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大阪高等裁判所 昭和40年(う)416号 判決 1965年12月09日

主文

原判決中被告人浜口憲次、同吉田和郎、同小林菊松、同鈴木均に関する部分を破棄する。被告人浜口憲次を懲役一〇年に、被告人吉田和郎を懲役八年に、被告人小林菊松を懲役五年に、被告人鈴木均を懲役三年六月に各処する。

原審における未決勾留日数中、被告人浜口憲次に対し二〇日を、被告人鈴木均に対し六〇日を、それぞれ右の刑に算入する。

押収してある拳銃(コルト三八口径、証第一号)一丁、及び拳銃(コルト四五口径、証第三号)一丁並びにダイナマイト二本(大阪地検庁外検領昭和三九年第五〇号、立川マイト株式会社において保管中)は被告人浜口憲次から没収する。

被告人金琫三、同藤尾一夫、同全玖珠、同劉成国、同金鐘圭、同満仲申男に関する本件各控訴は、いずれもこれを棄却する。

理由

論旨は、原判決は、被告人浜口憲次、同吉田和郎、同小林菊松、同鈴木均に対する公訴事実中、「被告人らは、岡本勝治と共謀の上、爆発物であるダイナマイトを使用して大阪市城東区今福中一丁目五〇番地の池田組事務所を襲撃しようと企て、昭和三八年一〇月一四日午前七時頃、被告人小林菊松において牛乳びんに詰めたダイナマイトに雷管及び導火線を装置したもの一個及び拳銃一丁を、被告人鈴木において、拳銃一丁を携行のうえ、右岡本勝治の運転する乗用自動車に乗車し、同市北区黒崎町三三番地孔雀荘アパート前から、右池田組事務所附近路上に至り、同組事務所を破壊し且つ居合せた池田組々員数名を殺傷する目的で、同所に投げ込むため、右小林菊松においてダイナマイトの導火線に点火したが、投擲の機を失し、車内で爆発させ、もつて人の身体財産を害せんとする目的を以て爆発物を使用した」との訴因に対し、その外形的事実についてこれを認めながら、爆発物取締罰則第一条の使用罪に該当せず、同罰則第三条の所持罪に当るに過ぎないとしたのは、爆発物取締罰則第一条の解釈、適用を誤つた違法があると主張する。

よつて、本件記録を精査するに、原判決は、「被告人浜口は、昭和三八年一〇月六日のダイナマイトによる池田組事務所の襲撃計画が失敗に帰したことから、再び同様の襲撃を敢行しようとその機会を窺つていたが、右事務所附近の警戒がさらに厳重になつたため、容易にその挙に出ることができなかつたところ、早朝頃にはその警戒も手薄になる相違ないものと思いいたつたところから、被告人吉田、同小林、同鈴木および組員岡本勝治と共謀のうえ、前同様の目的をもつて、再度池田組事務所を襲撃しようと企て、同月(一〇月)一四日午前七時前頃、かねて被告人浜口および同吉田が雷管および導火線を装置したダイナマイト二本を牛乳の空びんにつめておいたもの一個を被告人小林において携え、右岡本の運転する藤尾一夫所有の乗用自動車に被告人小林、同鈴木が同乗して池田組事務所附近路上まで赴き、もつて同所において人の身体財産を害せんとする目的をもつて爆発物を所持した。」との事実を認定し、その理由として、「爆発物取締罰則一条にいわゆる『人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用』すると言いうるためには、加害目標たる人の身体財産を害する虞のある状況の下において、爆発物を爆発すべき状態に置くことを要すると解するのを相当とし、したがつて、ダイナマイトを用いてする場合にあつては、導火線に点火したうえ、これを加害目標たる人の身体財産を害するおそれのある状況の下に置くか、もしくは、かような状況の下におかれているダイナマイトの導火線に点火するかの、いずれかであることを要するものというべきところ、これを本件についてみると、被告人小林が、池田組関係者の身体財産を害せんとする目的をもつて本件ダイナマイトの導火線に点火したものの、これを加害目標たる同組関係者の身体財産を害する虞のある状況の下に置くことができないまま(即ち目標から約一二四メートルも離れた地点で)、右加害目的を消失するとともに自己の手中においてこれを爆発するにいたらせた(池田組関係者の身体財産を害するおそれある状況の下におかれているダイナマイトの導火線に点火したものではないことも明らかである)のであるから、爆発物取締罰則第一条の爆発物使用罪でなくして同法第三条の所持罪に過ぎない」としたことは、所論のとおりである。

