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大阪高等裁判所 昭和40年(ツ)89号 判決 1967年9月18日

上告人 丹田基弘

右訴訟代理人弁護士 貞松秀雄

被上告人 三原楠三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は、上告人の負担とする。

理由

上告理由一について。

相隣関係において、相隣者の一人が相隣地の中間空地の境界上に、自己の土地周辺の囲障牆壁を設置するに当って、他の相隣者に損害を及ぼすことを知りながら敢えて囲障牆壁としては著しく不当と認められる材料、規模、構造のものをもってこれをなすことは、その権利行使の範囲を逸脱し許されないものというべく、このような場合には、損害を被むる相隣者は右囲障牆壁の設置を忍受することなく、相隣地又はその地上建物の占有権又は所有権等に基づいて、右囲障牆壁の所有者に対し、その権利侵害を防禦するに必要な限度で、右囲障牆壁の本来の用途に必要な程度を超える部分の除去を請求することができるものと解するを相当とすべく、原判決の引用する第一審判決の認定するところによると、訴外和田政雄より同人所有の神戸市長田区北町二丁目一〇番地中一八坪を被上告人が、その東側に隣接する同番地中三四坪を上告人が、それぞれ賃借し、被上告人は右一八坪の借地殆んどいっぱいに平家建建物を建築し、上告人も右借地上に二三坪の家屋を建築して、それぞれ居住していたが、被上告人は昭和三七年一一月右建物を取りこわし、そのあとに鉄骨造木造瓦葺二階建建坪一六坪六九、二階坪一四坪六四の家屋の新築に着手し、昭和三八年二月末頃完成して家族とともに入居した。ところが、右家屋の東側には階下に三ケ、階上に三ケ計六ケの窓が取り付けられ、かつ右家屋が東側に隣接する上告人の借地との境界線いっぱいに建てられたため、上告人方の居宅が見通しとなったのに、被上告人は右窓に目隠しを付すると境界を越えて上告人の借地にはみ出す状態となるせいもあってか右六ヶの窓については何らの処置も講じないで放置した。他方上告人は、被上告人の右家屋の新築にあたり、上告人の借地との境界線いっぱいに二階建家屋を建築することは被上告人より知らされ、当時境界線に設置されていた上告人所有の古い板塀を一米境界線より引込めるなど被上告人の右建築工事に協力的であったが、被上告人が尋ねても窓の設置等の構造を知らせないまま東側に六ケの窓がある前示建物を建築するに至ったので、右の窓から自宅内部がすっかり見通され、昼夜落着かぬ状態となったものの、そのうち被上告人において善処するものと一ヶ月近く待ったが、被上告人が何らの対策も講じる気配がないため、やむなく被上告人の借地との境界線いっぱいに右家屋に殆んど接着して、その東側の階上の窓の高さを超える、高さ五米八二、長さ約一〇米の木製亜鉛鉄板張りの塀を構築した。ために、被上告人の右家屋は東側からの通風採光が遮断され、同家屋には北側、南側及び西側の一部にも窓があるが、それでも右塀のため二階東側三室(六畳、三畳、台所)のうち窓が東側しかなく他の三方からは明りの入らない三畳の間は真暗となって昼でも電灯をつけねばならず、北の六畳の間は東側のほか北側にも窓があり、台所もバルコニーから光が入るとはいえ、やや暗くなってしまったというのである。右認定事実から考えると、上告人の設置した右板塀は、相隣者として築造を許された限度を超える規模、構造のものであって、しかも、上告人は、右板塀の設置によって本件家屋の東側からの採光通風が遮断され、ために被上告人一家の生活が著しく不快不便なものとなることを知りながら敢えてこれをなしたものといわざるをえない。したがって、上告人に右板塀の設置を正当とする理由がない限り、被上告人は本件家屋の所有権に対する違法な侵害を排除すべく、上告人に対し右家屋の採光通風の遮断を除去するに必要な限度で右板塀のうち土地周辺の塀として通常必要とする部分以外の部分の除去及びその構造の変更を請求することができるものというべきである。上告人の右板塀の設置が所論の如く被上告人において境界線いっぱいに本件家屋を建てその東側二階の三ケの窓に目隠を付けなかったことに因るものであっても、被上告人が本件家屋を境界線いっぱいに建てるについては上告人においても当初これを容認し境界線に設けてあったその所有にかかる古板塀を一米も引込めたほどであり、また、被上告人が本件家屋の東側二階に三ケの窓を設け上告人の宅地を見通す状態を惹起しながらこれに目隠を付けなかったことは民法二三五条に違反するものであって、上告人において該目隠の付置を請求しうるものというべきであるが、右目隠を付けず宅地を見通される状態にあるからといって、右板塀を前記のような規模、構造の侭にしておくことが許されるとすることは、他の非を鳴らして自らの非を蔽わんとするもので首肯できない。