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大阪高等裁判所 昭和39年(行コ)64号 判決 1969年10月15日

控訴人・原告 重山芳之助

訴訟代理人 柴武三

被控訴人・被告 池田市長 武田義三

訴訟代理人 山口吉美

主文

原判決中、被控訴人が池田市石橋町甲二四六番地の一溜池一町二反一畝二五歩につき昭和三六年一二月一日和田益太郎、大路惣一、村西茂作及び白井義雄に対してなした売買による譲渡処分の無効確認請求に関する部分は、これを取消す。

控訴人の右無効確認請求の訴を却下する。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟の総費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が池田市石橋町甲二四六番地の一溜池一町二反一畝二五歩につき、(一)昭和三六年一二月一日なした和田益太郎、大路惣一、村西茂作及び白井義雄に対する売買による譲渡処分、及び(二)同月二二日なした右売買に付せられていた池田市の有する、買戻権者池田市、売買代金二、二〇〇万円、契約費用なし、買戻期間昭和三七年一二月一日、なる買戻特約権の放棄処分、はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

一、地方自治法(昭和三八年法律第九九号による改正前のもの、以下旧法という)第二四三条の二第四項所定の納税者訴訟は、普通地方公共団体の長その他の職員がその行為によつて当該公共団体の財産等に損害を与える場合に限り、住民に右行為の制限、禁止、取消及び無効確認等を求める訴を提起することを許容したものであつて、当該公共団体に損害をもたらさない場合には、その訴の利益を欠くものと解される。ところで、本件土地は、その東方上段に通称「奥池」なる灌漑用溜池があり、而も本件売買当時本件土地との間にある堤防が著しく水蝕されていたため、その下段にある本件土地の地価はかなり低く評価されていたのであるが、それにも拘らず右売買における本件土地の代金額は坪当り六、〇〇〇円強、総額二、二〇〇万円と定められたのであつて、右代金額は当時池田市が他から買取つた同市内の各土地の価額と比較しても、決して低額ではない。従つて、本件土地は適正な代価を得て売却されたものというべく、池田市には右売買によつて何等の損失も生じていないのであるから、右売買の無効確認を求める控訴人の訴は、その利益を欠くものとして却下さるべきである。

二、仮に控訴人の右訴が適法であるとしても、被控訴人が本件土地につき昭和三六年二月七日行つた競争入札に際して控訴人主張の如き方法で入札参加者を制限したのは、次の事情によるものであつて、何等違法ではない。即ち、本件土地はもと石橋区の所有であつて、その町内の田畑の灌漑用溜池であつたが、近時下流田畑が宅地化され灌漑の必要がなくなつたために、石橋区から池田市に寄附されたものであるところ、本件土地が競争入札によつて処分されようとするや、もと本件土地の水利権を有していた石橋水利組合は被控訴人に対し、入札参加者は地元水利組合の承認を得た者に限るよう取計らわれたい旨申入れた。一方、本件土地の上段にある前記「奥池」は現在も灌漑用水を湛えているのであるが、その水は本件土地を通過して下流へ流出しており、もし「奥池」の堤防が欠損すれば下流住民に危害を生ずる虞もあるところから、本件土地を取得する者は「奥池」の水の使用関係を円滑ならしめるために先ず右水利組合と協調を保ち得る者でなくてはならず、また、本件土地が将来宅地化されることとなれば、その取得者に対し、「奥地」の排水路を設置するための水路敷の提供及び設置された排水路の維持管理のための協力を求めなくてはならない事情にあつた。そこで被控訴人は、「奥池」の使命を全うさせ下流住民の安全を確保するために、前記水利組合の申入を容れて、本件土地の競争入札参加者を制限したのであつて、右の如く本件土地を単に高価に売却することのみを目的として競争入札を行うことができない事情にある以上、かかる制限はむしろ事案に即した適当な措置というべきであり(因みに、被控訴人は本件土地をより高価に売却するため、昭和三六年二月四日付書面で右水利組合に対し、なるべく多くの入札希望者に承認を与えるよう申入れている)、これを理由に前記競争入札を無効とすることはできない。

三、而も、仮に控訴人主張の如く前記競争入札が実質的に存在せず、もしくは無効であつたとしても、被控訴人のなした随意契約による本件土地の売買はなお有効である。即ち、前述の如き特殊な事情の下にある本件土地は、本来競争入札に付することを適当としないのであつて、現に右随意契約において買主は、(一)「奥池」の水を下流へ流すための水路用地を池田市に無償で提供し、(二)池田市が水路を造成した場合その水路上は空地または道路とし、(三)本件土地を第三者に譲渡するときは前二項目を譲受人に承諾させることを約諾せしめられているのであるが、買主にかかる義務を負担させるためには競争入札の方法によることができなかつたのである。従つて被控訴人は、池田市契約条例第四条第一項第一五号に基き、当初から随意契約によつて本件土地を売却すれば足りたのであつて、競争入札に付する必要はなかつたのであるから、競争入札の存否ないし有効無効に拘らず本件随意契約による売買は有効である。

