大阪高等裁判所 昭和39年(ラ)235号 決定 1965年11月09日
抗告人 西田庄吉(仮名) 外一名
相手方 大宮梅子(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
一、本件抗告の趣旨ならびに理由は別紙記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
(一) 抗告人らは、相手方は被相続人亡西田一作の四女であるところ、右被相続人に対し重大な侮辱を加える等の行為をあえてしたから廃除さるべきである旨るる主張するので、以下かかる廃除原因の有無について考察する。
一件記録中の戸籍謄本(筆頭者中西太一の分)、公正証書、家庭裁判所調査官の調査報告書、原審での田中次男、同西田初男、同西田めいこの各審問の結果、原審ならびに当審での抗告人本人西田庄吉、同佐藤治平、および相手方本人大宮梅子の各審問ないしは審尋の結果等を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 抗告人庄吉は被相続人亡西田一作の四男、相手方はその四女であるところ、一作の推定相続人は右抗告人および相手方のほか同人と先妻さだとの間に出生した長男初男、三男行男、および昭和二七年五月三一日に婚姻した後妻めいこの五名であるが、一作は昭和三八年六月頃から癌のため病床に臥し、同年一二月五日死亡した。
(2) 一作は、右死亡に先立ち同年一一月一二日中村松平、田中次男の両名の証人として立会わせたうえ、神戸地方法務局所属公証人朝山二郎作成の公正証書による遺言をなしたが、右遺言は、右行男および相手方を廃除するほか、一作の全遺産のうち金二〇万円を右初男に、その余を全部抗告人庄吉およびめいこに遺贈し、かつ、右遺言執行者に抗告人両名(抗告人治平はめいこの実弟)を指定すること等を内容とするものである。もつとも、右公正証書によると、行男に対する廃除の理由として、後記暴行の事実等がかなり具体的に記載されているのに比し、相手方に対する廃除理由は抽象的で、「梅子(相手方)に対しては、遺言者(一作)としては誠心誠意できるだけのことをしてやり今日に至つたところが、遺言者が病床に臥している矢先遺言者の行動思考に対してまで行男ともども干渉し、罵言雑言を放ち不可解な行動を行ない全くもつて重大なショックを与える非道行為を行なつた。」(第四条)というのである。
(3) ところで、一作が右遺言をなすに至つた経緯は次のとおりである。すなわち、
まず行男についていえば、行男はもともと一作と折合いが余りよくなかつたところ、たまたま昭和二五年末頃行男が一作と意見の衝突をきたしたことに激怒し、その顔面等を数回殴打したことがあつて以来両者の仲は一層気まずくなり、行男は遂に一作と別居するに至つた。一方、相手方は一作の一人娘であり、かつ、かつてカリエスを患い病弱であつたところから、一作は相手方をとりわけ可愛がり、その折合いはよかつたのであるが、ただ、相手方と前記めいことの仲は、先妻の子と後妻の関係もあつて必ずしもしつくりゆかなかつた。
ところで、相手方は、昭和二八年一一月一一日大宮俊男と婚姻し、その後一作方等で俊男および子供一人とともに生活していたものであるところ、俊男において昭和三六年一〇月二〇日一作から西宮市○○町所在の新築家屋を代金七〇万円で、また、その敷地を代金六〇万円でそれぞれ買い受けてここに移り住むこととなり、右家屋については、その頃右代金の支払いをすませ、かつ、その名義に登記を受けたのであるが、右敷地については、手付金兼内金の趣旨で金二〇万円を交付したのみで、残代金の支払いを了しておらず、右敷地は依然一作所有名義のままであつた。そこで、相手方は、一作死亡後その遺産ことに右敷地の所有権の帰属等をめぐつて紛争を生ずることを恐れ、一作の存命中にこの問題を解決しておきたいと考え、その死亡する二ヶ月位前から一作に対し、右残代金の支払いを免除し、右敷地が俊男の所有であることを認めるよう懇請を続けた。一方、行男も相手方とは別個に一作に対して財産分けを強く迫り、一作がこれを拒絶するや、「そんなこともしてやらんという親だからそんな業病にもなる。」などと同人を罵つたこともあつた。そして、これらのことが病臥中の一作の癇にさわり、一作は行男に対してはもちろん相手方に対しても漸次不快の念を抱くに至り、たまたま、一作が相手方に対し「行男の尻馬に乗るな。」等と注意し、また、右敷地の所有権の問題につき、「いままでどおりでいいじやないか。」等と発言したことがきつかけとなつて、相手方も感情のたかぶるまま一作に対し、それでも親といえるかという趣旨の言葉を口にしたことがあつたため、両者の仲はその後急速に気まずくなり、相手方は一作を見舞うこともしなくなつた。そして、このような事態のもとに、一作は前記遺言をなすに至つたのであるが、心底から相手方を憎んでいたわけではなく、右遺言をなすに際しても、行男にはなにもやりたくないが、相手方には少し財産を分けてやりたいという意向をもらしていたものである。右認定の事実に徴すると、相手方が瀕死の床にある父一作に対し、これを非難するごとき前記言辞を弄したことは、理由はともあれ穏当を欠くものというべく、相手方はこのことを十分反省する必要があるといわなければならない。しかし、他方、一作において前記敷地につき前記売買がすでに成立している事実を全く無視し、あたかも相手方が行男と気脈を通じて無理にでもこれを手に入れようと策動しているごとく勘繰つた発言をしたことが日頃一作を信頼していた相手方の気持をひどく傷つけ、相手方も昂奮の余り、いわゆる売り言葉に買い言葉のたとえをそのままに同人に対し右非難の言葉を思わず口にしたというのが実情であつて、その証拠に、相手方は、右以外には同人に対し非難がましいことは述べていないのであるから、この点恕すべきところなしとしない。これらの事実に照らし、相手方の右言辞を目して被相続人たる同人に対する民法八九二条所定の「重大な侮辱」に該当するとなすことは相当でないといわなければならない。もつとも、相手方が右のとおり一作と感情的に対立したことがあつて以来同人を見舞わなくなつたことは前記認定のとおりであるけれども、両者の和睦をはかるような尽力のなされた形跡の全然見当らない本件においては、相手方として気まづい思いのまま同人を見舞うことをためらつたものと考えられ、これが前同条にいわゆる「虐待」ないしは「著しい非行」にあたると速断することは許されないものというべきである(抗告人ら引用の各大審院判例はいずれも本件に適切であるとはいい難い)。そうであれば、一作のなした前記廃除の遺言は、これがなされるに至つた前記経緯ならびにその内容等に照らし、行男に関する部分は格別、相手方に関する部分は一時の激情にかられてなされたものであり、廃除原因を欠くものといわなければならない。したがつて、抗告人らの前記主張は採用できない。
(二) そうすると、相手方に対する抗告人らの本件廃除の申立ては理由のないものというべきであるから、これを排斥した原決定は相当であり、本件抗告は棄却を免れない。
よつて、抗告費用の負担につき民訴法九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長判事 金田宇佐夫 判事 日高敏夫 判事 中島一郎)
抗告理由<省略>