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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1672号 判決 1969年3月20日

控訴人

(附帯被控訴人)

小川年子

ほか六名

代理人

松井昌次

ほか四名

被控訴人

(附帯控訴人)

露天神社

代理人

真柄政一

ほか三名

主文

本件控訴および附帯控訴に基き、原判決を左のとおり変更する。

(一)被控訴人の主位的請求を棄却する。

(二)被控訴人の予備的請求に基き、控訴人丸山鶴市は被控訴人に対し原判決末尾添付目録記載の建物を収去してその敷地一一坪八合(39.00平方米。但し、原判決末尾添付図面の斜線部分)を明渡し、かつ昭昭三二年一月一日から右建物収去土地明渡ずみまで一ヵ月一一、八〇〇円の割合による金員の支払いをせよ。

(三)訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)丸山鶴市との間に生じた分は同控訴人(附帯被控訴人)の、被控訴人(附帯控訴人)とその余の控訴人(附帯被控訴人)らとの間に生じた分は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

(四)この判決は(二)の金員支払命令部分に限り金五〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一、被控訴神社が本件土地を所有していることは当事者間に争いがない。

二、そこで、右地上にある本件建物所有権の帰属について検討する。

<前略>

そうすると、前記控訴人鶴市から上田孫吉への所有権移転は両名通謀による無効のものであつて、本件建物の所有者は前記移転登記にもかかわらず、依然控訴人鶴市であることが認められる。よつて、本件土地明渡しのさいの本件建物収去義務者は控訴人鶴市であつて、亡上田孫吉の相続人たるその余の控訴人らではないといわなければならない。(建物収去義務が建物の所有登記の存否にかかわらず真の所有者に存することにつき最高裁昭和三五年六月一七日判決民集一四巻八号一三九六頁参照。また、被控訴人は、本件のような場合その余の控訴人らとしては民法第九四条第二項にいう善意の第三者である被控訴人に対し右無効を対抗できない旨主張するけれども、右判決の趣旨に照らし採用し難い。)

よつて、被控訴人の主位的請求は爾余の判断をなすまでもなく失当であるから、以下予備的請求について検討することとする。

三、まず、控訴人鶴市は本件土地の占有権原として、商友会が昭和二四年六月被控訴神社から本件土地を賃借し、控訴人鶴市はその頃被控訴神社承諾の下にこれを転借したか、仮りにそうでないとしても、直接神社から賃借したと主張するので、右占有権原の存否につき判断する。

<証拠>を綜合すると次の事実を認めることができる。

(一)本件土地を含む被控訴神社(但し、当時は旧宗教法人令による法人。以下、新宗教法人法による法人として設立登記をした昭和二九年三月一九日までは同じ。<証拠>参照。)の境内地は終戦直後の混乱期に闇商人のため無断占拠された。これら商人はここにバラックを建てて次第に定着し、昭和二〇年一一月有志が発起して露天神社復興商友会なるものを結成し(会員数当初二〇名ぐらいのち昭和二三年頃五五名ぐらい)、被控訴神社の復興に協力するとの名目で毎月奉賽金名下の金員(当初一店当り毎月三〇〇円)を被控訴神社に一括交付して、被控訴神社から境内敷地使用の承認をとりつける等の活動をしていた(なお、その後昭和二二年前後頃には警察の指示で建物の一部を整理移転して敷地割りを改め、また建築許可を受けていない建物については改めて被控訴神社の承諾を得て許可手続をする等のこともあつた)。

控訴人鶴市は当初からの商友会員で右境内地で叙上のようにぜんざい等の飲食店を営んでいたもので、昭和二一年一一月頃敷地所有者被控訴神社の承諾をえた上(被控訴神社は賃貸人名義で右承諾をした)大阪府知事から「戦災地跡復旧仮設建築」の許可を受けて本件建物(当初はバラック)を建築し、前記敷地整理のさいこれを本件土地上に移転し現在に至つた。

