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大阪高等裁判所 昭和39年(行コ)41号 判決 1968年6月14日

控訴人

兵庫県教育長

被控訴人

上田理

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請決を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文と同趣旨の判決を決め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の本案前の主張)

一  被控訴人より控訴人(兵庫県教育長)に対しなされた専従休暇の承認申請については、未だ不承認処分がなされているものとはいえない。すなわち控訴人に休職事由のあることを知つて被控訴人に対し、専従休暇の承認をしない方針(意思)をとるにいたつたとしても、右方針(意思)は、未だ控訴人の内部的な意思決定に過ぎないから、これを外部に表示したとみるべき行為のない限り、直ちに黙示による不承認処分がなされたものと認めることはできない。被控訴人の承認申請と同時に、訴外黒川鹿雄、同橋本三郎からも承認申請が提出され、これについて、控訴人より昭和三七年五月三〇日付で承認処分がなされたとしても、該処分と同時に反射的かつ必然的に、被控訴人に対しても不承認の意思のあることが客観的に明確となり、その意思が外部に表示されたものと認めることはできない。承認申請をした被控訴人、黒川、橋本の三名はそれぞれ審査すべき事情条件を異にしているから、右審査に要する時間に差等があるのは当然である。被控訴人については刑事事件で起訴され、休職事由のあることが判明したから、その承認申請を保留し、被控訴人とその事情を異にする黒川、橋本に対してのみ承認処分をしたものである。従つて控訴人より控訴人に対し、不承認処分が明示的になされたものといえないのはもちろん黙示的になされたものと認める余地もなく、結局本件取消訴訟は、その取消の対象となるべき行政処分を欠き、不適法なものとして却下を免れない。

二  かりに被控訴人の専従休暇の承認申請について、控訴人より不承認処分がなされたとしても、その処分に対し、次のとおり法定の審査の請求その他行政上の不服申立手続を経由していないから、本訴は不適法なものとして却下を免れない。

(一)  不承認処分は地方公務員法(以下単に地公法ともいう)第四九条に定める不利益処分であるところ、同条に定める審査の請求を経由していない。

(イ) 不利益処分の審査は、特別権力関係にある任命権者とその職員との間の内部的な不服申立方法であり、一般国民より行政庁に対してなされる不服申立方法と比較し、より行政的審査に適合するものであるから、その審査事項が広範囲となるように解釈するのが相当である。

(ロ) 行政機関を構成する職員については、その勤務関係から生ずる争訟を審査する機関として、行政庁内に人事委員会が設置されている。人事委員会は地公法により創設された専門的人事行政機関であつて(同法第八条、第九条参照、準司法的手続で審査し(同法第一項参照)、それにふさわしい構成がとられている。従つて職員が行政処分の違法を主張してその取消訴訟を提起する場合には、これが職員の勤務関係から生ずる事項に関する限り、先ず人事委員会の審査を経由しなければならない。

(ハ) 地公法第四九条第二項には「職員は、その意に反して不利益な処分を受けたと思うときは、………」と規定されているのみで、該不利益処分の範囲につき、なんらの限定をしていない。そしてその当時施行されていた昭和三七年一〇月一日付改正前の地公法第四九条第四項によれば、任命権者から処分説明書の交付を受けているか否かを問わず、該不利益処分に対し審査の請求をなしうるものと規定されている。そうすると専従休暇の承認申請者に対し不承認処分をなすことは、まさに該申請者に対しなされた「その意に反する不利益な処分」といわなければならず、現に被控訴人はその意に反して不利益な不認処分を受けたことの故に、該処分の取消を求めるべく、裁判所に出訴しているのである。

(ニ) 被控訴人主張のように専従期間の経過後も、地公法第三八条に違反するとして懲戒処分を受ける可能性のあることを理由に、訴の利益を肯定する見解をとるとすれば、これと同様の理由で、かつより広く審査請求の利益すなわち不承認処分は地公法の不利益処分に当たるとして、その審査の対象となりうることを認めなければならない。

(ホ) 「職員団体の役員として選出された職員が、職員団体の業務に専従しうることは、………その職員に認められた労働契約上の権利である。」とする見解(原判決理由欄説示)をとる以上、任命権者である控訴人が被控訴人の右労働契を上の権利行使を拒否する処分は、まさにその職員にとつて不利益処分であるというべきである。

