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大阪高等裁判所 昭和39年(う)779号 判決 1965年6月21日

被告人 松本彦也 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意及びそれに対する答弁は、検察官岡原昌男名義の控訴趣意書及び弁護人能勢克男、同小林為太郎、同正森成二、同小牧英夫、同莇立明連名の答弁書(一)、同(二)各記載のとおりであるから、これを引用する。

本件控訴の趣意は、原判決は本件公訴事実である「被告人三名は、いずれも京都府立山城高等学校定時制(以下、山城定時制と略称する)教諭で、京都府立高等学校教職員組合(以下高教組と略称する)の山城定時制分会の分会員であるとともに、被告人松本は高教組副執行委員長、同波多野は同分会長、同玉村は同分会拡大斗争委員会の委員(以下同委員会の委員を拡斗委員と略称する)をしていたものであるが、京都府教育委員会(以下府教委と略称する)が昭和三四年三月二五日内示し、同年四月二日発令した人事異動により、さきに高教組を脱退した中村清兄が同定時制教諭に転勤となり、同定時制に校長、副校長を除き唯一の非組合員が存在することになつたので、被告人三名を含む同分会員は、高教組が右内示以来展開してきた人事異動反対斗争の一環として、中村教諭が非組合員であること、前任校当時勤務成績が悪かつたこと等の理由で同教諭の受入れを拒否しようと企て、同年四月七日京都市北区大将軍坂田町の同定時制事務室において、被告人三名のほか他の拡斗委員も出席のうえ、拡斗委員会を開き、被告人松本の提案により、(1)同教諭を同定時制教諭として絶対受入れない。(2)当分の間同教諭の登校を拒否する。(3)仮に登校しても職員室及び事務室に入ることを拒否する等を協議決定し、次いで同日と翌八日の二回にわたり、同定時制職員室において、被告人三名及び他の分会員も出席して分会会議を開き、被告人波多野から右決定事項を提案してそのとおり決議し、さらに、被告人松本らの発議により右決議を同教諭初登校の際被告人波多野、同玉村において直接本人に通告することをも決定し、ここに、被告人三名及び他の分会員は共謀のうえ、被告人波多野、同玉村において、同月八日午後六時ごろ、初登校した同教諭を同定時制応接室に呼び入れ、同室において同教諭に対し、「分会代表として分会の決議を伝える」と前置し、前記決議どおりの事項を申向け、もつて、団体の威力を示して同教諭の自由及び名誉に害を加うべきことを告げて脅迫したものである」との事実につき、被告人らが中村教諭に対し、右分会の決議を申し向けたのは同教諭の受入拒否斗争に協力方を求めるため説得要請したにすぎず、脅迫罪の成立を認めるに足る証拠が十分でないとの理由で、被告人三名に対し無罪を言渡したが、本件は、共同絶交の通告による脅迫と認めるべき事案であつて、原判決は重大な事実を誤認したか、または法令の解釈適用を誤つたものというべきである、といい、先ず第一点事実誤認についてとして、

一、本件犯罪の成否は、中村教諭の受入れ拒否斗争の原因、目的及び斗争の経過などを的確に把握し、これらの事情の下に本件通告が行われた点を総合判断するのを要するところ、この点に関する原判決の事実認定は誤つている。すなわち、1.本件受入れ拒否斗争は、中村教諭が高教組を脱退した非組合員であることが真の原因であり、私行上、校務遂行上、教育者として不適格であるというのが粉飾せられた理由なのであつて、原判決が認定の如く、渡辺教師の留任を実現するために教科と教員の定員の関係上中村教諭の転入を認め難いとの理由で同教諭の受入に反対したものではない。2.被告人らは中村教諭を集団排斥する意図をもつて分会の決議をなし、これに基き共同絶交の通告をしたものであつて、原判決の本件通告は人事異動反対斗争に協力方の単なる説得あるいは要請に過ぎないとの認定は誤りである。3.本件通告後における集団排斥の実情は、被告人らが中村教諭に通告した共同絶交の決議をそのまま実行に移したものである。