(二)商友会は前記のとおり被控訴神社復興を名目として発足したが、実質的には会員の営業発展、敷地利用権確立をも意図しており、戦後の混乱もおさまつた昭和二四年六月三〇日に至り被控訴神社との間の話し合いであらためて敷地利用関係を明確にするため大要次のとおり記載した契約書)乙第二号証)を交換した。すなわち、「被控訴神社は境内地に店舗を有する商友会員が営業することを認める。その期間は建物建築許可の趣旨(各会員は大阪府知事に対し「将来都市計画並びに土地区画整理上必要なとき、その他取締当局の指示あるときはその指定に従う」。旨念書を入れて許可を得た。―乙第一号証参照―)と法規に従う。会員は被控訴神社の復興に協力する趣旨で奉賽金として毎月一定額を被控訴神社に支払う。その金額は一般経済事情に即し、商友会と被控訴神社が協議して増額する。」そして、右一定額はその後何回か増額されたが、昭和二五、六年頃からは会員により毎月四〇〇円、五〇〇円および六〇〇円の三クラスに分けて徴収され、被控訴神社はこれを「商友会からの奉賽金収入」として受領して記帳し、未納者については赤宇で個人名を挙げて未納と記入する等の取扱いをしていた。控訴人鶴市は毎月六〇〇円を支払う商友会員であつた。

(三)ところで、控訴人鶴市らが前記のとおり「仮設建築」の許可を受けたのは当時仮設建物の申請でなければ当局の許可を受けられなかつたことや、戦後の資材不足のためにほかならず、実際は境内地の商友会員の建物はその後逐次本建築様式に改められ、控訴人鶴市もその頃(遅くとも昭和二四年六月までに)本件建物をほぼ現況のような本建築とし、被控訴神社もこれを黙諾して引続き昭和二九年一二月分まで前記奉賽金を受領していた。(なお、その後は被控訴神社が受領を拒否した。)

(四)なお、商友会員は右奉賽金とは別に被控訴神社に対しいわゆる賽銭の性質を有する奉賽金毎月五〇円を寄進していた。

以上の事実が認められ、<証拠判断省略>。

右事実関係を綜合して判断すると、被控訴神社は昭和二四年六月商友会を介して控訴人鶴市に対し奉賽金名義の対価(賃料)を得て本件土地を建物所有を目的として期間の定めなく(当局の指示により明渡すとの大阪府知事に対する念書の趣旨は当事者間の期間の定めとは解し難い)賃貸したと解するのが相当である。もつとも<証拠>被控訴神社はその所有にかかる境外地をも他に賃貸し、この場合は賃料名義の対価を得ていることが認められるけれども、右事実だけで本件境内地の使用関係が賃貸借でないということはできない。使用の対価たる賃料収受の有無はその名義名目の如何にかかわることなく専らその実質をみてこれを決すべきものである。本件奉賽金額は境外地の賃料に比し、不当に低廉とは考えられず(かえつて、割高と認められるものもある。<証拠>参照)まさに賃料の実質を有するものと解することができる。また、前掲乙第七号証によれば、商友会はその内規上会員を「境内地に店舗を有する営業者」(第六条)と定め、必らずしも建物所有者(敷地占有者)としていないことが認められるけれども、前掲証拠や弁論の全趣旨によるとこれは発足当時営業者則ち建物所有者であるのを当然とし、その例外について思いを致さなかつたためであり、被控訴神社と土地使用契約を締結するさいにも双方ともこの点をことさら意識しなかつたこと、げんに控訴人鶴市の場合は営業者兼建物所有者であることが認められるから、前記事実も本件土地の使用関係を賃貸借と解する妨げとならない。

四、次に被控訴人は右賃貸借契約が認められるとしてもそれは無効であると主張するから、この点について判断する。

前記賃貸借契約成立当時施行されていた宗教法人令(昭和二〇年勅令第七一九号)第一一条第一項によれば、神社が「不動産を処分する」には総代の同意を得るほか、所属教派主管者の承認を受けることを要する旨、同条第二項によれば、右総代の同意または所属教派主管者の承認を受けずして為したる行為はこれを無効とする旨規定されているところ、<証拠>によれば、被控訴神社は当時神社本庁に所属する同令所定の神社であるにもかかわらず前記契約につき何ら右同意、承認を受けていないことが認められ、他に反証はない。しかして、本件賃貸借契約が建物所有を目的とするもので、期間の定めはないが借地法の適用を受ける結果民法第六〇二条所定の存続期間を超えるものであることは前説示により明らかであるところ、かかる契約の締結は前記第一項にいう「不動産の処分」に該当し、須らく所定の同意、承認を受けるべきものと解するのを相当とするから、結局、本件賃貸借契約は前記第二項の規定により無効であると言わねばならない。(最高裁昭和三七年七月二〇日判決―民集一六巻八号一六三二頁、同四三年二月二七日判決―判例時報五一二号四一頁各参照。なお、控訴人鶴市はかような法的規則の存在につき善意無過失であつたから被控訴人としては右無効の主張をなし得ないと主張するけれども、前記同令同条第三項によれば、右のような場合にはその行為をした神社主管者が履行または損害賠償の責に任ずべきことを規定するにとどまり、無効の結果に消長はないから、右主張はそれ自体失当である。)被控訴人の右主張は理由がある。

