大阪高等裁判所 昭和39年(う)359号 判決
判決理由〔抄録〕
司法巡査作成の実況見分調書、原裁判所及び当裁判所の各検証調書を綜合すると、長延方表道路(以下便宜南北道路と記載する)の被告人の駐車位置の後端から約八メートル九〇センチ南方において右道路と交叉し東西に通ずる幅員約五メートル四〇センチの道路(以下便宜東西道路と記載する)があり、被告人は東西道路を東進すべく方向転換しようとしそのために右十字路まで後退しようとしたのであるが、右長方店舗の南端から十字路の北西角に沿って高さ約一メートル九五センチの生垣が繞らされて居りかつ右の北西角には電柱があって右駐車位置から東西道路の十字路以西に対する見透しは不可能であることが認められる。
ところでこのような状況下で自動車を後退させる場合運転者として他人の誘導を受ける義務を課せられるか否かは問題であり、一般の乗用自動車又は貨物自動車にあっても交通事故防止の見地から言えば助手その他の同乗者のない場合でも能う限り臨時に他人の協力を要請してその誘導を受けるのが望ましいには違いないが、昭和三一年八月一日運輸省令第四四号自動車運送事業等運輸規則三四条二項がその本文において一般乗合旅客自動車運送事業者、一般貸切旅客自動車運送事業者、及び特定旅客自動車運送事業者の事業用自動車(特定旅客自動車の場合は乗車定員一一人以上)の運転者の遵守事項として、自動車を後退させようとするときは車掌の誘導を受けることを義務付けているのに反し、同項但書は、同規則一五条一項所定の車掌の乗務しない事業用自動車にあっては発車直前に警音器を吹鳴する義務のみを課し、後退の場合における前記遵守事項を義務付けてはいないから、このような通常乗客も多数で車体も長大な公共的輸送機関たる自動車についての規定との権衡から考えると、本件の場合が十字路への後退であるという特殊条件が加わっているにしても、運転者に他人の誘導を受くべき義務を課し得るものと断定し得るか否かは疑問である。
然しながら本件において運転者たる被告人が他人の誘導を受けることなく後退を開始する以上、他人の誘導を受けた場合と同様の安全度を保持し得る程度に後方及び側方に注意を払うことは事故防止上当然に要請されるところであるが、被告人は後退開始に先立ちその安全確認の方法として自車後部を廻って人影のないことをたしかめたに過ぎず、駐車位置より東西道路を見透し得る地点まで赴いて人車の通行の有無をたしかめた形跡はうかがわれないのであって、本件現場の東側に児童遊園地がありかつ十字路の周辺は人家が建ち並んでいる以上、運転者としては東西道路より南北道路に向って進入する人車のあることを予想してこれらとの衝突を事前に防ぐため東西道路と南北道路との関連を考慮した交通の安全を確認すべき業務上の注意義務を負うものと解すべきこと所論のとおりであるから、被告人は先ずこの点に関する注意義務を怠ったものというべきである。