大阪高等裁判所 昭和40年(く)160号 決定
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〔決定理由〕よつて被告人糸井一外一四名に対する地方公務員法違反被告事件記録ならびに各裁判官忌避事件記録を調査するに、右事件はその証拠調べの段階において当初から検察官は証拠の開示を拒否したため紛糾し、第三八回公判までは検察官の取調べ請求のあつた証人の尋問にあたつては検察官調書の内容に触れることなく尋問を行うことにより証拠調べを進めて来たところ、右第三八回公判において、検察官は右の方針を改めると共に検察官調書の特信性を立証するため小畠勲ら一八名の証人の再尋問の請求をしたが、裁判所(前記被告事件の審理をした京都地方裁判所、以下これに準ずる)は第四六回公判においてこれをすべて却下したこと、ところが検察官は同公判期日において上林節雄ら七名の検察官調書、また第六五回公判において井元芬ら一九名の検察官調書をいずれも刑事訴訟法三二一条一項二号後段の書面として取調べ請求をし、これに対し裁判所は第七〇回公判において右各検察官調書をすべて採用決定しながら、弁護人らの異議申立があり更に裁判官忌避申立があつたのち右採用決定を取消して採否を留保し、弁護人らも右忌避申立を取下げ、次で第九一回公判において検察官にさきに取調べ請求した検察官調書のうち糸井実ら一一名の分の取調べ請求を撤回し、裁判所はその後右撤回分を除いた検察官調書の供述者上林節雄ら一五名を職権を以て証人尋問する旨の決定をし、弁護人らはこれに異議申立をしたが棄却された為却下した裁判官三名の忌避申立をしたがこれも棄却され、これを不服として抗告したが昭和四〇年八月一六日大阪高等裁判所において抗告を棄却されたこと、ところが右抗告棄却の決定において所論の如く、右被告事件の審理が紛糾した原因は前記の如く、検察官が検察官調書の事前開示をしなかつたことに基因するものとし検察官の右態度に遺憾の意を表すると共に裁判所の訴訟指揮に一貫性のないことの非難がなされていたことから後記の如くその後再開された第九二回公判において右の二点就中検察官の態度について弁護人らから強く反省を求めると共にこの為に訴訟の遅延を来したことの責任の所在の明確化のほかさきに取調べ請求した検察官調書の撤回等をも強く要求して紛糾し、この問題はさらに第九三回公判まで持越されたが裁判所は右の問題に対する討論を打切り公判手続の更新手続に入ろうとしたところその訴訟指揮に対し弁護人及び被告人らより異議申立をしたが裁判所はこれを棄却すると共に裁判長はなおも発言しようとした石川弁護人に退廷を命じ更にこれに抗議しようとした被告人三名に対しても同様退廷命令を発したこと、そのため裁判長の右訴訟指揮、法廷警察権の行使を不満とする弁護人らより全裁判官に対する忌避申立が為され、弁護人らは右忌避申立により訴訟手続は停止されたとして、退廷を命ぜられた者をはじめその余の被告人、弁護人全員は裁判長の許可を受けず退廷したこと、右退廷後裁判所は弁護人らのした右忌避申立は訴訟遅延の目的のみでなされたことが明らかであるとしてこれを却下する旨の決定をすると共に直ちに公判手続の更新手続に入つたことが認められる。
ところで所論は先づ裁判所のした右簡易却下決定は公判手続停止後になされたもので違法であるというのであるがなるほど前記記録第九三回公判調書によると裁判長は弁護人らより忌避申立がなされたのち退廷を命ぜられた者を除くその余の被告人及び弁護人らに対して在廷を求めあるいは退廷を制止する措置を採つたあとは認められないけれども右の被告人及び弁護人らはいずれも裁判長の許可を受けないで退廷したことは明らかであるのみならず、被告人が許可を受けないで退廷し、又、裁判長から退廷を命ぜられたときはその不在の儘審判を為し得ることは刑事訴訟法三四一条により明らかであり、又、弁護人に関しては右の規定は固より準用はないけれども右被告事件は地方公務員法六一条違反事件であつて、いわゆる必要弁護事件ではないから弁護人が許可を受けないで退廷したのちにおいてはその不在の儘審判するも何ら違法ではない。
そして忌避の申立がなされたからといつて当然に訴訟手続が停止されるものでないことは刑事訴訟規則一一条により明白であるから、訴訟手続が停止されるか否かは当該裁判所のそれに関する処置によつて決定されるところであり、もし裁判所が右忌避の申立をもつて訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとして却下するときは、訴訟手続は停止されないことは言うまでもないところである。然らば忌避の申立をした当事者または弁護としては、その申立に対する裁判所の処置をまたなければその後の訴訟手続が停止されるかどうかは判らないのだし、また裁判所としても忌避の申立がなされるや即座にその申立を簡易却下すべきか否かの判断ができるとは限らず、相当の考慮を要する場合もあり得ることは明らかであるから、忌避の申立をしたのに対し直ちに裁判所が簡易却下の決定をしなかつたからといつて、裁判所の何等かの処置をまつことなく、一方的に訴訟手続が停止されたものとして勝手に法廷から退場するが如き態度の不当なることは論をまたない。