四、次に、控訴人は右売買に付せられていた買戻権につき被控訴人のなした放棄処分の無効確認をも訴求しているけれども、普通地方公共団体の住民が当該公共団体の長の行つた処分の無効確認を求め得るのは、旧法第二四三条の二第一項に列挙された事項に限られ且つその処分によつて蒙るべき当該公共団体の損害ないし住民の不利益を救済するに必要な限度に留められるものと解すべきである。然るに控訴人は前記売買の無効確認を求めているのであるから、これに加えて被控訴人のなした右売買における買戻権の放棄処分の無効確認を求める必要ないし利益は存しない。従つて、右買戻権抛棄処分の無効確認を求める控訴人の訴は却下されるべきである。

(控訴人の反駁)

一、被控訴人は本件土地の売買価額は適正であつて池田市に損害は生じていないと主張するが、本件土地の上段にある「奥池」は、もはや満水にならないように工作されていてその六割程度しか水を湛えることはなく、また堤防の水蝕個所については本件土地が池田市に寄附された当時既に同市においてその修理工事一切をなすべきことが水利組合に確約されていた(その後右工事は池田市が施工完成した)のであるから、「奥池」の存在及びその水防の不備のために本件土地の価額が低く見積られることはなかつたのであるし、池田市が他から買取つた土地はいずれも公用のために買収したものであつてその買受価額は時価の三分の一程度に過ぎなかつた。従つて、被控訴人の立論からしても本件土地の売価が不当に低廉であつたことは明らかであり、現に昭和三六年一二月二九日の臨時市会において被控訴人自身本件土地の売価は市価の三分の一位である旨述べているのであつて、本件売買によつて池田市ないしその住民が損害を蒙つていることは明白である。

二、次に、被控訴人は本件土地の入札参加者を制限したのは適当な措置であつたというけれども、本件土地の水利権は既に昭和三四年夏頃灌漑用水の不必要であることを理由に放棄されて公用廃止の手続を了えていたのであるから、その競争入札に当つて地元水利組合の同意がなくても、後に紛議を生ずる虞はなかつたのであるし、また、「奥池」の状況は前述のとおりであり且つその水を灌漑に用いるべき田畑もなくなつていたのであるが、仮に被控訴人主張の如くその排水路の設置及び維持について本件土地の譲受入の協力を期待しなくてはならないとしても、その目的を達するには入札の際然るべき落札条件を付すれば足りる(現に前記入札の際の入札要項には、落札者は市の要求する場所に水路用地を無償で提供すべき旨の記載があり、落札者はこれに応ずる外はないのである)のであつて、被控訴人が前記入札者の制限を正当ならしめる事由として主張するところはいずれも理由がなく、従つて前記競争入札を適法有効ならしめるものではない。

三、また、被控訴人は本件土地の売却は当初から随意契約によるべきものであつたと主張するが、その随意契約によらなくてはならない理由として主張するところは、競争入札の方法によることの障碍となるものではないこと前項で述べたとおりであつて、本件土地の随意契約による売却を適法ならしめるものということはできない。

(証拠関係)<省略>

理由

本訴は、控訴人が池田市の住民として、旧法第二四三条の二第四項の規定に基き、同市有財産であつた本件土地について、被控訴人が(一)昭和三六年一二月一日和田益太郎外三名に対し随意契約による売買により、買戻権留保の特約を付してなした譲渡及び(二)同月二二日市議会の議決を経ないでなした右買戻権の放棄の各行為の無効確認を求めるものであるところ、右譲渡は地方公共団体の普通財産を目的とするものであること弁論の全趣旨に照して明らかである。右の普通財産は地方公共団体の私産であり、たとえその財産の管理、譲渡等の処分を規律する規定があつても、その目的は管理ないし処分の適正、効率性を期するためのものであるから、その規定を根拠にして右の譲渡処分などを、行政庁の優越的な意思の発動である行政処分と解することはとうていできず、また公法上の契約と解する余地もない。私人相互間の財産の譲渡その他の処分と同様の私法行為に過ぎないものというべきである。

