大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)350号 判決 1964年12月23日
控訴人 山本稔
右訴訟代理人弁護士 木村順一
被控訴人 森川治三郎
右訴訟代理人弁護士 中本照規
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金二五万円、及びこれに対する昭和三四年一二月二三日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その三を控訴人の、その一を被控訴人の負担とする。
この判決は控訴人勝訴の部分に限り金八万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一二〇万円及びこれに対する昭和三四年一二月二三日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払わねばならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、
控訴代理人において、
事実関係につき、本件売買契約における当初の履行期日(昭和三四年三月末日)は合意により無期延期されたものであって、これによって契約を存続したままで売主、買主の協力による転売と利益折半を特約したものである。そして右転売の方法は、控訴人が本件売買目的物件全部につき買主を探して売渡すか、又は被控訴人において予め控訴人に告げて右物件の全部又は一部につき買主を索めて売渡すものとし、被控訴人が転売したときは、その代金中より本件手付金一〇〇万円全額を控訴人に返還し、転売代金が本件売買代金より高額のときは、その差額を控訴人、被控訴人に折半して分配する趣旨の約定であった。右控訴人の転売権は慣習により控訴人が有していたものである。右特約により転売した場合においても本件売買契約は解除される趣旨ではない。被控訴人主張の契約解除の抗弁は否認する。と述べ、
立証≪省略≫
被控訴代理人において、
事実関係につき、本件売買契約条項中には、買主が契約上の義務に違反したときは手付金は売主が没収し、買主へは返戻しない旨、及び契約違反の場合には、双方共催告又は通知の手続を要せずして契約は解除せられる旨の特約があり、本件契約の履行期日は一旦、昭和三四年四月末日に次いで同年五月末日に再度延期されたが、右期日に控訴人は代金支払をしなかったので、右特約により当然契約解除となり、手付金は被控訴人により没収せられたものである。なお訴外株式会社新日本住宅に対する本件物件の売買は、被控訴人が転売したものでなく、本件物件の共有者等が直接売却したものであり、被控訴人は右売買により何等の利益をも得ていない。と述べ、
立証≪省略≫
理由
一、昭和三三年一二月三一日被控訴人を売主、控訴人を買主として、本件山林(原判決末尾添付目録記載の山林、坪数に換算して計九、四一七坪)につき、控訴人主張の約定の売買契約(代金坪当り五〇〇円、総額四、七〇八、五〇〇円、履行期昭和三四年三月末日)が成立し、同日控訴人より被控訴人に対し手付金として金一〇〇万円を支払ったこと、当時右山林は被控訴人ほか八名の共有であったこと及び右履行期は契約当事者の合意により延期せられたこと(但し控訴人は別段期限を定めず延期したと主張し、被控訴人は昭和三四年四月末日に延期し、さらにこれを同年五月末日に延期したと主張)はいずれも当事者間に争がない。
二、ところで控訴人は、昭和三四年三月末日の履行期日に、同日の履行を延期すると同時に、控訴人より被控訴人に本件山林の転売につき協力を求め、被控訴人においても予め控訴人に通じた上で、新たに、買手に売渡しすることを認め(一部でも差支ない)、被控訴人において新たな買手に売渡したときは、前示手付金全額を控訴人に返還し、かつ売買利益(控訴人に売渡した値段より高いときその差額を利益とする)を、控訴人、被控訴人間において折半分配する旨の契約をした旨主張するに対し、被控訴人はかかる契約をしたことはないと争うので考えるのに、原審及び当審における証人森井由造の証言と控訴人本人尋問の結果の各一部を綜合すると、控訴人は被控訴人から本件山林を買受ける契約をした数日後の昭和三四年一月四日頃、本件山林を実地に見分したところ、相当大規模な宅地造成工事を施す必要があり、自己の手に負えないことが判明したので、速かに転売して、せめて被控訴人に支払った手付金だけでも回収したいと考え、早速本件売買契約の仲介をした訴外森井由造を介し被控訴人に対し本件山林を他に売却して被控訴人が新たな買手より取得する代金をもって前示手付金を返還して欲しい旨申入れ、被控訴人も異議なくこれを承諾し、ここに被控訴人は本件山林をさらに他に売却する権利を与えられるとともに、他に売却して代金を取得したときは、前示手付金を控訴人に返還して本件売買契約を合意解除する旨の契約が成立した。