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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1271号 判決 1965年11月08日

被告人 林千歳

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山口幾次郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論の要旨は、被害者Aが原判示の日時場所においてその判示のようなわいせつ行為を受けたとしてもその犯人は被告人ではなく人違いであるのにかかわらず、被告人の所為と認めた原判決の事実認定は誤りである。また原判決の掲げた証拠中、被告人の司法警察員に対する供述調書は違法逮捕による拘禁と誘導尋問に基き警察官が自ら作成したものに被告人を強制して署名押印せしめたもので証拠能力も証拠価値もない。さらに被害者であるという寺田晴江の検察官に対する供述調書は、原審において二回にわたり証人として取調べられた同人の供述と相反し或いは実質的に異るという点はなく、しかも前の供述を信用すべき特別の状況が存しないから、証拠能力はないのにかかわらず、原判決はこれを証拠として採用し判決において事実認定の資料としている。従つて原審の訴訟手続には右諸点において法令の違反がありこれが判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

よつて先づ被告人の司法警察員に対する供述調書の証拠能力に関する主張につき検討するに、原審証人Aの供述、原審の同人に対する証人尋問調書及び原審証人繁山政俊の供述を綜合すれば、Aは昭和三八年八月三〇日午後八時四〇分頃原判示映画館「三都座」において判示の様な被害を受けた後同映画館を立出で、近くにある自宅に帰り夫に右事実を話し、相共に右映画館に引返し、犯人が未だ館内に居ることを確かめた上係員に勧められて警察に通報し、右通報により同映画館前に赴いた繁山巡査が、折柄同映画館より出て来た被告人を、Aの指示により、午後九時四五分頃現行犯人として逮捕したことが認められる。この様な状況の下に行われた右現行犯逮捕は刑事訴訟法二一二条一項又は二項各号の要件を充足したものとは考えられないし、又緊急逮捕をしうる案件でもないから、右現行犯逮捕は違法というべきであり、従つてこの違法逮捕による身柄拘束中に作成せられた被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三八、八、三一付)は、違法に蒐集せられた証拠と解すべきものである。

而して違法な手続により蒐集せられた証拠は、相手方において之を証拠とすることに異議のない場合でなければ証拠となし得ないと解すべきところ、本件においては、被告人が原審公判廷において右調書を証拠とすることに対し異議を述べていることは本件記録に徴し明かであるから、右調書は証拠能力なきものと解せざるを得ない。のみならず、右供述調書中には、取調官の意見と解せられる様な事項が、被告人の供述として記載されているのが数ケ所散見せられることは、弁護人の指摘する通りであり、(例えば弁護人の控訴趣意中二、(1) の<1><2><4>等)之に対し被告人は、身柄釈放後の検察官に対する供述調書(昭和三九、一、二七付)中で、警察では早く帰宅したいために嘘を言つた旨陳述しているのであるから、右警察官調書は前記違法逮捕に引続く拘禁による精神的圧迫と、取調官の誘導により作成せられたものとの疑を払拭し得ず、即ち任意性にも疑あるものと解せざるを得ない。以上孰れの点からするも、右警察官調書は証拠能力なきものと謂わざるを得ず、従て之を証拠として引用した原判決は訴訟手続の法令に違背したものというべきである。然しながら原判示の被告人の犯罪事実は、その挙示証拠中被告人の司法警察職員に対する右供述調書を除くその余の証拠のみによつても、優にこれを肯認することができる。即ち原裁判所の検証調書及び本件の被害者である原審証人Aの公判廷における供述、同人の昭和三九年七月一四日の証拠調期日における供述によれば右検証調書見取図第二の(1) の座席に居た被害者の右隣の席から被告人が自己の右手で被害者の左手を弄び被害者の右半身に手を触れたりさらにそのスカートの下へ手を入れ太股の内側に触つたりしたので、被害者がこれを避けるため同見取図(3) に移動し立見していたところ、被告人は便所へ行き(6) の柱の処で煙草を吸つていたが、やがて(3) 点に居た被害者の右後に接近して自己の左手で被害者の右手を触つたので、被害者はさらに難を避けて(7) の座席に着いたところ、間もなく被告人は被害者の左隣席に掛けて自己の右手で被害者の左手首を強く握りその手を被告人のズボンの上から被告人の陰部に触れさせたというのであり、松岡高信の司法巡査に対する供述調書中には被害者の観覧位置の移動につき概ね右に符合する供述が見られ、原審証人繁山政俊の尋問調書には、警察官である同証人が被害者と共に三都座の入口で犯人の出てくるのを待機していた際、被告人が館内から出てくるや否や被害者が「あ、この人です」と言つて被告人を指示した旨の供述があり、これらを綜合すると、本件わいせつ行為が被告人の所為と断定すべきことは当然である。なお証人Aは原審の公判廷においては(1) の座席で被告人から乳房を触られたか否かは記憶がないと証言しているが、原判決引用のAの検察官に対する供述調書によれば(1) の席で被害者は被告人のため右乳房を触られたことも認められる。(Aの検察官に対する供述調書は刑事訴訟法三二一条一項二号に要件とする公判廷の供述と実質的に異つた供述であり、又右供述調書は原審公判廷の証言より半年も前の比較的記憶の新しい時期のものである点において特信性も認められ、之に証拠能力を認めた原審の決定は相当である。)従て原判決にみられる前記訴訟手続の法令違反は、未だ原判決に影響を及ぼさないものと謂うべきである。

以上要するに原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認や訴訟手続の法令違背はないから、論旨は何れも失当であり、本件控訴は理由がないから刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 田中勇雄 三木良雄 山田忠治)

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