二、原判決は分会の決議ならびに申し向けの言辞の内容についても事実を誤認している。通告の趣旨は登校ないし入室拒否の通告以外の何物でもない。説得、要請とか、生徒らの動向からみて不必要な摩擦を避けるための配慮に基づく好意的言辞ではない。受入拒否の斗争を展開するなかで、その当人に対してこれが斗争への協力を説得、要請したものとみることは、それ自体極めて矛盾した論理である。又生徒らが中村教諭の受入れを拒否し、同教諭の授業をボイコツトするに至つたのは、被告人らの斗争に端を発し、これに刺戟され同調したものである。

第二点、法令の解釈適用の誤りについてとして、原判決は、本件通告をもつて脅迫罪にいう人の自由、名誉等に対する害悪の通知に当らないとしているが、右は本件通告の趣旨につき経験則に反する評価をなし、ひいては脅迫についての法令の適用を誤つたものである。通告の趣旨は被告人ら分会員全員が中村教諭を集団排斥する旨の通知であり、もし中村教諭が通告を無視して登校ないし入室するにおいては、実力で阻止することもあえて辞さないとの態度を暗示しているものと推測され、判例により脅迫罪の成立を認められている、いわゆる村八分における共同絶交の通告と同視すべきである。通告後中村教諭の登校ないし入室を実力で阻止した事跡のないことは認められるが、右事実の有無は脅迫罪の成立に何ら消長を来すものではない。又弁護人主張のように中村教諭の「教員として活動する自由」が監督権限を有する校長により保障されるべきものであるとしても、本件通告後の被告人らの行つた一連の行動等に徴すると、校長の権限によつて実質的に保障され得るものであつたとは到底考えられない。本件通告は共同絶交、集団排斥により中村教諭の教員として行うべき権利を妨害することを内容とするものであり、同時に差別待遇をすることにより、同人の教員としての人格を蔑視し、学校という職域社会における共同生活に適しない一種の劣等者として処遇しようとするものであるから同人の自由および名誉を侵害するものであることは明らかで、本件通告は、一般人をして畏怖の念を生ぜしめるに足る害悪の通告といわねばならない。原判決は通告の場におけるふん囲気が険悪なものでなかつたということも考慮しているが、本件では、通告の内容自体が重要であつて、通告現場のふん囲気を問題とすべきではない。共同絶交の通告が脅迫罪を構成するのは、一定の地域を基本とする集団社会における場合のみならず、職域集団においてもみられる。相手方の生存をおびやかすものであることも必要でない。(昭和三年八月三日の大審院判決、刑集七巻五三三頁参照)など主張するのである。