原判文は「被告人浜口は……被告人吉田、同小林、同鈴木および前記岡本と共謀の上」と記載しているので、被告人浜口のみに対する判示のようにみえるけれども、全判決文に照らし、「被告人浜口と同吉田、同小林、同鈴木、および岡本とは、共謀のうえ」という趣旨であることは明らかである。

そこで、案ずるに、爆発物取締罰則は、わが国の社会の安寧秩序を維持して、人の身体、財産を保護することをもつて立法目的とし、「罪質的には公共危険罪の一種」(昭和三九、一、二三最高裁判所第二小法廷集一八巻一号参照)であつて、具体的結果の発生を要するものではなく、法益侵害の可能性ある状態を成立させることによつて充足されるものであり、同罰則第一条にいわゆる爆発物の使用罪は、治安を妨げ又は人の身体財産を害しようとする目的をもつて爆発物を使用する行為自体がその性質上、一般的、抽象的に公共の危険を発生するものと認めて処罰するのであるから、同条の使用罪が成立するためには、爆発の可能性を有する物体を爆発すべき状態におくだけで足り、現実に爆発することを要しないと解するのを相当とする(大正七、五、二四大審院判決、刑録二四輯六一三頁・大正一一、三、三一大審院判決、刑集一巻一八六頁参照)。したがつて、爆発物がダイナマイトである場合は、ダイナマイト並びにその雷管に接続した導火線に点火し芯薬の火薬が燃焼を開始するに至れば、導火線の切断等格別の障害がないかぎり、その火は雷管に到達し自動的にダイナマイトが爆発するのであるから、導火線に点火しその火が芯薬を伝わつてダイナマイトに到達しうる状態にした時において、爆発物を爆発すべき状態に置いたことになり、爆発物使用行為の既遂となるというべきであり、更に、これを目標に向つて投げつけるなどの行為を必要とせず、かつ、現実に爆発することも必要でない。そして、行為者の加害目的は、一般的に、治安を妨げ、又は、犯人以外の人の身体もしくは財産を害しようとする目的があれば足り、行為者が具体的に目標とした特定の人もしくは財産に対する加害のおそれのある状態に置くことを必要としないのである。