そこで被控訴人は新たな買手を探したが、適当な買手なく、そのうち本件売買契約の履行期日(昭和三四年三月末日)が到来したので、控訴人、被控訴人合意の上取敢えず右履行期日を延期し、さらに適当な買手を物色することとしたことを認めることができ、原審における被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかし右契約の際、売買利益(新たな買手に対する売買代金が本件売買代金より高いときの差額)を控訴人、被控訴人間において折半分配する約定も同時になされた旨の控訴人の主張は、これを肯認するに足る確証なく、前示森井証人及び控訴人本人の当審における供述中右控訴人の主張に副う部分は、前認定の事実と右森井証人の原審における、利益は同証人と被控訴人において分配したらよいと控訴人が申していた旨の供述部分に照らしにわかに措信し難い。
三、ところで控訴人は、被控訴人において昭和三四年八月六日本件山林全部を訴外株式会社新日本住宅に代金坪当り六二五円で売却したから、ここに被控訴人は控訴人に対し前示契約に基き本件手付金全額を返還すべき義務を生じた旨主張するに対し、被控訴人は、本件売買契約の履行期日は控訴人の申出でにより同年四月末日、次いで同年五月末日と二回にわたり延期せられたが、被控訴人において同年五月末日の履行期日に代金の支払をなさず、契約に違反したので特約により、本件売買契約は当然解除となり、本件手付金は被控訴人において没収した、しかして訴外株式会社新日本住宅との右売買契約は、右の如く本件売買契約が解除となった後に、本件山林の共有者全員と右訴外会社との間に直接成立したものであるから、被控訴人において本件手付金を返還すべき義務はない旨主張するので、先ず被控訴人主張の契約解除の成否について考えるに、仮に被控訴人主張の如く本件売買契約の履行期日が二回にわたり延期された事実があったとしても、前認定の事実によれば控訴人、被控訴人双方とも、履行期日に当初の契約どおり現実に履行する意思はなく、第三者に対する売却の実現を待つため履行期を順次延期したものと認められ、控訴人主張の最終の履行期日までに第三者に対する売却が実現しないときは当初の契約どおりに履行すべきものとする合意が新たに成立したことを認むべき証拠もない。従って控訴人に代金不払の違約があったとなす被控訴人本人の供述は措信し難く、右被控訴人主張の契約解除は認められない。そこで次に被控訴人が本件山林を訴外株式会社新日本住宅に売渡した事実があるかどうかについて考えるに、
≪証拠省略≫を綜合すると、本件山林は被控訴人森川(持分八分の一)、訴外村上恒雄(持分四分の一)、訴外今村新一郎(持分八分の一)、訴外山下ナオヤス(持分四分の一)、訴外八木伊之吉(持分一六分の一)、訴外堀口豊次郎(持分一六分の一)、訴外土谷ミツエ(持分一六分の一)、訴外堀某(持分三二分の一)、及び訴外森田某(持分三二分の一)の九名の共有だったので、被控訴人は本件売買契約締結の前後から順次他の共有者との間に持分買取の契約を結び、手付金を差入れ、その履行期を本件売買契約の履行期日と同日の昭和三四年三月末日と定めていたが、前認定の如く本件山林の第三者への売却が実現しないためやむをえず他の共有者に右履行期日の延期を申入れ、同年四月末日、次いで同年五月末日と二回にわたり履行期日を延期して貰ったが、それでもなお履行の見透しがつかず、かつ被控訴人が共有者からは坪当り三〇〇円の値段で買受けの契約をし、控訴人には坪当り五〇〇円の値段で売渡す契約をしていることが他の共有者の一部の者に判ったので、共有者のうち大口持分を有する村上、今村、山下はこれ以上履行期日を延期することを承諾せず、被控訴人に対し右持分売買を解除し、手付を没収する旨申出でるとともに、被控訴人に対し新たな直接の買手を斡旋してくれるよう依頼するに至った。