よつて所論及び答弁にかんがみ案ずるに、本件公訴事実のうち、被告人三名の学校、組合における身分関係及び山城定時制分会では府教委が昭和三四年三月二五日内示し、同年四月二日発令した人事異動により山城定時制の教諭となつた中村清兄教諭の受入れを、高教組が右内示以来展開してきた人事異動反対斗争の一環として拒否することになり、昭和三四年四月七日拡斗委員会において(1)中村教諭を同定時制教諭として受入れない。(2)当分の間同教諭の登校を拒否する。(3)仮に登校しても職員室及び事務室に入ることを拒否する等を協議決定し、同日及び翌八日の分会会議でも右決定のとおり決議し、同月八日午後六時頃、被告人波多野、同玉村は被告人松本らに促され、初登校した中村教諭を同定時制応接室に呼び入れ、同室において同教諭に対し、前記決議どおりの事項を通告したことは、原判決の当裁判所の判断の項において挙示している証拠により、原判決も認定しているとおり明らかである。そこで右通告が、検察官所論のとおり脅迫罪の脅迫に該当するものか否かを検討することにする。脅迫とは、本人またはその親族の生命、身体、自由、名誉、財産に対し、人を恐怖させるに足りる害悪を告知することであるが、問題となる告知がそれに該るかは、表示の内容を表示そのもののみならず、告知の原因、目的及び告知に至る経緯、又告知の方法、告知現場のふん囲気その他四囲の事情に照らして解釈すべきものと解する。告知後の告知者の被告知者に対する行動などは、事後のことで告知の内容そのものではないが、それも告知の内容が如何なるものであつたかを理解する資料となることはいうまでもない。さて本件通告の表示そのものは、前記のとおり(1)山城定時制教諭として受入れない。(2)当分の間、同校に登校を拒否する。(3)仮に登校しても職員室及び事務室に入ることを拒否するというのであつて、この表示だけを見ると集団排斥そのものを内容とする告知の色合いが濃厚であるが、この通告に至る経緯、通告の原因、目的、又通告の方法、通告の現場のふん囲気その他四囲の事情を検討するのに、それは原判決が当裁判所の判断の項において、その挙示証拠により認めるとおり次の状況である。すなわち、山城定時制分会は、昭和三四年三月二五日以来、高教組の指令に従い、府教委が同日内示し、同年四月二日発令した同年度府立高等学校教諭の人事異動は、さきに高教組と府教委間にとりかわされた人事異動に関する覚書に違反する無効のものであるとしてその撤回を求め、高教組傘下の各分会と共同してハンスト、日宿直拒否など反対斗争を展開すると同時に、特に同分会としては府教委に対し三月三一日限りで同定時制英語科臨時教師の身分を失うことになつている渡辺教師の留任を求めるとともに、右人事異動により同定時制に転入を予定されている社会科の中村清兄教諭を受入れできない旨主張したのである。その主張の理由は、同定時制では、従来英語科教師が不足し、昭和三四年度にはさらに英語科教授時間数が増加するため、右渡辺教師の留任に加え同科教諭一名の増員を必要とする状態であるのに反し、社会科については、同年度に一名転出しても同年度から教授時間数が減少するのでそのまままかなえる状態であつたので、同定時制としては、同定年度人事異動に際し、前記期限付教師となつて以来、教育的成果をあげ生徒に信頼されていた渡辺教師の留任と英語科教諭の増員を再三要望していたにもかかわらず、前記内示によると、右留任要求は容れられず、英語科教諭一名の転入と、転出予定の社会科尾関教諭の後任に、かねて教育態度や勤務状態にとかく問題のあつたほか、前任校において高教組の分会長当時分会費の使途につき非難せられたことなどあつて、その後高教組を脱退していた前記中村教諭が転入してくることになり従つて、教員定員の関係上、渡辺教師の留任を実現するためにも、中村教諭の転入を認めることができなかつたからである。そこで、前にも認定したとおりの四月七日、八日の拡斗委員会、分会々議の決議となり、前記のとおりの通告に至つたものであるが、その通告の状況は、分会長である被告人波多野と前年度の分会長である同玉村の両名が校長の了解を得たうえ、折柄初登校して校長室にいた中村教諭に分会代表として話したいことがあるから隣りの応接室へ来てほしいといつて同教諭を右応接室に誘い、テーブルを囲んでそれぞれ腰をかけた後、被告人波多野から口頭で決議どおり通告しその実現方を要請したが、同教諭はその間当分とはいつまでかと釈明を求めたりしてそれをきき終り、被告人両名に「お役目ご苦労」といい、被告人波多野に対し握手を求めたりしたこと、なお、拡斗委員会や分会々議においては、中村教諭の登校ないし入室をピケとかその他、何らかの方法で阻止するなどという話合いは全くなされず、八日の通告に際しても、そのような趣旨の話は中村教諭になされなかつたことが認められる。してみると、本件における波多野らの中村教諭に対する通告の内容は、中村教諭個人を専ら対象とする受入拒否、登校拒否、職員室、事務室入室拒否による集団排斥というよりは、高教組の府教委に対する人事異動発令の撤回要求斗争の一環としての山城定時制分会の運動方針である前記決議内容に当分の間応ずるようにとの説得要請であると解せられる。