(ヘ) 以上のとおりであるから、被控訴人は昭和三七年一〇月一日付改正前の地公法第四九条第二項第四項により、不承認処分のなされた昭和三七年五月三〇日より一五日経過後の同年六月一四日までに、該処分説明書の交付請求をなすべきものであり、これをしなかつた以上、右期間の経過とともに、不承認処分は不可争のものとなつた。かりに右の場合不承認処分後三〇日を経過したときをもつて、不可争の効力が確定するとの見解をとるとしても、不承認処分のなされた昭和三七年五月三〇日より右三〇日経過後の同年六月二九日までには、不可争のものとなつた。

(ト) そうすると不承認処分は地公法に定める不利益処分に該当し、行政事件訴訟特例法第二条、行政事件訴訟法附則第三条但書により、本訴は不適法なものとして却下を免れない。

(二)  かりに不承認処分が地公法にいう不利益処分に該当しないとしても、訴願前置の手続を経由すべきものである。

行政事件訴訟特例法のもとにおいては、訴願前置の原則が採用され、同第二条により、行政処分の取消を求めるすべての抗告訴訟につき、行政審査を経由することが出訴の前提要件と定められていたから、かりに不承認処分が地公法にいう不利益処分に該当しないとしても、不承認処分に違法ありとして、その取消を求める本訴を提起するについては、先ず審査の請求をなすべきものであり、これを経理しないで提起された本訴は不適法なものとして却下を免れない。

三  専従休暇に対する本件不承認処分の取消を求める本訴は、その専従休暇の期間経過により、次のとおり法律上の利益を欠くにいたつたものといわなければならない。

(一)  本件不承認処分の取消を命ずる判決の確定により、原則として、該不承認処分の効力を遡及的に消滅させるものであるが、このように法律上その効力を遡及し、不承認処分のなかつた状態が現出されたとしても、不承認処分後の事情の変更のため、被控訴人において右取消判決を得ることにより期待していた法律上の利益がすでに消滅する等、右取消判決によつてはもはや救済しえない事態が発生していたとすれば、右取消判決をもつてしても、被控訴人の期待していた法律上の救済は不可能となり、この意味において、本件不承認処分の取消を求める訴の利益は失なわれたものといわなければならない。すなわち本件不承認処分が取消されたとしても、もはや承認を求めた専従休暇の期間は既に経過し、これを承認するに由ないものというべきである。

(二)  (イ)、被控訴人は専従期間経過後である現在においても、本件不承認処分の存する限り、地公法第三八条違反の責を問われる取能性(虞)があるから、この可能性を除去するため、右不承認処分を取消す利益があると主張するが、右のとおり地公法第三八条違反の責を問われるがごとき事態の発生は、将来不確定であるばかりでなく、右は、被控訴人が不承認処分を無視し、組合の業務に従事したという別個の事実に由来するものであつて、不承認処分自体により、当然かつ直接的に招来されるものということはできない。従つて本件不承認処分を取消すことにより、回復さるべきなんらの利益も存在しない。なお本訴においては、単に専従休暇申請につきなされた不承認処分の取消を求めるのみで、積極的に右休暇の承認を求めるものではないから、たとえ本訴請求を認容する旨の判決が確定したとしても、承認および不承認のいずれの処分もない法律関係が形成されるに過ぎないのであり、被控訴人において承認を受けないで実力的に専従した責を問われる可能性は除去されることなく、依然として存続するものといわなければならない。したがって、右可能性が除去される点に、本訴提起の利益があるものということはできない。更に行政庁の処分は、その瑕疵を理由に取消しうる場合でも、取消されるまでは適法性の推定を受けるから、公務員たる被控訴人が任命権者たる控訴人の承認を受けずに実力行為に出た責を問われる可能性は、本訴請求が認容されるか否かにかかわりなく存在するので、この点からみても、本訴に右可能性を除去する利益があるものということはできない。

(ロ) かりに被控訴人が将来地公法第三八条違反の責任を問われ不利益処分を受けたとしても、右不利益処分の効力を争う争訟において、本件不承認処分の当否を争えば足りるところである。

(控訴人の本案に関する主張)

一  任命権者は専従休暇の承認申請に羈束され、必ずこれを承認しなければならないものではなく、公務の支障の有無を考慮し、自由に承認すべきか否かを裁量しうる余地がある。

公務員は国民全体の奉仕者であるから、憲法上一般国民に保障されている労働三権のうち、団結権が認められているだけで、団体交渉権、争議権はこれを有しない。従つて任命権者は専従休暇の承認申請を受けたとしても、右申請人が現行法上許されていない団体行動をし、或いは平穂な交渉の秩序を乱す等、公務に支障をきたす虞れの多い者である時は、右申請を承認しないことができるものといわなければならない。