これを本件について見ると、司法警察職員作成の昭和三九年一月二一日附実況見分調書(一二七丁以下)及び当審における検証調書ならびに証人大西俊光の証人尋問調書によれば、本件犯行現場は、大阪市城東区蒲生町四丁目交差点から東方約一六〇メートルにわたる大阪府道生駒奈良線上であつて、右府道は、中央に市電軌条のあるコンクリート舗装道路であり、その両側は商店がつらなり人家が密集していて前記交差点の東南角に空地が見られる(現在においては空地の約半分が衣料スーパーマーケツトになつている)のみであること、被告人小林がライターで本件ダイナマイトの導火線に点火しはじめたのは、池田組事務所の東方約三七メートルにある信号機附近であり、被告人らの普通乗用自動車が停車して本件ダイナマイトが爆発した地点は、道路南側にある城東パチンコ店の左斜前方約一二メートルの地点(当審証人大西俊光は、拳銃遺棄地点として同店の左斜前方約六メートル八〇、停車自動車の後尾として更に西方へ約五メートル三〇の個所を指示した)であつて、右池田組事務所より約一二四メートル西方の前記交差点寄りのところであり、その左側には、約一六メートルの地点に市バス停留所があり、前方約三六メートルの地点に市電停留所の安全地帯があること、被告人小林菊松の昭和三九年二月一〇日附検察官に対する供述調書(二三九五丁)によれば、当時右バス停留所及び市電停留所にはいずれも三、四人ずつの乗客がバス及び市電待ちのため立つていたことが認められる。そして、被告人小林菊松は、検察官に対する昭和三九年一月三〇日附供述調書(二三七五丁以下)において、「九月下旬都会の山本道男が池田組の松浦良二に都会の事務所で殺されたので、その仕返えしに、池田組事務所にダイナマイトを投げこんだりしようと考えたわけであるが、一〇月六日頃の朝、私、吉田和郎、山上会長(被告人浜口憲次のこと)の三人が、奈良の車で池田組事務所前に行き、相手が警戒していなかつたので、私が、ダイナマイト二本を、池田組事務所のカーテンをしたガラス窓を手で破つてほおりこんだが、不発に終つた」旨及び同被告人の検察官に対する同年二月一〇日附供述調書(二三八〇丁以下)において「二月一二日満仲らが池田組へ行き拳銃で撃ちあいをしたときは、私は行かなかつたが、そのあとで、会長浜口の命により偵察に行つた。一三日の晩、浜口に呼ばれて、孔雀荘階下の部屋に、吉田、満仲、岡本、長沢、石松(被告人鈴木均のこと)が集まり、吉田から私が『お前ら、今日、池田組に行つてダイをほりこんでこい』と言われ、石松、岡本も一緒に行くよう命ぜられた。浜口は、『土方のかつこうをせよ』と言い、『前に一度失敗しとんぞ、こんどは失敗すんな、火をつけてから落ちついてやれ』と言い、石松にも『小林がほりこみに行つたら援護してやらにやあかんぞ』と言うと、石松は、拳銃をちよつと出して、わかつています、と言つた。私は、吉田から黒色の拳銃一丁とライターと牛乳びん入りのダイナマイト一個を受け取つた。これは、誰が用意したか知らないが、牛乳びんにダイナマイトが押しこまれており、導火線がびんから外へ六、七センチ出ていた。ダイナマイトは一本か二本か知らない。その晩は、相手の車につけられたので、結局ほりこむことができず引き揚げ、黒住荘に集まつた。会長は『今度は落ちついて行け、向うの店は朝六時頃開くやろうし、ちようど警戒をやめて引き揚げた時分やから、もう一回明け方に行け』と命ぜられ、そして、『導火線で一回火をつけてみい』と言われ、吉田が、牛乳びんのダイナマイトの導火線を二センチばかり切り取り、私が、ガスニイターでつけると、はじめちよつとつキにくかつたが、二、三秒して、しゆしゆという音がして燃えてきた、会長が、充分間があるからおちついてやれよ、と言つた。吉田も横から『近くまで行つて車を置いてタクシーで偵察してからやれ、相手がおつたら、車の中からスピードを落して投げてもいいし、降りて中に投げこむか、そこのところはうまくやれ』と注意された。ダイナマイトだけは吉田に預け、ガスライターと拳銃とを持ち、午前二時過、私と、吉田、岡本、石松、山本が孔雀荘に帰つて寝た。一四日午前六時前頃起きて、吉田に、行つてこい、と言われ、私と石松が拳銃を持ち、車に乗る時、吉田から新聞紙包みのダイナマイト一個を受け取り出発した。―中略―ダイナマイトをほうり込めば、二階との間の天井、横の壁くらい突き破つて家に損害を与え、また相手の組員も死んだりけが人が出るものと思つていたが、池田組の個人の誰かをねらつたわけではない。三人出発し、途中で、私と石松とがタクシーに乗つて池田組の事務所の前を往復してみると、事務所は、表のガラス戸が二枚程開けてあり、中に体格のよい毛糸のカーデガンを着た男が二人氷を出して仕事をしており、その他に特に警戒している風ではなかつた。そこで、岡本の運転する車に乗りかえ、私から岡本に『今警戒しとらん、車を事務所の前で一回とめよ』と注意して発車させた。これまでに黒住荘で導火線に火をつけてみたことから、五〇メートルくらい手前で点火したら、ちようど、事務所の前になると感じていたが、車中で石松が、『池田組の手前の信号機のあるあたりで火をつけたらよい』といつていた。