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大阪高等裁判所 昭和40年(ツ)103号 判決 1967年2月15日

上告人 ヤマト交通株式会社

右代表者代表取締役 坂東政雄

右訴訟代理人支配人 坂東貞雄

被上告人 三和交通株式会社

右代表者代表取締役 新家正男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由一について。

原判決の認定によれば、本件の大阪旅客自動車協会は自動車による旅客運送を業とする者を社員とするいわゆる民法上の社団法人であると云うのであるから、仮りに右協会が、定款、規約、決議又は社員の申合せをもって、その社員が養成して雇傭していた自動車運転者を他の社員が引抜いて雇傭したときは、右引抜きをした社員は引抜きをされた社員に対して一定の金員を支払うべき旨を定めたとしても、特定の社員が個人として、右協会との間の第三者(他の社員)のための契約又は他の社員等との間の集団契約をもって、他の社員に対して右協会が定めたところに従って金員支払の義務を負うことを承諾したと認められる場合を除いて、右協会の社員が個人として契約その他の義務負担行為をしないのに、その社員であるが故に協会の規定に従って他の社員に対して金銭支払義務を負うことにはならない。けだし、運転者の引抜きをした社員が引き抜きをされた社員に対して一定の金銭を支払うべき旨のとりきめは、不正競業行為による加害者がその被害者に対して支払う損害賠償額の予定に類するものであって、社団法人又はその社員が社団の規則に従わない社員に対して制裁として課する罰金を定めたものではないから、公序良俗違反等によってそれ自体無効となるべき種類のものではなく、右損害賠償支払義務を個人として予め承諾した特定の社員は、所定の不正競業行為をしたときには当然所定の額の損害賠償を支払うべき義務を負うのであるが、民法上の社団法人は、原則として、その定款等をもってその社員相互間の権利義務を定めることはできないから、個人として右損害賠償義務を承諾していない社員に対して定款等の社団法人の規則をもって右義務を負担せしめることはできないわけであって、このような場合には、前記のとりきめは紳士協定、又は社団法人の規則に従わない社員に対して社員の身分の剥奪又は停止の制裁を課する前提要件としての効力を持つに過ぎないと解すべきものであるからである。

一般に社団法人の社員総会の決議や社員の申合せに際しては、何人がこれに賛成し何人がこれに反対したかは記録に残されず、仮りに記録せられたとしても、その正確を期待できないのが普通であるから、特定の社員が右決議又は申合せのあった総会に出席していたと云うだけでは、その社員が個人として右決議又は申合せのあった事項による前述のような金銭支払義務を負担することを承諾したと認むべき場合に当ると云うことはできない。したがって、社団法人の社員が、その社団法人の定款、規約又は総会の決議、社員の申合せ等によって、本件係争の金銭支払義務に類する義務を負うのは、定款に右のような義務を負うことを個人として承諾した者に限り社員として加入することを許す旨を定めている場合や、社員等が個人別にこのような義務を負うことを承諾する旨の誓約書を社団法人に提出している場合等、極めて例外的な場合に限られているわけである。

本件の場合、原判決は、その認定した事実関係に基づいて、被上告人は社団法人大阪旅客自動車協会との間の第三者のためにする契約又は同協会の社員等との間の契約をもって、被上告人が同協会の社員が養成雇傭している自動車運転者を引抜いて雇傭したときは、右引抜きをされた社員に対して一定の金銭を支払う旨を約定したことはないと認定しているのであって、その認定した前提たる諸事実によれば、被上告人が個人として前記金銭支払義務を負うことを承諾したと認むべき証拠なく、結論として被上告人はかかる義務を負っていないと認定することができるのであって、原判決の右認定は結局において正当である。

論旨は原判決が大阪旅客自動車協会を同業者の親睦を主たる目的とする社団法人であると認定した点を非難するけれども、右協会が同業者間の不正競業行為を抑止適正化することを主たる目的とする社団法人である場合においても、その社員が個人として前記の損害賠償義務を負うことを承諾する旨の約束をしない限り、社団の総会でその旨の決議があっても、右協会の社員として当然に右義務を負うことにはならないことに変りはないから、論旨のうち原判決のこの点の認定を非難する部分は、結論に影響を及ぼさない判断を非難するに帰し相当でない。また、原判決のうち、昭和三七年一月の右協会の総会における運転者引抜きをした者の損害賠償義務を定むる決議はもっぱら業者の自粛を喚起したものである旨の認定は、右決議が個々の社員に対して所定の場合に金銭支払義務を負わせる効力を有しないものである旨の認定として、もとより正当であって、所論のような不当はない。原判決は、昭和三七年一月の右協会総会の決議がその社員に周知徹底されなかった事実を、被上告人が個人として右決議内容の損害賠償の予定を承諾する行為をしていない事実を認定する証拠の一つとして掲げているのであって、所論のように右事実を認定する唯一の証拠としているのではないことは、原判文上これを知ることができる。この点に関する論旨は原判決を誤解しているのであって、採用できない。上告理由一はすべて理由がない。

上告理由二及び三について。

原判決に、「その主張のように決議のなされたことは疑わしい。」とあるのは、原判決全般と比較すれば、「上告人主張のように、運転者引抜きをした個々の社員に対して決議内容どおりの損害賠償義務を負わせる効力のある決議がなされたとは認められない。」と云う趣旨であることを知ることができる。原判決の右認定は、既に上告理由一についての判断中で示したとおり、正当であって、この点には所論の違法はない。

上告理由四について。

不正競業行為によって他人に損害を与えたものは被害者に対して損害を賠償すべき義務があること所論のとおりであるが、そのことと、同業者で組織した民法上の社団法人の総会で右損害の発生及びその額、損害賠償支払義務等を予定するとりきめをして、右とりきめを受諾していない者に対して、その者が右社団法人の社員であることを理由に右とりきめに強制的に従わせることとは、全く別個のことである。論旨は右両者を混同しているのであって、とうてい採用できない。

上告理由五について。

論旨は原審の専権に属する証拠の採否事実の認定を非難するものであって適法な上告理由に当らない。

よって、民訴法第四〇一条第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂速雄 裁判官 長瀬清澄 輪湖公寛)

<以下省略>

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