これを本件についていえば、被控訴人は申請当時公安事件につき起訴されていた者で、専従休暇の承認を受けた時は、職員団体をして前記のとおり現行法上許されていない団体行動に出でしめる等、公務に支障をきたす虞れが極めて大である。そうすると被控訴人の右性行を考慮し、公務の支障の有無を判断するのは、行政庁である控訴人の自由な裁量に委ねられているところであり、控訴人がその裁量に基いて被控訴人に対し本件不承認処分をしたとしても、該処分になんらの違法は存しない。

二  被控訴人は本件不承認処分後休職処分に付されたから、専従休暇の承認を受ける資格および利益を有しない。

(一)  任命権者よりその職員に対してなされる職務専念義務免除の承認と営利企業等従事の承認とは、その根拠条文、制度の趣旨および承認の目的を異にするから、右各承認を混同して義論することは誤りである。

(二)  (イ) かりに専従休暇の承認が、被控訴人主張のとおり、職員の職務専念義務を免除し、かつ地公法第三八条に定める「報酬を得て職員団体の事務に従事すること」を許可する旨の複合的な処分であるとしても、右両者は互いに独立して併存しているものではなく、専従休暇の承認の効果である職務専念義務の免除に附加して、同法第三八条に定める許可が複合しているものと解するのが相当である。それ故専従休暇の承認により、職務専念義務が免除されないのにかかわらず、地公法第三八条の許可のみが付与されたものとみることはできない。

ところで被控訴人が本件専従休暇の承認申請をなした当時、該申請をなしうる適格を有していたとしても、未だ右申請に対する承認もしくは不承認の処分がなされない間に、被控訴人は休職処分を命ぜられ、その職務専念義務を免除されたのであるから、職務専念義務の免除を主目的とする専従休暇の承認申請をする適格および利益を失つたものというべく、従つて該申請はこの点で却下もしくは不承認の処分がなさるべきものであり、該申請のうち、前記のとおり附加的な地公法第三八条の許可を求める部分が未だ残存しているものとして、右残存の申請部分につき、被控訴人において許否の処分を受くべき適格および利益があるものとはいえない。

(ロ) かりに本件専従休暇の承認申請のうち、地公法第三八条の許可を求める部分が残存しているとしても、右許可は、地方公務員が一般的に広く報酬を得て他の事業または事務に従事せんとする場合に受くべきものであり、該許可を付与すべきか否かは、任命権者の自由なる裁量に委ねられているところである。そうすると控訴人が被控訴人の承認申請のうち、地公法第三八条の許可を求める部分について、不承認処分をしたとしても、直ちに該処分を違法または不当なものとなすことはできない。

(ハ) 要するに被控訴人は休職処分に付せられたときに、本件専従休暇の承認を受ける適格および利益を失つたのであるから、右承認を求める申請を取下げるとともに、休職者たる身分において、改めて地公法第三八条の許可申請をなすべきものであつたといわなければならない。

(被控訴人の、控訴人からの本案前の主張に対する答弁)

一  被控訴人の本件専従休暇の承認申請については、昭和三七年五月三〇日に任命権者である控訴人より不承認処分がなされたものである。

右不承認処分は明示的になされたものでないとしても、黙示的になされたものである。

二  右不承認処分は次のとおり地公法第四九条にいう不利益処分には当たらないから、右不承認処分の取消訴訟を提起するにつき、予じめ法定の審査手続を経由すべき必要はなく、その他訴願前置に関する規定の適用を受けるものでもない。

(イ)  行政審査手続は行政権の自己統制および行政監督の効果を得ることを目的とし、従つて第一次的に行政権の利益を考慮し、該利益を損じない限度で第二次的に国民の利益を考慮せんとするものであるから、行政審査の対象事項を極力広範に認めんとすることは、法治主義の原則に照らして許されない。

(ロ)  国家公務員法第八九条の規定と対比すると、地公法第四九条第一項に定める「不利益な処分」とは、単に職員の一身上の利益に関する処分のみをいうものと解釈するのが相当であるところ、本件不承認処分は次のとおりの性質内容を有するものであるから、地公法第四九条第一項に定める「不利益な処分」に当たらない。けだし専従職員制度は団結権を現実に保証するために認められた制度であつて、専従職員の一身上の利益に関する制度ではなく、従つて本件不承認処分は、単にこれを受けた被控訴人自身の一身上の利益に関する処分であるということはできず、地公法に定める「不利益な処分」に当たらないことはいうまでもない。