五、(一)ところで、前記宗教法人令は昭和二六年四月三日宗教法人法(法律第一二六号)が公布施行されるとともに廃止されたこと、右新法によれば前記のような契約締結につきもはや総代の同意や教派主管者の承認は不要となつたこと(同法第二三条参照)、被控訴神社も右法令の改廃に伴い昭和二九年三月一九日新法による宗教法人となつたことが明らかである(前掲甲第六号証の二。なお、右新法人は旧令による旧法人の権利義務をそのまま承継する。同法附則一八参照)。

控訴人らは、このように従来の要件を緩和する法令の変遷があつた場合にあつては、仮りに当該契約が旧令により無効たるべき瑕疵があつたとしても、被控訴神社が新法施行後も本件土地の使用を認め、引続き賃料を受領していた以上、新法施行の時から将来に向つて右契約は有効となつたと解すべきであると主張する。しかし、前記のような法令の改廃によつて旧令当時無効であつた行為が新法施行後将来に向つて当然に有効となると解することはできない。法律行為の効力はそれが行われた当時施行されている法令によつて決すべきもので、このことは本件のような継続的契約でも同様である(法律不遡及の原則。前掲最高裁判決参照)。

(二)次に、控訴人らは、仮りにそうでないとしても、本件のような事実関係によれば、新法人たる被控訴神社はあらたにその設立にさいし明示または黙示により有効な賃貸借契約を締結したか、または無効な従前の契約を追認したと解される旨主張するから検討する。

被控訴神社が前記法令改廃の前後を通じ控訴人鶴市に対し本件土地使用を認め、賃料の受領を継続していたことは前記認定事実によつて認めうるところである。しかし、単にこのような事実だけでは未だ控訴人ら主張のような新契約の締結または無効行為の追認があつたと認めることは困難である。けだし、賃貸借のような継続的法律関係における爾後の賃料授受や目的物使用等の事実は特段の事情がない限り当初成立した契約内容の履行(本件では無効な賃貸借契約の履行)にほかならないと解するのが当然である。一般的にはこのような履行行為または履行状態に拠つて当事者双方の何らかの意思を推認し、よつて、あらたな法律効果を認めることが可能であるとしても、本件の場合は前記のとおり、単に従前の履行状態がそのまま継続していたというだけで他に特段の事情もないのであるから特にあらたな法律行為があつたと認めることはできない。(もし、右のような無効な契約に基く履行状態の継続だけで新契約の締結または追認の意思表示ありと認定することが許されるのであれば、結果においては、前段説示に反し法令変遷によつて無効行為が当然有効に転化すると解するのと実質上同断に帰してしまう点にも思いを致すべきである。)控訴人らは旧法人露天神社の解散、新法人たる被控訴神社設立の経過を目して賃貸人の交代と解し、この限りにおいて、新法人たる被控訴神社は旧令による露天神社のした無効な賃貸借契約と全く無関係に、控訴人鶴市から賃料を収受し土地使用を認めていると観ることによつて、前記主張を肯認することができるかのようにいうけれども、新法人たる被控訴神社は旧令による露天神社の権利義務一切を法律上当然承継するものであることは既に説示したとおりであり、右旧法人の解散、新法人の設立は実質的にはむしろ組織変更に過ぎないと解すべきである。それ故、本件では被控訴神社は法令改廃の前後を通じ実質上同一人格者として控訴人鶴市から賃料を収受し本件土地を使用させていたというべく、右控訴人らの主張は独自の見解を前提としたものというほかない。また、本件に顕出された証拠によつても、他に控訴人主張のような新契約が成立し、または追認があつたと認めるに足る事情は認められない。かえつて、<証拠>を綜合すると、当事者関係人が前記のような法令違反を覚知したのは本訴提起後のことであることが認められるから、右主張の如く新法施行後特段の新契約や追認がなされたとは到底考えられない(ことに追認の要件については民法第一一九条但書参照)。証人吉見房三は当審になつて、商友会としては右法令の改廃はその当時から知つており、被控訴神社もこれを承知の上境内地の賃貸借を再確認したかのように供述するけれども、右供述は当事者双方の従来の主張内容、経過に照らしにわかに措信し難い。また、控訴人らは、右新契約締結または追認の証左として、同じ境内地の店舗で営業する中田ヨシコの場合は現に昭和二八年一一月、設立中の新法人たる被控訴神社があらたに敷地賃貸を認めている旨主張するけれども、当時新法人たる被控訴神社が未だ正式に発足していなかつたことは控訴人らも自認するところであるから、この点において、既に控訴人らの右立論の根拠は不十分というほかない。のみならず、乙第八号証の一、二(中田ヨシコの風俗営業許可申請書と河原チカエの承諾書)によれば、中田ヨシコの場合は店舗所有者河原チカエから店舗を借りた場合であつて、控訴人ら主張のように店舗買受人ではないからこれを直ちに本件控訴人鶴市と被控訴神社との関係に類進することはできないし、右書面によつても被控訴神社が当時あらたに直接中田ヨシコに対し敷地の賃貸を承諾したと解されるような記載は認められないから、右主張も失当である。