ところでいわゆる住民訴訟を規定する旧地方自治法第二四三条の二第四項は、訴えによる請求事項として行為の制限禁止の請求、取消無効の請求および損害補てんの請求の三つを掲げるだけで、昭和三八年法律第九九号による改正後の地方自治法(以下改正法という)第二四二条の二第一項のように、法律関係の不存在確認の請求、原状回復の請求などの各種の私法上の請求について何ら規定していないのであるが、旧法における右取消、無効の請求を単に行政処分の取消、無効確認の請求に限定すると、同条の適用範囲は極めて狭いものとなり、地方公共団体の違法な財産の流出を防止することを目的とする同条の趣旨が十分に達成されないことになる。従つて右無効の請求は、行政処分の無効確認請求に限らず、地方公共団体所有の財産についてなされる売買契約などの私法行為の無効確認の請求をも含めたものを指す趣旨であると解するのが正当である。そして、このような私法行為の無効確認請求の主体は本来地方公共団体であるべきことならびに地方公共団体が権利の帰属主体であることについて判決の効力が適切に地方公共団体に及ばなければ地方公共団体の財産の維持ないし回復に役立たないことなどの諸点よりみて、住民たる原告の請求は地方公共団体に代位してなされるものとみるべきである。前記改正法は、その規定する各種の私法上の請求が右の代位請求であることを規定しているが、右は当然のことを明らかにしたまでであつて、この理は旧法においても同様であると考えられる。もつとも、私法行為たる財産譲渡の無効確認請求は、ただ行為の違法の匡正する面では住民訴訟の性格に適しているにしても、実質上は相手方に対する法律関係不存在確認請求あるいは当該財産の所有権確認請求(譲渡契約が履行済みの場合)として把握できるのであつて、その本質が民事訴訟事件であることはいうまでもない。ところで昭和二三年最高裁判所規則第二八号第二項は、旧法第二四三条の二第四項の請求に関する訴えについては行政事件訴訟特例法によるべき旨を規定している。旧法の右条項に基づく請求が行政処分の取消または、無効確認の請求であれば、右特例法に従つて処理しなければならないのはいうまでもないが、私法行為の無効確認の請求あるいは損害補てんの請求である場合はどうであろうか。これらの請求については民事訴訟手続によるべきであるとの説もあるけれども、前記規則が損害補てんの請求について何らの除外規定を設けていないことならびに住民訴訟が住民一般の利益保護のため地方公共団体の公正な財政運営を目的とする客観訴訟、民衆訴訟的性格をもつ点を考慮するとき、右のような私法上の請求についても、形式上は特例法第一条後段の公法関係に関する訴訟すなわち当事者訴訟として処理せしめる得意であると解するのが相当である(従つて、少くとも同法第九条の職権による証拠調の規定が右手続に準用されることになる)。このことは改正法第二四二条の二第六項(昭和三七年九月二九日最高裁判所規則第五号も同旨)が、行政事件訴訟法第四三条すなわち抗告訴訟または当事者訴訟の規定を準用する民衆訴訟の規定が改正法第二四二条の二第一項に規定する私法上の各種の請求を含めた全請求について適用があるものとしていることからも裏付けられる。

右のように住民訴訟における私法上の請求について公法関係に関する当事者訴訟の手続に従うべきものとした法の趣旨から考えるとき、地方公共団体のなした私法行為の無効確認請求の被告となるべきものは、地方公共団体との行為により直接生じた法律関係の相手方に絞られてくることとなる。第三者(例えば財産の転得者)の如きは善意無過失の場合が多いのであるから、第三者に対してまで責任の追求を認めることは制度的にも無理であろう(この点で商法第二六七条所定の株主の代表訴訟が被告を取締役に限定しているのと趣旨を同じくする。)。右の外、前説示のように私法上の請求が代位訴訟であることを綜合すると、本件の如き私法行為の無効確認請求について被告適格を有する者は当該私法行為の相手方であつて、地方公共団体は勿論のこと、その機関として私法行為の成立に関与した地方公共団体の長の如きは、被告適格を有しないものといわなければならない。前記改正法第二四二条の二第一項第四号はこの点を明らかにしているが、右は当然の事理に属し、改正前においても同様であると解する。

そうであれば、池田市長たる被控訴人を被告として前記譲渡行為ならびに買戻権放棄行為の無効確認を求める控訴人の本訴は被告適格を欠く点において不適法であり、全部却下を免れないものというべきである。

従つて、原審が、右と見解を異にして前記譲渡行為の無効確認請求部分につき本案に立入つてその請求を棄却したのは失当であるから、これを取消して右訴を却下し、買戻権放棄行為の無効確認請求部分の訴を却下したのは結論において相当であり、右部分に対する控訴は理由がないこととなるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 金田宇佐夫 判事 輪湖公寛 判事 中川臣朗)

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