三  本訴はこれを提起するについて法律上の利益を有する。

専従期間経過後においても、本件不承認処分が取消され、専従休暇を承認されない限り、被控許人は地公法第三八条違反の責を問われる可能性があるから、右可能性を除去するため、本件不承認処分を取消す利益がある。

本訴請求を認容し、本件不承認処分を取消す旨の判決が確定した場合には、関係行政庁である控訴人を拘束するものであるから、控訴人は右確定判決の趣旨に従い、被控訴人に対して専従休暇を承認すべき義務を負い、他方被控訴人は右判決確定により専従休暇の承認を得たと同様の権利もしくは利益を有するものである。

(被控訴人の、控訴人からの本案の主張に対する答弁)

一 専従休暇の承認申請に対する処分は羈束行為であり、右承認申請の拒否事由である「公務の支障」とは、職員が公務の場を離れることによつて生ずる客観的な支障をいうのであつて、控訴人の主張するように「公務員の全体の奉仕者たる地位の特殊性から現行法上許されていない団体行動をし、或いは平穂な交渉秩序をみだす」ことが、右「公務の支障」に当たらないことはいうまでもない。

二 専従休暇の承認は、職員に対する職務専念義務の免除と地公法第三八条の許可とを含む複合的な行政処分であるから、かりに被控訴人は、その休職処分により、職務専念義務の免除を受けることが不必要となつたとしても、依然として地公法第三八条の許可を受ける必要性は残存し、被控訴人はこの点で、専従休暇の承認を受ける適格および利益を有している。

理由

先ず控訴人の本案前の主張について順次検討する。

一  控訴人は控訴人の本訴請求については、取消訴訟の対象となるべき行政処分が存在しないから、本訴は不適法として却下を免れないと主張するので判断する。

(一)  被控訴人が兵庫県立三木高等学校の教諭で、職員団体である同県立高等学校教職員組合(以下単に県高教組という)の執行委員であつたことおよび被控訴人が昭和三七年三月二三日控訴人に対し「組合の業務に専ら従事するための休暇(以下専従休暇という)」の承認申請をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第二号証の三ないし一〇、第三、第四号証、原審証人吉富健二、同黒川鹿雄、同三浦欣一(ただしその一部)の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、昭和三七年三月一六日および翌一七日の両日にわたり県高教組の全組合員により役員改任選挙が施行された結果、同月二二日被控訴人は同組合の書記次長、訴外黒川鹿雄はその副委員長、同橋本三郎はその執行委員にそれぞれ選任されたので、被控訴人は翌二三日右黒川、橋本とともに控訴人に対し本件専従休暇の承認申請をしたところ、控訴人は、右黒川、橋本に対して同年五月三〇日付けの文書で承認処分をし、翌六月一日その旨通知をしたのにかかわらず、被控訴人に対してのみ現在にいたるまで明示的には承認または不承認のいずれの処分をなすことなく、またその旨の通知もしていないことが認められ、これに反する証拠はない。

従つて控訴人より被控訴人に対しては、被控訴人主張のように明示的な不承認処分はなされていないものと言わなければならない。

(三)  しかしながら前掲各証拠のほか、原審証人三浦欣一の証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、

(イ)  被控訴人は本件専従休暇の承認申請をした後である同年四月中旬以来、殆んど連日のように単独で、もしくは前記黒川らとともに兵庫県教育委員会を訪れ、同委員会において右申請事務を所管する三浦教職員課長とか本間調査連絡課長に面接し、被控訴人、黒川および橋本の三名の各申請につき、それぞれ承認処分をなすべきことを要求していたところ、その頃同課長らはこれに応待するにあたり、「現に右三名について検討中であるが、もうすぐ(承認処分)出るだろう。」と述べていたこと。

(ロ)  ところで控訴人は同年四月一七日頃、被控訴人が吹田操車場の騒擾事件について起訴され、目下その公判が係属中であることを知るにいたり、それ以来被控訴人に対する応答内容を改め「吹田事件の被告人になつているので、なかなか(承認処分)出せない。」と述べていたこと、