時速約四〇キロメートルくらいの普通の速さで事務所の手前に近づき、自分がうまく点火して事務所の前あたりで停車して下車してほうり込んでまた車に乗るという考えで、石松が言つた交差点のあたりに来た時、後席に自分がただ一人乗つて、やや左寄りの席で、ライターで導火線に火をつけ始めた。すると車は動いているし、自分の気のあせりもあつて、ちよつとくすぶつてもなかなか早く火がついてくれず、自分は、頭の方をかがめたようにして一生懸命にやつているうちに、やつと、しゆしゆと音がして燃え出した。そこで前の岡本に『ついた、ついた、池田組の前で停めよ』といつて、まだ自分は燃え出したダイナマイトを持つて、体をかがめており外をずつと見てきていないので、ちようどついた頃相手の事務所に間に会う、という気持が一杯できたが、火がついた頃には、事務所の前を通りこしたような関係になつたと思う。間もなく車が急に止まつたので、降りてほりこむために首を出すと、車がちよつと行き過ぎていたらしく、岡本は、『ほれ、ほれ』と言うし、見ると、左側はちようどバス停で三、四人立つており、右側は電車の停留所でやはり人がそれくらいいるので、堅気の人に迷惑をかけるわけにいかないから、下車して事務所にほりこんでやろうと思い『バツクせい』と叫んだ。岡本もうろがきていたと思うが、車は思うようにバツクしないので、やむを得ず、バスを待つ人の向う側に広場があるので、そこにでもほうつて爆発させようと考え、左手でドアを開けようとした瞬間、右手に持つていたダイナマイトが爆発し、それからのことはよく覚えない」旨各供述しており、被告人鈴木均は、検察官に対する昭和三九年二月一一日附供述調書(三二四九丁以下)において「同じ幹部の山本が殺されたので極道として、自分も池田組に対して相当の仕返しをせねばならんと思つていた。―中略―二月一三日の晩、池の会員の集つている黒住荘へ行き、会長浜口憲次、頭吉田和郎、前田英五郎(被告人満仲申男のこと)など二、三名と一緒になり、そこで会長浜口が、ダイナマイトをほうり込むことについて、皆の前で、小林に対し『お前はあわて者やから導火線に火つけてみい』と言つて、頭の吉田が、ダイナマイトについている導火線を三センチメートルくらい切り、これを小林が、ガスライターで点火して実験した。会長浜口は、『火がぼうとした時にはまだついてへん。しゆうしゆうとゆうて来た時についてるんや、今度落ちついてやれよ』と念を押していた。ダイナマイトは牛乳びんに入れて、びんの上の方三センチメートルくらいに紙が詰めてありその間に中のダイナマイトからつながつた導火線がついていて十センチメートルくらい出ていたが、実験のときその一部を切つたのである。そこで、自分、岡本、小林、吉田は一休みするために近くの孔雀荘にもどつた。そこで吉田から、池田組も朝方は警戒がないだろうから六時頃行け、行つたら近くで別のタクシーで先方の模様を見てからほうり込め、ダイナマイトをどんなにして投げ込むかまかせる、という意味の話があつた。午前六時頃、皆起きて、自分は、一旦吉田に返していた五発装填の拳銃をまたもらい、小林もダイナマイトと別に拳銃を腹巻に入れ、岡本が運転する自動車に乗つて出発した。自分達は山本の仕返しのため車で行つてダイナマイトに火をつけ、小林ができれば一回降りて池田組の事務所にほうり込んで爆発させ、相手の事務所も壊し、人間も殺したりけがさせたりすることができると考えた。池田組事務所の近くで一旦停車し、自分と小林が拳銃だけ持つてタクシーに乗り池田組事務所の前を一往復して事務所の様子を見た。行きがけは小林の方が事務所側で、通り過ぎてから小林が『事務所の表の戸が開いている、人はよくわからん』と言つたように記憶する。帰りがけ私が見ると、表ガラス戸はちよつと閉つた形で中に人間が居るかどうかわからなかつた。そして、岡本の車に又乗りついで、岡本は『自分が歩くくらいに車を走らせるから、小林が降りて投げ込んだらどうや』といつていた。小林は、警戒しとらんから事務所の前で一回停めてくれ、と言つたようにも思うが、はつきり記憶しない。自分の記憶では、いざやる時、車は人が歩く程度徐行して小林が投げ込むようになつていたと思う。車が発車する頃、岡本が小林に二、三〇メートルといつたと思うが、とにかく何メートルか手前で点火したらどうかというと、小林も承知していた。自分は投げ込む小林に色々注意したり、相手の組合が出てきたような場合拳銃でうち殺して他の者を助けるという役割であつた。そして、池田組事務所の二、三〇メートルくらい手前に来た時、後部座席の小林がガスライターで点火し始めた。振り返つてみるとあわてているのか、なかなかつかなかつた。小林が『ついた』といつた時には予定が狂つて事務所より一〇メートル近く車が行き過ぎていたと思う。自分は、それでも車のスピードは遅いし、後のしゆしゆいう音を聞きながら小林がすぐ降りて投げ込みに行くものと思つて前の座席で頭を下げていた。その頃、小林が岡本に『バツクせい』という声も聞えたが、これもうまくいかず車はバツクしなかつた。そして車の速さは人間が歩く程度でしたが、とにかくダイナマイトがしゆしゆという音がしだしてから五、六秒くらいの感じの時に爆発してしまつた。」