原裁判所が被告人及び弁護人らの退廷したのちに前記の忌避申立を却下することは何ら違法ではない。この点の所論は理由がない。
次に所論は右却下決定をするに当つて裁判長は陪席裁判官と合議をすることなく独断でなされかつ理由を示さなかつた違法があるというのであるが、前掲第九三回公判調書によると固より右却下決定に当つて合議がなされた旨の記載はない。しかし、刑事訴訟規則四四条により明らかであるように右の事項は特に裁判長から記載を命じられない限り公判調書の必要的記載事項ではないから、右の記載がないからといつて直ちに合議が行われなかつたということはできず、むしろ、裁判所の行う決定はそれがいかなる方法であるにせよすべて合議の上なされることが通常であることを考えると右の決定も合議の上なされたものというべきが相当であり、又理由を示して却下決定をしたことは右公判調書の記載に徴し明らかである。この点に関する抗告人らの疏明方法は信用し難い。したがつて右所論も理由がない。
次に所論は本件忌避の申立は訴訟を遅延させる目的のみでされたものではないと主張するのでその点について検討すると本件忌避申立に至るまでの訴訟経過、忌避申立のなされた段階の概略については先に認定したところであるが更に公判調書によつてし細に調査するに、概ね次の如き事実が認められる。
即ち第九二回公判において、被告人及び弁護人らからさきに大阪高等裁判所でされた前記抗告棄却決定の指摘した検察官の証拠の事前開示の運用に対する批判と裁判所の一貫性を欠いた訴訟指揮に対する非難のうち、特に前者の点について検察官の反省とその責任の所在の明確化を強く要求し、延いて検察官調書の取調べ請求の撤回等をも要求しこれに対し検察官は、検面調書を如何なる段階を問わず閲覧させないことは、法律論を離れ訴訟手続運用面において妥当でなかつたと批判している、少くとも検察官の主尋問前の適当な時期か或いは弁護人の反対尋問前の適当な時期に閲覧させるのが運用としては妥当であると考える、弁護はもつと前の段階で検察官の手持証拠を閲覧させるのが法の立前であるというが検察官は法律論としては認められぬとし、尚検察官が既に取調請求をしている検面調書は何等違法なものではないから、公訴維持の責任者として撤回する意思はない、然し本件につき検察官が証拠として取調請求をする意図のあるものは既に取調請求ずみであつて、今後も無制限に請求する考えはない旨答弁した。弁護人等はこれを納得せず、大阪高裁の決定の趣旨を真に理解するなら、証人の反対尋問が終つても閲覧させなかつた検察官の態度からして、も早検面調書は刑訴三二一条では請求できないし、その供述の特信性立証のための証人尋問の請求もできぬ筈である、検察官は反省していないのではないかという趣旨の論難をこもごもくり返し、更に検察官の前記答弁を捉えて、検察官が訴訟運用面において妥当でなかつたということを批判するなら、従来本件に関与してきた個々の検察官について、如何なる時期における何如なる措置が妥当でなかつたかということを具体的に明らかにせよと迫り、検察官がこれを拒否して、この問題に関してはいくら議論しても無駄であると述べたので、裁判長が、検察官はこれ以上釈明しないと述べているからこの問題はこれで打切り公判手続の更新に入り度いとするや、弁護人は更に、裁判所は検察官の態度を応援しているとしか見えないとして裁判長を非難し、検察官が従来の過ちを具体的に明らかにせず反省しなければ再び又問題を起し適正じん速な裁判の進行を保障し難い、そのままでは次の手続に進むわけには行かない、それを明らかにすることが更新手続に入る前提となるとし、検察官に対し次回迄に十分検討すべきであると要求し、検察官はこの問題については次回に持越しても同様であると拒否したが、弁護人は上司と相談して次回に答弁すべきことを求めて第九二回公判を終つたのである。
次で第九三回公判においては、冒頭裁判長が検察官に対し、前回の弁護人の要望に対する意見を求めたところ検察官は、前回申上げた通りで別に意見はないと答え、弁護人より、検察官の只今の答弁は立会検事だけの考えか又は上司とも相談したのかと質問し、検察官は、左様なことをお答えする限りでないと答え、そこで裁判長は、前回以来のこの問題は一応この程度で打切り更新手続に入る旨宣し、検察官に対し起訴状の朗読を命じたのである。