そしてその通告は、この通告に従わないときには実力を行使しても、これが実現をはかる趣旨までも含んでいたとも受取れない。現実にその後に中村教諭が登校もし又職員室に入室したことがあつたが実力でこれを阻止したようなことはない。検察官所論のように中村教諭の転入を拒否した真の原因は同教諭が高教組を脱退した非組合員であることだけとは検察官指摘の証人森田隆佳の証言、弁甲第二号証申入書写に徴しても認められない。中村教諭が非組合員であることも理由の一つであるが、同教諭が私行上、校務遂行上、教育者として好もしくないこと、のみならず渡辺教師の留任を実現するために教科と教員の定員の関係を考慮した上でのものであることは前記認定のとおりである。検察官の所論では、被告人波多野、同玉村の検察官に対する供述調書を原審が事実認定の証拠として採用しないかの如く主張するが、原判決は右調書を当該被告人の証拠として事実認定の資料としていることは原判示に徴し明らかである。ただ原審記録によると、被告人松本に対する証拠としては、同人が四月七日、八日の拡斗委員会、分会に出席していたかの点につき、右波多野、玉村の検察官調書を特信性ないものとして採用していないことが窺え、原審が証拠の取捨選択を誤つているとは認められない。なお本件通告後における中村教諭に対する分会の態度が、口頭による職員室から退室要求、無言戦術の持続、時間割編成において中村教諭の時間が組まれなかつたこと、生徒会等における被告人松本、同波多野、同玉村らの発言などにおいて検察官所論指摘証拠によれば、中村教諭に対してある程度の集団排斥をしている模様が窺えるが、だからといつてその際実力行使をしたわけでもなく、本件通告が分会の運動に当分の間応ずるようにとの説得要請であると解することと必ずしも矛盾しない。又受入れ拒否の斗争を展開するなかでその当人に対してこれが斗争への協力の説得要請とみることはそれ自体矛盾した論理であると所論は主張するが、なるほど協力方の説得、要請ということであれば、そうであろうが、本来斗争の対象は府教委であり、受入れ拒否運動に当分の間応ずるようにとの説得、要請なれば必ずしも矛盾するものではない。もつとも、この点原判決が協力方の要請とか、生徒らの動向からみて不必要な摩擦を避けるための配慮に基くものと認定しているのは、原審証拠に徴し肯認し難い。ところでこのような府教委に対する組合活動の人事異動反対斗争の一環としての所為である受入拒否等に応ずるようにとの組合役員の非組合員に対する説得、要請が脅迫罪の脅迫に該当するのであろうか。もちろん組合活動の一連の所為としてなされても、暴力に及ぶとか、その他社会通念上許される限度を越えるものは、違法なものとなされることはいうまでもない。なるほど受入拒否、登校拒否、入室拒否だけをとらえるといかにも学校なる職域社会からの集団排斥的で検察官所論のように中村教諭の教員として行うべき権利を一つの職域において否定することを内容とし、同時に差別待遇をすることにより同人の教員としての人格を蔑視し、学校という職域社会における共同生活に適しない一種の劣等者として処遇しようとするもので、個人の自由、名誉を侵害しようとする告知であるかの感を与えないでもないが、学校の職員をもつて構成する組合において一般の人事異動を全体に無効として斗争している際に、その組合の分会が右組合活動の一環として右組合の組合員でない職員に対し、教科と教員の定員との関係、その職員の教育者としての不適格性という理由に併せて組合員でないことを理由に、しかもこの理由を具体的に示さずただ学校への受入、登校、職員室への入室拒否を表明した場合、その表明だけでは、むしろ組合活動の許された範囲内の所為として社会通念上違法視すべきものでないと解する。ましてやそれが組合活動への説得、要請ということで表明に応じないときは実力をもつてでも阻止するとの内容を含んでいないとすれば、名誉自由に対し害悪を加うべき告知とはいえないのである。なお本件中村教諭の拒否の理由の一つが前記のとおり同人がかねて教育態度や勤務状態にとかく問題のあつたほか、過去に分会長当時に分会費の使途に非難せられるべきことがあつたことであつても、本件通告ではそれを特に表示しているわけでもないので、中村教諭において、暗にこれを推察し、名誉毀損的、悔辱的感情を受けたとしても、これをもつて違法視するわけにもいかない。殊に虚構の事実を理由としているわけでもないので、被通告者にしても甘受しなければならない程度と解する。以上勘案すると本件通告は人を畏怖せしめるに足る、名誉、自由に対する害悪の告知として違法視せしめるに足るものとは認められない。

結局原判決は相当というべく、本件控訴は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 石合茂四郎 三木良雄 木本繁)

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