旨供述しており、当審証人岡本勝治は、公判廷において「一〇月一四日の朝、私が車を運転し小林と鈴木とが乗つて池田組事務所をダイナマイトで襲撃しに行つたが、その途中で、小林が私に『信号の所で火をつけるから事務所の前で止めてくれ』と言つた。信号機の辺で速力を一〇キロくらいに落し、人の小走り程度で西進したが、私は前方を見ており、南側は、時々ぱつぱつと見るだけであつたから、池田組事務所を間違え、その西方の温酒場城東屋の前を少し過ぎた所で車を止めた。助手席に鈴木が乗つているのだから同人が合図してくれると思つた。こんど、城東警察署へ出て現場や見取図を見てから、事務所を相当離れた所に止つたことがわかつたのであるが、小林が『ついた、ついた』と言つたのは、事務所を通り過ぎて西へ四軒目の信用金庫とカメラ屋のあたりである。車を止めた時、小林が『バツクせい』と言つたが、そのまま車から出てほうれんことはないと思つたので、『ほうれ、ほうれ』と言つたが、小林はほうらないので、エンヂンをバツクに入れようと思つて持つた瞬間に爆発した」旨供述している。以上の証拠を総合すると、都会組員幹部山本道男が、池田組々員に殺害されたので、被告人浜口、同吉田、同小林、同鈴木らは、岡本と共謀のうえ、その報復手段として、池田組事務所の建物を損壊するとともに池田組々員を殺傷しようとする目的をもつて、牛乳びんに詰めたダイナマイトに点火してこれを同事務所に投げこもうと企て、岡本の運転する乗用車に被告人小林が直接行為者として、被告人鈴木が援護者として乗りこみ、時速約一〇キロメートルで徐行運転しながら、同事務所の東方約三七メートルの地点から導火線に点火しはじめたが、容易に芯薬に着火するに至らず、ようやく導火線が燃焼を開始した時には、同事務所の前を通り過ぎ、約一〇メートル四方地点を西進中であつたので、被告人小林は『ついた、ついた』と叫び、ついで、『バツク、バツク』と叫んでいるうちに、岡本もまごついて同事務所から西方約一二四メートルの地点に来てしまい、附近にバスや市電の停留所があり数人の待合客が居るので、被告人小林は、あわててその人々の後方にある空地に投げこもうとして車外に出ようとした途端に爆発し、右手の前膊部を吹き飛ばされ失神したものであることを認め得られる。そして、大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所長作成名義の「鑑定の回答について」と題する書面によると、本件の導火線の芯薬着火後他端から火を吹くまでの経過時間は、一〇センチメートル長のもので一三・八秒、八センチメートル長のもので一〇・二秒であることが認められる。以上の事実に徴すると、本件ダイナマイトの導火線に点火完了した地点においても、被告人らの本来の加害目標である池田組事務所を爆破しうる可能性があつたのみならず、右点火完了地点は、人家が密集し、人車の往来の激しい府道上であるから、附近の住民並びに通行人などの身体財産を害する危険性はすでに発生しているといわなければならない。そのうえに、人家の斜前方約一二メートルで、かつ、バス並びに市電待ちのため人の集つている場所の近くにおいて現実に爆発させているのである。原判決は「加害目標である池田組関係者の身体財産を害するおそれのある状況の下に置くことができないまま、右加害目標を消失するとともに自己の手中において爆発させたものであるから、爆発物を使用したものといえない」と判示していが、同罰則第一条にいわゆる「人の身体財産」というのは、犯人以外の人の身体もしくは財産という意味であり、その罪質は公共危険罪であるから、原判決のいう「加害目標」の意味が、被告人らの報復しようとする池田組々員又は同事務所建物に対する危険に限定されるという意味だとすれば、それは誤つているのであつて、同条にいわゆる「使用」の意味からいえば、犯人の具体的目標とする人又は家を害するおそれのある状況のもとに置くことができなくなつても、一般的に、治安を妨げ、他人の身体もしくは財産を害するおそれのある状況のもとに置けば、同条の使用罪が成立すると解すべきである。また、原判決の趣旨が、ダイナマイトの使用というためには、ダイナマイトの導火線の点火行為のほかに、それを投てきする行為が必要であるという考え方を前提とし、加害目標たる池田組関係者の身体及び財産を害するおそれのない約一二四メートルも離れた場所で被告人小林の手中で爆発しているのであるから、使用罪の成立がなく所持罪であると解したものとすれば、これもまた賛同しがたい。本件において、被告人らは、前記説示のとおり、一般的に、治安を妨げ、犯人以外の人の身体もしくは財産を害するおそれのある状況下において、爆発物を爆発すべき状態に置いたのであるから、爆発物の所持罪でなくて、その使用罪であるといわなければならない。したがつてこの点において、原判決は、右罰則第一条の解釈適用を誤つた違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の判断をするまでもなく、とうてい破棄を免れない。論旨は理由がある。(以下省略)(山崎薫 竹沢喜代治 浅野芳朗)

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