そこで被控訴人もやむをえずこれを承諾し買手を物色しているうち、株式会社新日本住宅が買手として現われたので、被控訴人は右今村、山下の委任を受けた村上恒雄とともに右訴外会社と売買の交渉をなし、その結果昭和三四年八月六日同訴外会社との間に本件山林全部を代金坪当り六二五円(本件山林全坪九、四一七坪で五、八八五、六二五円)で売渡す契約が成立したが、便宜上被控訴人を共有者全員の代表者と定め、売主代表者森川治三郎として売買契約書(甲第四号証)を作成した。そして売買代金も右大口持分権者の村上、今村、山下の三名は右訴外会社から直接受領し(村上、山下の両名は、もとから有した持分各四分の一のほかに、被控訴人が訴外土谷ミツエから買受けの契約をしていた同人の持分一六分の一の半分宛を被控訴人から違約金代りに取得していたので、村上、山下の両名は各持分三二分の九の割合により、今村はその持分八分の一の割合によりそれぞれ受領)、また訴外八木伊之吉はそれより以前に同人の持分一六分の一を被控訴人に譲渡し、被控訴人よりさらに控訴人に譲渡されていたので(従って同訴外人の持分については本件売買契約の一部が履行されていたことになる)、右八木の持分に相当する代金は後日株式会社新日本住宅より控訴人に直接支払われ、被控訴人が同訴外会社から支払を受けた代金は被控訴人の持分八分の一、訴外堀口豊次郎の持分一六分の一、訴外堀某の持分三二分の一、訴外森田某の持分三二分の一計三二分の八の割合による代金一、四七一、四〇〇円であったこと(右堀口、堀、森田の持分は被控訴人が同人らより買受け、実質上被控訴人の所有に帰したものとして売却し、代金を受領したものと認められる)を認めることができ、叙上の認定に反する証拠はない。右認定の事実によると前示村上、山下、今村の持分計三二分の二二の売買は実質上同人らと訴外会社との間に成立したものであって、被控訴人は単に名義上売主代表となったものにすぎず、かつ同人らが被控訴人との間の持分売買契約を解除し、新たに訴外会社に各自の持分を売渡すに至ったのは、控訴人が自己の都合により当初の契約どおりの履行を欲せず、被控訴人に第三者への売却を依頼した結果によるものであるから、かかる事態となったことについて被控訴人は控訴人に対し責任を負わないものと解するのを相当とし、またもと八木伊之吉の持分であった一六分の一は本件売買契約の一部履行として既に控訴人の権利に属したものを被控訴人において売渡したものであるが、後日控訴人において右持分の売買を追認し、訴外会社から直接右持分相当の代金を受領しているから(この点控訴人の主張自体からも明らか)、右持分については控訴人と訴外会社間に売買があったものと認めるのが相当である。そうすると結局被控訴人として訴外会社に対し売渡した持分は残余の三二分の八ということになり、この分の売却については被控訴人は控訴人に対し前認定の契約上の義務を免るべきいわれはない。もっとも前認定の契約においては、持分の一部が被控訴人により他に売却せられた場合、如何なる範囲で本件手付金を返還すべきかについて何ら定めはなされていないけれども、かくの如き場合には被控訴人の売却した持分の割合に応じて手付金を返還し、本件売買契約を一部解除する意思であったものと解することが契約の全趣旨に照らし相当と認められる。
そうすると被控訴人は控訴人に対し本件手付金一〇〇万円のうち、その三二分の八に相当する金二五万円を返還すべき義務があるものと認めるのが相当である。
よって、本訴請求中手付金二五万円の返還とこれに対する本件訴状が被控訴人に送達せられた日の翌日であること記録上明らかな昭和三四年一二月二三日以降完済に至るまで商事法定利率年六分(弁論の全趣旨によれば本件売買は商行為と認められる)の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきもその余の請求すなわち右認容以外の手付金返還請求部分は、他の理由に基けば格別、控訴人主張の契約に基き請求する限りにおいては理由がなく、利益金の支払を求める請求部分は、控訴人主張の利益分配契約の存在が認められないからこれまた理由がなく、いづれも棄却すべきものである。
よって控訴人の請求を全部棄却した原判決はこれを変更すべきものと認め、本件控訴は一部理由があるから訴訟費用の負担につき民訴法第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 奥村正策)