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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1756号 判決 1966年4月19日

被告人 福生幸男

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人野村清美作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は大阪高等検察庁検事岩本信正作成の意見書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は(一)原判決は訴因の変更の手続をしないで自動車運転者の業務上必要な注意義務、過失の内容、事故の態様について本件起訴状記載の公訴事実とは異なる事実を認定したものであるといつて原判決には審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるか又は訴因の変更を要する場合であるのにその手続をしないで訴因と異なる事実を認定した訴訟手続の法令違反があると主張し、(二)原判決は刑法二一一条の業務上必要な注意義務の解釈を誤り、同条を適用すべきでないのに同条を適用した違法があるといつて、法令適用の誤を主張するのである。

よつて、所論と答弁にかんがみ、記録を精査し、当審における事実の取調の結果をも参酌して、次のとおり判断する。

記録によると、原判決は

「被告人は自動車運転者であるが、昭和三九年二月一日午前一〇時一六分頃普通貨物自動車大一う五四-八七号を運転し、大阪市東区両替町一丁目九番地先道路を時速約四〇粁で東進中緑地帯の切れ目から緩行車道へ進路を移すため、左へ転把しようとしたさい、左折の合図をするのは勿論徐行しつつ左側及びその後方の交通の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り左折の合図をしてやや減速したのみで漫然左へ転把して進行した過失により折柄自車左後方約四・六米を東進していた中島宗儀(当二六年)の運転する第二種動原機付自転車を看過し急制動をとつて自車を避譲せんとした同車を緑地帯の縁石に接触せしめて転倒させ、よつて同人に脳内出血の重傷を与えて翌二日午前五時二〇分同区法円坂一、二番地合併地国立大阪病院において右傷害により同人を死亡するに至らしめたものである。」との本件起訴状記載の公訴事実に対し、

「被告人は自動車運転者であるが、昭和三九年二月一日午前一〇時一六分ごろ普通貨物自動車(大一う五四-八七号)を荷台に幌をかけて運転し、車両の交通量のかなり多い大阪市東区両替町一丁目九番地先道路を時速約四〇キロメートルで東進中、緑地帯の切れ目から緩行車道へ進路を移すため左にハンドルをきろうとしたが、このような場合、自動車運転者としては、幌のため自車後方の交通状況を確認しがたいのであるから、たとえバツクミラーに後続車が映らなくても後続車のあることを予想し、これら車両の交通に不測の混乱と危険を生ずることのないようあらかじめ左折の合図をするのはもちろん、十分に減速して左にハンドルをきるべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、左折の合図をしやや減速したのみで左にハンドルをきり、緩行車道に進入した過失により、おりから自車の真後ろやや左寄りを時速約四〇キロメートルで第二種原動機付自転車を運転し約三メートルの間隔をあけて追従していた中島宗儀(当二六年)をして、急拠これを避譲するため急ブレーキをかけるのやむなきに至らしめ、約一四メートルのスリツプののちその場に転倒させ、よつて同人に対し脳内出血の重傷を与え、翌二日午前五時二〇分、同区法円坂町一、二番合併地所在国立大阪病院において、右傷害により同人を死亡するに至らしめたものである」との事実を認定し、これに対し刑法二一一条を適用処断していることは明らかである。