(三)次に、控訴人らはその後昭和三一年一二月二七日あらためて当事者双方は賃貸借契約を締結し、その書面も存在する(乙第九号証)旨主張するけれども、成立に争いない甲第一五号証、乙第九号証に弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人らのいう右契約は被控訴人主張のような事情から被控訴神社と商友会員のうち官地会員(境内地南半分の国有地を使用していた会員)との間で締結されたものであつて、控訴人鶴市の占有する本件土地は全く無関係であること、現に本訴は右契約の前である昭和三一年一一月一四日に提起されており、被控訴神社が特段の事由もないのに訴訟提起直後に訴訟の当の相手方と控訴人ら主張のような契約を締結するとは通常考えられないことであるから、右主張も理由がない。前掲当審証人吉見房三の証言中右主張にそう部分は供述自体あいまいであり、また前記書証の記載内容に照らし措信できない。

(四)そうすると、控訴人鶴市の本件土地占有権原に関する主張は結局全部失当である。よつて、控訴人鶴市は被控訴神社に対し本件建物を収去して本件土地を明渡す義務がある。

六、そこで、損害金請求について判断する。

控訴人鶴市が遅くとも昭和三二年一月一日から本件建物を所有して本件土地を占有していることは叙上説示のとおりであるから、控訴人鶴市は被控訴神社に対し右同日から本件建物収去本件土地明渡しずみまで賃料相当の損害金を支払う義務があるところ、原審での鑑定人佃順太郎の鑑定の結果(第一回)をしんくやくすると、本件土地の賃料は昭和三二年一月一日から一か月一一、八〇〇円(坪当り一、〇〇〇円)を下廻らないとみることができる。もつとも(一)控訴人鶴市が従前無効な賃貸借契約に基き被控訴神社に対し奉賽金名義をもつて賃料一カ月六〇〇円を支払つていたことは前記のとおりであるが、損害額算定の基準となる賃料相当額は元来新規の客観的賃料をもつて正当とし、必らずしも従前賃料に拠るべき必要はないから、特段の立証が存する限り前者によるのが相当である。(二)また、損害額の算定については、当該土地そのものの使用価値を客観的に評価算出すべきであるから、土地所有者が事実上右土地を如何なる方法をもつて使用収益するか―本件についていえば、被控訴神社が本件土地を果して賃料収受の目的で他に賃貸する意思があるか否か、またその可能性が存するか―にかかわりなく算定すべきである。すなわち、原審証人仁村裕一の証言によれば本件土地は被控訴神社その境内地である参道等に当り、これを長期にわたり賃貸するについては宗教法人法第二三条所定の手続を履践することを要し、事実上これを他に賃貸する可能性は乏しく、げんに前掲被控訴神社代表者本人の供述(第二回)によれば、被控訴神社は本件土地返還のあかつきは神社本来の用に供したい意向であることが認められるけれども、控訴人鶴市が本件建物の所有により被控訴神社の使用を妨げている以上、その賃料に相当する損害を蒙らせているというべく、以上の事実は本件損害の存否とその額を判定するにつき何らの消長を来たさないものと解すべきである。

七、そうすると、被控訴人の主位的請求は全部失当として棄却すべきであるから、一部これと異る趣旨に出た原判決は変更を免れず、よつて、すすんで当審においてあらたに予備的請求について審判すべきところ、右予備的請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(石井末一 竹内貞次 畑郁夫)

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