けだし、自救行為は緊急な侵害による被害を免れるためやむをえない場合においてのみその違法性を阻却されるのであって、すでに侵害が終わり新たな事態を招来しこれが継続している状態においては被害を免れるため緊急やむをえない場合に当るものとはなし難く、自救行為として正当視するわけにいかないからである。上告人は本件家屋の前記状態においてはよろしく被上告人に対しその東側二階の三ケの窓に目隠を付ける措置を請求すべきであって、自衛と称して前記の規模、構造の板塀を設置することは、それが右三ケの窓を塞さぎ被上告人に前記のような被害をもたらす点において、正当な権利行使の範囲を逸脱するものであって到底これを是認することはできない。そうすると、右板塀のうち本件家屋の採光通風を妨げている部分は被上告人においてその家屋所有権に基づいてその撤去を請求しうるものというべきところ、前示説明の如く被上告人も亦上告人に対し右三ケの窓に目隠を付けるべき義務を負い、しかも、現況においては上告人の設置した右板塀によって辛じてその目隠を付けたと同様の状態を生じているものであることから考えると、被上告人の右板塀の撤去請求はその目隠付置義務を免脱するような形で許さるべきものではないし、且つ右目隠を付けるには原判決判示のとおり本件家屋が境界線いっぱいに建てられているため上告人の賃借地に些少ながらはみ出さざるをえない状態にあるので、被上告人が上告人に右板塀のうち前示部分の撤去を請求するには被上告人が自ら認めているように右三ケの窓の目隠を付けたと同様の状態を作出することが相隣者双方にとって最も衡平といわなければならない。原判決の説示は右と些かその趣きを異にする点がないでもないが、原判決が結局において本件板塀の現状を変えずに、また本件家屋に大工事を施すことなしに、右家屋二階、殊に三畳の間の採光をうるためには天窓を設けるほかないが、二階を住居に供している本件家屋に天窓を設けることは不可能でないにしても極めて不適当で、本件板塀のうち、本件家屋二階の東側三ケの窓を蔽う塀の上端から一米二一糎より上の部分を不透明な塩化ビニールの波板に換えるならば、その波板を通して採光が可能であり、通風は困難ではあるが窓を設けた目的をほぼ達しうるばかりでなく、上告人が本件板塀を構築した目的にももとるものではないとし、本件板塀に工作を施すことにより、その設置の目的を阻害することもなく、また上告人の出捐によることもなしに、本件家屋内に採光する方法が見出しうるならば、その他の方法によることが極めて不適当であったり(天窓の設置)、過大な費用を要したり(本件家屋の一部収去)する現状において、被上告人からの本訴請求に対しては条理上これを受忍すべきであり、これを拒否することは、もはや正当な権利の行使として是認できる範囲をこえたものといわざるをえないと判示したことは正当であって是認できる。けだし、被上告人に目隠付置義務の不遵守があったからとて、上告人としては、これに対抗して私生活の秘密を保持する目的を達成するためには、本件家屋の東側の窓よりする自己賃借宅地の観望を遮断すれば足りるのであって、被上告人の請求が認容される場合本件板塀の前記交換部分の管理が困難であること、ないしは、上告人が将来本件家屋に隣接して二階建以上の高さを有する建物を建設する計画中であること等を理由として右目的達成に必要な限度を超える本件板塀部分についての被上告人の本訴請求を拒否することは、互譲協同関係を基調とする民法の相隣関係の規定の精神に反し許されないからである。従って、原判決には信義則ないし比較衡量の精神に反する法令の違背はない。論旨は理由がない。

同二について。

原判決は、前説示のように、本件家屋の二階三室に対する採光方法として天窓を設置することは、右三室を住居に供している現状からして極めて不適当であると認定したが、原判決挙示の原審証人渡辺芳雄の証言によると、右事実を認定することができるのであって、さらに天窓の設置が右三室の採光をうる方法として適当であるかどうかを鑑定などによって審理しなければならないものではないし、また右三室の採光がえられるように本件家屋の一部を収去するには過大の費用を要することは顕著な事実であるから、証拠によってこれを認定することを要しないものというべく、従って、原判決に審理不尽または証拠によらず事実を認定した違法はない。論旨は結局その他の所論とともに原審の事実の認定を非難するに帰するものであるから、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 坂速雄 判事 長瀬清澄 谷口照雄)

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