そこで先ず所論(一)について案ずるに、公訴事実記載の訴因と原判示認定事実を比較対照すると、訴因は原判示道路の緑地帯の切れ目から緩行車道へ進路を移すため、左へ転把しようとする場合の自動車運転者の業務上の注意義務として「左折の合図をするのは勿論徐行しつつ左側及びその後方の交通の安全を確認して進行すべきこと」を挙げ、被告人が右注意義務を怠り、左折の合図をしてやや減速したのみで漫然左へ転把して進行した点に過失があるとするのに対し、原判示事実は右と同じく緑地帯の切れ目から緩行車道へ進路を移すため左にハンドルを切ろうとする場合の自動車運転者の業務上注意義務として「幌のため自車後方の交通状況を確認しがたいのであるから、たとえバツクミラーに後続車が映らなくとも後続車のあることを予想し、これら車両の交通に不測の混乱と危険を生ずることのないようあらかじめ左折の合図をするのはもちろん、十分に減速して左にハンドルをきるべきこと」を挙げ、被告人は右注意義務を怠り、左折の合図をしやや減速したのみで左にハンドルをきり緩行車道に進入した点に過失があるとするものであつて、両者その表現に多少の相異はあるが、業務上の注意義務として訴因が先ず左折の合図をすべきことを挙げているのも後続車のあることを予想し主として後方車両の交通に不測の混乱と危険を生ぜしめないように対処すべき義務を課しているものということができるのであり、これに対し、原判示事実も訴因記載の如き自車左側及びその後方の安全確認義務があることは当然のこととしてこれを前提とし、幌のため後方の安全が確認しがたくバツクミラーに後続車が映らない場合でも車両の交通量の多い本件道路では後続車のあることを予想し、右と同様これに対処すべき義務として左折の合図をすべきものとしたものということができるのであり、その他訴因が徐行といい、原判示事実が十分に減速という点の違いがあるだけであつて両者の間に業務上の注意義務の認定に本質的に異なつたものがあるとはいえず、従つて過失の内容としてもそれぞれの注意義務を怠りいずれも左折の合図をしやや減速したのみで左にハンドルを切つて進行したとする訴因と原判示事実との間にも本質的に異なつたものがあるわけではない。なる程、前者は被害者の第二種原動機付自転車が被告人の車の左後方を進行していたものとみて被告人がこれを看過したとしたのに対し、後者は被害者の第二種原動機付自転車は被告人の車の真後ろやや左寄りを追従していたとみてこれをバツクミラーで発見できなかつたことを前提とする点において相異があり、所論のいうように訴因は本件事故を左後方安全確認義務違反による後方原動機付自転車を看過した事故であるとするのに対し、原判決はこれを右のような左後方の看過事故とせず、交通量の多い道路で普通貨物自動車のバツクミラーに映らない真後ろのやや左寄りを追従する原動機付自転車に対する後方安全確認義務違反による事故であるとしているものである。しかしながら、前記のように両者の間に業務上の注意義務と過失の内容において質的な相異はないのであり、過失と事故の因果関係についても被告人の過失によつて第二種原動機付自転車を運転していた被害者が緑地帯の縁石に接触したかどうかに差異はあるが被告人の車を避けるため急制動の措置をとつた結果転倒して負傷し遂に死亡するに至つたことを認めていることは両者とも同じであると認められるから、原判示事実は訴因を逸脱した事実の認定をしたものとはみられず、審理の経過に照らし、訴因との間に右の如き程度の異つた原判示事実の認定をすることが所論のいうように被告人の正当な防禦を因難ならしめるものとも考えられないから、訴因の変更の手続を要しないものというべきであつて、訴因変更の手続を要することを前提とする所論(一)は理由がない。

次に所論(二)にいうように原判決に刑法二一一条の業務上必要な注意義務の解釈を誤つた点があるかどうかについて検討するのに先ず事実関係をみると原判決挙示の証拠(但し、小椋三二の供述調書とあるのは同人の司法巡査に対する供述調書を指すものと認める。)及び当審の検証調書及び証人長谷川義隆の証人尋問調書によれば、

(一)  本件事故現場は大阪市東区農人橋交差点から同区谷町四丁目交差点に至る間の東西に通ずる新設の大阪市道(全線開通後は築港深江線と称する)上であつて車両の交通量はかなりあり、該道路は幅員八四米で歩、車道の区別があり、車道はアスフアルトで補装られ、中央部に幅員一二米の中央緑地帯が設けられて東行と西行の車道に区分され、右東行及び西行各車道は更に幅員五米の緑地帯によつて中央緑地帯側の幅員一二米の疾行車道と歩道側にある幅員七米の緩行車道とが区分されているが、本件事故発生地点はその東行車道上の疾行車道と緩行車道の区分緑地帯の切れ目附近であつて、しかも右切れ目は該市道と南北に通ずる幅員一一米の道路との交差点(交通整理は行われていない)にも当ること