然るに石川弁護人は裁判長の措置を非難する言辞を発したので、裁判長はこの程度でこの問題についての発言を禁止する旨宣し、更に、裁判所としては裁判官の交替により更新手続をする必要があるので、この際まず更新手続に入るのが先決と考える、もし訴訟関係人に意見等を陳述し度い者がある場合には、更新手続の過程において又はその手続後において新構成のもとで適宜必要な意見を陳述する機会を持つのが相当と考えると説示したが、石川弁護人が尚発言したので裁判長は同弁護人の発言を禁止したのである。これに対し同弁護人は、裁判長の訴訟指揮に異議を述べるとともに本日の公判開廷当初から訴訟指揮が異常に権力的であるとし、他の弁護人もこれに同調して発言した、裁判長は各弁護人各被告人の発言禁止を宣したが、尚石川弁護人は発言し、裁判所自体に反省すべき問題がある、検察官の責任問題を明らかにした上この問題を明らかにし、その上で更新に臨むべき態度を明らかにし度い、裁判所にも一端の責任があるといい、他の各弁護人も裁判長の訴訟指揮に対し異議を申立てたが、裁判長は合議の上右異議申立を理由なしとして棄却する旨決定を言渡したのである。
然るに被告人、弁護人特に石川弁護人が発言をやめないので裁判長は同弁護人の発言禁止をくり返し、更にこれに従わぬ時は退廷を命ずることもある旨警告し、それでも尚石川弁護人が発言したのに対し遂に同弁護人の退廷命令を下し、更に被告人山本正行同佐藤良輔同杉本源一等が発言して騒いだのでこれに対しても退廷命令を発した、そこで全弁護人は口々に全裁判官を忌避すると述べるとともに、訴訟手続は停止したものと考える、全部帰ろうといつて全被告人と全弁護人は即刻退廷するに至つた、そこで裁判長は右忌避申立は訴訟を遅延させる目的のみを以てなされたことが明白であるとして却下し、次で被告人、弁護人不在のまま公判手続の更新に入つたのである。
以上が九二回公判と九三回公判の模様であるが、これと前段認定のことここに至る迄の経緯、事情とを総合して考えると、弁護人及び被告人等の主張するところと検察官の意見とは、検面調書の事前閲覧の問題につさ、検察官において運用上妥当でない取扱いがあつたことを認めた他は到底一致点の認められないことが明白である。然るに弁護人等は検察官の答弁を不満として執拗にその要求をくり返し、それが容れられけれども審理の更新その他爾後の公判手続の進行にも応じない旨明し、裁判長がまず審理を更新しその過程において更に論議を重ねるべさ旨説示するも納得せず、更に裁判所にも責任の一端があるからこの責任をも追及し、これを明らかにした上で審理を進めるべきであるとし、裁判長がこの問題に関する弁護人等の発言を禁止しても之に応ぜず、審理を更新する旨の裁判長の措置に対しては異議を申立て、遂に弁護人、被告人等が前示の如く退廷を命ぜられここに全裁判官に対する忌避にいたつたものであるが、右公判の経過を見ると、裁判長の右の如き訴訟指揮がなければ、双方共に譲ることを知らない論議のむし返しで何時果てるとも知れず、そのままでは審理の更新は勿論その後の審理に入ることは不可能な状況で、著しく訴訟の遅延を来すことは必至であり、裁判所としては訴訟の進捗を図るためには双方の議論をこの程度にとどめ、爾後の進行をはかる審理の更新手続に入ることは相当の処置と考えられるし、それにもかかわらずこれに従わぬ者に対し、適宜訴訟指揮権ないし法廷警察権の行使をすることも真にやむを得ぬ措置といわざるを得ない。
弁護人は前示の如く検察官の責任を追及し、更に裁判所にも責任があるとして、之を明らかにしなくては適正じん速な訴訟の運営は期し難いというのであるが、検察官は前認定の如く調書の事前閲覧の点につき遺憾の意を表しているのであるから、それ以上更に責任の所在を具体的に明示せよと要求する正当な理由は認め難いし、検察官の証拠申請を違法なりとする根拠もない。裁判所の責任といつても、大阪高等裁判所の前記決定で指摘する「訴訟指揮に一貫性を欠くという非難」の点は当時被告人、弁護人等も諒解しているところであつて、それを今更非難するのも当らないし、これ等の責任を明らかにしなければ審理を更新し訴訟を進行することは不当なりとする理由は全然認められない。裁判長の説示する如く更新手続後の訴訟の過程で論議されても事足りるはずである。
然るに弁護人並被告人等が裁判長の専権に属する訴訟指揮権の発動として更新手続に入つたことに対しあく迄も反対し、結局本件忌避の申立をしたのは、前認定の如く裁判長の本件訴訟指揮がなければ訴訟は進捗せぜ甚しく遅延する状態にあつたこと、弁護人等があくまで追及しようとした責任事由なるものが何等理由なきものであること、更に前段認定の公判経過を総合すると、裁判長の訴訟指揮に対する不満以外に理由はなく、正に忌避権の乱用であり、かつ訴訟遅延のみを目的とするものであることが明白であるといわなくてはならない。
なる程、従来の経過をみると、訴訟は長期にわたり漸く終末が近づいたとみられる時、検察官より検面調書の取調請求や供述の特信性立証のための証人申請があり、これをめぐつて公判が紛糾して訴訟の進行が阻害されたことが認められ、被告人、弁護人等がこれを不満とすることは理解できるのであるが、このことから本件忌避の申立が訴訟の遅延のみを目的とするという前記認定を左右するに足りない。原裁判所が同一の理由によつて忌避の申立を却下したことは相当であつて所論の如き違法はない。(山田近之助 藤原啓一郎 瓦谷末雄)