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大阪高等裁判所 昭和39年(ツ)17号 判決 1965年3月17日

上告人 浅田トキ

右訴訟代理人弁護士 福本貞義

被上告人 漁士秋光

被上告人 漁士重義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

原判決が、被上告人秋光が神戸市長田区腕塚町九丁目一番地に部屋を借り同人夫婦の寝所としていることは当事者間に争がないとしたことは所論のとおりである。しかしながら、上告人は被上告人秋光が右場所を借り、ここに住居を移したと主張するのに対し、被上告人らは、被上告人秋光は右場所を借りてはいるが同人夫婦の寝所として使用しているにすぎないと主張しているので、原判決は、夫婦の寝所として使用することは、住居の目的に使用することの範囲内の一部であるとして、前示のように表現したものであって、上告人が被上告人秋光が右場所に住居を移したとの主張をやめたとする趣旨でないことは原判決文全体を通読すれば明白である。原判決には所論のような違法はない。

上告理由第二点について。

原判決が、建坪一二坪一五の本件家屋に被上告人秋光夫婦、被上告人重義夫婦とその子三人が世帯を異にしながら共同生活を営んでいると認定したことをもって、社会通念に反するものということはできない。

原判決は「近年になり被上告人重義の妻が上告人の弟方へ家賃を持参したこともある」との事実を認定した後、「以上の認定に反する各証拠(中略)は措信しない」と判示しているけれども、右認定事実は他の認定事実とともに列挙されているものであって、右認定事実のみをとりあげてこれに反する証拠があるがこれを措信しないという意味でないことは原判決の判文上明らかである。

訴状副本、期日呼出状が前記腕塚町九丁目一番地に昼間送達されたからといって、ここを宛名人である被上告人秋光の住所と認定しなければならないものではない。

その他の所論も原判決が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難することに帰し、採用することができない。

上告理由第三点について。

原判決は、被上告人秋光は昭和二〇年三月本件家屋を上告人の父から賃借し、ここに被上告人秋光の父母妻との四人が住んだ。翌二一年四月被上告人秋光の弟である被上告人重義が復員して同居し、間もなく結婚しその後三人の子供ができたが、引き続きここに住んでいる。被上告人らの父母は昭和二七年と同三〇年に死亡した。被上告人両名は共同でやすりの製造修理業を経営して今日に至っている。昭和三六年一一月被上告人秋光は腕塚町に部屋を借りその夫婦はそちらで寝泊りするようになったが、被上告人秋光は仕事のため常時ここへ通い、仕事が夜遅くなると時たまここへ寝泊りすることもあるという事実を確定したものである。原判決は、以上の事実関係のもとでは、被上告人秋光は従来どおり本件家屋で生業を営み、ただ狭いため他の借間で夫婦が寝泊りしておるにすぎないものであるから、弟の被上告人重義が従来同様その妻子とともに本件家屋に居住したとしても、被上告人秋光が被上告人重義に本件家屋を転貸したものとは断定し難いと判断したものであって、被上告人秋光は生活の本拠を本件家屋から他に移したものでなく、従来どおりこれを占有しており、被上告人重義に本件家屋の占有を移したものでなく、被上告人重義は独立して本件家屋を使用占有しているものではないから、右判断は正当である。

原判決は、民法第六一二条第二項が賃借権の無断転貸又はその譲渡に契約解除の制裁を与えているのは、賃借人であることを許すことができないような背信行為のある場合でなければならない。本件のように、当初は純然たる家族であった弟がその妻を得て家族が増し、やむを得ず別居しやすい兄が他所に間借りしたにすぎず、しかも弟の同居がすでに十数年継続し、兄弟は寝所は別にしているが、仕事場としては依然共同にしているような場合は、契約解除の事由とするに足りる背信行為と認めるべきではないと判断したものであって、右判断は次に示すとおり是認することができる。賃貸借は当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的な契約であるから、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで転貸した場合であっても、賃借人の右行為がこの信頼関係を破壊し賃貸借契約を継続させることが相当でないと認められるような背信行為にあたる場合に始めて解除権が発生するものと解すべきものである。また賃貸借が継続的な関係であることにかんがみ、当該行為が背信行為にあたるかどうかについては、所論のように、従来から相手方が信義を尊重しているのに一方が信義に反する行動に出ることが多かった事実があるかどうかも考慮に入れなければならないけれども、原判決が被上告人秋光が一〇年以前に上告人の父から賃料不払に基く調停申立を受けたり、被上告人秋光が本件家屋の雨漏りを修繕したのを不信行為でないと判断したのは、前示の意味において被上告人秋光の過去の行動を考慮の対象としたものであり、その不信行為でないとの判断は、原判決が適法にした証拠の取捨判断に基く事実認定の結果であって、所論のように、賃貸人が調停申立をしたのは、おだやかな解決手段を選んだものであり、また、賃貸人が賃借人の要求に従い修繕工事の資材を用意していたのに賃借人が一言の通告もしないで無断で工事をしたものであるとして、その不信行為でないとの判断を非難することはできず所論の事情についてまで一々説明を加えなければならないものではない。

原判決が零細な生活を営む人々の住宅事情が今なお苦しい今日においては、被上告人両名間のこの程度のことは家主として宥恕するのが社会的に見て相当であるというべく、上告人はこの理由をもってしては未だ解除権を行使することができないと判示するのは、賃料不払に基づく調停申立や修繕工事をした行為を指すものでないことは、「被上告人両名間のこの程度のこと」と表現すること、その他の判文上明らかである。

以上のとおり原判決には所論のような審理不尽、理由不備、法令解釈の誤りはなく、論旨はすべて採用することができない。

なお、上告人は昭和三九年一月二二日当裁判所に「上告理由の補充」と題する書面を提出したが、上告代理人が上告受理通知書の送達を受けたのは昭和三八年一一月二七日であって、民事訴訟規則第五〇条に定める提出期間を経過した後の提出であることが記録上明白であるから、これについて判断をしない。

そこで本件上告を棄却することとし、民訴法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊野啓五郎 判事 斎藤平伍 兼子徹夫)

<以下省略>

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