(二)  被告人は当時後部荷台に幌をかけた前記普通貨物自動車を運転し、農人橋交差点から本件市道に入り東行道路の疾行車道を時速約四〇粁で東進し、同交差点から約三五〇米の地点にある前記疾行車道と緩行車道の区分緑地帯の切れ目で左に転把し進路を変えて緩行車道に乗り入れようとして右区分緑地帯の切れ目の先端から手前二三・六米の地点で、しかも緩行車道との区分緑地帯より二・五米左側(南側)を進行しているとき自動車前部左側のバツクミラーにより左後方をみて進行疾行車道に後続車を発見しなかつたので更に四・八米進行し、前記緑地帯の先端から一八・八米手前で進路を変えようとした地点から二〇米手前の地点で左側の方向指示器と後部点滅合図灯によつて左折の合図をし、更に一〇米進行して徐徐に左にハンドルを切り、右緑地帯の切れ目の進路変更地点で再度自車前部左側のバツクミラーをみて左に転把して斜に右切れ目を通つて緩行車道に移り東進したこと

(三)  被害者中島宗儀は第二種原動機付自転車を運転して時速約四〇粁で前記市道の疾行車道を被告人の運転する前記普通貨物自動車の後方を進行し前記の如く被告人が左にハンドルを切る前に前部左側のバツクミラーをみた際は同車の真後やや左寄(緑地帯より約二・九米左側)を四・五米位の車間距離(原判示はその距離を三米位とし、これは目撃者長谷川義隆の原審公判廷における証言によつたものとみられるが、司法巡査の昭和三九年二月四日付実況見分調書及び原審の現場における証拠調調書(証人尋問及び検証調書)記載の如く同人が現場において指示したところによれば四・五米と認めるのが相当である。いずれにしても後にも述べるように被害者が前車に追従するに当り安全な車間距離を保持しなかつたことには変りはないし本件の判断を左右するものではない。)で追従していたが、その後やや左寄に進路(スリツプ痕から緑地帯の二・三米左側とみられる)をとつたところ、被告人の自動車が左にハンドルを切つたのに気づきこれとの衝突を避けようとして慌てて急ブレーキをかけたため約一四米スリツプして前記緑地帯の切れ目に当る先端の箇所でその原動機付自転車が右側に転倒するとともに同人が前方に投げ出されて原判示の如く傷害を受けその結果死亡するに至つたこと