(ハ)  そして控訴人は前記認定のとおり黒川、橋本の両名に対し、同年五月三〇日付けの文書で本件専従休暇の承認処分をしながら、被控訴人に対してのみ明示的に承認または不承認のいずれの処分をなすこともなく、同年六月一日付けで、被控訴人が刑事事件に関し起訴されたことを理由に、地公法第二八条第二項第二号により、被控訴人を休職処分に付したこと、

(ニ)  被控訴人および黒川の両名は同年七月二日同県教育委員会を訪れて三浦教職員課長に対し、黒川、橋本の両名については前記のとおり明示的に本件専従休暇の承認処分をしながら、控訴人については休職処分に付し明示的に承認処分をしない理由を質すと、同課長は「黒川、橋本については、問題がないが、被控訴人については六月一日付けで休職処分に付しており、休職中の者に休暇を与えることは意味がないので、専従休暇の承認処分は出さない。」と回答したこと、

をそれぞれ認めることができ、原審証人三浦欣一同山本教憲の各証言中、右認定にそわない部分は措信しがたく、ほかにこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定の諸事実に徴すると、控訴人としては被控訴人に地公法第二八条第二項第二項第二号所定の休暇理由の存することが判明したので、その頃被控訴人を休職処分に付し本件専従休暇の承認をしない意思決定をしたものと認められ、この事実のほか、控訴人が同年五月三〇日付けの文書で黒川、橋本の両名に対して承認処分をしながら、被控訴人に対してのみ承認処分をなすことなく同年六月一日付けで休職処分に付した事実ならびに三浦教職員課長(控訴人側)が同年四月中旬頃以降同年六月二日までの間漸次被控訴人に対する応答内容を変えて、遂には本件専従休暇の承認処分は出さない旨を洩らすにいたつた経緯を綜合して考察すると、控訴人の前記意思決定は単に控訴人側の内部的なものにとどまることなく、同年五月三〇日頃には外部に対しても表示され、客観的に明確になつたものというべく、従つてその頃控訴人は被控訴人に対して黙示的に本件専従休暇の不承認処分をしたものと認めるのが相当であり、当裁判所の措信しない前掲各証拠を措いて、ほかにこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)  そうすると本件専従休暇の不承認処分が存在しないことを前提とする控訴人の主張は到底採用するに値しない。

二(一)  控訴人は、本件専従休暇の不承認処分は昭和三七年法律第一六一号による改正前の地公法第四九条第一項に定める不利益処分であるところ、同条第四項に定める審査の請求を経由していないから、本訴は不適法として却下を免れないと主張するので、先ず本件専従休暇の不承認処分が同条第一項に定める不利益処分に当たるか否かについて判断する。

昭和四〇年法律第七一号による改正前の地公法第五条第一項、第三五条、第五二条第五項に基き定められた「職員団体の業務にもつぱら従事する職員に関する条例」(昭和二六年三月二七日兵庫県条例第一〇号)第二条第一項によれば「任命権者は、職員に対し、その申出により、公務に特に支障のない限り、人事委員会に登録された職員団体の代表者又は役員として、その業務にもつぱら従事するための休暇(専従休暇という)を与えることができる。」と規定されている。それ故自己の属する職員団体の業務にもつぱら従事しようとする地方公務員は、その任命権者に対し、所定の手続により専従休暇の承認申請をなす権利を有しているのであって任命権者は右のような承認申請を受けた場合、これを承認することが「公務に特に支障」を招来するか否かなど、法定要件を審査してこれが許否を決定すべきものであり、法定要件を備えている場合にも、これを承認するか否かは、行政庁の自由な裁量に委ねられているものではなく、専従休暇を承認すべく羈束されているものと解するのが相当である。

ところで専従休暇の承認処分は、元来特別権力関係に立つ職員をして前記改正前の地公法第三五条に定める職務専念義務を免除させるに過ぎないもので、職員の勤務に関するいわば特別権力関係内部の行為であるが、他方専従休暇の不承認処分は職員をして前記職務専念義務を免除させることなく、従前どおりその職務に専念させるにとどまるもので、いわば行政庁の消極的な行為であつて、右不承認処分により、職員の勤務条件に関し、従前と比較し格別の差異を生ぜしめるものではなく、従つて右不承認処分はそれ自体により職員に対しなんらの不利益を与えるものではないといわなければならない(もつとも職員が右不承認処分により、職員団体の業務に専従しえないことになり、従つて該職員団体に対する関係において、その団結権を現実に侵害し、また侵害する虞を生ずる場合があるとしても、これをもつて直ちに職員自身に対し不利益を与えるものといえないこと勿論である)。

