条河原町を経て円山公園に至るという径路のものであつて、その時間も午後二時三〇分から同三時三〇分までのものであつて、被告人が指導した本件集団示威運動とはその径路、時間を異にする別個のものであるし、かつ本件集団示威運動を右許可済の径路の一部である四条河原町、円山公園間の集団示威運動として行うことの許可ないしは諒解を、京都府公安委員会又は五条警察署長が与えたものとは認められない。(なお五条警察署前を出発する時から本件デモ隊は既に集団示威運動の態勢を整えていたものと認められるから、五条警察署前から烏丸四条まで及び四条通を東進しはじめた短距離の間デモが歩道上を行進したものと思われるけれども、そのことが示威運動でないとはいえない。)

原審証人角南正志、同浅田隆治(第二回)、同中島鎮夫の各証言及び被告人の原審公判廷での供述中、前記のような許可乃至諒解を五条警察署長から得たという趣旨の部分は、当時の同署長であつた原審証人堀江静雄の証言及び原判決挙示の証拠(原審証人秋田芳雄、同仲倉利幸、同岡村良吉、同藤井清治の各証言によれば、四条通の大丸前及び河原町四条において、同署署員沢田警視、細見警部等が、デモ隊に対し無許可デモであるから速かに解散するよう警告したことが認められる)に照らし、たやすく措信しがたく、他にこの点に関する原判決の認定をくつがえすに足る証拠はない。

よつて被告人の論旨はすべて理由がない。

二、検察官の控訴趣意に対する判断。

論旨の第一点は量刑不当を主張し、原判決が被告人を罰金刑に処したのは量刑軽きに失するというのであり、第二点は法令適用の誤を主張し、原判示第一の事実は昭和三六年六月二日の犯行であり、同第二の事実は同年一〇月一九日の犯行であるところ、被告人は京都簡易裁判所において、道路交通法違反事件により同年八月二二日罰金一、〇〇〇円の裁判を受け、同裁判は同年九月六日確定しているから、本件については、刑法四五条後段に則り、第一の事実と第二の事実とに対し、それぞれ刑を科すべきものであるのにかかわらず、原判決が同法四五条前段を適用して一個の刑を言渡したのは、法令の適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。よつて右何れの理由によるも原判決は破棄を免れない、というのである。

よつて先ず法令適用の誤りの主張について考察すると、検察官の請求により当審において取調べた被告人の前科調書によれば、被告人は昭和三六年八月二二日京都簡易裁判所において道路交通法違反罪により罰金一、〇〇〇円に処せられ同裁判は同年九月六日確定したことが明らかである。然しながら原審において検察官は右確定裁判の存在を立証しておらず、原審で取調べられた全証拠を精査しても、右確定裁判の存在を窺知するのに足る資料が存しなかつたことは記録に徴し明らかである。従つて原判決言渡当時を基準とする限り、原判決が所論の法令適用の誤りを犯したとはいえないが、然しながら当審において右確定裁判の存在が判明した以上、原判決には結局所論の法令適用の誤りがあつたといわざるを得ない。

ところで昭和四三年六月一〇日施行された刑法の一部を改正する法律(同年法律第六一号)附則第二項は、「この法律による改正後の刑法第四十五条の規定は、数罪中のある罪につき罰金以下の刑に処し、又は刑を免除する裁判がこの法律の施行前に確定した場合における当該数罪についても適用する。ただし当該数罪のすべてがこの法律の施行前に犯されたものであり、かつ、改正後の同条の規定を適用することが改正前の同条の規定を適用するよりも犯人に不利益となるときは、当該数罪については、改正前の同条の規定を適用する」と定めている。従つて原判示第一、第二の各罪及び右確定裁判に係る罪がすべて右改正法の施行前に犯されたものであることは明らかであるが、原判示第一、第二の各罪に対する刑は、本条例第九条第一項により、一年以下の懲役もしくは禁錮又は五〇、〇〇〇円以下の罰金と定められているから、本件は右附則第二項但書に該当するものでなく、同項本文によるべき場合であると解される。そして確定裁判に係る罪およびその罪の前および後に犯された罪のすべてが右改正法施行前のものであつても、改正法附則第二項但書にあたる場合を除き、改正後の刑法四五条の規定が適用され、このことは改正法施行後控訴審において原判決を破棄し自判するにあたり、刑法四五条の規定を適用する場合においても同様に解すべきものと思料される。従つて所論の法令適用の誤りを理由として、当審において原判決を破棄し自判したとしても、改正後の刑法四五条の規定に則り、被告人に対し一個の刑を科すべき筋合となり、その余の破棄理由が存しない限り、原判決と同一の刑を言渡さねばならないこととなる。従つて原判決の右法令適用の誤りは、右改正法施行前ならばとも角として、改正法施行後の現段階においては、結局判決に影響を及ぼすことなきに帰するに至つているものといわなければならない。従つて法令適用の誤りを理由として原判決を破棄すべきであるとする所論は失当であるといわなければならない。

最後に量刑不当の論旨について検討すると、なるほど本件各集団示威運動によつてある程度の交通渋滞を招来し、かつ被告人やその指導下に在つたデモ隊員等が警察官の制止に応ぜず示威行為を強行した事実は認められるが、本件各示威運動の主目的は政治的意見の表現に置かれていたのであり、その表現もわが国の法秩序全体を無視するほどの激越なものと認められないこと、ならびに本件に関しては警察官に対する暴行、傷害、あるいは公務執行妨害等の訴因は全く附加されておらず、集団示威運動の指導行為のみが起訴の対象となつていることや交通渋滞の点以外は一般公衆に迷惑、危害を及ぼしていないこと等にかんがみると、検察官の所論を検討し、かつ他の同種事案の量刑との均衡に留意しても、原判決が被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処したのが、量刑軽きに失するとは必ずしも断定しがたいと思料される。従つて検察官の論旨もすべて採用しがたい。

よつて、本件各控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項但書により、主文のとおり判決する。

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