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大阪高等裁判所 昭和40年(ツ)45号 判決 1965年9月29日

上告人 土井寅太郎

右訴訟代理人弁護士 後藤三郎

被上告人 芝池源治

右訴訟代理人弁護士 森原弥三郎

同 冬柴鉄三

同 平山成信

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二、三審とも被上告人の負担とする。

理由

上告理由第二点について。

原判決の確定した事実によれば、被上告人は昭和三二年五月二四日本件土地を上告人に対し賃料一ヶ月金二九五円五〇銭(遅くとも昭和三四年六月から一ヶ月金三八三円六九銭に増額)毎月末日持参払の約定で賃貸し、上告人は右地上に本件家屋を建築所有しているが、上告人が昭和三五年一月、二月分の賃料を支払わないので、被上告人は同年三月二日上告人に到達した書面により同年一月一日に遡及して賃料を一ヶ月金四七二円に増額するから右新賃料による右一月、二月分の延滞賃料合計金九四四円を同年三月三日までに支払われたく、もし同日まで支払わない場合には賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をした。右催告金額九四四円中遡及的増額賃料額一七六円六二銭については催告の効力はないが、約定賃料額七六七円三八銭の範囲内で適法な催告である。というのである。

原判決は右催告における催告期間の相当性につき催告金額は僅か金九四四円の少額であること、上告人と被上告人が同一市内に居住していることから考えると右一日の催告期間も上告人が弁済の提供をする期間として短かきに失するとは考えられないと判断した。

民法第五四一条が契約解除の前提として一定の期間を定めた履行の催告を命じたのは、一方で履行遅滞にある債務者に最後の考慮を促すとともに、他方その履行の準備ならびにその完了に要する期間の猶予を与えようとする趣旨であり、契約当初の履行期後でもなお履行につき注意が促され相当の猶予期間後に履行があれば債権者は契約の目的を達することができて解除をする必要もなくなるからであって、単に債務者に不履行があることから直ちに契約の解除を許すのは契約の信義則に反すると認めたものにほかならない。したがって、催告期間が相当であるか否かは債務の内容その他客観的事情によるほか契約の信義則により決すべきものである。

ところで、本件賃料債務は金銭債務である性質上、その債務額の多少および履行場所の地理的条件などが右催告期間の相当性を決める一事情となることはいうまでもないけれども、本件催告期間は前記事実関係から明らかなとおり一日余にすぎず、しかもその催告金額中には適法な催告の効力を生じない部分を含んでいるのであるから、前記民法第五四一条の法意にてらし、このような著しく短い催告期間が相当であるとすることは、原審の挙示する前記事情を参酌してもなお極めて疑問としなければならない。本件のような継続的契約関係である賃貸借契約において、その賃料債務の不履行を原因とし、このような著しく短い催告期間を付した条件付契約解除の意思表示が許されるとするためには、その債務額や履行場所の地理的関係から右催告期間内の履行が可能であると単に推測できるというだけでは足りず、さらに、賃貸人において賃借人から直ちにその履行を受けなければ契約本来の目的を達することができないような緊急切実な特別事情があるか、あるいは賃借人の右不履行が賃貸借契約関係の継続を著しく困難ならしめるような背信行為にあたり、右背信性が解除の前提としての催告さえ必要としない程度に準ずるものと認められる場合でなければならないと解するのが相当である。しかるに、本件では上告人の賃料延滞は前記のとおり二ヶ月分でその金額は金一、〇〇〇円に満たない少額というのであるから、被上告人に対しなお相当の猶予期間を附加した催告をなすべきことを要求しても、被上告人が本件契約の目的を達するにさしたる支障はなく、また、原審認定のような昭和三二年一月頃から上告人の賃料支払が次第に遅れがちとなり、一ヶ月ないし二ヶ月位宛遅れては被上告人の口頭による催告を受けて支払い、次いで本件の延滞を生じたとの事情だけでは未だ上告人の右債務不履行に著しい背信性を認めるには足りない。そうすると、前記催告は不適法というほかはないから、右催告に基づく本件賃貸借契約解除を理由とする被上告人の本訴請求は失当であって、これを認定した原判決は、他の論旨について判断するまでもなく破棄を免れない。

そこで、民訴四〇八条、九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊野啓五郎 判事 斎藤平伍 朝田孝)

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