そうすると右不承認処分は前記地公法第四九条第一項にいう不利益処分に当たらないものというべきであつて、これが不利益処分であることを前提とし、同条第四項に定める審査の請求を経由していないことを理由に、本訴は不適法であると控訴人の主張は採用できない。

(二)  控訴人は、本件専従休暇の不承認処分が前記地公法第四九条第一項に定める不利益処分でないとしても、行政事件訴訟特別例法第二条に定める行政上の不服申立手続を経由していないから、本訴は不適法として却下さるべきであると主張するので判断する。

本件不承認処分がなされた昭和三七年五月三〇日項には、行政事件訴訟特例法が施行され、同法第二条によると、違法な行政処分の取消につき、訴願、異議の申立、審査の請求等が許されている場合、これに対する裁決、決定、その他の処分を経た後でなければ、訴を提起することができないと定められ、いわゆる抗告訴訟につき、訴願前置主義が採用されていたことは、控訴人主張のとおりであるが訴願法、前記地公法、兵庫県条例第一〇号その他の法令中に、専従休暇の不承認処分について、特例法第二条にいう行政上の不服申立手続を経由すべきことを定めた規定がないから、同条の適用を受くべきものではなく、従つて同条に定める不服申立手続を経由しないで提起されたことをもつて、本訴は不適法であるとする控訴人の主張は採用しえない。

三  控訴人は、本訴請求について、本件専従休暇の期間経過により、訴の利益を欠くにいたつたものであると主張するので判断する。

被控訴人の申請にかかる本件専従休暇の期間が、昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの一箇年であり、本件不承認処分は、右期間を対象としてなされたものであつて、被控訴人に対し将来にわたり専従休暇を承認しない趣旨でなされたものではないことは前掲各証拠によつて認められ、しかも右期間は、原審に本訴の係属している間に経過したこと、すなわち本件訴は、昭和三七年八月二日提起され、原判決は昭和三九年三月二六日云渡されたことも亦本件記録によつて明らかである。ところで本件訴の利益については、昭和三七年一〇月一日から施行された行政事件訴訟法附則第三条本文の規定により、同法第九条を適用してその存否を判断するのが相当であるというべきであり、右法条によれば右のように申請にかかる専従休暇の期間が経過してしまえば、他に特段の事情の認むべきもののない限り、該休暇不承認処分の取消を求める訴の利益は失われると解するを相当とする。

しかるに被控訴人はこの点に関し専従休暇の期間が経過した後においても、本件不承認処分が取消され、かつ専従休暇を承認されない限り、地公法第三八条違反の責を問われる可能性があるから、右可能性を除去するため、本件不承認処分を取消す利益(行政事件訴訟法第九条括弧内に定める利益)があると主張する。しかしながら仮りに本件不承認処分が違法であり、これにより被控訴人が不当にその主張のような地公法第三八条違反の責を問われる虞があるとしても、これは将来の発生にかかり、しかもその発生自体不確定であるばかりでなく、そもそも被控訴人が本件不承認処分を無視し、任命権者の許可を受けないで、報酬を得て職員団体の業務に専従したという別個の事実に由来するものであつて、本件不承認処分により当然かつ直接的に招来されるものではないから、本件不承認処分を取消したからといつて、これにより回復されるものではない。そればかりでなく、本件不承認処分が違法であつたため、被控訴人がやむなく無承認のまま報酬を得て職員団体の業務に専従したという事情が、被控訴人に対し将来或いはなされることあるべき地公法第三八条違反を理由とする個々の不利益処分の効力を判断するにつき考慮さるべき事項であるとするならば、それは、本件不承認処分の取消をまつまでもなく、右の個々の不利益処分の効力を争う訴訟において考慮されうると解されるから、被控訴人はこの意味においても、本件不承認処分の取消を求める法律上の利益を有するものということはできない。またほかに、本件不承認処分の取消によつて回復すべき法律上の利益を認めるに足る資料はない。それ故、被控訴人の右主張は理由がなく、被控訴人の本訴人の本訴請求は、専従休暇の期間経過により、権利保護の利益を喪失したもの、といわなけれればならない(最高裁判所昭和三六年(オ)第一、一三八号同四〇年七月一四日大法廷云渡判決参照)。

四 そうすると、被控訴人の本訴請求は、本件不承認処分が被控訴人主張のように違法な瑕疵を帯び取消さるべきものであるか否かにつき判断するまでもなく、許すべからざるものとして、これを棄却するほかない。

よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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