が認められる。

右の如く被告人は区分緑地帯の切れ目で疾行車道から緩行車道に進路を移すため、左にハンドルを切ろうとしたのであるが、このような場合自動車運転者としては後方の安全確認義務があることはいうまでもないことであり、本件の如き車両の交通量のかなり多い市街道路においては後続車が追従していることが予測され、殊に被告人の車は幌のため自車後方の交通状況を確認し難いのであるからたとえバツクミラー(被告人が左にハンドルを切る前にみた前部左側のバツクミラーでは自車左側後方がみとおせるだけで自車の左側車体の線より右側はみえないことは原審の証拠調調書中の検証の結果欄の記載により明らかである。)に後続車が映らなくとも、後続車のあることを予想し、これらの交通に不測の混乱と危険を生ずることのないようにして進行すべき注意義務があるというべきである。さればこそ道路交通法五三条は車両の運転者は左折し、横断し、同一方向に進行しながら進路を変えるとき等において方向指示器、灯火等による合図をし、かつその合図をそれらの行為が終わるまで継続しなければならないと規定しているのである。そして同法施行令二一条(昭和三九年政令二八〇号による改正前)はその合図の時期について左折する場合にあつて当該交差点の手前の側端から、横断又は進路変更の場合にあつてはその行為をしようとする地点からいずれも三〇メートル手前の地点に達したとき(本件犯行後に施行された前記政令による改正後の規定によれば進路変更しようとする時はその三秒前)にすべきことを規定しているのであつて、これらの規定は左折、右折、横断、進路変更等それまでの自然の状態を変更する行為については、これをするについて何らかの合図をしなければ他の車両等の交通に不測の混乱と危険を生ずるおそれがあるから、これを防止するために設けられたものである。ところで、被告人が疾行車道から緩行車道に移ろうとした右両車道を区分する緑地帯の切れ目の箇所は交差点でもあり、切れ目の間は一八・四米で右緑地帯の幅員が五米であつて被告人はその切れ目を左斜に進行してそれまでの疾行車道より五米の間隔をおいて左側にある緩行車道に進路を変えるのであるから、右進路変更行為が道路交通法にいう左折ではないとしても、交差点における左折に準ずる進行方法がとられなければならないものと解せられる。そして道路交通法三四条によれば車両の運転者が交差点で左折するときはあらかじめその前からできる限り道路の左側に寄りかつ除行しなければならない義務があることが規定されている。従つて本件において被告人が前記の如く左にハンドルを切つて疾行車道から緩行車道に移るについてはバツクミラーによつて左後方の安全を確認しつつ両車道を区分する緑地帯の先端から三〇メートル手前で左折の合図をし、できる限り疾行車道に寄り左折について合図とともに車両の準備的な行動を示して後続車に注意を喚起して後方の車両の交通に不測の混乱と危険を生ぜしめないようにしできる限り左側に寄つて安全に緩行車道に移るために更に徐行ないし十分な減速をすべき業務上の注意義務があるというべきであつて、原判示の「後続車のあることを予想しこれら車両の交通に不測の混乱と危険を生ずることのないようあらかじめ左折の合図をするのはもちろん、十分に滅速して左にハンドルを切るべき業務上の注意義務がある」というのも、右に掲げた具体的注意義務と同一の趣旨のものであるとみられるのである。然るに被告人は前記の如く右交差点である緑地帯の切れ目の先端から一八・八米手前で進路変更をした地点から二〇米手前に当る地点で左折の合図をしたのであるから、その時期が既に遅れている点において右注意義務に違反しているのみならず単にアクセルを踏む足を離して時速を四〇粁から僅か二粁位減速しただけで十分な減速措置をとらなかつたため、更に一〇メートル進行した地点から徐徐にハンドルを左に切り始めたが(その間バツクミラーで左後方を注視していない)進路を変えようとする緑地帯の切れ目の手前から十分に疾行車道の左側に寄つて後続車に注意を喚起することもできないまま右切れ目で急に緩行車道に斜に進入したのであるからこの点においても前記注意義務に違反したというべきである。前記原判示によれば原判決はこれらの注意義務違反を併せて被告人の過失を認めたものと解せられるのであつて、所論のように被告人が単に十分に減速をしなかつたことのみに過失を認めているものではない。そして被害者が被告人の自動車に追従する際車間距離を十分保持しなかつた点に過失があることは明らかであるが、所論のように本件事故は被害者の一方的過失によるものではなく、被告人が前記の如き注意義務に従い緑地帯の切れ目の進路変更行為をしようとする地点から三〇米手前であらかじめ左折の合図をした後十分に減速しできる限り左側に寄つて進行すれば所論のように被害者が追突する危険があるものとは考えられず、又本件のように被告人の車に追従していた被害者が左寄に進行して左にハンドルを切つた被告人の車に進路を妨げられたため急ブレーキをかけて転倒する事故も起らなかつたものと認られるのである。所論は結局原判決の事実認定と判断を正解せずに原判決を非難攻撃するものであつて採用できない。されば原判決が被告人の所為に刑法二一一条の業務上必要な注意義務に違反した過失を認め、同条を適用したのは正当であつて、原判決には所論のような法律解釈適用を誤つた違法の点はない。

論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当番における訴訟費用については同法一八一条一項本文により、これを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 畠山成伸 松浦秀寿 八木直道)

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